シナリオ

古書街を吹き抜ける、華散らしの風

#√マスクド・ヒーロー #デザイアモンスター #魔法少女現象 #スターチス

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 #√マスクド・ヒーロー
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 ――神田神保町。
 都道302号、通称靖国通りが中央を貫くこの街は、明治時代からの古書店が軒を連ねる世界最大の古書店街とも言われている。
 この地域に相次いだ数々の法律学校の創設に伴い、書店や出版社、印刷所が集まった事に端を発し、太平洋戦争に於いては靖国通り沿いが空爆の被災を免れた事もあり、今も数多くの古書、希書の類が新たな持ち主との出会いを夢見て書架に並んでいる。

 ――その神保町の裏通り。夜の『神田すずらん通り』で、事件は起きていた。

「デザイアモンスター!! それも、こんなにたくさん出て来るなんて……!!」

 そこに居たのは一体の、それこそ古書店に並ぶ漫画から抜け出してきたかの様な、古めかしいデザインのロボット。
 彼は自身を取り囲む異形の怪物たちを見回すと、その背で震える少女を勇気付ける様に声を張り上げた。

「大丈夫、君の事は必ず守ってみせるから! ……隙を見て、うまく逃げて」
「で、でも、あなたを置いていくなんて……! わ、わたしだって物語のように、戦えそうです……!」

 震えながら、己を庇うロボットを気遣う少女は、恐らくはこのあたりの学生なのだろう。
 その姿は、百合の様な、或いは千鳥ヶ淵の桜の様な、品の良い真白色の衣装……魔法少女の装束に包まれていた。
 だが、丸っこいロボットはその申し出を断った。

「ありがとう、君は優しい子だね。でも、いいかい。戦いは物語とは違う。
 傷付きもするし、死んでしまいもする。それに……僕たちロボトロンは、子どもたちを守るために生まれたんだ。
 ――人間は、死んでしまったらお終いだけど。僕たちは機械。修理してもらえばまた動く。だから、僕に『君を無事に逃がす』という仕事を果たさせて」

 無骨なアームを握り締めて、怪物の群れに対峙するロボトロンの姿を。

「アッハハハ!! 泣かせる献身だね、そういうの、私も好きだよっ!」

 暗がりより姿を現した一人の怪人が、拍手を以て称賛した。
 快活な笑みを浮かべながら、怪人の琥珀色の瞳に映るのは吹雪の如き刺す様な冷たい殺気と、舐るような嗜虐心。

「君が、このデザイアモンスターたちを操っているのかい? どうしてそんな事を……!」

 ひっ、と息を呑む魔法少女を己の丸い身体の影に隠しながらの問いに、白い怪人はけらけらと面白おかしそうに笑い。

「あっは! それはもう、面白いからに決まってるじゃないっ!
 ブリキ人形に宿った、紛い物の心の在処にも興味はあるしー……バラせばわかるかな?
 それに……無垢な花が、怪物たちに心を貪られ、絶望して壊れゆく貌とか、もう……想像しただけでご飯3杯はいけちゃうね!」
「――話すだけ無駄みたいだね。そんな酷いこと、やらせるもんかぁっ!!」

 ――そして、翌日。

 ガラクタと化し、譫言を呟き続けるロボットと。
 物言わぬ、虚ろな肉体となった少女が発見されたのであった。


「……ここのところ、静かにしてると思ったけど……|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》に乗じてやっぱり動いたにゃ、スターチス!」

 緊迫感溢れた猫耳の魔女見習い、|瀬堀・秋沙《せぼり・あいさ》が絞り出した簒奪者の名。
 それに心当たりのある者たちの間に、ぴりりと緊張が走った。

 ――【無貌】スターチス・リモニウム。

 相手の大切な存在に化け、時に成り代わり。自身の死すらも作戦に織り込んで、その顔を傷付け殺させることで『|消せない記憶《トラウマ》』を刻み付ける事を好む、白虎の獣人の如き姿を取る悪辣な怪人である。
 そして、このスターチスによって使役されている怪物、デザイアモンスター。
 魔法少女現象によって覚醒した直後の、『希望の心』溢れる魔法少女を好んで襲撃するという習性があり、この習性が他人の『絶望する貌』を嬉々として蒐集する怪人と嗜好が一致し、手を組むに至ったようだ。

