覆われて、もう割れている
あれっ、あなたずいぶんどんよりした顔だね。どうしたの? 具合悪い?
えっ、道に迷った? ふんふん、元いたところと同じ名前だけど、全然違う場所みたいになってて……ふーむ。
そっか、迷子になっちゃったんだ。災難だったね。元いた場所とどんな風に違うか、教えてもらえるかな?
なんでって……わたしが場所を知っていたら、あなたが帰るためのヒントになるから。知っている保証がないって言われちゃったら、そのとおりなんだけど、ね。
何も話さないでずっと黙っているよりは、楽しくていいんじゃないかな。
だって、帰りたいくらい好きなんでしょ? あなたのいた場所。
……え。その言い様だと、わたしがここに居たくないみたいだって……ふふ、結構ずばっと言うね。初対面なのに。
そんな鋭いあなたはキケンな気がするからー、記憶破壊光線っ、ビビビーッ!!
なーんて、ねっ。びっくりした?
あっははは! ビームは出ないよぉ。わたし、怪人だけどさ。ビームが出るタイプの怪人じゃないんだぁ。
じゃあどんなタイプの怪人かって? それはヒミツ。
怪人がそんなに簡単に手の内晒しちゃだめでしょ?
とはいえ、あなたの力になりたいのは本当だよ? あなたはどこから来たの? どんな世界にいたの?
幸せだった? 不幸せだった? おともだちはいた? 仲の悪い子は? お父さんやお母さんはいる? 兄弟は何人? 一人っ子ってこともあるのか! あ、いやね、わたしの家も、知り合いの戦闘員さんたちも、大家族だから。一人っ子とか核家族? って概念、よくわかんなくって。
うんうん、そっか。一般家庭は昨今だとあんまり大勢で暮らしたりしないんだね。勉強になるよ。教えてくれてありがとう。
ん? 戦闘員さんたち? ああうん、そう、この世界の怪人と戦闘員さんは、とってもなかよしなんだよ。
怪人の一族とー、戦闘員の一族とーってあってね、代々怪人としての役目と戦闘員としての役目を担って生きていくの。
継承するとか、そんな高尚なものじゃないよ。そういう運命というか、星の下というか……生まれたときから、人生が決まっているの。
ヒーローに負けるために生まれたっていう、宿業だね。
あなたの世界のヒーローって、どういう存在かな。わかんないけど……わたしはね、ヒーローって、正義を背負っているんだって習ったよ。ヒーローは正義の旗印の下、悪を挫いて平和を守るために日夜活動を続けているんだって。
正義は悪に屈してはいけなくて、だからヒーローは悪の怪人に負けちゃいけないって聞いたな。それはもう何度も何度も、耳にタコができるんじゃないかっていうくらい。
タコなんてできるのって、何を言ってるの!? 怪人だってベースは人間だし、混ぜられたとしても生物ベースなんだから耳はあるよぉ。戦闘員さんほど調整をして再利用できるようにはされていないけど、油断したらお肌が荒れたりするし、普通に怪我だってするし、デキモノだってできますーっ!
って、論点そこじゃないよ、絶対。ずれてるなぁ。何の話だっけ。
ん? 戦闘員さんの再利用の話が気になるの? あはは、不思議なこと気にするね。戦闘員さんは再利用できないと間に合わないでしょ? 悪の組織の下っ端はいればいるほどヒーローの活躍を引き立てられるんだから。
あ、そっか。あなたのいた世界は、そんな世界じゃないんだね。ごめん、今わたしが過ごしている世界の基準で話しちゃった。
まだ慣れていないんだよね。なんにも知らない人たちに向けて話すの。そう遠くないうちにたくさん話せたらいいなあって思っているけれど。
言い方が悪いかもしれないけど、気を悪くしないでね。あなたには今から練習台になってほしいんだ。わたしがこれから何も知らないたくさんの人に話すための、『おはなし』の練習台に。
わからない説明があったら、遠慮なくわからないって言って。そうしたら、わたしはどんな説明が必要かわかって、あなたはここがどんな世界かわかる。どうかな。ちゃんとギブアンドテイクってやつになってると思わない?
よし、そう来なくっちゃ。
それで、戦闘員さんの話だよね。そのためには、この世界のヒーローの話もしなくちゃかな?
