悪童魔女の悪戯遊戯
●迷い込んだダンジョン
「あれ……?ここ、こんなに自然一杯だっけ?」
部活終わりの夕方、学校の帰り道。
いつもの帰宅路を真っ直ぐ歩いていた少女が、ふと周囲を見回すと、見覚えのない景色だった。
雪が自然物も人工物も問わず真っ白に覆っているせいか気付かなかったが。
周りは住宅街のはずなのに、何故か道の両サイドを雪の積もった針葉樹で挟まれた林道に入っていた。
振り返ってみても自分の足跡がある以外、雪景色は変わらない一本道だ。
「あれー?私の森に、知らない女の子がいる」
そこにふと、無邪気そうな女の子の声が一つ降ってくる。
道外れ、針葉樹の間から抜けるように出てきたのは、魔女風の恰好をした少女。
深く積もった雪を慣れたようにサクサクと歩いて来て、近づいてくる。
「んん~?」
魔女は少女より背が低く、見上げながら不躾にじろじろと観察してくる。
「あ、えっと私、何か迷子になったみたいで……というか貴女はどうして?」
「ここは私の森だよ!ここに住んでるの!」
にぱっと明るい笑顔を浮かべた魔女は、とても可愛らしい。
こんな幼い子が夕方とはいえほとんど真っ暗な森にいる違和感が、抱けない。
「それで、キミが私の森にいるってことは、私の物だよね?」
「えっ?」
少女は驚く声を挙げる間もなく、降り積もった雪の下から触手が伸びて四肢を拘束された。
うねうねと蠢く触手は柔らかそうなのにまるで鋼のように硬く、キツく締め上げられてるわけではないのに、全く身動きが取れなくなる。
「私の森にあるモノはぜーんぶ私のモノ!」
魔女の小さな手が、少女の両頬を掴むとその冷たさでビクッと反応してしまう。
悪戯っ子のような笑みを浮かべると、更にグイっと顔を近づけてくる。
「だからね、悪戯しちゃうよ」
魔女は少女の頬をつぅっと撫でると、先程までの無邪気な少女のものとは違う、歳不相応ながら妖艶な笑みを浮かべた。
「おねーさん可愛いから、お持ち帰りして一生|可愛がって《悪戯して》あげるね♪」
BAD END『悪童魔女は、悪戯三昧』
●
「ズルい!公然と女の子をお持ち帰りなんて、おのれ魔女!」
開口一番そんなことを言ってのける、今回の星詠みである影裂・テラシ(影を裂き照らす|偏食吸血姫《ヴァンピレス》・h02526)。
自分が見た情景を√能力者達に語って聞かせた以外にも色々と見たらしい、色々と。
しかしそれでこのノリなのだから、深刻な事態にはならないのだろう。
「√EDENに、ダンジョンが現れたわ」
テラシはこほんと咳払い一つ。
本題に入る気になったらしい。
「√ドラゴンファンタジーから持ち込まれた天上界の遺産で、ダンジョンが発生したの。魔女が支配する冬の森の一つね」
街の雪景色と冬の森。数m先の視界を奪う降雪。
両者一律に真っ白に覆われたせいで、その境界が曖昧になったのだろう。
「まずは、森の入り口にある罠を抜けて行くことね」
木々の間を抜けると雪がどっさり落ちてくるとか。
雪道だと思ったら、水たまりに薄氷が張っただけの落とし穴だとか。
捕獲用の網罠だとか、子供の悪戯っぽい罠が多いが。
たまに丸太が落ちてくるとか、触手が絡みついてくるとか、エグイのもちらほらある。
「服を脱がせてくる触手とかいるみたいだから気を付けてね。冬にそれはキツいわよ」
あっけらかんというテラシは、羞恥よりも寒さの方を心配しているようだ。
進行不可になるような傷を負う物ではない、どちらかと言えば困らせて反応を楽しむようなものか。
「本筋ではないけれど、持ち込んだのは多分、指名手配吸血鬼『マローネ・コール』。理由は不明だけれどまぁ、どうせ愉快犯ってとこじゃないかしら」
面白そうだからとか、できそうだからとか、そんな理由でやったのだろう。
そんな彼女の気配は、まだ森にある。
悪童魔女が自身の家に連れ込んだ少女の様子を覗き見してるらしい。
必然的に付近にいることになる。
「マローネは必須撃破対象じゃないから避けてもいいわ。けれど」
マローネの近くに他の敵の様子がない事から、近場の魔女の手下は彼女によって排除されたのだろう。
覗き見を邪魔されないためか。
「あるいは、マローネがいるルートを辿れば雑魚敵との交戦を回避できるかもね」
マローネ一人、もしくは陣地有利の雑魚の群れ。
どちらを選んでも、総合的な力量差は然程変わりないだろう。
マローネと悪童魔女は仲間と言うわけではないので、魔女の手下とも共闘してくる心配はないのが幸いか。
「その後ようやく、ダンジョンの核たる悪童魔女との戦闘ね」
魔女の恰好や幼げな見た目にそぐわず意外と武闘派らしく、触手召喚だけでなく近接格闘も高レベルでこなす。
「あとは悪戯大好きってことくらいかしら。戦闘や勝ち負けよりも相手を辱める事が好きみたいだから、気を付けてね」
あるいはその気質を利用すれば、注意を引けるかもしれない。
「少女に差し迫った危機はないけれど、長引く分悪戯被害は受けるわ。できるだけ早く、助けてあげて頂戴ね」
第1章 冒険 『拐われた|淑女《レディ》を救え』

●魔女の森
何の変哲もない住宅街の道。
一般人には代わり映えのないいつもの道だが、√能力者にはそこが明確に世界を隔てたダンジョンの入り口だとわかる。
入り口となる境界線を越えて渡れば、そこはもう魔女の森。
生き物の足跡一つない新雪が森の地面を真っ白な絨毯のように敷き詰める。
ふわふわと舞い落ちる綿雪が、√能力者の肩に乗る。
少し上を見ると、針葉樹にはこんもりと雪が積もっている。
一見美しい冬の森の様相だが、不自然な気配もちらほら。
平らな地面から、わずかに膨らんだ雪の下に何かの気配。あれは触手か?
木と木の間に張られた有刺鉄線に、一つだけ開かれワザとらしく作られた入り口の木の上には、沢山の雪が積もっている。頭上に落ちてくるだろうか。
木の板に描かれた『熱烈歓迎』だの、『安全!こっち!』などといった見え透いた誘導。足元には薄らと雪が積もって……いや、被せてある。落とし穴か?
子供が仕掛けるような罠がそこかしこに敷かれていた。
星詠みの事前説明通り、引っ掛かった所で大したことはなさそうだが……
反応を楽しむような悪戯トラップの数々。魔女の家で見ているかもしれない。
上手く引っかかって見せれば、気を惹けるか?
罠を避けるも、引っ掛かりつつ強引に突破するにも、大きな苦労はしないだろう。
汚れなき新雪降り積もる道。
どのルートを辿るのも、√能力者の自由だ。
●
「ここが魔女の森……囚われた女の子の身辺の安全が心配ですね」
サティー・リドナー(人間(√EDEN)の|錬金騎士《アルケミストフェンサー》・h05056)突破すべき魔女の森を見る。
真っ白な雪景色の中に、青黒い影が落ちて彩りを持っていた。
しんしんと雪が降る中、恐ろしいほどに静寂に包まれ、ぞっとするほどに美しい。
「見てわかるような文字通り子供だましなトラップばかりですね……」
シールドレイ・スターシア(『シールドレイ型レプリノイド』現在の指揮用素体・h02356)は眼前の罠を見る。
自然を生かしたブービートラップ……というには些か幼稚だ。
殺傷能力も、足止め能力もない。
陣地防衛について訓練されたシールドレイから見れば、仕掛けてある場所は容易に看破できる。
しかし見え透いた罠で誘導したとして、本命を仕掛けるべき場所には何もないことに違和感を強く感じていた。
「人攫い?なら犯人は悪ね、私がぶっ飛ばしてあげるわ!」
リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》・h03436)は足元の雪の影を無視して、強引に歩みを進める。
と、さっそく罠の気配を感じる。雪の中に張られたロープが隠されていた。
リリンドラは頭上の危機を察して屠龍大剣に手を掛けるが、落ちてきた木の枝を見て腕で頭をガードするに留める。
「きゃあああ!?」
悲鳴を上げながら少々オーバーなくらいに尻もちをついて、雪原にぽふっと腰掛けるリリンドラ。
心配そうな他の√能力者を手で制する。
目の前には細い木の枝と、うねうねした植物のツタが落ちていた。
無警戒で直撃しても、この程度なら一般人でもちょっと痛いぐらいだろう。
「大丈夫ですか?」
サティーが心配そうにリリンドラへ差し出した手を、軽く取ってひょいっと立ち上がる。
服についた雪を払いながら、どこか『視』られてるような気配を一瞬感じた。
「やっぱりこれって、バレてもいい、警戒させるための罠よ」
この森に入る者を選別するかのような罠だ。
何も知らない一般人でも、明らかな罠さえ避ければ怪我することもない。
安全なルートを選ぼうとすれば、方向感覚や距離感を狂わされ、森の奥へ迷い込むのだろう。
ブービートラップに慣れたプロなら、隠された罠がないか警戒する分歩みが遅くなる。
シールドレイが無意識に本命の罠がないか警戒の目を走らせたように。
「なんだかお化け屋敷や遊園地のアトラクションみたいですね」
サティーはそんな感想を漏らすと、リリンドラは「言い得て妙ね」と頷く。
『見える罠』を避けさせて誘導し、『見えない罠』を探させて時間を浪費させる。
悪童魔女にそのつもりがあるかは知らないが、この罠に意味を見出すとそういうことになる。
「時間稼ぎの罠なら、時間を掛けるのは得策ではありませんね」
「小賢しい罠だわ、やっぱり強引に駆け抜けるのが正解ね」
サティーがそういうとリリンドラはこくりと頷いて、魔女の気配を感じる先へ、一直線に目指す。
「とはいえ、油断はできません。先頭の私には心苦しいですが、可能な限り援護はしますね」
シールドレイは 自ら指揮する|少女分隊《レプリロイド・スクワッド》に命じて、縦一列、長蛇の陣で隊列を組む。
雪中行軍では一列になって歩けば後ろの者は雪に足を取られる事が少なくなり疲弊が抑えられる。
その分先頭を歩く者が疲弊しやすく、隊列が伸びる分奇襲にも弱い。
その上、罠や自然の危険に晒されるリスクは大きいため、シールドレイは通常執らない隊列だが。
「大丈夫です!立派に努めてみますよ!」
シールドレイのバックアップ素体である彼女は、健気にも笑って快く了承した。
もし立場が逆なら自身もそう応えたように。どうか背負わないでと、彼女は笑った。
(大丈夫です……死ぬような罠はないと聞いていますから……)
胸元で拳を握りしめながら、シールドレイは自分に言い聞かせるように歩みを進める分隊を見守る。
|殿《しんがり》を守る何人かの分隊に促されて、比較的安全な隊列の中央に位置取りする。
自分の分隊に護られることも、指揮用素体であるシールドレイの役割だ。
「それにしても、悪戯って何をされているのかしら」
膝までの雪をかき分けて歩くリリンドラはふと疑問を口にする。
「テラシは差し迫った危機ではないと言っていたし拷問等は受けていないって事だと思うけど」
星詠みの言葉からは、緊迫感は感じられなかった。
如何に語られる情報は星詠みの主観とはいえ、まさか命さえあれば大丈夫、なんてこともないだろうが。
「うーん、どうでしょう?ハレンチな触手を使うような魔女ですから……」
サティーは落雪を避けると、雪に混じっていた触手がぐいっと伸びてきて腕に絡みつく。
そのままシュルシュルと上着のボタンに伸びてきたところで、詠唱錬成剣を手にして斬り伏せる。