「現場にはデザイアモンスターが溢れてて、魔法少女さんを庇いながら、ロボトロンさんが奮戦してるのにゃ!
 1対1や1対2程度なら、ロボトロンさんは勝てちゃうくらいに強いんだけど……でも、多勢に無勢にゃ。
 ロボトロンさんは数の力に圧し潰されて、魔法少女さんもデザイアモンスターに『希望の心』を奪われ尽くしちゃうのにゃ……」

 余程、予知の中で酷いものを見たのであろう。
 子猫の表情からは笑みが消え、辛そうに目を伏せた。

「……でもっ! これはあくまで予知の中で、誰も介入できなかった時の話にゃ!
 猫たちが知ったからには、ロボトロンさんも、魔法少女さんも両方とも助けられる筈にゃ!」

 気を取り直した秋沙が提示する作戦は、以下のとおりである。
 まず、第一段階。神田すずらん通りの入口である、駿河台下の交差点にデザイアモンスターが溢れかえっている。
 これを蹴散らし、すずらん通り中ほどにいる、魔法少女とロボトロンに合流を図って欲しい。
 恐らく、合流後に2人の名前を知ることが出来るだろう。
 そして、第二段階。さくら通り方面のすずらん通り西側、そして駿河台下交差点方面からデザイアモンスターの増援が押し寄せてくる。
 ロボトロンは兎も角、魔法少女はやる気はあるし強力な魔法の力に目覚めているものの、戦い方を知らない。
 ここはロボトロンの意思を汲んで、守ってあげた方が『戦いが如何なるものか』を彼女が知る事にも繋がるであろう。
 デザイアモンスターたちを退ければ、この怪物を指揮していたスターチス・リモニウムとの決戦だ。
 √能力者たちにとって『大切な存在』の姿に変身し、心を抉る様な戦い方をしてくるであろう。
 どうか、『|消えない記憶《トラウマ》』を刻み付けられぬよう、心を強く持って相対してほしい。

「咲いたばかりの花が絶望の中で散ってしまうだなんて、そんな酷い運命、あっちゃいけないと思うのにゃ。
 どうか、みんなの力で、絶望の運命から救ってあげて欲しいのにゃ!」

 子猫はお気に入りの魔女帽子を脱帽すると、ぺこんと頭を下げ。
 デザイアモンスター溢れる古書街に急ぎ向かわんとする√能力者たちの背中を見送るのであった。

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第1章 集団戦 『デザイアモンスター』


 ――わらわら、わらわら

 欲望のオーラを垂れ流す、漆黒の異形の群れが、古書街の入口……駿河台下の交差点を埋め尽くす。

 ――わらわら、うぞうぞ

 異形たちがまた一体、また一体と吸い込まれてゆく、神田すずらん通りの中ほどには。
 さぞかし新鮮で、美味な獲物が居るのだろう。
 異形……デザイアモンスターたちは、その瑞々しい|希望の心《蜜》を啜るべく。
 ひたり、ひたりと古書の街を歩んでゆく。
深見・音夢
星宮・レオナ

 ――外濠通り、お茶の水交差点

 外濠内に設けられた御茶ノ水駅を見下ろす高台にあり、T字路となっているこの道は、400mほど先の駿河台下交差点に直接通じる明大通りに接続している。
 その交差点にて。獣の眼光の如きヘッドライトが、夜の街のアスファルトを照らし出した。

「|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》に、スターチスが喰い付いたっすかー……」
「ほんと、相変わらず趣味の悪い事をしようとしてるな」

 この事件の首魁の名を口にした、黒髪に若草色のメッシュを入れた女の言葉に。
 バイクのハンドルを握る、隼を思わせる装甲を身に纏った少女が、声に緊迫感を滲ませて同意する。
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)と、|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)。
 彼女たちは、新たに現れた魔法少女を狙って現れたというこの事件の首魁、スターチス・リモニウムとの交戦経験を持っていた。

「何となく嫌な予感はしてたっすけど、アレが動くならなおさら放っては置けないっすね」
「うん。あいつの思う通りにさせるのは癪だし、放っておけば死ぬと分かってる子をそのままにする訳にもいかないよ」

 音夢は嘗ての上司と、そしてレオナは喪った家族たちの姿を使われたという苦い記憶がある。
 しかし、心を壊す事に無上の悦びを感じる怪人の危険性を知るが故に、逸早くこの現場を訪れたのだ。
 そして、このほぼ一直線の明大通りを抜けた先、凡そ400m先の駿河台下交差点には新たに覚醒したという魔法少女を狙い、既に無数のデザイアモンスターが犇めいているという。

 ――ぶるるぉん!

