冬の太陽
四季折々の花の咲く国「エルフィオール」。
ツバキやフクジュソウ、スノードロップなどの冬の花が静かに咲き、白い景色を色鮮やかに飾る。スノードロップと言えば雪の化身とも呼ばれているが、冬の花を整える妖精の羽も雪のように白い。まるで雪の化身のようだとは、観光客の間でも密やかに話題になっているかもしれない。
世はバレンタインの真っただ中。√ドラゴンファンタジーにも、バレンタインというイベントは各地に根付いており、チョコレートを贈り合ったり、メッセージカードを贈り合ったりとその土地ならではのバレンタインを過ごしているようだ。
そんなエルフィオールにも、もちろんバレンタインのイベントというものはある。しかし、他の地方とは違いチョコレートを贈り合うのではなく、この国ならではの風習だ。
――――時は遡り昨晩。
「コホン。この国では、バレンタインには花を贈るのよ!」
妖精の国の近くの村で、エレノールがこちらを訪れているからと国を離れ、近くの村の宿で身支度を整えるミモザ・ブルーミン(明朗快活な花妖精・h05534)は、エレノール・ムーンレイカー(蒼月の守護者・h05517)へと説明を続ける。
「性別問わず想い人へ花を贈ると思いは成就し、すでに心通じた同士で贈り合えば、より絆は強固になる。ってね!」
「チョコレートではなく花を贈り合うのですか。」
どこか納得をしたような声色で、エレノールは頷く。その実、この村でもエルフィオールの行事については噂になっているようで、どこか浮足立つ少女の姿も見受けられたからだ。
「そうなの!だからこの時期になると、それ用の花を用意する店と、花を求める人ですっごく、すごーく、賑わうよ!」
「今からとても楽しみになって来ました。」
「花は沢山あるから、大丈夫だとは思うけど……。」
「一先ず、花を購入したらどこで合流をするかを、先に決めておきましょうか。」
「賛成!人が多いと思うから――。」
――――そして現在、エルフィオールの花屋。
昨晩の事を思い返すように、エレノールは瞼を閉じていた。
(ミモザから話は聞いていましたが、まさかこれほどまでとは思ってもいませんでした。)
閉じていた瞼をゆっくりと開くと、国の外にまで伸びるほどの長蛇の列が出来ている。その列の丁度真ん中付近にエレノールは並んでいた。並ぶからとミモザに急かされて、太陽が起きる前にこの国へと足を踏み入れたのだが、どうやら前日の昼間から既に並んでいる観光客もいたようで、その熱意に感心すらしてしまう。
(……花は沢山あるとはミモザが言っていましたが。)
ちらりと横から列を眺めるが、先頭が見えない。まだまだ朝の早い時間ではあるが、この調子なら余裕で昼は過ぎるに違いない。列に並ぶ者たちへの気遣いか、妖精たちが飲み物やお菓子を配っている様子も見て取れる。
エレノールも妖精からあたたかい紅茶と、花の形をしたクッキーを受け取り、あたたまりながらも列に並ぶ。それにしても、どの花を選ぼうか。季節の花だけではなく、季節外れの花も選べると聞いた。ともすれば数えきれないほどの花が候補に挙がる訳で、エレノールは四季の花咲く時計台を見つめながら、一人思考の渦に飲まれる。
列が徐々に進み、軈てエレノールの番がやって来た。時刻は既に昼を回っているが、妖精たちは疲れを見せない。エレノールに笑顔を見せ、白い雪のような羽を煌かせながら小さくお辞儀をした。
「いらっしゃいませ!本日はどのような花をお求めですか?」
「大切な友人に贈る花を探しているんです。ですが、こんなにも種類があるとは思っていませんでした。どれにしようか迷っています。」
「まあ!でしたらご友人の事を聞かせてください。いくつか候補を絞らせていただきますね!」