一つだけ外れたボタンを掛け直しながら、斬り伏せた触手を見て確かな手ごたえを感じていた。
初めての依頼、自身の力は確かに通じていて、まだまだイケる感触がある。
しかし逆に、抵抗する力のない少女は一体どんな目に遭わされるか、わからない。
「まあ魔女のオモチャにされるように、女の子にトラウマが残らないかも心配です」
少女の命だけ救えても、それは真に救ったとは言えない。
リリンドラがまっすぐ前を見据えて進む中、サティーは足元に警戒を走らせる。
少し距離を置いて歩いてくるシールドレイと|少女《シールドレイ》分隊がいれば、頭上含めて広く見渡してくれて警戒を促してくれるだろう。
一行は真っ直ぐに魔女の家へと向かった。
●
「よし、寒いのは嫌だから雪とか水とかは避けよう」
いざダンジョン攻略へと歩みを進めたアスカ・アルティマ(アルティマレディアスカ・h01956)は、周辺の地形をざっと目を通すと適当に歩みを進める。
命に別状はないとはいえ、落雪や氷水の落とし穴になど落ちるのは嫌なため、最低限それさえ避ければよい。
そう思っていたら……
「おおー、これは、トリモチの罠」
アスカの服や体にべったりとくっつくトリモチ。
引き剥そうとすると、動いた分上着の別の部分に付着して動きづらくなる。
なんとか力づくで引き剝がしても、服についたトリモチ同士がくっつくとまた取れなくなる。
「べとべとで着てられないねこれ、上着を脱ぎ捨てていくしかないか」
アスカはばさっと脱ぎ捨てる。
幸い肌にくっついたトリモチは剝がれやすく、丸めてぽいっと捨てる。
冷たい風がひんやりとアスカの肌を撫でるが、この程度なら問題ない。
そう思っていた矢先。
トリモチと格闘していた間に忍び寄っていたのか、アスカの体に触手がまとわりつく。
手首と足首を柔らかな触手がぎゅっと拘束すると、手枷のように動かなくなる。
「ん、これは拘束だけ?……じゃなかった、一番のあたり引いたよ」
残りの触手が、アスカの服を引き裂いたり破いたりせずに、器用に脱がしていく。
少女の手首くらいの太さの触手の先端から指のように細い触指をうねうねと伸ばし、ボタンやホックを外してファスナーを下ろしていく。
思わずおお、と感動してしまう。
知恵も知性もないような触手生物に、ここまで器用なことをさせるとは、魔女の魔法も大したものだ……
「じゃなくてどうすんだ、何かおいてけ」
地面の触手たちが、脱がした上着やら下着やらの他に、アスカが脱ぎ捨てた上着までどこか……おそらく魔女の家の方向へと持ち去られた。
一糸纏わぬ姿で雪の森に放置されかねない心配をしていたところ、四肢を拘束していた触手が再びシュルシュルとアスカの体に纏わりつく。
柔らかなブラシのようなイボイボした触手がアスカの体をひとしきり撫でると、アスカの隠されるべき部分を隠していく。
肌に吸いつくように密着した後は、ピタリと固まって動かなくなった。
「これはいわゆる触手服ってやつなのかな」
脱がした代わりとばかりに着せられた服はぽかぽかと生暖かい。
試しに体を動かしてみると、肌に密着した触手は思いの外、着?心地よく、動きやすかった。
「魔女の趣味かこれ。まあこれ以上はないっぽいし、先に進みますか」
アスカは魔女の下僕を服代わりにすることを殊更気に留めることもなく、前に進むのだった。
●
「ふむ、相手の性格を考えれば、完全に引っかからずに進むとイラつかせてしまいそうだな」
針屋敷・連音(針と鋏とを携えて・h02459)は星詠みから聞いた情報を元に悪童魔女の性格を考えていた。
この森は恐らく魔女の監視下。
しかし被害者の少女への対応と、森の監視は同時にはできないだろう。
ならば少しばかり見世物に甘んじてでもこちらに気を惹ければ、被害者への八つ当たりの心配も減るだろう。
「かと言って全部引っかかるのも面白くないだろう。4:6くらいでいいか」
そう思って敢えて引っかかった、最初の罠は落とし穴だった。
しかし氷水が溜まった水辺ではない、足が柔らかかな雪を掻いて踏みしめられない感触があった。
ならば底なし沼に落ちた時の対処法と同様。
落ち着いて、まずは上半身を倒して雪に対して接地面を広げて体重を分散させ、ゆっくり脚を引き抜いて……
「……ッ?!」
そう思っていた連音の太ももに絡んでくる、冷たい雪の中にあって生暖かい感触を感じた。
内ももを撫でるように這い上がり、やがて下着の中にまで入り込んでくる。
「ふっ、くっ、う……」
触手は何がしたいのか、何かを弄るように何度も同じ場所をぬるぬると這い回る。
必死に声を抑えながら耐える連音は、必死に不快感と思い込もうとして抑え込む。
が、このぬめぬめした粘液は一体なんなのか、触手の分泌液か、それとも――
瞬間、ずんぐと下から突き上げられる感触がした。
「くっ、乱暴だな……」
どうやら底なし沼めいた落とし穴から、触手が連音の身体を持ち上げて出してくれたらしい。
助けられたか、と思った瞬間、風が一陣撫でる。
ぬめぬめした粘液が付着した部分が、風でより一層冷たい刺激を与えてくる。
太ももに伝う透明な粘度のある液体、そして――
落とし穴から延びる触手が、一枚の薄布をぷらんと下げていた。
「……返せ」
連音はスカートの前を軽く抑えながら、触手を睨む。
睨んだところで見えているか、そもそも言葉が通じるかわからないが。
通じた所で素直に返してくれるはずもなく。
触手はそのまま一直線に、連音が目指していた場所へと逃げて行った。
追いかけようとすると、またふわっと冷たい風が連音を撫でる。
「くっ、風が吹くたびに刺激が……」
濡れた部分はより冷たい風の刺激を受ける。
触手の粘液で濡れた部分が、連音の神経を刺激していく。
ただでさえ、スカートがめくれて見えないか心配だと言うのに。
辺りを軽く見回して人の目がない事を確認した連音は、ポケットティッシュを取り出す。
「まずは妙な液体を拭わないと、か」
先程まで纏わりつかれていた部分を、ティッシュで拭う。
ぬめぬめした液体はティッシュではなかなか吸いきれず、何度もごしごしと拭く。
妙な声が漏れそうになるのを必死で耐えきった連音だったが。
「わぷっ?!」
頭から柔らかな粉雪をどっさりと被り、重量で倒れ込んでしまう。
懸命にポーカーフェイスを取り繕いながら、スカートをひた隠しに抑える。
いくつかワザと受けてやるはずのトラップが、風が吹くたびに気を取られて注意散漫となり。
当初予定していたよりも幾分多めに、罠を被ることになった。
「またあたしの大好きな世界に変なの持ち込んでー!」
シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴン・プロトコル》・h02503)は、発生したダンジョンにぷんすこと怒る。
√ドラゴンファンタジーなら日常の光景でも、√EDENにとってのダンジョンは異常だ。
この世界に在ってはならない異物。
誰かの平穏を壊す、害に他ならない。
「その子に変な影響が出ちゃう前に助け出して、他に誰か迷い混んじゃう前にダンジョンもぶち壊さなくちゃ!」
悪童魔女の干渉によって、少女が本来辿るべきだった√を歪められかねない。
そしてそれは少女のみならずこの近隣――否、このダンジョンに繋がりかねない世界全てに通じる。
「応とも、困っている者がおるのなら見過ごすわけにはいかぬな」
それに応えるは古泉・可鈴(お子様な二尾狐・h04149)。
幼げな風貌だというのに、腕を組み緩慢に頷く仕草は威厳溢れる大妖狐のもの。
「わらわは正義の妖狐じゃからな!」
びしっと指差しポーズを決めてドヤ顔するその姿は、うーん、ちょっと大妖狐は過言だったかも。
「親友もこの事件のように連れ去られたという可能性もあるのでしょうか?」
セリナ・ステラ(一対の羽の色が星空のように煌めくセレスティアルの御伽使い・h03048)は迷い込んだ少女のように、大切な親友が攫われたことを危惧していた。
このようなダンジョンや偶然開いた異世界の入り口に迷い込み、インビジブルや簒奪者に気に入られ戻ってこれない可能性……考えればキリがないと、セリナは首を振る。
「とにかく今は目の前のことに集中です!今回の方も心細い思いをしているはず……助けないとですね!」
セリナは惑いを振り払って力にする。
もしそうなのだとすれば、今目の前の少女を救い漏らしたら、もっと悲しむ人が出る。
自分のような思いを、させたくない。
「わぁ!本で読んだような真っ白な雪道できれい!」
そう考えていたが、セリナの目の前に映る雪景色の綺麗さに一層目を輝かせる。
しんしんと降り積もる綿雪が先に進んだはずの√能力者の足跡を消して美しい新雪を彩る。
全てを純白に覆い隠す光景は、人を惑わすものだと知って尚、美しかった。
「……うやっ」
先に進もうとした可鈴が、つるっと滑る。
「だ、大丈夫ですか?!」
心配そうな声を挙げたセリナに、雪に頭を埋めた可鈴は、すぽっと引き抜いて威厳ある顔を浮かべる。
「ほ、ほほう、想定より手強い罠が仕掛けてあるようじゃな」
「な、なるほど!罠でしたか!慎重に行かないとです!」
可鈴の勘違いとは露知らず、セリナはより一層の決意を新たにする。
一方、シアニはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
このトラップは、侵入者を害する者でも、拒む者でもない。
『引っ掛かったね!あははっ♪』
そんな笑い声が響くような、遊び心のあるトラップだ。
子供らしい無邪気さと、しかして無邪気さ故の残酷さもまた、同居する。
だがしかし、ならば。
「もーっしょーがないな!」
シアニは両脚に限定して、その不完全なる竜と化す。
『見える罠は避けず』、『見えぬ罠は意に返さず』
それが星詠みと√能力者が掴んだ情報と結論なれば。
シアニの結論は簡単、止まれないことはデメリット足りえず。
|不完全な竜とて突き進む《フォルス・ドラグアサルト》のみ。
シアニの前に見えるのは、『安全!こっち!』の立て看板。
わざとらしい誘導、罠でなければおかしい。
だが。
「もー歓迎ありがとっ!安全なんだね!?行く行く!」
「あ、怪しい看板は避けたほうがいいのではー?!」
悪童魔女は幼い。人に悪戯を仕掛けても、人を騙すほど穢れてはいない。
故に、文字通り、言葉通り、歓迎してるのだ。
安全だと言われて安全だと信じる、無垢なマレビトを。
雪の閉ざされた森の中へ、無聊の慰めを。
『安全保障』が途切れた瞬間、丸太が振り子のように襲い掛かってくる。
流石にこれはマズい、一般人が受ければ大怪我では済まない。
「とりゃぁー!!」
だが、このルートを乗り越えられる時点で、一般人ではない。
シアニは竜化した脚を止め、怪力無双を以って丸太を蹴り砕く。
圧倒的な破壊力が丸太を蹴り折るなんて生易しさで終わらせない。文字通りの木端微塵と化す。
「これくらいであたしを止められると思わな……ッ?!」
更に立て続いて、二度三度、四度五度と連続して四方八方から丸太が鐘撞のように襲い掛かってくる。
シアニはその|悉《ことごと》くを蹴り砕く。
多少息を荒らしたシアニはどこかで拍手喝采の音が聞こえた気がしたが、吹き飛ばすように咆哮する。
「だぁーこんなに罠を仕掛けた……マローネ!許すまじ!」
?!