 事態は一刻を争う。レオナ……いや、マグナファルコンの思いに応える様に、狼の意思を宿すというバイク、狼王ソニックウルフのエンジンが唸り声を上げた。

「それじゃ、準備はいい?音夢さん」
「もちろん! 飛ばしちゃってくれっす!」

 音夢は愛用のゴーグルを装着し、にやりとサメの様な歯を見せてレオナに笑みを向けると。
 隼の少女も小さく頷いて、アクセルを強く捻り込んだ。

「オッケー。それじゃ……飛ばすよ! 振り落とされないでね!」

 御茶ノ水橋の上で改造人間と怪人を乗せた狼王が咆哮し、駿河台の坂をフルスロットルで駆け下る。


「うっわ、いるいる!」
「単純な数の暴力は、心を折る常套手段っすからね!」

 バイクのハンドルを握るマグナファルコンは、下り坂で加速しながら見る見る大きくなるデザイアモンスターたちの群れに牽制の射撃を加えながら、思わず辟易とした声を上げた。
 その有様は、黒山の人だかりならぬ、怪物だかりとでも言える状況であるのだから、無理もない。

「肩、借りるっすよ!」

 だが、群れているからこそ有効な攻撃手段というものもある。
 敵の頭数を減らし、道を切り拓くための一手を打つために、隼の肩部アーマーに音夢の愛銃【明星】の銃身が乗せられた。
 弾薬ポーチから抜き出し装填するは、雷の力を宿す一発の薬莢。
 ゴーグルの下、金の瞳でスコープを覗きながら狙うのは、一体でも多くの怪物を巻き込むことができる敵の群れの中央だ。

「――まずは前座の露払いから! 纏めて吹き飛べっす!」

 引き金を引けば、夜闇を斬り裂いて飛ぶ紫電の閃光。
 それは狙い過たず群れの中央に着弾し、大きく爆ぜ。交差点内に蜘蛛の巣が如き電光が奔る。

 ――【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】

 雷属性の弾丸を射出するこの√能力は、着弾時に一定範囲の敵に爆発によるダメージを与え、味方には雷を纏わせることで戦闘力を強化するという効果を持つ。
 勿論、それはこれから交差点に飛び込む二人にも有効に働くであろう。

「それじゃ跳ぶよ、音夢さん!」
「了解! どでかいの一発、かましてやってくださいっす!」

 『日比谷 大手町』。この道の行先を表示する、青い道路看板の下を潜り抜けたのがその合図。

 ――【UNLOCK!】

 マグナファルコンは、己の変身ベルトであるミスティドライバーにキーを叩き込むと、最高速度に到達したソニックウルフから、古書街の夜空に跳躍した。
 隼が見下ろす先には、足元の雷光に照らし出された、心を喰らう無数の怪物たち。

「――お前達に用はない。とっとと道を開けてもらうよ!」

 隼は、がしゃり、赤く燃え上がる焔の鉤爪を展開すると。敵の群れ目掛け、まるで火球の如く急降下する。

「FINAL……ッ、BREAK!!」

 深紅の尾を曳いて彗星が着弾すれば、衝撃波と共に黒い影どもが木端の如く燃えて舞い上がり。雷火が戦場を震わせた。

 ――【プロミネンス・ブレイク】

 マグナファルコンの得意とする√能力であり、必殺の蹴りである。
 追加効果により範囲に効果を及ぼす代わりに命中率は半減しているが、音夢が戦場に齎した紫電により、その威力は絶大なものへと昇華していた。

「残りの相手は、お願い!」
「心得てるっすよー!」

 そして、その生き残りへの追撃の布石は、既に打ってある。
 死に損なった敵をドリフトして撥ね飛ばしながら突入した狼王から、マフラーを靡かせて飛び降りたのは音夢だ。

 ――ぞわぞわ。ざわり。ぐちゃり。

 その前に立つのは、耳に不快な音を立てながら、他のデザイアモンスターと完全融合し巨大化したデザイアモンスター。
 ソニックウルフから飛び降りた音夢を最も手近な脅威と看做したのであろうか、【ロンギング・アーム】と呼ばれる√能力を以て、巨大化した腕で叩き潰さんと、空間ごと彼女を引き寄せに懸かる。
 ――だが。

「くっしっし。むしろ好都合!」

 それも、不敵に笑う怪人の狙い通りであった。
 音夢の√能力によって駿河台下交差点に奔っている雷は、彼女の戦闘力を大幅に高めている。
 必殺の一発は既に装弾済み。対戦闘機械群の堅固な躯体をも撃ち抜く黒鋼の対物狙撃銃の銃口が、わざわざ空間ごと引き寄せてくれた怪物に、ひたりと零距離で突き付けられ。