まず、この世界のヒーローはニセモノです。
……うーん、ニセモノっていうのは乱暴かな。ツクリモノって言ったらわかる? ヒーローが語る正義の物語をなぞるだけの作り物。
物語にするためには舞台とか劇である必要があって、舞台も劇も、役者が一人じゃ成り立たない。ヒーローはいつも主役で、わたしたちは主役を引き立てるための悪役一味。戦闘員さんはその悪役一味の中でも、一刀の下に伏されるようなエキストラみたいな感じなんだ。
通じた? よし、じゃあ、続けるよ。
ヒーローはわかるよね。ヒーローの活躍って、特別な能力を持った強い怪人を倒すか、夥しい数のいる敵を次から次へ一人残らず倒すかって、大きく二種類に分けられると思う。戦闘員さんはその後者のシーンを作るために、たくさん存在するの。
エキストラっていうと、|端役《モブ》みたいな印象だけどね、端役だって、いなきゃ舞台が破綻するの。だからたくさんの戦闘員さんは誰もが必要。
それで、戦闘員の一族は大家族なんだけど、大家族なだけで、無限ってわけではないんだよ。命にも数にも限りはある。当たり前のことだけどね。だから、ある程度使い回さなきゃ、劇ができなくなるの。そのために、戦闘員さんたちは身体改造手術を受けて、何度も体のメンテナンスをするんだ。
うんうん、大変だと思うよ~。でも、悪の組織には悪の組織の博士がいるからね。人体改造の科学者。違法っぽく聞こえても、わたしちちにとってはお医者さんとおんなじだよ。何事も任せられる専門家がいるならダイジョーブ!! 使い回す分、戦闘員さんにはきちんと休暇もあるし。
ふふっ、そう、意外とホワイトな職場なんだよ、悪の組織って。びっくりした? あはは、面白いかなぁ?
まあ、戦闘員さんが倒れて困るのはわたしたち怪人もだし、ヒーローだって困るからね。さっきも言ったとおり、倒すべき相手がいなきゃ、ヒーローショーは成り立たない。だから、悪の組織内で行われる戦闘員の肉体改造に関しては、彼もあまり手を出してこない。一般人を改造しようとしたら、怒るけどね。
んん? あ、まだちゃんと言ってなかったね。これが一番大事なのに。
この世界は、ヒーローが悪を倒すことで平和を保っている。その悪っていうのはわたしたちで、わたしたちはヒーローに命じられて悪役をやっているの。つまりは全部ヒーローのマッチポンプ。
ヒーローは正義を為した。ヒーローは平和を取り戻した。——そのためには悪が存在しなくてはならず、悪によって平和が脅かされなければならない。その果てで|悪の組織《わたしたち》は倒され続ける。倒されて、殺されて、わたしたちが消費されることで、ヒーローっていう発電機が平和っていうエネルギーを発し続けるの。
ここはそんな世界。
あなたはどう思った?
ん? そんな世界に悪の組織のみんなは、疑問を抱かないのかって? いいとこ突くね。
疑問は持っていない子がほとんどだよ。何せわたしたちは悪の怪人や戦闘員の『一族』だからね。先祖代々脈々と受け継いできた役割みたいなのに、疑問ってなかなか持てないよ。一族としては、その役割を全うできるのが誇りと言われることまであるし。
前時代的~? あなた結構ズバズバ言うよね。でも、言いたいことはわかるよ。一族のしきたりとかそういうのに囚われて、個人の尊厳を蔑ろにするのは、令和の時代らしくないよね。少なくとも、古き善き文化ってやつではない。
戦闘員さんたちは、家族みーんななかよしだし、つらいことや苦しいことは分担して負担を軽減している。そうやって手を取り合って生きているから、嫌だってあんまり思わないんじゃないかな?
