シナリオ

なんでもない冬の日

#√マスクド・ヒーロー #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√マスクド・ヒーロー
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。

佐野川・ジェニファ・橙子
五槌・惑

 乾いた冬風が街路樹の枝を鳴らし、遠ざかる雑踏の音色を上書きしていく。大通りからひとつ外れて、もうひとつ角を曲がれば目的の場所が見えてくるだろう。
 先導するように前を歩いていた佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)が、足を止めぬまま一度連れの方を振り返る。
「どうですか、実際に自分の目で見た感想は?」
 吐く息は白く、歩幅に合わせてほどけていく。問い掛けられた五槌・惑(大火・h01780)は、少しばかり顔を上げて、周囲に視線を巡らせた。
 √マスクドヒーローと呼ばれた世界の一角、よくあるオフィスビルの並んだ通り。一見すればどれも大差ない建物だが、その一つにはこれから向かう先――クラシカルなダイナーがテナントで入っている。
 惑自身は中に入ったことはないが、そのダイナーの存在自体は知っている。テイクアウトの品を差し入れしてもらったこともあるし、ここで繰り広げられた戦いを予知したこともあるのだから。
「どう、と言われてもな」
 星詠みの抱くこの感覚を説明するのは難しい。けれど、自然と目が向いてしまうのは――例えばドアに付いていた薄い傷跡だとか、補修されたコンクリートだとか、『後処理』の際の記憶に紐づくそんなところ。改めて戦闘の痕跡を見返せば、胸の内に浮かぶものもあるだろう。歩んだ先、軽く歪んでしまった店の看板を前にして、惑は手袋の指先を伸ばす。
「まあ、その看板は酔っ払いがやらかした跡ですけれど」
「……」
 何か言うべき言葉を探している内に、橙子はさっさとダイナーの扉を開けてしまった。
 簡素なドアベルが来客を伝える。外気が一瞬だけ店内に流れ込み、すぐに湯気とコーヒーの香りに押し返される。
 いらっしゃい、と声をかける店主と、いくつかの馴染みの顔に手を振って、橙子は空いているカウンター席へと向かった。
 連れに一番奥の席を示して、自分はその手前のスツールに腰掛ける。そう広くもない店内に響く客達の会話と、点けっぱなしの壁掛けテレビから聞こえるコメンテーターのご高説、賑わうこの場所では横並びのこの席くらいが丁度良いだろう。
「座ってて、すぐに持ってくるから」
 席に身を落ち着けて間もなく、女店主はそう言って店の奥へと引っ込んだ。次に彼女がカウンターの向こうに現れた時には、『注文の品』を手にしていた。
「はい、お待ちどう」
 小振りなサイズのホールケーキに、スパークリングワインの瓶とグラスを二つ。
 特に注文はしていないが、という惑の疑問に答えるように、橙子は微笑んで瓶を手に取る。細かく泡を立てるスプマンテをグラスに注いで、「それでは」と惑に押し付けた。ダイナーの照明を映して、眩く輝くそれを掲げれば、まあ意図は伝わるだろう。
「おめでとー!」
 弾む声音で言う橙子に、惑は「乾杯」と応じてグラスを合わせる。
 祝いの酒を一口味わい吐息を一つ、それから上機嫌な様子の彼女に問うた。