「魔法少女を無垢な花と例えるなら、優しく見守り愛でるのが推すってことっすから。
 ――君たちみたいな、花を無理矢理に手折る連中は、お呼びじゃないんだ」

 ――【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】

 戦を始めて間もない今にあっては、即時復活効果の発揮も見込めない。
 その身に大穴を開けられた巨大デザイアモンスターは、爆炎に包まれ、痙攣する様に身を震わせ。
 塵となって、夜風に浚われて消えた。


「しっかし、数多いだけじゃなくしぶといとは、厄介なものっすねぇ」
「これだけしぶといと、1対1なら勝てるっていうロボトロンがじきに壊されちゃう、というのも納得」

 交差点の群れに風穴を開けたレオナと音夢は、雷で強化されたマグナシューターと宵星でそれぞれに敵を撃ち抜き、お互いを援護し合いながら、敵の群れの先を見据える。
 今はまだ姿を見る事も難しいが。この商店街の中で、魔法少女とロボトロンの2人が終わりの見えぬデザイアモンスターの群れを相手取り、今も必死に抗っている筈だ。

「――行こう!」

 隼と鮫のコンビは一刻も早く要救助者に合流すべく、敵を蹴散らしながらすずらん通りのアーチを潜ってゆくのであった。

八月一日・圭
ディラン・ヴァルフリート

 ――駿河台下交差点。

 この古書店街の代名詞とも言える書店は、この3月に遂に新しく生まれ変わった姿を見せる事となっている。
 その裏路地を結ぶ交差点を埋め尽くす、グロテスクな異形の群れ。
 味方が斃しても更に湧き出し、無限にも思えるその怪物たちの姿を。
 |八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)は足を止め、静かにそれを見据えていた。

 ――まずは、観る。

 すぐには踏み込まずに彼が見定めるは、その数、動き、連携、そして『性質』である。

「……なるほど」

 魔法少女の心を啜らんと蠢く怪物の動きはどこか機械的で、少なくとも、連携はない。
 ならばと一歩踏み出し、漆黒の霊力を纏う霊刀真黒をすらりと抜き放つと、その反応と強度を確認すべく、最前列の個体へ最小限の斬撃を入れた。
 触手を織り合わせて構成されたようにも見える腕は、意図も容易く斬れ落ち。
 ――しかし。即座に再生を始めていた。

「……この数は、少々厄介ですね」

 容易く斬れるが、再生力を持つ。討ち損ねが出れば、不意を突かれる事も有り得るだろう。赤毛の青年は、短く息を吐く。

「ですが、散開しないなら、好都合。対処は可能です」

 吹き込んだ、季節外れの凍てつく様な風の中。
 霊刀の刀身より溢れ出した焔が、夜闇と漆黒の怪物に覆われた交差点のアスファルトを赤々と照らし出す。


「……来たれ。眠り閉ざす……白き闇の帳」

 ――【|冥刻:最果ての静寂《ロア・ホワイトアウト》】

 √能力により、己が身を白銀に輝く絶対零度の凍嵐に変じさせたディラン・ヴァルフリート(義善者エンプティ・h00631)は、その強風により、巻き込まれた民間人を危険域から遠ざけていた。
 『|勇者《正義の味方》』ならば、無辜の民草を巻き込む事を良しとしないであろう。
 心の声は、何処か無感動とも虚ろとも取れるが。不意の強い風に曝された者たちは、その理由もわからぬまま、次々と現場から遠ざかってゆく。

 ――デザイアモンスターは、新たなデザイアモンスターを創り出す√能力を持つ。

 この√能力の効果を一般市民に使用されれば、|英雄《・・》としては些か面倒な事となるであろう。
 その様な憂いを断ち、後に集中できるよう舞台を整えながら。
 凍て風と化したディランは、以前相対し、善性を持たず、その心の本質たる悪性をも封じた白竜を『空虚』と断じた怪人を想う。

(スターチス……これは使えるかもしれませんね。
 ――期待するほど、楽観的にもなれませんが)