それに、つらい、苦しい、悲しい、楽しい、嬉しい……様々ある感情を装置で抑制している。そういう抑制装置が戦闘員さんたちには備えられているの。感情を抑制できていないために、悪事を働くときに良心の呵責とか起こされても困るからね。
戦闘員さんがあんまり喋らないのって、そうして抑制しているからなんだよ。……これも、捉えようによっては良くない文化なのかな。
感情を抑制して、嫌なことを嫌だと思わせないようにする。そうするとクーデターとか起こされないもんね。うんうん、よく考えられているなあ。
あはっ、きみが感心してどうするのって……それはそう。わたしもね、あんまり疑問に思わないようにしていたんだ。それもだんだん、できなくなってきたけど。
|現実《ひずみ》に気づいたら、逃げられないってことなんだろうね。
ここからちょっと、わたしの話に偏ってくるんだけど……話したとおり、わたしは怪人。悪の組織の幹部的な……そうそう、ひときわ悪くて強いやつ。
ふぅん、あなたのいたところにも、ヒーローがいて、悪の組織と戦っているんだ? 怪人は卑怯とか汚いとか気にしなくて、手段を選ばずに悪を為す。どいつもこいつも強そうなのが厄介、と。ふむふむ。
なぁに? そこからすると、わたしは悪っぽくなくて強くなさそう? 一見儚げに見えるって? 失礼しちゃうな。
これでもエリート怪人一族なのですー。将来を期待されているんだよ。一族の中でも、ポテンシャルは高いって認められているんだから。
……だけど、うん。実際、特殊な能力をうまく使えるだけで、単純なパワーとかはあんまり強くないかも。耐久力もそこそこ止まりで、驚異的って感じじゃない。
どうしてって……ほほう、なるほど。あなたの知るお話だと、戦闘員さんより、怪人の方が強いから、と。
戦闘員を取り仕切って、裏で操っているんだから、怪人の方が強くて然るべきだろ、と。なるほどごもっとも。わたしもそう思う。
たぶん、実際戦ったら、怪人の方が戦闘員さんより強いとは思うよ? そういう風にできているもの。でも、同じ尺度で計るのは違うかな。戦闘員さんはまんべんなくいろんな数値に振ってあって、怪人は得意分野に関して尖りがあるの。得意なことが違う人同士を同じ物差しで測ろうとすると、事実と異なっちゃうものだからなあ。言い切るのは間違いだったかもしれないね。驚異的じゃないとか言ったのも嘘じゃないけど、そうだなぁ、ちょっと卑屈が入っちゃった。
戦闘員さんは使い回しが効かなきゃ困る。それに比べて、わたしたち怪人は、ボス敵だから、ヒーローにしっかり倒されなくちゃならないんだ。必殺技とかでメッタメタにやられて、二度と蘇らないよう、完膚なきまでに殺されなくちゃならない。
ヒーローを正義のヒーローで居続けさせるために、悪の幹部は滅却されなくちゃならない。
怪人の命は使い捨てなんだ。
わたしにも家族がいたよ。お父さんやお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。わたしを優秀だってみんな言ってくれた。もうみんな死んじゃったけどね、不出来な怪人なんて、一人もいなかったよ。
どうして、みんな殺されなきゃならないんだろうね。……そうして、もうすぐ、わたしの番が来るんだ。
そう、わたしがヒーローに殺されるために、出撃する番。
順番が決まっていてね、怪人にも、戦闘員さんにも、番号が振られているの。戦闘員さんの番号はどの任務に出撃しているかとか、誰がメンテナンス中だとかを管理するためのナンバリングだけど、怪人は違う。
一度きり、定められた出撃までは影で操って暗躍する。管理する側だから、管理番号なんて必要ない。
それならどうして番号がつけられているのか。それはね、出撃順なんだ。出撃すなわち死。つまり怪人は、生まれて、番号をもらったときから、いつ死ぬか決まっているの。
死ぬ順番を、名前としてもらうんだ。悪の組織の構成員にとって、番号は名前だからね。そこに怪人と戦闘員さんの差はないよ
だから、もうすぐわたしの番ってわかるんだぁ……。
……怖くないのって? そりゃあ怖いよ。死ぬの、怖いよ。生まれたときから、そういう|宿命《さだめ》だったとしても、死ぬのは怖いし、死にたくないって思っているよ。
悪の目論見は全部ヒーローに把握されている。そりゃそうだ。だって、悪の組織のスケジュール管理をしているのはヒーローだもの。全部彼が考えた悪巧みだもの。悪の組織の行動は、ヒーローの想定の範疇からはみ出ることができない。
だからわたしたちがどれだけ足掻いたって無駄。そんなことわかっている。わかっているけど、死にたくない、もっと生きたいって思いは消えない。だから一所懸命悪をはたらくの。
何か間違って、ひょんなことからヒーローの思惑を凌駕できないか、なんて夢を見て。
逃げる? なんで? ……逃げようと思ったことはない、かな。いや、逃げたいと思ったことはあるけど。死にたくないからね。
でも、家族のことは嫌いじゃないし、戦闘員さんの中には幼馴染みやおともだちもいて、その人たちと離れるのは考えなかったから。やっぱりわたしもこの世界の人間なんだね。
あ、人間っていうのは言葉の綾だよ。
死にたくないなら、この世界のヒーローに歯向かえばいいだろって? しーっ。そんなことあんまり大きな声で言っちゃだめだよ。どこでそのヒーローが聞いているかわからない。
