シナリオ

甘刻繚乱

#√EDEN #ノベル #バレンタイン2026

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル
 #バレンタイン2026

※あなたはタグを編集できません。

蓬平・藍花
竜胆・雪之進
竜胆・鏡之助

 ――時を経るごとに、想いが降り積もってゆく。
 きっとそれは、真白の雪のようにきれいなんかじゃなかった。

 〇

 二月十四日、バレンタインデー。
 黒いレースがあしらわれたハイネックに赤いクロップドニットを重ね、下肢を包むのは太腿がちらりと覗くスリットの入った焦げ茶色のスカート。胸をほんのりと高鳴らせて姿を現した蓬平・藍花は、自身に集まる赤色の視線を仰いで首を傾げてみせた。
「ね、ね……可愛い?」
 素直に聞くのは気恥ずかしいから、冗談っぽく「褒めて?」なんて誤魔化して。でもきっと、ふたりにはそんな藍花の胸中なんてお見通し。
「なるほど。今日の藍は苺チョココーデなのですね」
 一歩身を引いて、その全体を眺めながらゆるりと目を細めた竜胆・鏡之助が納得したように頷くと、隣に居た竜胆・雪之進が口端を吊り上げるようにして笑った。
「ええ、可愛いですよ」
「藍花の今日はコーデあれやろ? ちょい背伸びして、甘さもちゃんと計算して残してるやつ」
 明確に紡がれた「可愛い」の言葉に藍花の表情がパッと明るくなる。
 ――けれど。
「無理して大人ぶってる感もあるけどな。そこがええんやろ? 『ちょっと大人っぽい私』やりたかったんやろ?」
「背伸びしている感じが実に愛らしい。“大人っぽいでしょう?” と主張しているところが」
 特に、なんてわざわざ強調して。微かな含み笑いも添えた意地悪な二人の言に藍花はむぅっと頬を膨らませる。
「随分悩んで選んだのでしょう? その自信ありげな顔も含めて、とてもお似合いです」
 こつり。靴音を立て藍花に一歩近づいた鏡之助は、ちいさくて愛らしい付喪神の頤を持ち上げて自分に視線を持ち上げると、やわらかに眦を下げた。
「褒めてほしそうにこちらを見るところも、可愛いですね」
「……ありがと」
 本当に思ってる? なんて脳裏に過ぎった言葉は飲み込んだ。それなのに。
「似合ってるで、ほんまに。ちゃんと悩んで選んだん伝わるわ」
 鏡之助の肩に肘を掛け、悪戯っぽく笑んだままの雪之進から降ってきた言葉に藍花の目が輝く。意地悪だけれど、それでもうんと悩んだ甲斐があった。報われた思いで、でももっと欲しくなってしまって、ついじぃと見つめてしまう。
「……で、そのキラキラした目は何? 追加で褒め待ち?」
「ん」
 まるでねだるように目を細められてしまい、雪之進は「はいはい」ちょっと気だるげに吐息。
「かわいいかわいい」
 整えられたヘアスタイルなんて何のその。まるで犬でも触れるようにぐしゃぐしゃと撫でまわすと藍花は相好を崩して満足そう。
 ああ、ほんとうに。なんて単純でかわいい|ペット《玩具》なのだろう。兄弟を一瞥したエルフたちは、どろりとした赤色に愉悦を交えて笑んでいる。