エレノールの話を聞いた白雪の妖精は、どこか楽しそうにくるりと浮遊し、エレノールの言葉を今か今かと待つ。どうやら妖精たちは、花を選ぶだけではなく話を聞くのも好きらしい。そんな様子を見ていると、やはり脳裏に浮かぶのは楽し気に笑うミモザの姿だ。ミモザがこの店で働いていたのなら、きっと目の前の妖精と同じように好奇心を隠すこともなく、観光客に無邪気に問うのだろう。
「友人は、とても明るい子なんです。私とは真逆の性格をしているのですが、それでも彼女とは大きな喧嘩をすることもなく、ここまで一緒に過ごしてきました。」
語る口調はやわらかで、エレノールの口元も自然と綻んで行く。目の前の白雪の妖精たちも、そんなエレノールの言葉を聞き、周囲に粉雪のごとく白い鱗粉を散らす。
「とても大切な友人なのですね!でしたら……こちらの花々はいかがでしょうか?それぞれ花言葉は――。」
白雪の妖精が説明をする最中、数多の花々が並べられたそこにエレノールの指先が伸ばされる。
「……これにします。」
一方その頃、ミモザはと言うと。
「わ~っ!まってまって、押さないでよ……!」
「みなさん順番に並んで下さい……!花はまだ沢山あります!押さないで下さい……!」
別の店で観光客にもみくちゃにされかけていた。
こちらの店はエレノールの並んでいた店とは違った種類の花があるようで、なにやら他の店とは違うことをしようという妖精たちの目論見から、花に妖精の魔法をかけているようだ。
それが偶然、誰かの目に留まり小さな話が、いつの間にか大きくなってしまったようだ。店の妖精たちも予想をしていなかったようで、少しだけ慌ただしくもあるが、その混乱も次第に落ち着いて来るのだろう。
妖精たちの誘導により、綺麗な列が出来上がった店の前では賑やかな声がミモザの元にも届く。ぐねぐねと折れた列の後方、花時計を見ながら四季折々の花を見つめるミモザもまたどのような花を選ぼうかと胸を弾ませていた。
(あの花は明るすぎるかしら?あっちの花は大きすぎる……?)
授業の合間にも見える景色ではあるが、こうして近くで見ると遠くで見るよりもずっと大きく見える。花を横目に列を進み、漸く先頭が見え始めた頃、ミモザもまたこの国の特産品である花の蜜の差し入れをいただくことになる。
「ん~!甘くて美味しい!春の花の蜜は濃厚だけど、冬の蜜もさっぱりとして美味しい!」
片頬に手を添え、蜜の甘さに蕩けた顔は花を売る妖精たちの視界にも入ったようで、彼女たちも嬉しそうに微笑んでいる。そうしているとミモザの番が来たようだ。
「花の蜜をありがとう!あの蜜は冬の花の蜜?どの花かしら?」
「その花でしたら――。」
「わあ!ありがとう!」
「特産品でもありますので、ぜひ。それで、本日はどのような花をお求めでしょうか?」
「ええっと……。さっき花を見ていたんだけど、どれもこれも素敵な花で迷っちゃって……。」
花の妖精のミモザであっても、名前も知らない花は山のようにある。普段は学生として、様々なことを学んでいる最中でもあるのだから、他の妖精に比べたらまだまだこれからと言った所だろう。目の前の妖精の話を真剣な表情で聞き、うんうんと幾度も唸り声をあげては花の前で腕を組む。
「どっちも素敵ね……。」
「悩んでしまうようでしたら、このような形にするのはいかがでしょうか?」
「……わぁ、とっても素敵!」
「お気に召していただけて何よりです。」
「これにするよ!」
ミモザの一声に、店員は微笑みを浮かべたまま頭を下げる。
そうして互いの花を選び終えた二人は、約束の場所へと向かう事になる。
約束の場所、春の花の咲く地区。東の森の前で二人は改めて顔を合わせた。エレノールよりも少し遅れて辿り着いたミモザは、彼女の姿を見留めると片手を大きく挙げてその名を呼ぶ。
「エレノール!」
ミモザの声に振り向いたエレノールは、友人の姿を見留め眦を緩める。そんな互いの手には、綺麗にラッピングをされた花が抱えられている。この国、エルフィオールのバレンタインに添った行為、そしてミモザにとっては馴染み深い行為でもある。
