午睡の夢の間に間に
何時も通りの鉛色の曇天の空に、己が肢体を曝け出すような廃墟のビル群の薄暗い隙間に|彼女《・・》は在った。
本来の仕事、√能力者の依頼の大半は『人助け』になるのだが、たった其れだけの為に彼女こと|広瀬・御影《ひろせ・みかげ》は、自分の犠牲を最優先に、身体の悲鳴など無視で相も変わらずに負傷だらけの肢体が、腕が、腹がまともでなければ──それは瀕死の重傷と謂われる疵に早変わりだ。
此の行為を止める人が居ればまだマシかもしれないのだが、御影の此処までの疵に簡単に生を手放そうとする程には、死に対しての忌避感は薄い。
──そして、|此処《・・》に居るのは、在るのは、お呼びではない|相賀・匡《宿敵》だけ。
「……ねぇ。
どうして|みーくん《・・・・》は、僕の前で寝ているの?」
御影を見下ろしているのは、線細く麗しい少し気弱で大人しそうな青年である。──その服装、手足や持って要る物騒な肉切り包丁に至るまでの赤黒い色合いさえなければ……。
話しかけられている事に気が付いた御影は瞳を開けるのでさえ億劫な程の行為をしてまで対応しおうとする、喋ろうとする御影は、返事の代わりに赤い紅い吐瀉物が喉から咽返す如く吐き出された。喉から音を発そうとするだけで、身体は容易に悲鳴を上げる。
「……っ……ごほっ、た、たすく君……っ……」
御影の瞳が映す相賀・匡は、とても可哀想な存在ではあるが、未だに彼を友人だと自身では自認している。
「みーくんはよくそうなってるな?」
視れば解るはずなのだが、匡は疾うの昔に壊れている。狂気の片鱗が見え隠れする落ち着きのなさ。──だからこその|簒奪者《宿敵》であり、友人同士なのだ。
声にならない聲をあげて、頭を否定の意思を示ために振るわれる。
「……つ、通常の状態で……っ……今の君に会ったら、殺し合いにしかなら……っないじゃないか……」
満身創痍の御影から放たれる言の葉は、本当に意味合い通りに通じたのだろうか。
「なら俺は運がいいのか?」
匡は、独り言ちにぽつりと、其れこそ、譫言のように呟かれた。
御影は匡が|闇《簒奪者》に堕ちた時、初めて彼の手で解体されたのだが、それでも尚、彼は「たすく君」であり、友人である。──唯、何時かは己の手で始末する事すらも寂しい、と感じてしまう程に──。
匡は、過去に思考が夢想する。自分が親しい友人として、友として「みーくん」と名付けたことを共に歩んで……。 歩んで……?
「な、なんで……っ……!
ちゃんと、わ、私をちゃんと見てよ! お話して!?
そんなに俺のこと、嫌いなのか?」
匡の視界は暗転して、子供の、駄々っ子のような、それとも精神が負荷に耐えられず孵化したのか、利き手に持っていた相棒が勢いよく握り直されると迷わずに振るわれる。
────ビシャ──ッッ!!!!
壁に放物線を描いて紅い黒い液体が飛び散った。続くのは音。
伴って描かれる放物線の朱いインクを盛大にぶち撒けたような、ホースが行き場を失った水を吐き出すように音と液体は壁とは謂わず、地面とは謂わず、面になっている場所をまるでペンキで塗り間を無くすように──……。
匡は、何かに塗れた儘、ふらふらと泳ぐように歩く。
先程までとっても愉しい事をしていたような、何かを大切な物を大事にしていたような、とても好きでどうしょもないモノを|相棒《・・》で叩き潰して、その存在すらも消してしまいたいと振るっていたような感触だけが残る。
「みーくんに会いたいな」
しかし、その|みーくん《・・・・》とやらの顔を、彼は思い出すことが出来ない。
午睡の夢を彷徨うように幽鬼は、目的なく歩き続ける。