ヒーローがあなたの言葉を聞いたら、きっとわたしと一緒くたにして、あなたのことも始末する。最終的にあなたは怪人のわたしに唆された憐れな一般人~とか言われるようになるだろうけれど、あのヒーローは世界の|予定調和《へいわ》を乱すやつを放っておかないよ、きっと。あなたが余所者だからって、情状酌量はしてくれないと思うな。いや、余所者だからこそ、かな。
でも、そうだね。余所者のあなた一人の声で簡単に崩れちゃうくらい脆いの。この世界の平和って。それをひた隠しにしているんだ、あの人は。ヒーローでいたいから。
ヒーローで居続けなければならない悲愴な理由とかがあるのかもしれない。けど、わたしはそれを知らないし、止めるにしたって、わたしたちのスペックはヒーローに把握されていると思うから、怪人がやること為すことは本当に何もかも無駄だと思う。
……揉み消されてでも、あなたが主張したいっていうなら、止めないよ。わたしは助けないけど。
えー、薄情って? 忘れたの? わたし、怪人だよ。悪の組織の怪人。あなたのいた場所でどうだったかはわからないけど、悪の怪人が、見も知らぬ一般人のために良いことはしないですよー。簡単に借りも作ったりしないし。
まあ、あなたが本当に一般人なら、だけど。
含みのある言い方……なーんて言うってことは、あなた本当に一般人だね。シラを切っているんだとしたら、かなりの役者だと思う。
わたしも噂程度でしか知らないんだけど、この地球には√って呼ばれる様々で別々な世界が重なって存在するんだって。だから最初、あなたが戸惑っていたみたいに、地名は同じだけど、何か違う、みたいなことがあるの。
普通の人も簡単に別な√に迷い込んじゃう。でもね、普通の人は別な√に迷い込んだことを忘れてしまうって聞いた。
だから、わたしとここで会って、話をしたことも、あなたはいつか忘れちゃうんだろうね。あなたが普通の人と同じなら。
——普通じゃない人は、別の√に繋がったところを、任意で渡れるの。その力に目覚めたら、身に降りかかった災難や幸運、全部ひっくるめて、忘れられなくなるらしいんだ。
あなたは普通じゃない人……√能力者に、なれるかな。
なるさって言ってなれるものなら、苦労しないんだよー。わたしだって、あなたがきっと忘れるだろうって思うから色々話しているのに。
ああ、でも、もし、√能力者だったとしても、こんな世界に居着く理由はないか。それなら、気楽なのは変わりないね。うーん、じゃあ、もっと色々話しちゃおっかな。
ねえ、聞いてもいい?
√能力者になるさ、なんてあなたは言ったけど、もしなれたとして、何をしたい? √能力者は√を渡れる他に√能力っていう不思議な技を使えるらしいけど……やっぱり、ヒーローみたいにどどーんって感じの必殺技を放ってみたいとか?
え、あ。困っている人を助けたい。……うん、そっか。そうだよね。うちのヒーローと違って、あなたはきちんとした正義感を持っている人だもん。そういう、正しそうな価値による正しそうな行動が似合う。
ここまで軽く話しただけで、そう確信が持てるくらい、しっかりした人となりだよ。あはは、なぁに、きょとーんとした顔して。胸を張っていいことだよ。あなたはきっと、あなたの世界で、立派なヒーローになれる。悪の怪人のお墨付きだぞー?
それは微妙って? 言わないお約束!!
えっ……、きみを助けたい、て……あはは、悪の怪人に褒められるのが複雑とか言った舌の根も乾かないうちに、何を言っているんだか。本当にあなたは面白い人だねぇ。
大丈夫だよ。あなたに助けてもらわなくても、わたしはちゃんと世界と向き合えている。向き合っているから、あなたに詳らかに説明できたの。
心配しなくても、大丈夫。
それに、わたしにはとってもなかよしのおともだちがいるの。戦闘員さんでね。
特別に教えてあげる。戦闘員735番。わたしの幼馴染みの女の子。立派な戦闘員として活躍していて、少しぽやんとしたところがあるけれど、友達思いのいい子なの。
この世界のことを疑問には思っていないみたいだし、戦闘員をするのは楽しそう。わたしが「怪人として死んじゃうの怖い」って話しても、いまいちよくわかってはいないみたいだけど……それでもね、否定とか理解を拒むとかしないで「そうなんだあ」って笑ってくれるの。わたしの言葉を受け入れてくれる。
そんななみこちゃんが、わたしは大好き。
あっ、なみこちゃんっていうのは、735番っていう番号をもじってつけた渾名なの。わたしがなみこちゃんにあげた特別な名前。
ふふーん、なみこちゃんからも、わたしに名前のプレゼント、あるんだよ。わたしはね、怪人48号。その48から、なみこちゃんはわたしを「よつはちゃん」って呼んでくれるんだあ。
素敵な名前? ふふ、ありがとう。わたしもそう思う。
ね? わたしとなみこちゃん、とってもなかよしでしょ? なみこちゃんは戦闘員さんだから、とっても力持ちだし、みんなと助け合うことが得意なの。わたしのこと、友達だって、大切だって言ってくれる。だからきっと、わたしのことを助けてくれるよ。わたし、そう信じられるの。
だからね、大丈夫なんだあ。
あれ、生返事。なぁに、わたしに頼ってほしかったの? 会ったばかりなのに、おかしな人。
助けようって思ってくれるその気持ちだけ、受け取っておくね。そう思ってくれたのは嬉しいんだ。……ほんとだよ?