 悪の成れの果てが何を企むか、いずれにせよ碌な事ではなかろうが。
 
「ともあれ、合流しない事には始まりません。まずは手早く突破するとしましょう」

 赤毛の少年の刃に火が灯るのと。戦場に凍て風が吹いたのは、ほぼ同時の事であった。


「……深々と……凍るがいい」

 凍嵐と化したディランは、√能力により極低温領域を拡散させるという力を持つ。
 この力に曝されたデザイアモンスターたちの体表に、霜が降りるよりも速く。
 怪物たちは見る見るうちに樹氷の如く凍てついてゆく。
 この極寒の領域の中で、圭は紅蓮に燃え盛る霊刀の齎す熱により、自由に刃を振るっていた。

「業火を宿す修羅との縁は、霊刀に宿りて円を成し、 すべてを灼く業炎となる」
 ――【修羅の業炎】

 踏み込みと同時に放たれる二重に重なる斬撃と業炎は紅蓮の円弧を描き、凍て付いた敵を次々と灼き斬り燃やし尽くしてゆく。
 その策は、凍て風と化した白竜と同じ。
 数で押す無数の群れならば、その数を逆手に取り、纏めて凍て砕き、断ち斬り、葬ればよい。
 デザイアモンスターの一体が街に転がっていた自転車に【欲望のオーラ】を注ぐ事で創り出したのであろう、新たな漆黒の怪物が暗黒の弾丸を撃ち出すが、風そのものである今のディランにとって、回避する事など容易い。
 反撃として、新たに生じた硬度強化を施されたデザイアモンスターが絶対零度の風に包まれれば。
 ――ぱきり、みしり。
 これもまた、音を立てて凍り付く。しかし、これを凍結破砕するには、ディランの力を以てしても少々骨が折れるであろうが。

「……凍てついた物を急激に熱すると、随分と脆くなるそうです。
 ……その身で試してみましょうか」

 だがこの場には、それを容易にする炎熱の使い手が居る。

「――道を開きます」

 紅蓮の刃が放つ炎熱に曝された、無機物から生じたデザイアモンスターは、見るも無残に砕け散り。
 凍て風の白竜と、炎熱の剣士はその残骸に目も呉れることなく、すずらん通りのアーチの下を潜り抜けてゆく。
 群れ成す敵を薙ぎ払い、奥へと続く道を切り拓く2人の前進に、一切の迷いはない。

クラウス・イーザリー
プラチナ・ポーラスタ

 神田すずらん通りの入り口となる、駿河台下交差点。
 此処を起点として始まった戦いは、デザイアモンスターとEDENの√能力者たちとの混戦の様相を呈している。

(すごい数だな……)

 斃しても斃しても新たに湧いてくる、触手が寄り集まったかの異形の怪物たちの姿を眺め、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は直ちに状況に即した作戦を構築する。
 死に損なえば、10分以内に回復するという再生力。己の力を注いで新たなデザイアモンスターを生み出すという増殖能力。他の怪物と融合して巨大化するという戦闘力。
 幾ら個々の能力は知れているとはいえ、持久戦となれば数の力で押し潰される事は免れないであろう。――何より。

(囲まれている魔法少女たちはきっと不安だろう)

 新たに覚醒したという魔法少女は、その力に目覚めた事で戦闘力を得るに至ったが、つい数刻前までは表向きは平和な世界に生きる普通の学生であったわけで、戦いに慣れている筈も無い。
 現場に慣れているロボトロンが付いているとはいえ、突然異形の怪物たちに取り囲まれ、自分が狙われているとなれば、心細い事この上ないであろう。

(スターチスのことは気になるけど、まずは彼女たちを早く助けに行かないと)

 気付けば長い悪縁となり、その度に親友の姿を模倣してクラウスの心を苦しめた怪人は、今も何処かで|嘲笑《わら》って観ている筈だ。
 何れ見えるであろう白虎に割く思考は、ひとたびカットして。
 黒衣の傭兵は、その背に陽光の如き輝く翼を展開し。光の羽を舞い散らし、古書街の夜空へ舞い上がった。


 ――その同時刻。
 駿河台下交差点に面した楽器店の屋上にて。
 銀髪碧眼の少女が懐から一枚のカードを取り出し、夜空に掲げていた。
 描かれているのは、『天秤を持つ乙女』……タロットカード、|正義《JUSTICE》。

(――女の子を食べに行くとか悪よ、悪)

 スクエアフレームの眼鏡の下で、プラチナ・ポーラスタ(『|正義《ジャスティス》』の|魔法少女《タロット・シスターズ》・h01135)のサファイアの瞳が、己が正義の心の高まりと共に炎の様なルビーに染め上がる。

 ――変身!!