流れ弾が、どこぞの吸血鬼へと襲い掛かった。
「丸太か。ふふふ、いよいよ本腰入れてきたと言うところかのぉ」
可鈴は不敵に笑う。
彼の不完全なる竜の進撃を挫かんと星詠みが語った『エグいトラップ』がこうも立て続いたということは、よほど侵入を拒みたいと言う事だ。
然らば、可鈴の歩みを止める為に降り注ぐことに相違なく……
「うやっ」
などと言っていると、可鈴の眼前を掠めて行った。
そして、その丸太が大樹の幹を強かに打ち据えると、可鈴の頭上真上からずっしりと重たい雪が落ちてくる。
「うややーっ!」
すんでの所で回避した可鈴だったが、落雪には氷が混じっていた事に冷や汗を流す。
割と急に殺意高くない???
「お、多いのう、罠……何とか間一髪で回避しておるが……」
「だ、大丈夫です、頭上の罠は、一度避けてしまえばそう何度も起きるものではないはず、なので!」
可鈴の言葉にセリナは気合を入れる。
頭上の落雪は、ある程度の溜めがあってこそ。
連続して起きることはない。
「頭上に注意を向けた後、足元から攻める、意識誘導のテンプレです!なので、足元に細心の注意を……」
セリナは翼を広げて、ふわっと空中浮遊する。
明らかに怪しい雪の盛り上がり、うぞうぞと蠢く様子から見て、触手が待ち構えているのは間違いない。
「きゃあっ!上からベトベトしたものが!?」
セリナの頭上から、生暖かい粘液が滴り落ち、翼を穢していく。
確かに落雪はある程度まとまった質量がなければ、脅威ではない。
だが、木々の枝に隠れ潜む知性や知恵を持ったものがいれば?
「あぅ、落ちちゃう……ひゃう!」
大量の粘液と、小さな触手が纏まってセリナの翼へと飛び掛かって来た。
それだけでなく、雪の下にいると確信していた、より太い触手の群れが、セリナを捉える。
「セリナ?!今助け……うやーっ!?な、なんじゃ、触手!?」
それは、地上で見守る可鈴の元にも忍び寄っていた。
触手は可鈴の四肢を縛り付けて、一切の身動きを封じると同時に、永遠に幼い身体を弄る。
袖の隙間から忍び込んだ触手は、細腕に巻き付きながら絡み付いて脇の下を通り、可鈴の未熟な胴体を撫でる。
「うねうねが絡みついて、気持ち悪いよぅ……」
雪の上に無防備に落下したセリナは柔らかな雪に受け止められるが、しかしそれは触手の巣の真上だった。
幼い身体に触手が纏わりつき、無遠慮に服の隙間から忍び込もうとする。
本能か、あるいは悪童魔女の植え付けたプログラミングか。
「にゃー!まさぐるな服を脱がそうとするなっ!」
触手は可鈴を押さえつけながら、ぺったんこな子供体型を無遠慮に弄る。
服の上からすりすりと擦り付けてくるだけでなく、そろそろと服の内側に忍び寄ってくる。
「ぐっ、手も足も出ぬ……い、いや、わらわには尻尾がある!うややーっ!」
しかし可鈴の尻尾はただもふもふなだけに非ず。
九尾妖力術、ぱたたっ!と振るわれる二尾の尻尾が、纏わりついた触手に妖力を叩きつけると、打ち払われる。
「私も……あの√能力なら!」
セリナとてここで諦める程心弱くはない。
|楽園顕現《セイクリッドウイング》を展開する。
魔女が支配する雪の森。
その眷属であるはずの触手は、魔女の庇護を受けられずにセリナの楽園に弾かれる。
内燃機関を持たない変温の触手は、凍てつく。凍り付く。閉ざされる。
|楽園《EDEN》において邪なる者、生きる事|能《あた》わず。
魔法によって触手に与えられた仮初の命は、ここで潰えた。
「は、はぁ、はぁ、な、なんとか逃れられたの……」
「こ、今度からは下ばかりではなく上にも気をつけましょう……」
触手の難から逃れた可鈴とセリナの二人は、乱れた呼吸と着衣を整える。
どれ程の災禍が自身に訪れても、力のない誰かを救う。
その目的と原動力は、何一つ変わらないのだから。
第2章 ボス戦 『指名手配吸血鬼『マローネ・コール』』

●吸血鬼は盗み見る
「あら?あらら?あらあら?」
雪に閉ざされた冬の森。
どこかを盗み見ていた吸血鬼は、不思議そうに首を傾げる。
「さっきまで少女に夢中だったはずなのに……あの子は一体何に気を取られているの?」
吸血鬼ははてさて、と小首を右に左に傾げる。
どうして?そうなるはずでは、なかったのに。
「うぅん……せっかく寂しがりの|悪童魔女《こども》と、楽園の少女を惹き逢わせたのに、これで終わり?」
一度発動させて朽ち果てた天上界の遺産を、惜しむように撫でる。
「はぁぁ~~……そういうことね。う~~~ん、じゃあ、仕方ないかしら」
重たい溜息を付きながら、吸血鬼……『マローネ・コール』は振り向く。
魔女の森を抜け、魔女の家へと向かった最短の道筋に、彼女はいた。
吸血鬼は、√能力者達に微笑みかける。
「ねぇ、私は今回、そこまで悪い事をしてないと思わない?」
異世界の遺物を持ち込んで、本来あり得ざるダンジョンを生み出した吸血鬼は、ふわりと笑う。
「私はただ、愛でたいだけなの。少女がお姉さんに甘え、お姉さんが少女を甘やかすような、甘いあまぁい物語を」
その為なら、|世界《楽園》を歪めることも厭わないと。
己が望む光景を見るためなら、他者の運命を捻じ曲げても、一向に構わないと。
目の前の吸血鬼は、あっけらかんと言ってみせた。
「ここは|楽園《EDEN》なのでしょう?難しい事は望んでないの。私も楽しみたいだけ」
吸血鬼はふわりと嗤う。
楽園の名の元に、他者の幸福を踏みにじる事を厭わないと。
『少女は冬の森で迷った末魔女に導かれ、二人は永遠に幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』
「わかる?邪魔をしないで欲しいの。私の|享楽《おたのしみ》の為にね?」
吸血鬼は己の楽しみを邪魔された殺気を包み隠す。
「私の描いた|道筋《ルート》と|物語《エンディング》はこうではないの。だから……仕方ないけれど、|修正しない《貴方達を消さない》とね」
指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は、静かに嗤った。
√能力者が抗おうと抗わまいと、意に介さず。
魔力が満ちた鮮血の雲が、空に浮かんだ。
●
「ふふん、中ボスの口上にしては上等じゃない!」
「あら、この私を侮るなんて、大きく出たわね?」
リリンドラの言葉に侮りを感じたのか、マローネの笑みが僅かに固まる。
しかしリリンドラのそれは悪意ない賛辞、作戦上の定義である中ボスだ。
「私も自分の正義を貫くために多少の無理は通していくつもりだから、あんたの言い分も理解できる部分はある」
正義の屠竜戦乙女を自称するリリンドラは、正義と信じた事を突き進む。
マローネの行動も、彼女なりの信じた正義と言うならリリンドラは理解を示せた。
「でもね、あんたのエゴに巻き込まれている被害者がいる以上看過する事はできないわ」
「そう、ならどうするのかしら?」
「そんなの、決まっているわ!」
リリンドラが屠竜大剣を構えて踏み込む。
マローネは鮮血色のオーラを纏い赤き爪を振るおうとしたところに、援護射撃が襲う。
シールドレイの率いる|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》の小火器だ。
煩わしそうに払いながら、リリンドラの屠竜大剣を受け止める。
シールドレイは援護しながら、包囲の輪を作っていく。
誤射の危険を冒してまで当てる必要はない、ただ退路を断つように弾幕を張れば、マローネがリリンドラの屠竜大剣を避けるルートを減らせる。
「いいな、これはやりやすい!」
射撃で足止めされたマローネは避ける事を封じられ、リリンドラの屠竜大剣を受け止めざるを得ない。
そしてそんな防御の上からでも、リリンドラの怪力で振るわれる重量攻撃は確実にダメージを通していく。
「残念ですが、貴女の思い描くルートは存在しません、もちろんこれからもです」
「さぁ、それはどうかしら」
マローネは屠竜大剣を受け止めて強く弾くと、半包囲しつつあるシールドレイの分隊に迫る。
赤き爪を軽く振るって針葉樹をバターのように切り、シールドレイの方へ蹴り倒す。
シールドレイは小隊を含めて直撃は避けたが、分断される。
包囲陣形を取るにはもう少し時間が要る。
「な……何とかして引き付けてください!誘惑でも挑発でも構いません、何とか時間稼ぎを!」
シールドレイの曖昧な指示にも関わらず、奉仕慰安用素体がこくりと頷いて前に飛び出る。
女性に興味がある吸血鬼、シールドレイの造形は有効である可能性があった。
際どい防具のデザインも、そういった用途に使える選択肢を取るためのもの。
「この程度の包囲なんて、あら?」
銃を持たずに無防備に飛び出たシールドレイの素体をマローネは抱き止め、足を止める。
「ふふ、私のために身を捧ぐなんて、健気ね」
シールドレイの素体に絡みつくように抱きしめ、シールドレイの腹部を探るように撫でる。
「(今です、私たち、包囲を……!)」
マローネの手付きに耐えながら、倒木を避けて包囲の輪を作る隙を作る。
人質にされているような状態ながら、シールドレイには切り札がある。
完全に包囲する直前に自爆して、マローネへとダメージと大きな隙を――
「でも、貴女の考えは読めてるの。そうはいかないわ」
「ぐぅっ?!」
マローネの爪が、シールドレイの腹部を貫く。
傷口から指が入り込んで体内を弄られる。そして、中身の何かを斬られる感触。
(自爆用の爆薬の配線を斬られた……?!)
