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神隠祇・境華


 ――境華お嬢様?
 ええ、覚えておりますよ。忘れる事などありませぬとも。


 わたくしは長年神隠祇に手伝い人として仕えてまいりました。
 神隠祇は物語を創る側ではない、"紡ぐ側"なのだと――ほっほ、確か旦那様の口癖でございましたね。我々のような者には想像も出来ぬ責務です。世界という舞台に残されゆく"物語"を羅紗に織り継ぎ、記録していく……言葉にすれば簡単ではありますが、実際に為すのは困難でしょう。
 まあ、我々は下々の身。責務を理解する必要もございませなんだが……そんな家に生まれ落ちた、いわば境華お嬢様は"神童"でした。これまで代々の神隠祇さまが紡いで来られた"|羅紗《物語》"を、一度聞かせて差し上げれば二度ねだる事はありません。ただの一度、母君が寝物語に聞かせただけの物語でさえお嬢様は鮮明に記憶しておられたのです。
 思えばお嬢様がお生まれになった時も、奇妙な事がございました。代々織られてきた羅紗が神隠祇の家にはございます。その羅紗が、一度だけ揺れたというのです。我々は羅紗を目にする事は叶いませんが、記録としてその事が残されたという旨は聞きました。そして、そのような事は神隠祇の家が興ってから一度も起きたことがないと、旦那様は独り言のように仰っておられたのです。
 手伝い人の中には、不吉な予兆だという者もございました。そのような事はない、と周りの手伝い人に諫められましたが……これまでにない事が起きたのです、そう思う者がいるのも仕方ない事。そうして境華お嬢様は神隠祇の家で、羅紗の織り手として暮らすようになられたのです。

 わたくしが境華お嬢様にお目通りしたのは、お嬢様がいつつの時でございました。
 初めてご挨拶をしたときは、いつつと思えぬ利発さに驚いたものです。

「昔からおられる手伝い人の方ですね。これから宜しくお願いします」

 いつつですから。もっと天真爛漫としておられても宜しいのですけれど、お嬢様は静かにそう言われました。ご挨拶だけで、この方には我々には想像も出来ない何かがあると感じました。あのような予感は長い間生きて来て初めてでございました。
 お嬢様が物心付かれる頃には、不吉だなどというものはおりませんでした。お嬢様は先に申し上げた通り、凄まじい早さであらゆる"物語"を覚えておられました。書物から口伝の物語、ありとあらゆる物語と名付けられ得る記録全てをお嬢様は平らげてしまうかのように読み耽っておられました。我々手伝い人からお嬢様への印象は、まさしく"神童"だったのです。お嬢様がどのような羅紗を織るのかと、我々は子の未来を語るように語り明かしたものです。
 そういえば。わたくしもかつて、お嬢様に一つ言い伝えをお話して差し上げた事がございました。といっても、わたくしの故郷に伝わる古い話でしたが……お嬢様はじっとわたくしを見上げ、言葉を切るごとに一つずつ丁寧に相槌を打って下さっておりました。静かで冷ややかにも見える叡智を、そこで確かに感じたのです。お嬢様は賢いお子でございました。我々とは違う、お嬢様にしか持ち得ない感覚で物語を理解しているのだと、鏡に映すように我々が理解させられるような気持ちになったのを今でも憶えております。――冷ややかにも見えると先程申し上げましたが、お嬢様の賢さは怜悧に見えますが情熱に溢れておられました。いつも書物の山に囲まれ、"物語"を読み込んでおられました。一度、書物の山を作りすぎて出られなくなった事もありましたねえ……神童も矢張り子、と皆で笑い合ったものです。境華お嬢様はそれほどに物語にのめり込んでおられました。神隠祇の血……というよりあれは性分でしょう。真面目で聡明なお方でございました。



 そんなお嬢様が新たな才覚を発揮されたのは、お嬢様がななつの時です。
 お嬢様の言葉を借りるならば、"物語の再演"――それがお嬢様のもうひとつの才能でございました。最初に見た手伝い人は思わず『今のは何ですか』と問うたのだそうです。