「お待たせ……!少しハプニングがあったから遅れて……!」
「大丈夫です。」
乱れた髪を整え終えると、ミモザは片手の花束をエレノールに手渡す。自身よりも大きな花束。エレノールのサイズに合わせて作ってもらったその花束は、ミモザのような明るい黄色。それから添えられているのは、小さな瓶。瓶の中では黄金色がとろりと蕩けていた。
「これはフクジュソウ!花言葉は『幸せを招く』。それからこっちの瓶の中身は、フクジュソウの蜜なんだ。とっても甘くて美味しいよ!」
ほう、と息を漏らし、エレノールは瓶の中身を見つめる。妖精の国では様々な食を味わってきたが、蜜そのものを味わったことはまだ無い。ミモザのお墨付きともあれば、それはそれは美味しいのだろう。
「普通のフクジュソウは蜜を持たない花なんだけど、ここ妖精の国では年中四季折々の花が咲いているから、妖精たちが蜜が出るようにって改良したって聞いたよ!」
「この国の妖精たち全員で改良したから、絆の証って言われているんだって!」
エレノールはミモザから受け取った花束を胸に抱き、それから自身の選んだ花を差し出す。
「えっ、エレノール……。」
「色んな花がありました。名前も知らない花が、本当に沢山あったんです。」
ミモザが選んだ黄色の福寿草よりも、もっと小ぶりの花弁。そして小ぶりのそれはミモザの名に相応しい一輪。
「ですがわたしにはこれが、この黄金の花が一番しっくりと来たんです。」
ミモザの小さな手に小ぶりの一輪が手渡される。白いラッピングの施されたそれは、二月から開花を始める花。花言葉は『友情』と『感謝』のその花の名前は――――。
「ミモザの花……!」
視界にうつしていたはずのエレノールの輪郭が次第にぼやけて行く。ミモザの赤い瞳が涙をたたえ、ほのかに頬を紅く染めては嬉しさを隠すこともしないその表情が、今のミモザの気持ちが、エレノールにもしっかりと伝わる。
「ミモザ、いつもありがとうございます。」
「これから先も一緒にこうして、色んな場所に行きましょう。」
ミモザから受け取った花束を抱え直し、改めてエレノールはミモザに片手を差し出す。大きな掌と小さな掌。種族も年齢も違う二人が手を取り合い、その手を強く握りしめる。二人の絆がより強固な物になるかのように。これからの二人を示すかのように。
エレノールからの言葉に強く頷いたミモザは、ミモザの花を抱きしめながらエレノールの手を握りしめたままで隣に並ぶ。
「もちろん!これから先も、エレノールと一緒に色んな物を食べて、色んな場所に出かけて、色んな思い出を作るよ!」
「これからもよろしくね、エレノール!」
「はい。よろしくお願いします。」
互いに瞳を重ね合わせ、どちらともなく笑みをこぼす。
「ね、エレノール。折角だからこのままお茶会にお邪魔をしようよ!」
「それは名案ですね。あれからどうなったかも気になりますし、何よりも。」
エレノールは抱えた花束に添えられた福寿草の蜜を片手に持つ。軽く揺らすと、瓶の中でとっぷりと黄金色が揺れた。
「この蜜を早速、口にしてみたいです。ミモザお墨付きの蜜ですから。」
「その時には、蜜の感想を教えてね!」
「はい、分かりました。」
二人は互いに手を取り合ったまま、東の森の奥へと進む。目指すはお茶会の会場。この国の妖精たちの憩いの場。
甘いお菓子と、甘い蜜。それから互いに贈った花を飾り、オレンジ・ペコーで乾杯を。青薔薇の羽を持つその子と一緒にテーブルを囲い、妖精たちが花を贈り合う様子を見守りながら、穏やかな時を過ごすのだろう。
ティースプーンをくるりと回せば、カップの中の紅茶と静かに混ざり合う。
種族も年齢も、性格だって違う二人。それでもこの紅茶と蜜のように、贈った花束を抱える手のように、これから先も強固な絆で結ばれるのだろう。
紅茶に落とした花の蜜は、妖精たちの絆の証。そして冬の太陽。
二人は互いに視線を重ね合わせ、それはそれは幸福そうに微笑むのだった。