これでは任意発動の自爆ができない。
「貴女みたいな娘を使い捨てるなんて、勿体ないじゃない」
マローネは手についた血液をぺろりと美味しそうに舐める。
捕まった慰安素体は、どうするべきかわかっているが故に僅かに躊躇うシールドレイへと叫ぶ。
「ッ、指揮素体の私!まだ自動発動は有効です!」
その意味するところは、『私ごと撃て』と。
一瞬の逡巡を経て、一斉射撃がマローネと慰安素体を襲う。
マローネにダメージを与えるだけでなく、慰安素体の生体爆弾を誘爆させれば――
「全く、無駄な自爆を止めてあげたのに」
マローネはバリスティックシールドを慰安素体に強く握らせながら銃撃を防ぐ。
自軍への流れ弾を厭わない、全周包囲による射撃。
正面はシールドレイの盾で防げるが背後から襲う弾丸はマローネが体で受ける。
1弾倉撃ち尽くしたリロードの合間、マローネは慰安素体の背中を押し出す。
よろめいた慰安素体はシールドレイの元、自爆の有効範囲外に返される。
(死亡による自爆を阻止された……いや、護られた?)
防弾盾型レプリロイドらしく盾のように扱われた慰安素体だが、銃弾を受けていない。
だが腹部を貫かれた傷口は痛々しい。
本命の戦いを控えてることを考えれば、下げるべきだろう。
「医務素体の私、応急処置をしてください」
「はい!」
戦線維持素体が弾幕を張る中、倒木の陰に身を隠して止血と応急処置を施していく。
「人質が解放されたならッ!」
捕まった仲間を見て攻めあぐねていたリリンドラが再び屠竜大剣を振りかぶる。
本来カウンター狙いの後の手を好むリリンドラだが、余裕ぶって攻めてこないマローネには自ら攻めることにした。
屠竜大剣による重量攻撃の隙も、シールドレイの援護射撃が隙を埋めてくれる。
更に遠慮のない全力の大振りの一撃を地面に叩き込む。
「そんな大振りの攻撃、当たるわけ……」
後ろに跳んで余裕の笑みを浮かべていたマローネの顔が、歪む。
退路に待ち構えていていたサティーがインビジブル化し、|対標的必殺兵器《ターゲットスレイヤー》をマローネの背中に叩き込む。
「くっ……?!」
背中に銃弾を浴びて少なからずダメージを負っていたマローネは、痛烈な一撃を受けた。
包囲されたマローネは意識を全周に割いてる分、サティーが潜んでいるのに気付かなかった。
「まだ幼い女の子は様々な可能性を、持つのよ、貴方が勝手に決めて良いはずないですよ」
激しい怒りを押し留めるように、サティーは対標的必殺兵器を構え直す。
サティー自身、異界に迷い込み神隠しされた過去を持つ。
悪しからぬ人たちに保護されたとはいえ、本来の家族の安否すらわからない。
今回迷い込んだ少女に、自分と同じような想いをさせたくない。
故に。
「今度は私が救う番だから!」
「たかが一撃、当てた程度で……」
感情のままに武器を振るうサティーの頭上に、鮮血の霧が集まり雲が形成されていく。
だが雨が落ちる前に、リリンドラの屠竜大剣がマローネに迫る。
「くっ……」
「余裕顔が崩れたわね!大人しくここは討伐されておきなさい、吸血鬼!」
「ふふ、誰が……ッ?!」
屠竜大剣を受け止められるが、リリンドラはそのまま力任せに押し込む。
吸血鬼の|膂力《りょりょく》に、ドラゴンプロトコルの膂力が抗う。
「戦線維持の私、援護射撃を!」
弾き飛ばそうと力を振るおうとするマローネの足元をシールドレイの銃弾が狙い撃ち、力を籠める事を許さない。
そうして稼いだ数秒の隙。
「はぁぁああッッ!!」
感情を爆発させるかのようなサティーの咆哮と共に、マローネの無防備な背中、翼へと対標的必殺兵器が叩き込まれる。
錬金毒がマローネを蝕み、翼の被膜が伝線したストッキングのように破れていった。
「マローネ・コール!」
吹き飛んだマローネが抑え込みから逃れるのも構わず、続けざまにサティーは踏み込む。
魔力に満ちた血の雨が降り注ぐのを、片腕を武器から離して防ぐ。
しばらく使えなくなる程度、構わない。
「貴方を葬って、迷い子を助ける!」
片腕だけで保持した対標的必殺兵器を、突進の勢いと全身のバネと捻りを使って振るう。
半ば捨て身の攻撃でマローネの防御の上から叩き伏せる。
「っ……これは、厄介ね」
想定以上の手傷を負ったマローネは微笑みを浮かべながらも、僅かながら冷や汗を浮かべていた。
これが、手慰みに運命を弄ぼうとしたたった一人の少女を、助け出そうとする√能力者の力かと。
●
「そんなに好きなら君自身が登場人物になればいい。君と魔女だけでなら誰も邪魔しないさ」
「ふふ、それも悪くないけれど、人の恋路を愛でたい気分なのよ」
杭のような鋼針を握り構える連音に、マローネは悠々と構える。
「そう言うと思った」
先手は譲るとばかりに余裕を見せるマローネへと一気に踏み込み、連音のスカートが翻る。
「あら?」
最初の踏み込みよりも幾分軽い手応えに感じたマローネは不思議そうな声を上げる。
スカートを気にして、つい途中でブレーキを掛けてしまった。
訝しむマローネに気取られまいと攻め続けるが、スカートが翻らないように下半身を固定した上半身のみでの体術では、普段より威力も精度も落ちる。
「あら、この程度の実力には思えなかったけれど?」
「抜かせ」
マローネが挑発するが、連音には応じる余裕がなかった。
時間を掛けるほどに疑われる、マローネや他の仲間にバレる前に早く倒さなくてはという気負いが、攻撃に焦りを滲ませる。
マローネが後ろに跳んで距離を作ると、連音はワンテンポ遅れて追う。
が、やはり小股になってしまい踏み込みが甘くなる。
「意識が逸れてるわね?隠し切れるものではなくてよ」
「くっ……」
そしてそれを見逃す吸血鬼ではない。
鋼針の突きを指で挟んで受け止めたマローネは、連音に顔を近づけて間近で見つめてくる。心を見透かそうとするような瞳に、思わず目を逸らす。
その瞬間、隙を突かれて足払いを掛けられて倒れそうになるが、慌ててスカートを押さえながら雪の上を転がって距離を取る。
針を構えながらスカートに手を当てる連音に、マローネは連音のスカートから太ももを舐めるように視線を向ける。
太ももに溶けた雪か、焦燥が生んだ汗か、液体がつうと伝う様子を見てマローネの笑みが深まる。
「ああ、そういうこと」
「っ!」
いつの間にか生じていた鮮血色の霧が、魔力の雲を作り出す。
下にばかり注意を向けていて気付かなかった連音は血の雨を嫌って前に出るが、身を掠めてスカートが僅かに引き裂かれる。
先ほどよりも鋭い突進と鋼針の付きは同じように受け止めようとしたマローネの掌を貫く。
だが痛みよりも享楽の気配を感じたマローネは、より深く鋼針を貫かせて連音の拳を握り押さえかかる。
「ねぇ、それって貴女の趣味?」
「黙れ」
妖艶な笑みを浮かべるマローネへ、強気に睨みつけるが頬が熱くなる。
吸血鬼の怪力に抑え込まれて、抜くも刺すもできずにいると、不意にマローネの手が連音の下半身へと伸びる。
吸血鬼の冷たい手が、マローネから逃れようと力を込めて強張った内ももをそっと撫で、『汗』を指で拭いその液体を連音の目の前で指先で弄ぶ。
親指と人さし指で摘むように指をすり合わせて離すと、粘り気を帯びたそれは透明な糸を引いていた。
「くすっ、イケない娘ね、戦いの最中にこんなにしちゃうなんて」
表情を変えぬままに耳まで赤くなった連音の耳元で、甘ったるく囁くマローネ。
周りにバラされるわけにはいかない。
渾身の力を込めてマローネの手を貫いた鋼針を更に押し込むと、マローネの心臓を貫かんとするが、身を翻して急所を避ける。
「ふふっ、からかいすぎたかしら」
だが連音の鋼針の先端がマローネの肩口を突き刺し、無理に避けたことで抉れていた。
軽くないはずのダメージを負っているはずなのに、マローネは不敵に笑う。
指で弄んでいた連音の『汗』を、連音に見せつけるようにペロリと舐める。
「変態め」
「あら、人のことを言えるかしら?ふふっ」
ポタポタと流れるマローネの血が、真白い雪を先月に染めていった。
●
「うん、出たわね、元凶の一人。こっちも基本的には悪人が何考えてようとどうでもいいし」
アスカは無手で構え、マローネを見据える。
武器を持たないアスカに、僅かに怪訝そうな顔を浮かべるマローネだが構わない。
やることは単純。
「しっかりと叩き潰せばいいだけだしね。」
一歩踏み込んでからのグラップリング。
拳を作らず、貫き手の如く突いたアスカの手指を、マローネは体を捻って躱す。
「あら。武器も持たないなんて、甘く見られ――」
「はい、というわけで、服よこせ」
「っ?!」
ぱっと柔らかく開いた手をマローネの服に手を掛けて無理やり脱がそうとする。
脱がしにくい丈の短いワンピース、だが留め具を多少壊せば一気に剥せる。
「……流石にはしたなくなくって?」
マローネは脱がされかかった服を庇いながら距離を作る。
外されかかった留め具を庇う様子は、恥じらう乙女のよう。
「大丈夫、ここはダンジョンだから。出現敵からアイテムの剥ぎ取りしてるだけの普通のことだから」
表情を変えずにあっけらかんというアスカに、マローネは半ば諦めた嘆息を漏らす。
「その超然的な考え方、なるほどただの人間ではないわね」
「そう、だから安心して犠牲になってね」
呆れ顔混じりのマローネへ、再度踏み込む。
マローネも赤き爪を使う近接タイプ。その射程に入り込むのは容易い。
単純な殴打ではマローネに分があれども、アスカの得意とするのは|組み技《グラップリング》。
片手で体を押さえつけ、ぽいぽいと服を脱がしていく。
「っ!」
吸血鬼の怪力を持つマローネに弾き飛ばされるも、目的のブツは手に入れた。
「もっと厚手の服が良かったけど……うん、ましな格好に戻ったわね」
吹き飛ばされた先で触手服の上から、今しがた脱がしたばかりのマローネの令嬢然とした服を着る。
防寒性能に関しては語るまでもないが、触手が局所に巻き付いただけの恰好よりは遥かにマシだ。
黒レースの下着姿になったマローネは、血の気のない白い肌を僅かに朱を染めながら、魔力を纏い直す。
それは先程と同じワンピース姿だった。
「言っておくけれど」
「?」
「それは私の魔力を編んだ服だから、長く持たないわよ?」
マローネが纏う服はインビジブルである『マローネ・コール』を構成する要素。
マローネが滅した後は、その存在を同期する。
即ちマローネが消滅した後は、剥ぎ取った服もやがて世界の異物として溶けて消えることだろう。
「命乞いにしては安いわね」