「出来そうだったのでやってみました。思ったよりすんなりやれそうです」

 お嬢様はそう言っておられたそうです。
 神隠祇のお家では物語を羅紗に織り込む事はあれど、物語を再演するなど聞いた事がございません。そしてお嬢様はこちらの才能をも伸ばし、次々と花開かせていったのです。
 最早お嬢様の才覚を疑う者などおらず、凶兆だと述べる者はおりません。しかし、手伝い人の中には何か嫌な予感を抱える者もおりました。口にこそ出さずとも、気配で判ります。旦那様をはじめとした一族の方々は、お嬢様に悪影響が出ぬようにと敢えて何も言われませんでしたが、何か思う所があるのだろうとは――長年の手伝い人の勘で判りました。けれども、手伝い人に何か出来る訳でもありません。我々はただ、神隠祇の家の者として出来る事をしておりました。
 物語を紡ぐ側は、無垢でなければならず、傍観者でなければならない。決して物語という羅紗に己の色を混ぜてはならない――それが神隠祇に伝わる言葉でございます。お嬢様を悪意からも善意からもお守りする、それが手伝い人に課せられたお役目でございましたから、我々はただ、そうしておりました。



 お嬢様は美しく、そして物語を織る側の人間として申し分ない方へと成長なさいました。神隠祇の家を継ぐにふさわしいお方となられました。十分に成長した、と認められましたら、お嬢様は代々一族に伝わる羅紗を受け取られます。神隠祇における成人の儀とも言いましょうか。
 儀式は粛々と執り行われ、瑕疵は一つもありませんでした。お嬢様はそうして神隠祇の一員として、羅紗を織り紡ぐ役目を負われたのです。

「私、旅に出ようと思うんです」

 ある時、――秋の日でございました。葉がよく散る庭の掃除をしていたわたくしに、お嬢様はそう声をかけられたのです。あれは今思えば、お嬢様自身の思いを確認する為だったのかもしれません。お嬢様は、少しためらうような声音でわたくしにそう仰いました。

「まあ。何か求めるものがあるのですか」

 わたくしの返答はこうして平々凡々たるものでした。
 お嬢様が旅に出ずとも、お嬢様の周りには恐ろしい数の"|物語《せかい》"がございます。お嬢様の周りにない|感情《しげき》などないだろうとわたくしは思ったのです。しかしそう問うたわたくしに、お嬢様は頭を横に振られました。

「求めている……とは思うのですが、それが何かは判りません。私の中にずっとあって、……それでも開く事の出来ない本があるような」
「お嬢様に開く事が出来ないなら、誰にも出来ないのではないですか?」

 わたくしの反応といえば無知もよいところ。なんともお恥ずかしい限りですが、ほんとうに心底からそう思ったのです。お嬢様に出来ぬ事を数えろといわれても、指一本も折れやしません。これだけのありとあらゆる感情と物語に囲まれてなお開かぬ本は、糊付けでもされているのではないかと思ったのです。
 お嬢様はわたくしの返答に少しだけ笑って、秋の夕暮を眺めながらこう仰いました。

「世界には沢山の"物語"があります。今こうしている間にも、私の知らない、誰も知らない"物語"が紡がれているかもしれない。私は私の中にある"開かない本"も気になりますが、私の知らない"物語"の為に、此処を出たいのです」

 わたくしはその言葉に、昔飼っていた鳥の事を思い出していました。
 もう何十年も前の事ですが、いまだに覚えております。うつくしい声で鳴く鳥だったので、意気揚々と連れて帰ったのです。鳥は外を見詰めてときおり喉を震わすばかりで、全く鳴いてくれませんでした。最初で最後、見かねたわたくしが外へと放った時にとても美しく鳴いたものですから――お嬢様もきっとそうなのだと思いました。境華お嬢様が求める"物語"はもう此処にはない。お嬢様はもっと多くの"物語"を見届ける為に飛び立つのだと。

「お嬢様の裡にある本が開くように、此処からお祈りしておきますね」

 わたくしが静かに言うと、お嬢様は緊張しておられた表情を綻ばせて頷かれました。お嬢様自身、わたくしに告げる事でふるさとへの思いを断ち切ろうとしていたのでしょう。ありがとうございます、と返って来たお言葉に、最早迷いの色はありませんでした。



 お嬢様は、今もまだ閉じた本を抱えているのかもしれません。
 きっと多くの物語をあの方は見届けるのでしょう。そうしてきっと、お嬢様にしか織れない羅紗の模様を描いていくのだと思っております。それでもいつか、わたくしの目に届かない何処かで、お嬢様の裡にある"開かぬ本"に触れる誰かが現れてくれる事を――わたくしは、願っているのです。それが、わたくしという物語の外側にある頁だったとしても。

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