 カードから放たれた眩い光がプラチナを包み込めば。彼女の銀糸の髪は陽光の如き金に染まり、その髪を紫水晶をあしらったかの様な金の天秤が飾り。
 紫を基調とした華やかな|衣装《ドレス》が、彼女の身を彩ってゆく。
 とん、と屋上から店の看板の上に蹴り出せば、まるでスポットライトの様にプラチナの姿を照らし出した。

「可愛い、かっこいい、絶対強い! シスター・ジャスティス!」

 その姿は、眼下の漆黒の川の様になったすずらん通りの奥、絶望的な状況にある少女と同じ『魔法少女』であった。

「それじゃ……決めるわよ。ベテランなめんなよ、ってね!」

 正義の魔法少女は愛銃を手に、未だデザイアモンスター犇めく交差点に飛び込み。

 ――翼を以て舞い上がるクラウスの瑠璃の瞳と、視線が交錯したのであった。


「退け、デザイアモンスターども。こっちは急いでるんだ、っての!」

 『翼の魔法』の掛かった『翼靴』で宙を蹴り、シスター・ジャスティスはすずらん通りを埋め尽くすデザイアモンスターの腕を『凛剣』で斬り払い、受け流しながら、漆黒の川を文字通り跳び越えてゆく。
 そして、それに先行するのは、光り輝く翼で以て飛翔するクラウスだ。
 奇しくも、クラウスとプラチナが採った作戦は同じ。魔法少女とロボトロンの救援を優先し、交差点や商店街を埋め尽くすデザイアモンスターたちとの交戦を極力避け得る、空中からの突入を図ったのだ。
 特に、【|光輝の翼《ルミナスウィング》】を展開したクラウスはインビジブルを目標に飛翔し続ける事で、莫大な加速力を得る事が出来る。
 流石にその速度に追い付く事は難しいプラチナは、黒衣の傭兵の突入を援護するべく『霊銃』を放つ事で敵を牽制し、支援しているのだ。
 そして。碧と赤の2人の視界に、遂にデザイアモンスターが宙に吹き飛ぶ姿が映ったのである。

「……見えた!」
「あそこね!」

 間違いない。あの場所でロボトロンが孤軍奮闘しているのであろう。クラウスは更に加速し、プラチナもその後を追う……が。

「……そうは問屋が卸さない、ってトコかしら?」

 2人を分断する様に立ちはだかったのは、周囲の怪物たちを取り込み融合する事で巨大化したデザイアモンスターである。
 この巨大化した怪物の√能力は、対象を空間ごと引き寄せる事で移動を阻み、巨大な腕で獲物を叩き潰すという効果を持つ。
 更に、自身に優位な状況であれば斃されたとしても即時に復活するという、厄介なオマケ付きだ。
 その巨大な影に、シスター・ジャスティスの身体が空間ごと、ずるりと引き寄せられてゆく。

「……ジャスティス!」
「大丈夫! 打ち合わせ通り、行って!」

 ――だが。『魔法少女たちの救援を絶対優先』。
 この状況は既に、2人の間で打ち合わせ済みであった。クラウスは振り返ることなく快速を飛ばし、魔法少女の元へ向かい。
 そして、引き寄せられたプラチナはといえば。
 そこに見えるのは迷いのない、不敵な顔である。

「――足癖悪くて、ごめんあそばせ」

 悪戯っぽく笑うと、豪快に巨大化したデザイアモンスターの頭部に蹴りを浴びせ。
 敵の後背に回り様に霊銃に装填するは、風の魔力を注ぎこんだ連装炸裂弾である。
 正義の魔法少女は、その銃口をその後頭部に押し当てて。

「風よ風よ。荒ぶる刃となりて解き放て!」

 銃爪を引けば、巻き起こるは鎌鼬。それは巨大デザイアモンスターのみならず、周囲の怪物たちを巻き込み、ミキサーの様に微塵に斬り刻みながら巻き上げた。

 ――【【風弾】|炸裂鎌鼬《バースト・エアリアルカッター》】

「……そりゃ、えげつない光景になるわよね……」

 触手が千切れ飛び、ぼとぼとと落ちてゆく様は、極力直視しないように。
 シスター・ジャスティスは先行したクラウスを追う。


(――あまりにもデザイアモンスターの数が多い。
 何とか、穴を開けてこの子だけでも逃がしてあげたいけれど……!)

 ロボトロンの無骨なロボットアームが振るわれる度にデザイアモンスターが宙を舞うが、多勢に無勢。
 その上、再生力を持つ敵である。1対1ならばその再生力を上回る速さで斃す事も出来ようが、入れ替わり立ち代わりに押し寄せられては、斃し切る事も難しい。

(でも、僕がこの子を守らなきゃ。それがロボトロンの使命なのだから!)