だがアスカの選択は変わらない。
ただ目の前の敵を、潰すまで。
●
シールドレイがマローネと近接戦闘を繰り広げる√能力者を包囲する中、シールドレイの援護射撃が止む。
誤射を避けて発砲を控えている。
逃亡阻止するためだけなら、包囲陣形を取っているだけでも十分であるし、マローネに逃げる気配もない。
それらも理由の一つではあったが……
「(捨てようとした奉仕慰安用素体の私の命を、拾われた……)」
敵を誘惑して時間稼ぎさせる。
自分の命令が意味することを理解していなかったわけではない。
捕まって人質にされたなら、懐に潜り込めた状況を活かして自爆する。
それで敵を倒しきれずとも、手傷や隙を作れれば良い。
そう言った命を賭した行為も、取れる選択肢、攻撃手段の一つでしかない。
シールドレイ達のようなレプリロイドの命は、そう言った安い消耗品だ。
シールドレイに自覚はなくとも、美しい女性の姿をして蠱惑的な服装を着ているのも、敵の油断を誘うためでしかない。
「だと言うのに、何故……」
シールドレイは指揮用素体として最も冷静でいなければならないと分かっていてなお、困惑を隠せない。
「応急処置は済みました、しかし生体爆弾の任意発動はメンテナンスをしないと使えません」
マローネが切り倒した倒木を遮蔽にしながら医務用素体の治療を受けた慰安素体は、気もそぞろに説明を受ける。
手放そうとしたバリスティックシールドを持たせる為に添えられたマローネの手の感触を思い出す。
力強くはあったが、痛みを与えるようなものではなかった。
戦線維持素体が仲間をフォローすべく援護射撃がマローネへ放つと、マローネが避ける様子が見えた。
即ち、シールドレイの銃弾がマローネに通じないわけではないということ。
だというのに。
慰安素体の負った傷はマローネの爪に貫かれた腹部だけ。
シールドレイ達の一斉射撃から、一発の弾丸も浴びないよう護られた。
「私に当たらないように、盾になるなんて……」
防弾盾型|少女人形《レプリロイド》であるシールドレイを護る盾になって銃弾を浴びるなど、本末転倒だ。
「(いいえ、わかっています、至近距離で自爆されるよりは、銃弾のダメージがマシなのでしょう)」
指揮素体の元へ返したのだって、自爆範囲から距離を取り、味方を巻き込まないようにさせる為。
わかっている。
冷静な自分が、状況による行動の意図を分析する。
それでも。
「私の命を惜しまれたのは……初めてです」
マローネの細い体に華奢な腕で抱き寄せられた温もり。
宝物を撫でるような優しい手つき。
バリスティックシールドを握る手に添えられたひんやりと冷たい手。
突き飛ばすのではなく、背中をトンと優しく押し出された感触。
絶えず浮かべる吸血鬼の微笑み。
マローネに与えられたそれらが、ズキリと走る腹部の痛みを上書きしていく。
役割を、使命を忘れたわけでも、恩義を感じてるわけでもない。
次第に追い詰められていく吸血鬼は、ここで潰えるだろう。
戦線維持用素体のシールドレイが、撤退など許さない。
慰安素体は手放した自分の銃が近くに無いことに、何故かホッとした。
そんな様子を見ていた戦線維持素体にも、躊躇いが伝播する。
戦線復帰して盾を構え、包囲の一角を務める慰安素体へ、マローネがチラリと目配せする。
一瞬。
彼女がくすりと微笑んだ気がした。
●
「はぁ、全く。ここで√能力者に出遭うなんてついてないわね」
まるで悪びれず、理不尽な不運にでも遭ったかのようにマローネは嘆息する。
それにシアニはびしっと指を差す。
「この世界に危ない物を持ち込んで!」
マローネが持ち込んだのはダンジョンを形成するような、異世界のあり得ざる代物。
「何事もなく家に帰るはずだった女の子の物語を歪めて!」
ごくごく平凡な少女が神隠しされる、あってはならない出来事。
「悪い事しかしてないね!」
それらを招いた切っ掛けは、紛れもなくこの吸血鬼の戯れだ。
「物語に多少の|悲劇《スパイス》はつきものでしょう?」
故に、些事であると言って見せる。
「なんじゃ、そちは脚本家気取りか?」
他者の運命を弄ぶ事を、まるで高尚な芸術のように謳うマローネに、可鈴は憤る。
「先のことなぞ誰にもわからぬ。そちの勝手なイメージを押し付けるなっ!」
高ぶる感情のままに、可鈴は狐火を放つ。
「ふふ、確かにそうね……」
直撃を避けたマローネは、後ろで炸裂した爆発を感じて爆風よりも速く可鈴の元へ駆ける。
「うやっ?!」
「――だからこそ、星の導きは面白いわ」
可鈴の狐火の狙いは直撃せずとも構わないと言う狙い、その甘さを見逃さず、『直撃でなくとも拙い』と読んだマローネは距離を作った。
確かにこれは、戦い慣れた巧者だ。
当たれば四肢を封じられかねない血の雨が可鈴へと降り注ぐ中、マローネは赤き爪を振るい追い立てる。
「……うやー!ぬ、ぬぬぬ、狐火だけでなく爆発をも避けて反撃するとは、結構強いではないか!」
なるほど、指名手配されるほどに追ってから逃れただけはある。
マローネの間合いに入り込まれた可鈴は攻撃をしのぎながら、なんとか切り抜ける策を考える。
反撃のアイデアか、仲間の援護か、あるいは敗北か。
「やはり、ここは……1番しかないのう!」
「っ?!」
狐の霊鏡を取り出した可鈴は、血の雨を弾く。
鏡に当たり跳ねた雨の血飛沫が、マローネの振るう赤き爪に当たりその呪詛をそっくりそのまま返す。
「勝った!第2章、完!」
自らの√能力で片腕を封じられたマローネは、しかして可鈴へと不敵に笑いかける。
「勝ち誇るには、甘くってよ」
「うややっ!?」
逆の手を振るうマローネの爪が可鈴の首筋を狙う。
「はぁっ!!」
そこに竜の脚力を全霊に使って加速した勢いのまま、シアニがハンマーを叩き込む。
己の能力で封じられた片腕を犠牲の盾にして防いだマローネは、片腕の攻撃能力を維持しながらも手痛いダメージを刻まれた。
「仲間には手出しさせないよ!それに、あなたが仕掛けたトラップもだよ!!」
「うん?」
「可愛いトラップで油断させといて危ないでしょー!マローネ汚い!てーいもんどーむよー!」
「ここは|悪童魔女《あの娘》のダンジョンよ、私じゃな――」
弁明しようとするマローネに構わず、シアニは|強化された《本来の》脚力で突撃しながらハンマーを軽々と振るう。
強力なハンマーの一撃に警戒するマローネに、シアニの蹴りが襲う。
「――なんて、言っている余裕はなそうね」
脇腹に受けた痛みに応じるように、マローネの笑みの中に汗が滲む。
だが変わらないはずの笑みが、余裕の色から楽しむような色に変わる。
ぞくりと走る怖気に、シアニもまた笑う。それは、楽しさ。
「……『レディ・クロー』」
シアニの突撃を待ち構えていたマローネの姿が、気配がふっと消える。
鮮血色のオーラが戦場に満ちて、マローネがここに存在するという認識を阻害する。
シアニに……否、誰であろうともマローネの姿を捉える事はできない。
「だけどっ!」
「ッ?!」
――マローネの残す痕跡は別だ。
マローネが渾身の力を込めて踏み込んだ雪原の足跡、そして炸裂するように舞う地吹雪。
インパクトのタイミングなど気にせず、その方向へとハンマーを振るえば、自ら当たりに来るようにマローネが飛び込んで来た。
「そう、読まれたのね。ならばより、慎重に……」
「ふふ……ふふっ♪」
冷酷に、冷徹に微笑むマローネに、シアニは実に楽し気に笑う。
不思議そうな顔を浮かべたマローネに、シアニはハンマーを構え直す。
「お姉さん強くて戦うのすごく楽しい!変な物語じゃなくてこっちで楽しもーよ!」
シアニは心の底から楽しんでいた。
ともすれば、この先に控えつつも戦いに興じることのないと言われていた本来の目的である悪童魔女との戦闘よりも、今この瞬間こそが最高に楽しい時間であると。
目をしばたかせたマローネは、くすっと微笑む。
「……そう。でも私の本気は、真っ向勝負ではなくてよ?」
瞬間、マローネの気配が消える。
否、存在そのものが掻き消えた。
無風の森の中。音を吸い込む雪が、冬の森に静寂を|齎《もたら》す。
目と耳、空気の流れ、甘ったるい血の匂い。五感全てを使って探るも、見つからない。
これが隠密に徹した吸血鬼の本気か。
ともすれば逃げ去ったと誤解しかねない。
だが他の√能力者の包囲はそれを許す程甘くないはずだ。
その静寂は数秒か、数分か、あるいは数時間経ったのか。
「(怖い感じのする敵です。何か策を考えないと……)」
セリナは僅かでも気を抜いた瞬間に首筋から鮮血が噴き出る想像をして、身を震わせる。
血の雨を避ける木陰、樹を背後にしても生木を軽々と断つ赤き爪を持つマローネに相手では油断できない。
静寂に包まれた森、研ぎ澄ませた感覚は、自身の呼吸音どころか心臓の音すらうるさく響き渡る。
「うやっ!逃げるな、卑怯者ー!」
「もっと楽しもうよー!」
可鈴とシアニが吸血鬼を挑発し誘う中、マローネが現れる気配はない。
だがそれ故に、狙いは絞られる。
神経を研ぎ澄ましながら、詠唱を続ける。
――セリナを狙ってくるだろうと。
「きゃっ!いつの間に近くに!?」
気配も音もなく寄り添うように間近に表れたマローネが、赤き爪を振るう。
それを防いだのは、物語に謳われる|読み聞かせの本《ファブラ・アーカイブ》の中に綴られた英霊。
銀の十字架を盾に、セリナへ迫った赤き爪を防いだ。
「っ、|吸血鬼殺し《ヴァンパイア・ハンター》……ッ!」
マローネの余裕が崩れて、明らかに焦り出す。
十字架に叩きつけた赤き爪はひび割れ、焼け焦げた肉のような異臭を漂わせる。
「――助けてくれてありがとうございます!」
御伽噺のように読み聞かせられたヴァンパイア・ハンターは、感謝の言葉を背に受けて目の前の|狩猟対象《ヴァンパイア》を見据える。
正に、|彼、あるいは彼女《伝説》らしい。
マローネが隠密によって時間を掛けて隙を狙った分、セリナのウィザード・フレイムは数十にも及んだ。
いくらウィザードフレイムを召喚しようと、隠密状態のマローネを狙う事は叶わない。
だが。
「妖狐の加護じゃ、存分に受けるとよい!」
可鈴が炸裂した狐火の爆発が、照らし出す。
マローネの姿を捉えられずとも、爆炎による光が影を深める。
「見え……ったぁー!!!」
その僅かな瞬間。
どんなに距離が離れていても一瞬で詰めるのは、不完全ながらも竜の脚力を持つシアニ。
不可避のハンマーによって強烈な一撃を叩き込まれ、びりびりとしびれて動きを封じられる。
「くっ、ぅ……!」
「捉え……たぁー!!!」