でも、あなたの助けを受けられないのには他にも理由があって。
あなたはね、見るからに一般人だから危険なの。ヒーローに見つかったら、殺されないまでも、この世界の一般人の中には戻してもらえないと思う。
どうしてって……考えてみて。ヒーローは自分が悪の組織を運営していることを一般の人たちには隠している。マッチポンプを知っているのは、わたしたち悪の組織だけ。
一般人にマッチポンプのことを知られてはいけないの。そうしたら、彼をヒーローと讃える人々は、瞬く間に彼を蔑み、詰り、失望したと唾を吐きつける。名声を失うのもダメージだろうね。その上で、世界から平和が消え失せるんだ。
曲がりなりにもヒーローを名乗るだけあって、彼の世界平和を守りたいという気持ちは本当なの。だから、平和が保たれなくなることを恐れている。恐れるくらいならマッチポンプなんてするなよ、はそのとおり。
平和を保つために、手段を選ばないのは既に語ったとおりだよ。じゃあ、平和を乱すかもしれないあなたの存在を、ヒーローはどうしてしまうかな?
……ごめんごめん、脅すみたいなこと言って。でも、本当に予想できないんだ。ヒーローがあなたを見つけたらどうするのか。
だから、そろそろ真剣に帰り道を探さないと。√っていうのは、どこでも不意に繋がるらしいけど、どうしようかな。
道に迷ったって気づいた場所はどこ? その近くなら、まだあなたの世界に繋がっているかもしれないよ。
っと、隠れて。危なくはないけど、戦闘員さんたちだ。わたしにとっては信頼できる人たちだけど、今、あなたは見つかってしまうと厄介だからね。
今日はこの向こうの通りで作戦行動があるんだっけ。騒ぎになる前に帰れるといいね。
ん、どうしたの、戦闘員さんたちの方、じっと見て。「マスクド・ヒーローみたい」? ……あぁ、仮面? かっこいいよね。
でも残念、どう足掻いたって、ヒーローにはなれやしないよ。誰一人。悲しくて、虚しいけど。
この世界のヒーローがつけているマスクは、かっこいいものじゃない。大切な人に危害が及ばないよう、正体を隠すための仮面なんかじゃないんだ。そんな立派な理由じゃない。
正義と平和を守るっていう安定のために、踏みつけにされているツクリモノの悪を、世界を、誤魔化すための|仮面《ヒーローマスク》。
だから、マスクド・ヒーローっていうよりは、マスカレード・ヒーローかな。
マスカレードは仮面舞踏会の意味もあるけど、『見せかけ』や『偽装』って意味もあるの。誰かが呼ぶなら、この世界を、そう名乗らせてみるのもアリかな。
|√マスカレード・ヒーロー《みせかけのヒーローに支配された世界》。
響きだけでも、かっこいいでしょ?
帰れたら広めてもいいよ。もしあなたが覚えていたら、ね。
◆◇◆
●備忘録
うすらぼんやり覚えている、不思議な世界の話。ひどいものだと思う。
自分にこの話を教えてくれたあの人は、今はどうしているのだろうか。あの世界のヒーローは、今もマッチポンプを続けているのだろうか。
あの世界にもう一度行けるとは思えないけれど、あの人が笑って過ごせていたらいいな、と思う。なんだかんだ、道に迷った自分が帰るまで、付き添ってくれた。悪の怪人なりに優しい人だろうから。
でも、もうあの人の顔もよく思い出せない。自分はあの人の言っていた、なんたらかんたらというものには、なれなかったみたいだ。
それでもいつかまた、ふらっと迷い込んだりしないかな。
『でも残念、滅んじゃったよ』
「——え?」
空耳をした足元で影が揺らめいたのは、暮れ泥む中の幻か、はたまた——。