甘い悪夢の遊園地へ!
√汎神解剖機関。
とある遊園地――スイート・ナイトメア・パークで開催される、「学生制服着用・無料招待イベント」の招待状を受け取ったのは、アリエル・スチュアートであった。学生制服であれば無料、という広い範囲。同行者は自由……となれば、人を誘うのもありだろう、と。
ただしティターニアたちはおるすばん。えーという反応はとりあえず置いておいて。誰を誘おうかと思ったアリエルは、二人、誘いたい相手を思いついた。
●いざ甘い悪夢の遊園地へ!
さて時は経って、遊園地前で待ち合わせをしている最中のアリエル。その前に現れたのは、彼女と同じく各自制服を着たふたり。エアリィ・ウィンディアと架間・透空であった。
「わ。周りの人も制服だらけですね……!」
透空が周囲を見回しながら。彼女は黒のニットパーカーに中学のブレザー。肌寒い今の季節にはぴったりだ。それに頷くエアリィは魔法学校の制服。ブレザーにミニスカート、ローブマントといういかにも√ドラゴンファンタジーといった風貌だが、周囲の制服も千差万別、あまり気にしていない。相応の規模のイベントのようで、自分たちと同じく制服を着た人々が来園し、そしてゲートをくぐって行く……。
アリエルもエアリィと同じく魔法学院の制服ではあるが、さほど派手ではない印象だが、彼女らしさを引き立てる制服。
さて、三人はゲートを前にして、改めて遊園地の全貌を見る。一見すると――看板はちょっと暗く、おどろおどろしくも可愛らしいデザインの、賑やかな遊園地だが――内部に入ればさらに雰囲気が濃くなった。
「わあ……!」
エアリィがそっと透空とアリエルの側に寄る。この遊園地のテーマは……ホラー! 血文字風のアトラクション名やどろっと溶けたゾンビの装飾、キャストもまるでホラーゲームに出てくるような陰鬱な雰囲気を纏った服装で統一されている。妙に√汎神解剖機関らしさがあるなと思ったエアリィと透空。それもそのはず……この遊園地。
実は、怪異を動力源としたアトラクションや、本物の死霊が現れるという噂が絶えない『ホラー特化』の場所だったのだ。
「雰囲気、すごいね……!」
エアリィが感嘆の声を上げる。――もちろん『察している』のは招待状を受け取ったアリエルくらいなのだが、それにしたって雰囲気はたっぷりと。
地獄の様相を再現したような、けれどしっかりとしたテーマパークらしさがある世界観だ。
というのも入園早々、三人を迎えたのはミート・アンド・グリート会場で待つマスコットたち。ふわふわとした着ぐるみは、このホラーな環境において逆にほのかな不気味さがある。
その中心にいたのは、愛嬌たっぷりの首狩り兎――園内マスコットのリーダー「キャロット・リッパー」だ。名前に反してやはりホラー感は皆無、ふわふわの毛並みと大きな笑顔で来園者を歓迎する。腰に下げている大きなハサミの装飾は別として。
「かわいいわね、ウサギといったら首刈りだもの」
ホラー耐性抜群のアリエルはマスコットたちに自分からハグを求め、キャロット・リッパーにぎゅうっと抱きつく。ふかふかに手入れされているピンク色のうさぎを撫でながら、彼の仲間である大きな牙をもつ熊「ハニー・ファング」の頬をぽふぽふ撫でたり、写真撮影も楽しげだ。
透空も少し緊張しつつ、キャロット・リッパーたちとのふれあいを楽しむ。遊園地の雰囲気に似合わぬかわいらしさは何故だろう? という疑問はあるが、それはそれとしてナイスなデザインだ。「かわいい!」と褒めれば、キャロット・リッパーは自分の耳についたリボンを指差してもじもじ恥ずかしそうにしてみせた。
エアリィは「首狩り兎……だけど、もふもふだし……」と自分を納得させながら。
「ま、まぁ、一部を除けばもふもふかぁ」
……と撫でていた。……中身が誰なのかとか、もしかしたら「何」なのかとか、そういうのはともかく、ふかふかでかわいい着ぐるみなのだから無害である。無害無害!
●きょうふ! ぜっきょう!
「さて、次はどこに行きましょう?」
「ジェットコースターならいけるかも!」
ホラーじゃなく物理だし。そう考えていたエアリィだったが――。
「――んにゃあああ~~~~!?」
……怪異をエネルギー源にしたジェットコースターが、そんな物理的恐怖だけを与えてくるはずもなく!! 軌道の周囲を漂う死霊が歓声のように舞い、急降下と同時にエアリィの悲鳴とアリエル含む乗客の笑い声が交錯する。
ケラケラと笑う死霊たちに「やーめーてー!!」と叫ぶエアリィ。強烈な風で髪の毛がぶわりと翻り、ぎゅうっと安全バーを握ってジェットコースターに振り回されている……。
それを聞きながら終始楽しそうに景色と演出を堪能するアリエル。ひとのひめいはじつにゆかい。ただし、安全だと分かっているからこそだ。そして実は絶叫マシンが苦手な透空。怪人ではあるもののこわいものはこわい。絶叫しながらも最後までしがみつき、隣で騒いでしまっているエアリィと肩を寄せ合って、なんとかジェットコースターの恐怖を耐えたのであった。
三人が降りた後、透空は震えつつ……。
「すっごく怖かったですけど……楽しかったです!」
そう笑顔を見せる。まさかこんな目(主に演出面)に遭うとは思っていなかったし、エアリィがちょっとふにゃふにゃになっているのは……仕方なし。涙目。でも楽しめたのでオーケーだ。ふにゃっては、いるが。
●いざゆけお化け屋敷!