セリナが降霊させたヴァンパイア・ハンターが、頭上から跳び掛かる。
マローネは本能的に上を向き、吸血鬼殺しへと意識を向けてしまう。
だが本来警戒するべきは、物語に綴られる英霊ではない。
「自分のためなら他の人はどうなってもいいなんて許せません! 貴方の物語は、これで終わりです!」
――今を生きる、√能力者だ。
「しまっ?!」
セリナはウィザードフレイムを全弾、遠慮も容赦もなく放つ。
冬の森を、狐火と魔術師の炎が、まるで荼毘のように燃え盛り、明るく照らし出した。
第3章 ボス戦 『『悪童魔女』ルルフィア』

●悪童魔女は楽しんで
「あはっ!あははっ!」
水晶に映し出されていた光景を見ていた悪童魔女……ルルフィアは楽しそうに笑う。
自分を√EDENへと招いた吸血鬼が滅していった様子を、面白そうに嗤っていた。
「ねぇねぇ、ほらほら見て見て!すっごいよね?」
攫ってきた少女へと、ルルフィアは実に楽しそうに話しかける。
連れ去られてから何をされるかと不安だった少女だったが、ルルフィアが水晶の光景に夢中になっていたお陰でほとんど被害は受けていなかった。
身体をくすぐられたり、耳たぶを食まれたり、軽い悪戯は受けていたが。
「さっきの一撃凄かったなぁ♪ ねぇねぇ、もっかい見る?見るよね?」
「えっと……」
困惑する少女にルルフィアは構わずに水晶を預ける。
「私は行くところがあるからさ、その間アーカイブでもライブでも、好きなだけ見てていーよ!操作はね、ここをこうしてー……」
「あの、ルルフィアさんは、どこに行くんですか?」
「えー、さん付けとか他人行儀!『ルルちゃん』でいいよー?敬語とか要らないし!」
攫ってきた少女に馴れ馴れしい態度の悪童魔女は、見た目以上に子供っぽい。
「えっとね、お出迎えだよ。お姫様を迎えに来た勇者を、魔女が打ち倒す。これはそういう物語なの!」
どこか怯えた様子を残す少女に、ルルフィアは安堵させるように笑いかける。
「待っててね、おねーさん。私のハッピーエンドを邪魔する|勇者《わるもの》をやっつけてくるから!」
●悪童魔女は出迎えて
雪に閉ざされた常冬の森の最奥。
ログハウスのような木造の家の扉ががちゃりと開き、現れたのは金髪緑眼の幼げな魔女。
コツコツと階段を下りて、目の前で立ち止まる。
「私の森へ、魔女の家へようこそ、√能力者!」
にぱっと笑うルルフィアは、歓迎するように両手を開いた。
同時に、魔女の家が結界で閉ざされる。
呼吸をするように仕草一つで魔法を扱う、魔女の御業だ。
「貴方達の行動はぜーんぶ見てたよ!だって私の森の中だもん。皆すっごいねぇ♪」
森を抜けてきた√能力者の活躍を称賛するように拍手をぱちぱちと打ち鳴らす。
「罠に引っ掛かってたのも面白かったよ♪ どうどう?私のトラップ楽しんでくれた?」
何らかの魔法か、手元に√能力者達が罠に引っ掛かっていた映像を浮かべながら、くすくすと笑う。
ルルフィアにとっては、楽しい遊びやサプライズなのだろう。
「でもね、貴女達の目的もわかってるの。私のモノを奪いに来たんだよね?」
すっと笑みが消え失せる。
「さっき使った魔法は、『命懸けで我が家を護る魔法』。私を殺さなきゃ、ここは通れない」
見えざる結界の壁に、強烈な魔力が迸る。
魔女の森が形成する魔力が、魔女の家を起点に一点へと収束していく。
結界を壊そうとするなら、ダンジョンそのものを壊すことに等しい。
当然、目の前の魔女はそれを許さないだろう。
「ダメだよ?私の森に在るモノは、ぜーんぶ私のモノなんだから」
ルルフィアの背後、雪に隠された森から、大量の触手がうねうねと姿を現す。
「わかる?貴女達も、今は私の森の中にいるよね。だから、ね?」
冬の森に一層冷たい寒波が吹き、ルルフィアの拳からバチバチと電撃が迸る。
魔女の見た目に反して、近接戦闘の構えを取る。得意なレンジなのだろう。
「貴女達の命も、今は私の掌の上!」
このダンジョンの核である『悪童魔女』ルルフィアが、目の前に立ち塞がった。
●
「あんたがラスボスの魔女ね、素敵な歓迎の数々にありがとうと言っておくわ」
「楽しんでくれた?えへ、あのツタ、蛇かと思ってびっくりしたでしょー♪」
リリンドラの素直な言葉に、ルルフィアはにぱっと笑い返した。
互いに悪意の無い純粋な言葉。
トラップを仕掛ける手間は、罠にかかった相手も面白がってくれるように、なんて無邪気さ。
しかし子供故に短絡さと残酷さも垣間見える。
「人質の女の子を解放するなら、命までは取りません」
サティーは少女の扱いに、僅かばかり譲歩の余地を見た。
暴力的な虐待で虐めてないなら、反省してもらえればそれで良い。
「それはできないなー。あのお姉さんは私とずっと暮らすんだし?」
サティーの言葉に、ルルフィアは困ってますと伝える大仰な素振りで応える。
ルルフィアの最初の言葉通り、『命懸け』の結界。
一度発動すれば、ルルフィア自身ですら解除は困難だろう。
答えは分かっていたが、しかしけじめとして決意を確かにする。
「わかりました。であれば全力で討伐するしかありませんね!」
サティーは自らを中心に、√EDENを上書きするように現れたダンジョンを、更に書き換えるテクスチャを張り替える。
それは√EDENの世界が持つ異常と非常、異物を拒む、『忘れようとする力』。
この戦いで負った傷も破壊も、忘れ去られてなかったことになる。
その√能力の発動に、ルルフィアはぴくりと反応する。
「へぇ……忘れさせたりなんかしないよ、私の事」
「ッ?!」
瞬間。
サティーの目の前に、ルルフィアの冷気を纏った蹴りが襲い掛かる。
受ければ痛烈なダメージ、避ければ凍結地帯が広がる。
「させないわ!」
そこに割って入ったのは、|正義完遂《アクソクメツ》により|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》と化したリリンドラ。
蹴撃を受けたリリンドラの黒曜の鱗を一瞬凍結させるが、その瞬間に氷は解けて消え去る。
反動を活かしてすとんと着地したルルフィアは、竜尾を地面へと叩きつけながら笑う。
「へぇ、いきなり竜化かぁ。大丈夫?竜漿の消費が激しいんじゃない?」
竜化。それはドラゴンプロトコルの秘奥にして、最大限の敬意。
魔女でありながら竜種の特徴を持つルルフィアは、それを知っている。
「正面から真っ向から|闘《や》り合いたいけど、今回は人質救出が最優先事項なの。悪いけど即滅させるわ」
「あはっ、構わないわよ♪ 貴女の|敬意《竜化》、応えてあげるッ!」
無敵の|黒曜真竜《リリンドラ》に全身全霊で挑む。
凍てつく蹴りの連撃がリリンドラの体表を、否、空間そのものを凍結地帯へと変えていく。
リリンドラを凍結地帯で包み込むつもりか。
「そんな策略ッ!」
「くぅっ!?」
リリンドラは仲間の立ち位置を気に掛けながら、ルルフィアが空中を舞うように凍結の蹴りを繰り出していく隙を伺い、上空へと弾く。
ブレス攻撃も誤射の心配がない。
空中に弾かれて無防備なルルフィアへ、大きく口を開いてプラズマのブレスを放つ。
並みのインビジブルや能力者であればたちまち存在が掻き消えたであろうそれを。
「あははっ、流石ね!」
少なからず手傷を負いながらも、ルルフィアは見事に防いで見せた。
絶好の機会だったとはいえ、竜漿の消費も大きい。
「そっちこそ、魔女と言われるからには遠距離で戦うものだと思ったけど」
「ふふん、イマドキの魔女は近接戦闘もこなせないとね」
リリンドラの言葉にえっへんと威張ってドヤ顔を決めるルルフィアだったが。
リリンドラが引き付けていた時間、作った隙。
√能力は強力な分、当然連続発動は負荷が極めて大きい。
それ故に、ルルフィアは無意識に警戒を緩めてしまっていた。
「ウィザード・フレイムっ!」
「なっ!?」
ルルフィアの顔が驚愕に染まる。
ルルフィアは竜化したリリンドラこそが最も難敵だと判じた。
リリンドラと同じ竜種の血を引くルルフィアであるからこその驕り。
リリンドラにかまけていた時間に比した炎が数十灯り、ルルフィアを狙う。
「これは|古代語魔術師《ブラックウィザード》の……させ、ないしっ!」
雪原を吹き飛ばすかのような踏み込みで、サティーへと肉薄するが。
サティーを護る魔術師の炎が、それを許さない。
ルルフィアの蹴りを炎の壁が弾き飛ばし相殺する。
続けざまに雪に隠れていた大量の触手がサティーを狙うが、その|悉《ことごと》くを炎が焼き尽くす。
だが反射と被弾を顧みずに雷撃を纏ったルルフィアの拳が、炎の壁を突き破りサティーへと迫る。
「それはこちらの……セリフですッ!」
だが炎の壁の向こうには、大剣へと錬成した詠唱錬成剣。
内蔵された試験管から、耐雷属性を宿した刀身を形成して麻痺を防ぐ。
「あはっ、面白いねっ!ならこれは……どおっ!?」
ルルフィアは続けざまに蹴りを繰り出す。
甘い狙い、だが先程の牽制と違って纏った冷気はサティーが最も警戒していたもの。
「(多対一の状況、ルルフィアだけが一方的に有利になる凍結地帯を発動させるわけにはいきません……!)」
詠唱錬成剣の柄を握りしめて試験管を耐雷属性から耐冷属性へと切り替える。
ルルフィアの蹴りを大剣に当てさせるように防ぐ。
「やっぱり当たりに来たね、でもいつまでその剣を握ってられるかな?」
「っ……!」
冷気を受け流し切らず、凍結地帯を形成する魔力を分散させるには、サティーの体で受けざるを得ない。
冷気を阻むように赤熱する刀身だが、その柄を握る手がかじかむ。
連続で何度も受け続ければ、如何に対策を施しても凌ぎ切るのは至難だろう。
「貴女は冷静にして、私を倒そうとする意欲が高い。悪いけど厄介そうだから早々に仕留めさせてもら……っ?!」
サティーへと狙いを切り替えたルルフィアに、銃弾の雨が降り注ぐ。
シールドレイの|少女分隊《レプリロイド・スクワッド》の援護射撃だった。
12人の分隊が3列になり盾役、射撃担当とリロード時の交代役に分かれて絶え間ない弾幕を浴びせ続ける。
「私たちは盾、私たちは鉄壁。貴女を阻む者です」
「この、お人形さんのくせにっ」
盾を構えるシールドレイへとルルフィアの蹴りが襲うが、堅牢な盾がそれを真っ向から受け止める。
懸念していた凍結地帯は広がらず、冷気の手応えもない。
「冷気を纏わない牽制の蹴り……なら、足元へ注意を!」
指揮素体のシールドレイの号令の直後、足元から這い寄る触手を銃弾が撃ち抜く。
