アノマニスとジェーン・ドゥ
昔々あるところに、仲睦まじいふたりの姉妹がおりました。
姉妹はふたりとも頭がよく、勉強熱心な子たちでした。
姉は科学と数式を愛し、妹は歴史と文学を慈しんでおりました。
「数式は普遍的な世界のルール。科学の翼があれば、人は宇宙にだって手が届く」
「文字を綴ることで人は想いを綴る。歴史とは人が紡ぎ続けてきた壮大な物語」
学びたいものは違っても、それぞれの学びを否定しません。
姉は妹を可愛がり、妹は姉を尊敬し、仲良く学びを深めておりました。
もし、姉妹がそのまま大きくなれば。
姉は科学者や数学者となり、偉大な発見をしたかもしれません。
妹は歴史家や文学者となり、歴史に名を残したかもしれません。
けれど、そうはなりませんでした。
あるとき、ふたりの姉妹はそれぞれ別の本を拾いました。
姉が拾ったのは、まだ人が辿り着けていない知識と数式を記した本。
妹が拾ったのは、遠き日に人が忘れてしまった未知の言語を記した本。
それは、人が読んではいけない本でした。
ですが、ふたりは読みたい気持ちを抑えきれませんでした。
好奇心に負けて、災厄の箱を開けてしまったパンドラのように。
姉妹は、禁忌の本を、読んでしまいました。
そして、その日、その時から、ふたりは姉妹ではなくなりました。
姉はその本により、心も人格も思い出も知識欲に埋め尽くされて、己を失いました。
妹はその本により、記憶も痕跡も人格もこの世から無かったことにされ、己を失いました。
ふたりとも、もう自分が誰だったのか、名前すら思い出すことはできません。
あんなに仲が良かった、姉妹のことも。
科学と数式を愛した姉は、知識欲のままに実験をくり返す|身元不明の狂科学者《ジェーン・ドゥ》に。
歴史と文学を慈しんだ妹は、統一言語で人々を惑わせる|名もなき放浪者《アノマニス・ネームレス》に。
人の形をした災いとなった姉妹にとって、もはやお互いは邪魔者でしかありません。
禁断の知識と引き換えに欠けてしまったものは、もう二度と戻らないのです。
それから何度かふたりは出会い、お話をすることもありました。
けれど、それはもう昔のような、仲の良い姉妹のお喋りではありませんでした。
自分のこともわからないのに、相手のことを正しく認識できるはずがありません。
そうして姉妹は姉妹であったことも知れず、今もどこかで殺し合っているのでした。
いつまでも、いつまでも。