 〇

「せっかくのバレンタインやし、チョコ交換しよや」
 そうと言い出した雪之進が、人差し指に引っかけていた紙袋を机上に乗せた。ブランドもメーカーも分からないシンプルなそれは、ずいぶんと飾り気がない。
 どうせ雪之進のことだ、中身に凝りすぎてラッピングなぞどうでもよくなったのだろうと鏡之助は推察する。
「僕も用意したんです。受け取ってください」
 鏡之助はパステルピンクの箱にミントのリボンを結んだそれを、藍花の手へとやんわり、けれど明確な意思をもって押し付けた。
 受け取って、なんて言いながら拒否は許さない。やさしげに微笑んでいるくせにその瞳の奥は笑っていない風にも見えて、雪之進が心の中で厭きれたように舌を出している。
「“可愛さと数が正義” だった頃のバレンタインチョコ文化、ご存知ですか? 平成女子チョコと呼ぶらしく、市販のチョコを溶かして流し、飾るだけの簡単なものです」
「平成……女子、ちょこ?」
 強い意思を携えて渡されたチョコレートにも、聞きなれない単語にもすこし混乱を交えた藍花の首が傾く。
 ぱちぱちと不思議そうに瞬いていたのも束の間、さっそく開封してみようとふたりのそれを広げてみせれば、ジャムのように美味しそうなとろりとした瞳は一層輝く――と、思われたのだが。
「なぁにこれ?」
 人差し指が示しているのは、まるで土のような四角いそれ。雪之進のチョコレートだった。
「発掘チョコや」
 にやりと笑った雪之進は藍花にちいさなハンマーを握らせた。
 土っぽく見せているのはダークチョコート、キューブ型のそれはビターが強めだけれど、食感の良いナッツとほんのりと香る程度のラムを混ぜている。中にはナッツと相性のいいオレンジ、それから真ん中にはホワイトチョコレートで形作られた化石が仕込まれているのだ。
「割るまで何が出るかわからん仕掛けや」
「ぇ……割っちゃう、の……?」
「それを楽しむのが発掘チョコやで?」
「ううん……勿体ない、気もするけど……」
 でも、食べないのはもっと勿体ない。好奇心も手伝って藍花はちょっとどきどきしながら、ちいさなハンマーでえいっと叩く。いちど叩いたくらいじゃ化石は見つからなかった。コンコン叩いていく内になんだか楽しくなってきて、少しずつ手際よくなってきた藍花はついに化石を発見。ぱくりと頬張った化石は舌の熱でじゅわりととろけて、藍花の心をほぐしていく。
「楽しいし、おいしいし……雪之くん、すごいねぇ」
 純粋で素直な誉め言葉に雪之進は気を良くしたのか、どこか得意気だ。
 次は鏡之助の番。彼のチョコレートは、彼曰く少し贅沢な工夫を凝らしているらしい。
「店で一番高級なチョコを大量に溶かしました。美味しくないはずがありません」
 淡く微笑んでいる割には絶対的な自信が伝わってくる。
 うんうんと頷きながら藍花は、なるほど確かに女子中学生が手作りしそうな見た目のチョコレートを掌に乗せ、たっぷりとそのかわいらしさを堪能してひとくち食む。
「ん……かぁいいし、おいし……♪」
 さすがに最高級のものを使用しているだけあって、舌触りは滑らかで甘さもしつこくない。鼻腔に抜けていくカカオの香りすら気品を感じられた。満面の笑みでハイタッチ。
 だから今度は藍花がふたりにチョコレートを渡す番。
「藍花のは見た目から洒落とるな」
 雪之進へのチョコレートはオレンジとレモンを半月にしたオランジェットを飾った珈琲の風味が際立つオペラだった。わざと苦めに、お酒を多めに使用して。
「柑橘の酸味と皮の苦み、酒もええ感じに効いとる。重たならんし、コーヒーとかブランデー欲しなるで」
 言葉を聞きながら、藍花は胸の裡でひそりと想う。
(――ボクに酔って?)
 何層にも重ねた分だけ、自分に酩酊してくれたらいい。きっと、こんな邪な願いと好きの二文字は伝わらないかもしれないけれど、チョコレートが彼の口に入るその瞬間を目にしただけで藍花の心は震えるようだった。
「……贅沢ですね。ナッツとドライフルーツがぎっしり。白と桃色のマシュマロの配置も美しい」
 鏡之助へのチョコレートは食べ応え抜群なスモア風のブラウニーだ。白色と桃色のマシュマロを格子状に並べたスモアの下にはガナッシュを敷いている。
「おや、ガナッシュまで……。甘さの層で驚かせるとは、サプライズですね」
 底を確かめ、ちゃんと甘さに気付いてくれて顔がほころぶのを止められない。一緒に閉じ込めた「好き」も伝わっているといいのだけれど。
「……兄弟と俺で中身ちゃうん? 鏡之助、それ俺にもよこせや」
「おやおや」
「せっかく苦いと甘いで分けたのに……」