「何かいいことでもあったのか?」
「えっ、アナタの誕生祝いでしょ?」
 アナタもそんな冗談言うのねえ、と笑ってグラスを傾けていた橙子だったが。
「……え?」
 彼は普段から感情表現に乏しいので分かりづらいが、どうやら本当にぴんと来ていないようだと察して、笑みが固まる。
「じゃあ逆に、何だと思って付いてきたの?」
「いや、冬の新作メニューでも出るから付き合えって話かと」
 それもないとは言わないが。まったく、と橙子が嘆息する。
 確かに惑の誕生日はちょっと、いや結構過ぎてしまったけれど、あの辺りは戦争だのなんだので忙しかったわけで。それらの一段落した今こそが、改めて祝うには丁度良い頃合いだという話を――あれ?
「……お伝えしてませんでしたっけ?」
「初耳だと思うが」
 そんなまさか。スマホのアプリを起動して、メッセージの履歴を辿る。確かにお誘いの際に詳細は記していなかった。いつも簡潔な彼の返事と、こちらの送った写真やらスタンプやらの流れていった先に、橙子はようやく探していたものを発見した。
 忘れもしない11月、こことは違うお店だけれど、ケーキとグラスの映った写真と一緒にメッセージを送っている。
 ――ケーキとお酒をいただいています。実物はいずれ。
「……ほら!」
 もちろん既読もついている。そう主張する橙子だが、それでも惑にはぴんと来ていないようで。
「ああ、これは覚えている。祝ってもらったし|実物《プレゼント》も受け取ったよな」
「えっと……この場合の実物っていうのは、ケーキとお酒のことで……」
 なんとなく行き違った場所は明らかになった。言い募ろうとしたところで、彼女はすぐにその無益さに思い至る。そこを明確にしたところで、惑は遠慮するような反応を返すだけだろう。それならば、既にケーキもお酒も目の前にあるのだから。
「まあ、こういうのは何回やったっていいのよ」
 開き直ったとも言う。一人納得するようにそう口にすると、橙子は店主から受け取ったメニューをカウンターに置いた。ケーキは一旦置いておいて、追加の注文をしましょう、何か食べたいものは?
 問い掛けに対し、メニューに伸ばされた惑の指先が手袋に包まれたままなのを見て、橙子が呟く。
「そういえば、いつも手袋をしていますね」
 常であれば「そういうもの」として触れないところだが、今日は不思議とそういう心持ではなかった。距離を詰めたというか、踏み込んだというか、それに対して惑は自らの左手を指し示す。その下がどうなっているのか――別に隠してはいないし、橙子もまたそれを知っている。
「別に見られたからどうってわけじゃねえが。飲食店で、食欲なくなるようなもの見たくもねえだろ」
 アンタは気にしないだろうが、わざわざ一般人を怖がらせる必要もない。そんな答えに「ふうん」と鼻を鳴らして応じる。それなら、手袋を付けたまま、カトラリーで食べられるものが丁度良いか。気遣いではなくごく自然と、そんな風に考えて、メニューの後ろの方まで捲っていく。
「チキンポットパイとミートローフならどっちがお好み?」
「やっぱり限定メニュー目的じゃねえか」
「一石二鳥ってやつよ。問題あります?」
 あとホットジンジャーエールを。『冬季限定』と書かれた項目から一通り選んで、橙子は女店主を呼ぶことにした。