「よし、定番も行きましょう」
そう言ってアリエルが向かうはお化け屋敷、『解剖遊戯館 ―The Dissection Parade―』。サーカスと病院が合体したかのような――そう、ダイレクト恐怖である! もっと穏やかなアトラクションはないのかって? この遊園地に、そんなもの、ないよ。
ないんだから仕方ない、と足を踏み入れた三人……廊下を進んでいけば、どんどんと雰囲気が変わっていき、荒廃したサーカスのバックグラウンドといった風合いの廊下へとなった。そして、ふっと。
「きゃ!?」
透空が眼の前に見えた光に反応して驚いた。「架間・透空」「エアリィ・ウィンディア」「アリエル・スチュアート」――三人の名前が、壁に浮かんでいたのである。もちろん彼女たちは入園時、特に名前を見せてはいない。だというのに何故か、はじめから知っていたかのように文字は確かにそこに映っており……近づけばふわっと霊魂型の光が散るようにして壁へとふっと消え。
エアリィがびくつきながらも、でもちょっとワクワクしている中。アリエルは「凝ってるわね」で片付けて、先頭となって進んでいく。凝ってるで済むのか、と二人は思ったが何も言えずその後ろを恐る恐るとついていくこととなった。
「わ、わ、本物みたい……!」
ガラス越しにピエロの機械、アニマトロニクスが同じく機械であろう人間の腹部をナイフで滅多刺しにしている様子を見て、エアリィとアリエルが覗き込む中、ちょっと後ろにいる透空だったり。(機械であればどうにかできるので平気だ!)
音楽もなく、足音がよく響く廊下……。明滅して順路をアピールするライトのジジッという音に紛れて。三人分の足音のはずが、背後からもう一人がついてきている気がして、二人は頻繁に振り返っている。もちろんアリエルは「大丈夫よ」と声をかけて、先へと平気そうに進んでいった。
順路をたどり、開け放たれた手術室のような扉から、室内へと入る。ドアにかかるプレートに書かれていた名前は、浮遊標本室――まるで古い見世物小屋のような、異型の人間や動物の標本が浮かぶ培養槽が並んだ部屋だ。
その室内がサーカスのようなガーランドや風船で飾り付けられている。奥の培養槽は三つほど割れており、その中から奇妙な色の液体が溢れ出しているという演出つきだ。それぞれピンク色、黄色、青色――。
……そこでアリエルがぼそり。
「あら、逃げてるわね」
「ひぇ……!」
……『察した』のだ。だが背後の二人は演出だと思っているのか、少し震えながらも、しっかり先導してくれるアリエルを頼って、出口に辿り着いたのであった……。
「おかえりなさーい!」
お化け屋敷から外へと出れば、キャストさんとハニー・ファングが三人を迎えてくれた。手を振って次のアトラクションへと向かう三人……。それを見送るハニー・ファング。その口元の牙の隙間から、蜂蜜のような粘度のあるものがとろりと垂れていた。
●夕暮れの思い出
――黄昏時、園内がオレンジ色の光に包まれる頃、三人はスイーツを手にベンチで一息つく。
遠くに見える観覧車のシルエットは真っ黒になっていて、遊園地に影を落としている。なにせホラー遊園地だ。夕方になればなるほど、当然のように雰囲気が増していっている。遊園地らしい明るいライトではなく、園内は紫色や緑色の不気味な色合いに染まり始めていた。
アリエルはブラッドオレンジソースのホイップクリームクレープを食べながら、各々自然と遊園地の感想を話しはじめた。
透空はキャロット・リッパーモチーフのワッフルを頬張りながら「美味しいです~~!」と幸せそうに笑う。怖いアトラクションばかりではあったが、しっかりとした遊園地だったなと思い出して頷いた。
エアリィは生クリームたっぷりのバナナクレープを食べつつ……。
「か、怪異ジェットコースターとお化け屋敷……こわかった……」
と肩をすくめる。物理なら。物理部分だけならなんとか耐えられたはずだが、そこに幽霊的な、どうにもならなそうな演出を加えられてしまったのが効いたようだ……。
そしてアリエルは。
「特に急に周りをふわふわしていた死霊が可愛かったわよね」
そんな屈託ない言葉を口にして、唇についたホイップクリームをぺろり。
「「……え?」」
固まった二人をよそに、「冗談よ?」なんて誤魔化すも、今までのアリエルの様子を見ていると……それもちょっと……怪しくてぇ……。
ともあれ! 怖さも楽しさも全部含めて、三人で過ごした特別な一日だ。
「また皆さんと一緒に、どこかへ遊びに行きたいです」
透空は心から楽しめたことを二人に伝え、エアリィも大きく頷く。
ホラー遊園地での体験は、それぞれ違う形で、確かに三人の心に楽しい思い出として刻まれていくのだった。
……培養槽から『逃げたもの』の行方。園内のアトラクションに、マスコットたち。この遊園地がこの規模の無料招待イベントを開催した理由……アリエルはそれを考えながら。余韻を楽しんでいる今は放っておくのが最善だと頷いて、クレープを口にした。
――園内アナウンスの声が、ほんの一瞬だけ三人の名前を呼んだ気がした。