 その背に居る、小さな花の様な魔法少女は死守せねばならない。
 終わりの見えない絶望的な状況に追い込まれて尚、諦めずに拳を振り回していた、その時であった。

「助けに来たよ!もう大丈夫!」

 天より光の雨が降り注ぎ、デザイアモンスターたちの肉体に無数の穴を開けたのである。

「ロボットさん、あれ!」
「うん、どうやら助けが来たらしいね!」

 魔法少女が見上げる先に、光り輝く翼を羽搏かせる青年が現れたのである。
 その姿はまるで、本の中の|英雄《ヒーロー》の様で。どれだけ2人を勇気付けた事であろうか。

(……無事でよかった。詳しいことを話している時間は無いけど、俺が味方という事だけは、伝わったみたいだ)

 丸っこいロボトロンのボディには、魔法少女に指一本触れさせないという奮戦の証であろう、無数の傷が見えるが。その稼働に問題は無いようだ。
 ならば、此処からはロボトロンの負担を更に軽くしてやることが出来るだろう。

「ここからデザイアモンスターたちを蹴散らす! 守りは任せた!」
「ありがとう、恩に着るよ! 君も無理はしないで!」

 クラウスは低空飛行を続けながら、亡き親友より引き継いだレイン砲台を巧みに操りながら、群がるデザイアモンスターたちにレーザーの雨を降らせ、追撃にとファミリアセントリーが火を噴けば、敵が次々と木端微塵に吹き飛んでゆく。

 ――うぞ、うぞ。ざわざわ。

 強力な敵の乱入に、半ば自動的に動く怪物たちも脅威を覚えたのであろうか。
 デザイアモンスターたちは寄り集まり、融合し。ロボトロンを屠るためには見せる事のなかった、巨大化した姿を現した。
 ――が、その程度。
 誰かを救うための戦いに身を投じ続ける歴戦の傭兵が、どうして恐れる様な事があろうか。

「的が大きくなっただけじゃないか」

 その手に握り込むは、己の魔力を以て編み上げた槍。

(――どこかで見ているんだろ、スターチス。お前にこの子たちは、やらせない)

 これを|騎槍《ランス》の如く水平に構えると、光輝く羽を散らしながら最大戦速で突撃し。
 巨大化したデザイアモンスターの肉体に、風穴を開けるのであった。


 これで、この場の一先ずの安全確保は出来たと思ってよいだろう。
 着地したクラウスは槍を携えながら、ロボトロンと魔法少女を守る様に位置取り、着地し。
 そこに、空中を突破してきたプラチナも華麗に着地して合流を果たした。

「おまたせ、よく頑張ったね。俺は、クラウス・イーザリー。
 ――君たちを守りに来た、√能力者だ」
「そして私は可愛い、かっこいい、絶対強い。魔法少女、シスター・ジャスティスよ!」

 じきにまた怪物たちが雪崩れ込んでくるであろうが、信頼関係を構築するためにも挨拶というものは重要だ。
 早速に向けられた優しい瑠璃の眼差しと、力強く不敵に輝くガーネットの笑顔を向けられて、漸く安心できたのであろうか。
 花を思わせる、真白色の小さな魔法少女の頬が、ふわりと綻んだ。

「クラウスと、シスター・ジャスティスだね。僕はコダマ、と呼ばれているよ。危ないところを助けてくれてありがとう!
 そして、この子は――」
「私の名前は……すずらん通りの、鈴蘭。|美土代《みとしろ》・|鈴蘭《すずらん》といいます……!
 ええと、普通の学生だったのですが、魔法少女? というものになったのだ、そうです……。
 クラウスさま、シスター・ジャスティスさま、コダマさま。この度は私の命を救って頂き、ありがとうございました……!」

 丸っこいロボトロン……コダマの明るい声に促されると。
 鈴蘭は大きくお辞儀をして、命の恩人である3人に謝意を示すのであった。

架間・透空
兎玉・天
弓槻・結希

 デザイアモンスターに囲まれているという、魔法少女とロボトロンを救援するため。
 神田すずらん通りの奥に向けて、空中を移動する能力を擁した√能力者たちが突入した頃。
 駿河台下の交差点を見下ろす、ラーメン屋などが入る雑居ビル。
 その屋上の看板の前に、後詰を果たすべく集った3つの影がある。