 夏には頼めないメニューと、橙子の好みを映した辛めの味付け。それらがケーキを囲むように配されて、カウンターの上が鮮やかに賑わう。
「足りないものがあったら遠慮なく言ってね」
 料理を運んできた店主が、カウンターの向こうでひらひらと手を振る。店の規模は大きくないが、その分お客好みのアレンジが加えられる距離の近さがこの店の特徴だ。見知った常連客となればそれもなおさら、カウンター越しに話をした内容を、店主はもちろん覚えている。
 髪が長くてむやみに綺麗な――なるほどね、と含みのある視線が去り際に投げかけられて、惑は訝しげに呟いた。
「……何だ?」
「何でしょうね」
 面白がるような調子で橙子が言う。深く突っ込んでこないのは、|顔を隠した隣人《マスクドヒーロー》がスタンダードなこの店の流儀だろうか、いつも通り居心地の良い空気と、温かな料理を楽しんでいると、顔馴染みの常連客が声をかけてくる。 周りが一目置いた様子なのは、この地区で活躍するベテランヒーローだろうか。以前ならばいざ知らず、幾度か通った今であれば、橙子にも大体の判別はつく。気さくに挨拶を交わしたその紳士はテーブルに並んだワインとケーキに目を遣って。
「誰か誕生日でも来たのか?」
「ええ、そこの彼がね」
「ほう、それはめでたい」
 相好を崩した彼は、店主を呼んで「一杯奢ろう」と申し出た。
「いや――」
「ここじゃ、そういうのは分け合うものよ」
 口を開きかけた惑を制した店主が、片眼を瞑ってそう伝える。
「そうなのか」
「ええ、そうですよ?」
 こちらの問いには橙子が応じる。自分が逆の立場になったこともあるようで、しかも奢ってもらえるというなら断る理由もない。
「多分、これを口実に盛り上がりたいだけですからね」
 だってあたしもそうだから、とは言わないでおく。先程のスプマンテよりも色濃い酒精を注いで、居合わせた客と杯を合わせる。
「誕生日おめでとー」
 こういうのは、何回やったっていいものだから。
 そうして幾度か祝いの言葉を口にして、グラスのお酒が心許なくなってきた頃には、来店した別のお客が近くの席に座っている。顔の広くなった橙子のコミュ力によるものか、追加の一杯にも困らないようだが。
「一杯くらい奢らせなさいよ。若者の祝い事は貴重なんだから」
「あら、いいの?」
 それに対し、「構わないが」とワンクッション置いて、惑が注意を差し挟む。
「歩いて帰れる程度にしてくれ。アンタ、もう一軒って言いかねないんだから」
「え~……よくわかってるじゃない」
 いかにも不満気な言葉に反して、橙子は素直にそれに従う。祝いの場で醜態を晒し、迷惑をかけるのは本意ではない。
「じゃあチェリーコークを」
「はいはい、良い判断だよ」
 マスターまでそんなことを言う、と拗ねたように見せながら、橙子はノンアルコールのグラスを受け取った。酔いを和らげるようにそれを飲む彼女に対して、惑の方は変わらぬ顔色で平然としている。
「というか、アナタ強いわねぇ……周りが潰れないか心配だわ」
「俺もこの辺にしておく。腹も膨れるし、飲んだところでそう楽し気には浮つけねえし」
 毒に対する強い耐性を持つ彼は、アルコールの影響もほとんど受けない。つまり酩酊する恐れもなく、いつでも、そしていくらでも飲めるということだが……それは羨ましいような、損をしているような。
「あ、いつも飲んでいたいとか、そういうことではなくてね?」
「なんの言い訳だ……?」
 酒好きほどそんなことを言いがちだ。こちらもグラスを空にして、惑はひとつ溜息を吐いた。このダイナーに集う人々は顔見知りも多いのか、テーブル間でも世間話に花を咲かせている。一方でそれらに関わらず、一人の時間を過ごしている客もおり、不思議と居心地は悪くない。
 戦いの中に身を置く者、その連帯感のようなものもあるのだろうか、そんな風に思考を巡らせていると。
「良い機会だ、この間の決着をつけるか」
「返り討ちにしてあげましょう」
 目を離した隙に、橙子のところで物騒な話が進んでいる。思ったよりも酔っていたのか? そんな風に呆れながら、惑は彼女を制止する。
「やめておけ、飲み過ぎだろう」
「それなら、私の代わりに勝負してきてくださいよ」
 何を言っているのか、そう訝ると、橙子は店の奥に据え付けられているダーツの的を指さしていた。
「ほう、兄ちゃんが相手してくれんのか?」
「とっても上手いのよ、この人」
 おい、勝手なことを言うな――と口を挟むタイミングは、とうに通り過ぎてしまっている。仕方ないと嘆息して、惑は橙子に送り出されるように、ダーツ板へと向かっていった。
 冬の日はすぐに落ち、やがて冷たい帳が下りてくる。けれどその灯りの下では、時間さえも柔らかくほどけていくようだった。


 後日、仕事へ向かう途中の惑が端末を取り出す。通知音と共に震えるそれのロックを解除すると、橙子からメッセージが届いていた。
 羽目を外さない程度に抑えた甲斐もあって、どうやら無事に帰れてはいたようだ。
 先日はどうも、とそんな挨拶から始まったメッセージに続いて、ダイナーを映した写真が共有される。カウンターで撮った二人の姿、装飾は皿の端の粉砂糖くらいのシンプルなケーキ、女店主に居合わせたダイナーの客達。それらの中に、覚えのないものをいくらか見つけて、惑はパネル上に親指を滑らせた。

 ――いつ撮った?
『最初から撮っていましたよ。自然体で良いでしょう』

 悪びれもしない彼女の言い様が頭に浮かぶ。ちょうど今の自分は、写真の中と同じような顔をしているのではないか、そう思う。つまり――周囲で繰り広げられる会話に対して、どう返すべきか思案している、そんな姿。
 案の定、こちらが何か入力する前に、しゅぽっと端末から通知音が響いた。

『また遊んでくださいね!』

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?