銃口が下に向いた隙を狙おうと迸る雷撃を纏った拳がシールドレイに伸びた瞬間。
「させませんっ!」
サティーが詠唱錬成剣をルルフィアの顔面へと薙ぐ。
当てる事よりも避けさせることを狙いとした一撃は、狙い通りルルフィアの攻撃を止めさせる。
「あっぶなっ?!もう!レディーの顔になんてことするのよ!」
ぷんすこと怒り出すルルフィアは、意識を散らされていく。
そう、当初最も警戒するべきと判断した、竜種からすら。
「この物語の終幕は正義が|魔女《わるもの》を倒してお姫様を助ける、そう決まってたのよ!」
ブレス直後の、竜漿の急激な消耗から立ち直ったリリンドラが無敵の体躯を活かして抑え込むと、仲間に合図を出す。
「今よっ、わたしごとやっちゃいなさい!」
「……戦線維持素体の私、前へ」
「ウィザード・フレイム、全弾斉射っ!」
リリンドラが抑え込んでいる隙に、シールドレイの素体が三人。
そしてサティーの浮かべる十数の魔術師の炎が、防御できないルルフィアへと襲い掛かる。
炎と爆発が、リリンドラの爪の間で炸裂した。
●
「まぁ悪戯は可愛いと思いますけれどあまりひどくてはダメですわ」
セラフィナ・リュミエール(オペラエル・h00968)は|百歌繚変《シェイプシフト》で美人婦警へと変身する。
幼いセラフィナの体躯は、魅力的な成人女性へと変化していく。
「容疑者確保、ですわ」
「っ、誰?!」
ルルフィアは戦いと結界を張ることに魔力リソースを割いていたせいか、セラフィナの侵入を感知できずに接近を許す。
驚いた瞬間にガチャリと手錠を嵌められたルルフィアは後ろ手に拘束される。
セラフィナはそのままするりと抱き上げて尻尾を抑える。
「悪い子には、お尻ぺんぺんのオシオキですのよ」
「なっ、そんなこと許さな……ひゃんっ?!」
ルルフィアの短いスカートをめくり、現れた白いお尻に平手を打つ。
ぺちっと小気味よい音を響かせながら、幼子を嗜めるお姉さんのように優しく言う。
「ほら、反省したらちゃんと、『ごめんなさい』でしてよ?」
「だ、誰が……きゃんっ!」
抵抗するルルフィアのお尻に、セラフィナは更に平手打ちをする。
反省を促すための強い痛みを与える為のモノではないそれは、じれったさを感じさせた。
見た目よりもか弱いのだ。
「こん、のっ!!」
「きゃっ?!」
ルルフィアは渾身の力で抗い、逆に大量の触手でセラフィナを拘束する。
ヌメヌメとした触手がセラフィナの四肢を拘束し、先程のルルフィアと同じポーズを取らせる。
すると、ポンっと小気味よい音を立てて変身が解けて、元の幼い姿に戻ってしまう。
「ふぅん、こんなちっちゃい女の子だったんだ……よくもやってくれたね?」
「な、なにをするつもりですの?」
立場が逆転してしまったセラフィナは、怯えたような様子を見せる。
女性の庇護欲を、人によっては嗜虐欲を刺激するその素振りは、ルルフィアは後者を抱いたようだ。
「決まってるよね。さっきと同じことだよ?」
触手を操り、セラフィナのお尻を突き上げさせる。
必死に足を閉じようとするセラフィナだが、足首を掴んだ触手に引っ張られる。
「ううん、お返しは倍返しが相場かなぁ?」
「ひゃっ?!」
セラフィナのお尻を包む年相応のショーツをずらし、Tバックのように引っ張り上げる。
布一枚の守りとはいえ、普段覆われて隠されている部分が晒されたセラフィナは、羞恥に顔を赤く染まる。
「反省したら『ごめんなさい』……だっけ?」
「ひゃぅっ!」
セラフィナの小さなお尻が、ルルフィアの平手でぺちっと叩かれる。
歯を食いしばって耐えようとするセラフィナに、何度も繰り返される。
「あはっ、頑張って我慢してるね?偉いなぁ~」
「きゃっ、ななな、なにをなさって……!」
決して強くないとはいえ何度も叩かれて赤くなったセラフィナの白いお尻を、ルルフィアは優しく撫でる。
「ふっ、ぅ……」
ジンジンとした鈍い痛みを溶かすように華奢でしなやかな手指の優しい手付きで撫でられ、心地よさに目がとろんとする。
しかし、その瞬間を狙ったかのように。
「ひゃんっ?!」
またぺしっと叩かれてしまう。
「『ごめんなさい』、は?」
「う、うぅぅ~~……」
ぺしっ!
「ほらほら、ちゃんと言えるまで終わらないよ?」
「……なさ……」
小さな声が、セラフィナから漏れる。
完全に聞き取れなかったものの、その言葉を待ちわびたルルフィアはにやりと笑う。
「聞こえないよ。もう一度、はっきりと大きな声で言おう?」
「ごめ、んなさい……っ!」
ぐすぐすと涙目になりながら、年相応の少女のように泣いてしまう。
「よしよし、いいこいいこ。ちゃんとごめんなさいできた君は偉いね~~」
先程まで何度も叩いて赤くなったセラフィナのお尻が、今度は丁寧に丁寧に、優しく撫でられる。
セラフィナは未知の心地よさに、先程とは違う意味で必死に声を押し殺した。
●
「覗きとは趣味が悪いな」
「あは♪見られて困るコトでもあった?恥ずかしい事はたくさんありそうだけど」
連音はジト目でにらみつけるが、ルルフィアはどこ吹く風で笑みを深める。
森の中の出来事を見られていたとすれば、弱みを握られているにも等しい。
「君とあの子のハッピーエンドは重ならない。私はあの子を優先するまでだ」
「……!」
ルルフィアから一瞬笑みが消えたかと思うと、連音へと迫る。
マローネ戦の時のように、尻込みはできない。
最初からバレてると思えば、裏を返せばバレないようにする心配がないということ。
「あは、あの吸血鬼相手の時よりは動きがいいね?でも、ね!」
幾度目かの攻防、鋼針と鉄拳の応酬が繰り広げられる。
だがそれに意識を割き過ぎたため、背後から延びた触手に容易に絡め捕られてしまった。
「くっ!今度のは拘束だけか、なら……」
「ふふっ♪」
「……待て、その表情は何だ」
冷静に拘束を外そうとする連音に、ルルフィアはにんまりと笑みを深める。
触手の力で地面から浮かされて、空中に持ち上げられる。
「ね~え?不思議だと思わない?」
「……何がだ」
頬を悪戯に歪めるルルフィアの口車に乗ってはいけないと思いながらも、聞き返してしまう。
「貴女のショーツは確かに貰ったけど……それだけであんなに『汗』かいちゃうものかしら?」
「……何が言いたい」
「あはっ、貴女って大事な部分を見られそうになって興奮する露出狂のヘンタイさん?」
「違う……!」
連音は思わず否定してしまうが、話の運びがおかしい。
否定させるための問い、言質を取るためのものだ。
「私の触手にいっぱい撫でられたみたいだけど……本当にそれだけかしら?」
ルルフィアの手が、連音の内ももへと伸びる。
マローネに揶揄われた後、念入りに拭ったはずなのに、またとろりとした『汗』が内ももを伝っていた。
その流れを辿るように、つぅっと上へと昇っていく。
そして足の付け根でピタリと止まると、耳元で囁かれる。
「中まで弄られた?それとも、奥まで貫かれた? もしかしたら貴女も知らないうちに……」
「ッ……!」
連音は真っ赤になる。
道中、落とし穴に落ちた時か。最初かそれとも何度か落ちた後か。
そういえば落ちた時に感覚がなかった時が何度かあった気が……
連音が思考に耽っていると、ルルフィアの忍び笑いが大きくなる。
「あはっ、顔真っ赤♪でもその反応ハジメテではなそうね?触手なんかに奪われてたら、真っ青だものねぇ」
「……ッ!謀ったな」
「ええ、触手なんかにそんなことさせるわけないじゃない?」
揶揄われたことに気付いた睨む連音にくすくすと笑いながら、ルルフィアは足の付け根に添えた指を動かした。
連音は思わず漏れそうになった声を、必死に抑える。
「我慢し続けて来たんでしょ?触手なんかじゃなく、私の指で発散させてあげる♪」
だが細くしなやかな指が、連音の敏感な部分を優しく撫でられると、小さな声が漏れてしまう。
ルルフィアは顔立ちに似合わない包容力ある胸にぎゅっと抱きしめながら、連音の入り口を擦り付ける。
ただ無遠慮に押し付けて擦り付けてくる触手とは違う、気持ちいい部分を的確に探ろうとしてくる指使い。
声を漏らすまいと必死に息を止めるが、その分大きく熱っぽい息を吐いて、指が動くたびに荒い息を何度もしてしまう。
やがて、つぷ、と指先が中に入り込んでくる。
「~~……!」
「ほら、ぬるっと入っちゃった。入り口だけ拭ったってダメでしょ?ちゃぁんと、奥までしっかり発散させないと♪」
耳元でこしょこしょと吐息を吹きかけるような甘ったるい声で囁くルルフィアに、ついに我慢の限界が迎えた。
「|大禍刻印呪法《スティグマ》――」
「ッ、マズっ?!」
大きな魔力、いや呪力の気配に、調子に乗っていたルルフィアは焦りを浮かべる。
連音を弄んでいたルルフィアの片腕が大鋏で切りつけられ、慌てて手を放すがもう遅い。
「――|裁ち切るは蠍の大鋏《シザーオブスコーピオン》」
大鋏が宙を舞い跳び、連音の四肢を拘束していた触手が裁たれる。
拘束を解かれた連音は雪原へと着地して、大鋏を掴み取り構えた。
「最早これに頼るしかないか。散々遊んでくれたが――覚悟は良いな?」
連音は荒い息を整えながら、ルルフィアを睨みつける。
斬りつけたルルフィアの右腕には、僅かな切り傷が残るのみ。
だが呪力によって蝕ばまれて動かなくなった利き手を抑えたルルフィアは、苦い顔を浮かべながらも笑いかけてくる。
「……口でもいいよ?」
「……舌を斬られたいようだな」
まだ懲りていないようだった。
●
「人はモノじゃないよ。誰かを自分の好きなようにできると考えてるなら……お仕置きしないとね!」
「やってみる?貴女も私と同じみたいだし、楽しめそう♪」
ハンマーを突き付けて振りかぶるシアニに、ルルフィアはとんとんとつま先で雪を蹴って足場を確かめる。
足に冷気を纏うと、
「貴女から来なよ、タイミングは任せてあげる」
「それじゃあ、遠慮なく!」
竜化した脚力で足元の雪を蹴り飛ばして推進力にする。
足元にトラップがあろうと踏み壊せる。
だがそれと同時に、ルルフィアもシアニの方へ駆け出して行った。
一瞬驚くシアニだが、にやりと笑う。
衝突の瞬間、両脚だけでなく両腕を竜化させてハンマーを叩きつける。
「小細工はしないんだ?」
「ふふん、貴女とはこういう遊び方のほうが楽しそうだし!」
振りかぶったハンマーがルルフィアの靴と激突して、衝撃波と冷気が相殺し合う。
押し返されたハンマーの勢いを活かし、脚力で反対に捻る。
重量のあるハンマーを脚力を使って強引に連打する。