 〇

「藍花、前に付き合っとった言うてたよな?」
 とつぜん向けられた言葉に、ホットワインを舐めるようにちびちび飲んでいた藍花はぱちくり瞬き。
「うん……?」
「バレンタイン言うたら恋バナやろ」
 ワインを一口含んだ雪之進はグラスを置くと、まだ答える準備も出来ていない藍花に「どんな奴?」「何人?」「告白どっちから?」「なんて言われたん?」「なんて返したん?」「デートどこ行ったん?」「バレンタイン何したん?」矢継ぎ早に質問を畳みかけた。
 あわあわしている藍花の耳がほんのりと赤くなり、目尻も泣き出しそうなくらい火照っている。
(焦っとる顔おもろ)
 確かに藍花は学生時代に何人かとそういうお付き合いがあった。けれどそのすべては受け身。藍花自身が踏み込んだ関係は一度もない。
(断る理由がないから受けて、誘われたら応じるだけで)
 たぶん、人によっては眉をしかめるような始まりなのかもしれない。
 過去への思案と、とつぜん踏み込まれた質問にたじたじの藍花が面白いのか、やはりと言うべきか鏡之助も乗って来た。
「真剣な告白を受けたら、まず何を考えます?」「理想のタイプは?」「性格と顔、どちらを優先?」「一番揺らいだ瞬間は?」「嫉妬する自分は好きですか?」
「あ、ぅ……」
 援護射撃のようににこりと微笑まれ藍花のお目目はもうぐるぐるだ。
「今の中で最も答えづらかった質問は?」
 しかもそんな追撃までやってくるのだから、もうたまらない。
(あーあ。鏡之助の質問なんて、もう逃げ場ないやろ)
 でも助けてなんかやらない。もっと自分たちの言葉で頭がいっぱいになればいい。
「家族以外で……こうして、誰かと過ごすのは初めてなのだわ」
 過去の自分は、今よりも家族を優先していた。だから恋人について語れるような思い出はあまりなくて、きっと残っているものはほんの些細なひとかけら。
 それにしても。
 そういう本質であると理解していても、やはり意地悪なふたりにはついつい唇が尖ってしまう。拗ねてもふたりがやさしくなるわけではないと知っているけれど。
 でもきっと、今はちがう。
 本当は聞きたかった、ふたりのこと。自分たちこそ、どうだったの? って。でも答えを知るのがたまらなく怖い。どうせふたりの質問だって自分をからかいたい材料が欲しいだけ。求めてなんかくれないのだ。
 理不尽だって解ってる。わかってる、それでも。
 盗み見た雪之進は、もう自分を見ていなかった。そのことを少し残念に思っていると、彼の奥、窓外にちらつく真白のそれを見つけて、ふさりとした長い睫毛が上下する。
「あ、雪……結構、積もってるねぇ…」
「どうりで冷えるわけです」
「まさか降るとはなぁ。ほんまや、白なっとる」
 席を立った雪之進はさっさと外へと出ると、上着も羽織らずに雪を踏みしめる音に気分を良くしながらころころ雪だるまを作り始めた。
「僕たちも行きましょう」
 黒縁の白ボアコートを羽織り終えると、差し出された鏡之助の手。エスコートに指先を添えて「雪だるま? それとも雪猫?」なんてうきうき外に出てみれば、皮膚を噛むような冷たさに身が震える。
「よう似てるやろ?」
「ええ。よく似ていますね」
 出迎えた雪之進が完成した雪だるまを右腕で示し、鏡之助に向かってドヤ顔を浮かべている。目を細めた鏡之助は、どうやら思い当たる節があるようで、ひとり不思議そうに首を傾げる藍花に声がかかる。
「藍花、これな、俺らの『木霊』や」
「木霊……?」
「根っこが人間みたいで、地面から引っこ抜いたらこの世のもんとは思えん叫び声あげるやつに似てるかもしれへんけどな、それを可愛くデフォルメしたゆるキャラ風や」
「マンドラゴラじゃない」
「ちゃうわ。そういや最近あいつら見ぃひんな」
「プランターに埋まったままです。抜くと騒がしいので」
「ああ、せやったな」
「やっぱりマンドラゴラじゃん!」
「木霊です」「木霊や」
 絶対に認めたくないらしい。

 しんしんと降る雪は止む気配がない。
(うっかり自分が雪だるまにならないようにしないとなのだわ……)
 転んだりしたらたいへん、なんて思っていたのに――。
「ほな、雪合戦しよ。体動かすの楽しいやろ?」
「雪合戦ですか。懐かしいですね」
 なんだかいやな予感がする。
「覚悟できてる? 俺、加減せぇへんで?」
 意地の悪いにやり顔で距離を詰めてくる雪之進は、ぎゅむぎゅむ雪を握り固めている。ちょっと握りすぎでは? なんて思っていたら飛んできた雪玉が顔にばちん。
「うわ、マジで顔やん。避けへんとか素直すぎやろ」
 顔面を狙っておいてよく言う。
 今度は鏡之助の方から雪玉がびゅんびゅん飛んでくる。
「危なかったですね」
 一投目は外れて塀に当たり砕け散ったが、二投目が足元へ飛んでくる。
「よく動けています」
 慌てて避けて、逃げようとしたその進路を三投目が塞ぐ。
「そちらは塞がっていますよ?」
「ちょ、ちょっと……待ってよぉ!」
「焦れば軌道は乱れます。呼吸が上がると肩が動く……今、右に避けようとしましたね?」
(聞いちゃくれないんだから!)
「ほら、本気出し? そのへん雪余っとるで?」
 顔面に当てたことなんて悪びれもせず、覗き込んできた雪之進の顔にふわふわの雪玉をぽいっ。
 絶対に避けられたのだが、わざと当たってみせた雪之進は、ちっとも力を感じられないよわよわ雪玉が崩れ落ちていくのを目にして、思わず瞬いた。
「……弱。今の本気?」
 ぴええと半泣きの藍花は珠花と、こぱんだ妖怪の小蘭を増援に喚んでみせるのだが。
「構いません。人数差は誤差です。ねえ、兄弟?」
「ああ。で、藍花はどこ行くん? まだ終わってへんで?」
 逃げようとした次の瞬間、びゅんびゅん風を切って飛んでくる三連射。しかも後ろに回り込んでくるからたまったものじゃない。まるでホラーだ。
 珠花と小蘭もちいさなお手手で握った雪玉をえいえい投げて防波堤になってくれているのだが、ぽすんと当たって容易く崩れる雪片を見ていれば圧倒的な力の差を感じる。
「勇敢ですね。大変結構です」
 声色が変わっていないのがその証拠。
(鏡くんに泣きついてみれば、頑張……れるかなぁ? 無理そう……)
 でも、やってみなければわからない。
 ほんのわずかに目を細めた鏡之助に向かい、藍花は思い切ってぎゅ、と胸元にくっついてしがみ付いてみた。
「おや」と瞬き、そしてゆるやかに笑んでいく口元に希望を見つける。
「その健気さは評価に値します。終わったら温かい飲み物でも差し上げましょうか」
 とんとん、と幼子をあやすように背を叩かれ、ようやくひと心地ついた思いで唇から安堵の吐息がまろび出る。
 それなのに――。
「さっきの顔ちょっと面白かったから許したる。ほな、次は本気で来ぃや。俺がちゃんといじめたるから」
 意地悪く笑う雪之進の言葉が降ってきて、藍花の胸はぞくりと震えた。
 怖いのではない、嬉しいのだ。たとえその指先が自分を傷付けたとしても、想いの欠片すら滲んでいなかったとしても藍花は触れてほしくてたまらない。
 それなのに藍花は鏡之助のことも諦めたくなかった。
 二人への|執着《愛》を、どう|すればいい《なりたい》のかすら分からない。それなのに雁字搦めになる位に執着して欲しいだなんて。
(――なんて……重くて、浅ましいんだろう)
 心を誤魔化すように付喪神は今日も微笑う。この日々が、毀れてほしくないから。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?