回避も防御もせずに攻撃を攻撃で返す、互いにノーガードのぶつかり合い。
「さっすがドラゴンプロトコル!でも四肢の竜化とはいえ竜漿の消費激しいんじゃない?」
「尽きる前に倒しちゃえば問題ないよ!」
先に距離を作ったのは、ルルフィアだった。
距離を埋めようと踏み込むと、足元から生えてきた触手がシアニを捕らえる。
先程まで気配がなかったが、触手の種を蒔いていたのか。
「こんなの引き千切って……ぴゃっ?!」
シアニの竜鱗に守られた脚だけでなく、竜化してない太ももにまで触手が伸びてきて、思わず変な声が漏れてしまう。
「ふふん、私お手製の触手は、そう簡単には千切れないよ!」
えへんと威張ってドヤ顔を決めるルルフィアに、炎の魔法が飛んでくる。
セリナの援護射撃だ。
「シアニさん、今助け……」
「大丈夫!セリナちゃんはルルフィアを相手して!こんなの、引き千切って……ぐぬぬー!」
「わ、わかりました!」
自力で引き千切って脱出しようとするシアニに、セリナはルルフィアへと向き直り、魔導書を構えながら炎の魔法を撃ってルフィアをけん制する。
ルルフィアは己の庭である森を駆け回り、セリナの周囲をぐるりと回るように距離を近づけてくる。
更にもう一冊、|読み聞かせの本《ファブラ・アーカイブ》を開く。
森の魔女を打倒す英霊を――
「それはさせないよ!」
「きゃあっ!?」
背後から忍び寄っていた触手が、セリナの持つ本を叩き落とす。
そのままぐるりとセリナに巻き付いて来て、十字架のように拘束される。
「(いつの間に触手が!?ヌルヌルしてて気持ち悪いです……)」
脚を固定するようにぐるりと回された触手がヌルヌルした粘液を分泌しながら靴下とスカートの隙間を撫でてくる。
痛みはないが、粘液を布が吸い込んでしまい、とても気持ち悪かった。
そして捕まえた獲物を確保しようと、ルルフィアは一気に距離を詰めてきた。
「捕まえた♪」
「放してください!」
「さーて、どんな悪戯しようかな♪」
「(うぅ、動けないよ……)」
悪戯しがいのありそうな幼いセリナに、ルルフィアは妖しい笑みを深めて舌なめずりする。
そして密着して抱きしめたまま、細い太ももに手を伸ばして撫で、軽くスカートをめくる。
何をされてるかわからず戸惑うセリナに、耳元で囁きながらふぅっと吐息を掛ける。
「ひゃん!スカートや耳に悪戯するのやめてください……うねうねもやだよぅ……」
「あはっ♪貴女みたいな何も知らない子もいいね♪せっかくだし貴女も私の家にお持ち帰りしちゃおうかなぁ?」
お気に入りになりそうな子を見つけてご機嫌なルルフィアは、小柄なセリナをぎゅっと抱き締める。
セリナが無抵抗なことを良い事に、いいこいいこと頭まで撫でてくる。
「(何とかしないと!……あれ?なんか隙だらけ?もしかして、悪戯に夢中です?)」
セリナを愛でるのに夢中になっているルルフィアは、どう見ても隙だらけ。
他の仲間は自分への誤射を警戒して攻撃できないだろう、だから。
「……私が、何とかしなきゃっ!」
「きゃっ?!」
拘束する触手の隙間に、オーラ防御を展開する。
全力で拘束に抗い、触手と手足の間に隙間を作ると、そこからするりと抜け出した。
「人をモノ扱いするような悪い子は……」
雪の上に転がるように飛び込んで、魔導書を手にする。
開いたページは星々の加護を得る超新星の魔法。
「星の力で貫きます!――|超新星弾丸《スーパーノヴァバレット》ッ!」
「なっ?!自分ごと?!」
捕らえた獲物だと慢心していたルルフィアは至近距離で巻き起こる超新星爆発に巻き込まれる。
だが星の加護は敵のみを排除するもの。
「森のものは全てそちのもの、か?果たして本当にそうかのう……」
「あは、誰かと思えば、うやうやと可愛いドジっ子狐ちゃん?」
現れた可鈴に、ルルフィアの警戒が緩む。
水晶玉で見ていたルルフィアは可鈴の様子を見て|取るに足らない《あそび》相手だと思っているのだろう。
加えて距離もルルフィアの間合い、狐火を灯す前に拳も蹴りも届く。
だからこその油断。
それこそ可鈴の計算の内。
「それが本当にそちの真実かどうか、見極めてくれよう!狐の審判!」
取り出した狐の霊鏡が、星の光を浴びてより一層輝く。
『森に在るモノは全て自分のものだ』と言った言葉を否定する真実を暴き出す。
確かにそれは真実なのだろう。
だが森に入った√能力者達は、今こうして正に思い通りにならない者達ばかり。
迷い込んだあの少女とて、怯え交じりに戸惑うばかり。
「なるほどのぅ……真実、そちのモノであるこの森は、そちにとって取るに足らないモノか」
「…………」
可鈴の言葉にルルフィアは俯き、表情が読めない。
「故に寂しさを埋めてくれるモノを欲したとは、正に寂しがりの|悪童魔女《こども》じゃのう」
「黙って!」
雷撃を纏った無為無策の拳が可鈴へと迫る。
だが平静を崩したルルフィアの拳はどろん煙幕の空を切る。
「言いたい放題言ってくれて、あの狐っ子……!」
怒りに動揺するルルフィアがどうオシオキしようかと考えた瞬間。
「ふっかーーつっ!!」
シアニがルルフィアの雷撃を目印にするように、ハンマーを構えて突撃してきた。
ルルフィアは応じきれずに防御を固めるが、その衝撃はカードの上からでもびりびりと伝わった。
「嘘、強化した触手を本当に引き千切ったの!?」
「ちょっと大変だったけど、あんなのよゆーだよ!」
部分的な竜化の力を見せたシアニを警戒して拘束力を強めた特別製の触手を用意していた。というのに。
「ならもう一度……!」
「おんなじ手なんて通じないよ!えーい、ぶちぶちー!」
即席で用意した触手による拘束など、シアニはあっさりと引き千切っていく。
いや、それだけではない。シアニを包む星の加護を感じる。
「あれ?なんかさっきよりも余裕がなそうだね?」
「そんなことないしっ!」
ルルフィアの表情を観察したシアニは、隙を見つける。
攻撃が荒っぽく、雑になっている。
先程シアニのハンマーの高速連打に応じていた技の冴えが鳴りを潜めていた。
そして先程同様、連撃に返しきれなくなったら、一旦距離を作る癖がある。
焦りが表情に出て、歯をきっと食いしばった瞬間、やはりルルフィアはシアニから距離を取ろうと大きく後ろに跳ぶ。
その背後、どろん煙の中から現れたのは――
「あの狐っ子?!」
「いいや、トドメは譲ることにしたでの」
先程の煙から連想した可鈴の声は、全く別の方向からだった。
ではあの人影は……
「空に瞬く無数の星々よ、わたしの導きに応え降り注いで!」
セリナが再び√能力の詠唱をしていた。
速さを優先した高速詠唱ではなく、完全詠唱。
「仲間ごと撃つ気……じゃない、あの星の力は……!」
自分ごと撃ってなお無傷どころか、より一層強化されたように見えるセリナ。
ルルフィアを挟んだ先に突撃してくるシアニがいようと構わない。
何故ならそれは。
「弾丸となり悪しきを貫き、絶望を爆ぜ、加護により希望を灯す!」
悪性を穿ち善性を尊ぶ、星の加護。
「――|超新星弾丸《スーパーノヴァバレット》ッ!」
ルルフィアはシアニの方向も警戒していたが、同時攻撃の挟み撃ちではない。
ワンテンポ遅れながら、星の弾丸を防御すると、冬の森に星々の煌めきが舞う。
「星の加護は貴女と共に!」
「おっけー任せて!」
「っ?!」
衝撃に耐性を崩されながらも、シアニに振り返って防御しようとする。
だが四肢の竜化だけでなく星の加護と煌めきを得た|不完全な竜《シアニ》はこの瞬間ルルフィアの力を上回る。
空色の輝きと星の煌めきが共存する、晴天の星。
人の目には捉えられぬとしても、共存している。
「ああ、これは……勝てないなぁ」
ルルフィアは防御の構えを解く。
シアニが放つのは不可避にして防御ごと打ち砕く一撃。
ならば防御も回避も無駄なこと。
「だけどっ!」
「|不完全な竜はご近所迷惑《フォルス・ドラグスタンプバースト》ー!」
強靭無比な鉄槌が、魔女へと振り下ろされる。
それにルルフィアは、雷撃を纏った拳で空を割き星の輝きを消さんと振り上げる。
「せめて最期くらいは、楽しまなきゃ……ね」
必然の敗北がルルフィアに訪れる。
存在が薄らぎ、ルルフィアの体が光の粒子になって消えていく。
「私も!貴女と戦うの、結構楽しかったよ!すっごく楽しかった!」
にぱっと笑うシアニに、ルルフィアは無言で微笑み、消えていった。
どこか寂しさを埋められたような、満足そうな笑みで。
●
魔女の家が守っていた結界が解け、外の騒動を何も知らない少女がひょっこりと顔を出してくる。
「どうやら、結界の外の出来事は何も知らぬようじゃな」
「大丈夫でしょうか、怖い目にあったりとか……」
少女を迎えると、きょとんとした顔を浮かべている。
「迎えですか?ありがとうございます、そろそろ流石に家に帰らないと……あ、ルルフィアさんに挨拶しないと」
少女は自分が助けられたどころか、攫われた自覚すらあまりないらしい。
「えっと、あの子は……」
「うむ、少し所用があるようでの」
「そうですか。何だかあの子、寂しそうでちょっと心配でしたが……大丈夫そうですね」
適当に誤魔化すと、少女は安堵したようにほっと白い吐息を漏らす。
森の奥の家に連れ込まれて、ふざけていたとはいえ怖い目に遭わなかったわけではないだろう。
だというのに、出逢ったばかりの、怖い目に遭わせていた張本人であるルルフィアを心配する様子は、幸せな世界に生きる少女らしい優しさだった。
ルルフィアの結末を教えるべきか迷い、しかし言わぬことに決めた。
「助け出せて、よかった。これで、平和な日常に返せますよね?」
セリナは少女を日常に返してあげられる事に、ほっと安堵する。
少女を大切に思う友達や家族もいるだろう、少女がいなくなって悲しむ人を出したくない。……己のように。
「うや。あの娘は少し夜遅くまで、寂しがりの子供と遊んであげた。ただそれだけじゃ。まぁ帰りが遅くなったことを家族に叱られるじゃろうが……それも思い出の一つとして、日常の中に忘れていくことじゃろうて」
可鈴はこくりと大仰に頷いて、この結末を纏める。
不思議な体験の一つとして、友達に話すこともあるかもしれない。他愛無い世間話として。
「これならすぐに忘れて元の生活に戻れるはずだよね。大丈夫だよ、√EDENの人は強いから!」
シアニはどこか誇らしそうに胸を張って笑う。
少女や自分の出逢ってきた大切な人間達のように、√EDENに生きる人々は、こんなにも優しくも強いのだから。
True END『悪童魔女は、悪戯失敗』