「希望に満ちたニンゲンちゃんの音ってイイよネ☆
 はじけるエネルギーを感じて、悪いコたちが集まってきちゃうのもわかるんだヨ☆」
「ええ。希望の心……それは私にとっても、とても大切なものなんです。
 先の見えない未来へ明るく立ち向かおうという力の、何と美しい事か」
「そして、デザイアモンスターや黒幕は、その希望の心を奪おうというんですよね……。
 ッ……そんな、こと。絶対に……絶対にやらせません!」

 未だ3人の眼下に犇めき蠢く、漆黒の異形たち。
 それらは|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》により覚醒した魔法少女たちの希望の心を啜るのだという。
 襲われた魔法少女が、果てにどうなるかは考えたくもないが。

「でもニンゲンちゃんを動かなくしちゃうっていうなら、うさてんちゃんはソレを止めちゃうヨ☆」
「彼女たちの……その結末を! 何としても覆してみせます!」

 怪物たちと黒幕の欲望を満たす未来を阻止するため、彼女たちは此処にいる。

「では……希望の花を守るべく。参りましょうか」

 亜麻色の髪を夜風に揺らし、純白の翼をはためかせる|弓槻・結希《ゆづき・ゆき
》天空より咲いた花風・h00240)の言葉に、残る2人……|兎玉・天《うさてんちゃん》(うさてん堂・h04493)、|架間・透空《かざま・とあ》(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)も頷いて。
 欲望のままに蜜を求めて這い廻る、漆黒の怪物たちを討ち果たすべく。
 3人は屋上の縁を蹴り、古書街の夜空に躍り出た。


 ――明日をより善く、より素敵なものにしたい
 ――優しさであり、祈りであり、矜持であり、理想の姿こそ希望
 ――未来へと人を結んで繋ぐ|希《のぞみ》
 ――それこそが私の名前、結希の由来でもあるのですから

 風を切りながら、重力に任せて落ちてゆく結希。
 彼女は己が核の一つであり、己の名に託された『希望』の意味を想う。
 刹那の間に近付く交差点に徘徊するデザイアモンスターたちは希望の心を貪り、その背後にいる黒幕は希望を手折り、『絶望』の貌を蒐集する事を好むという。

 ――その様な輩を、どうして捨て置く事が出来ようか。

 故に、結希は謡うように紡ぐのだ。
 幸せを呼ぶ、セレスティアルとしての覚悟を。

 ――私達が産まれて、心で感じて、身体を動かして言葉を紡ぐこと
 ――そのひとつ、ひとつで幸せな世界へと導く

 すると、どうした事だろう。眼下の宵闇の交差点を覆う、黒々としたアスファルト。
 それが、見る見る内に光りを溢れさせて咲き誇る花々に覆われて。
 眩い輝きに満ちた、天上の花園へと生まれ変わったのである。

 ――【|幸いを招く白き翼《セレスティアル・プロミス》】

 結希の覚悟を語る事により、世界を今は亡き天上界の光景に塗り替えるという√能力であり、そして。
 彼女を数多の本で夢を見させる神田すずらん通りの場に相応しい、『主人公』へと変える効果を持つ。

「セレスティアルの血族として、幸せの風を喚ぶ翼を持つものとして――希望の花、絶えさせはしません」

 レガリアの銘を持つ、結希の瞳と同じ澄み渡る空の色を宿す長剣が。
 希望という名の蜜を求めて花畑を徘徊する怪物の頸を、するりと刎ねた。
 

「──変身、解除」

 その一言とともに。女子中学生の『架間・透空』は、白く神々しくも禍々しい姿を持つ怪人『ハイペリヨン』へと|戻った《・・・》。
 √マスクドヒーローに生まれ育った透空は、その『解除』の言葉が示す通り、怪人態こそが真の姿である。……いいや、そうなってしまったというべきか。
 異形に『変わってしまった』事に葛藤はあろう。しかし、今はこの力こそ。
 困っている人を……そして、すずらん通りの奥で必死に怪物たちに抗っているであろう、魔法少女とロボトロンを助けるための大きな後押しとなっているのだ。

(待っていてください! 今、助けにいきますから……!)

 ハイぺリヨンはその身に備わった白い翅を震わせると、雑居ビルの壁面を蹴り。
 光り輝く花園となった交差点の上を滑る様に飛び、デザイアモンスターの群れの只中に突っ込んでゆく。

「蹴散らさせてもらいますッ!!」

 彼女に随伴する、セレーネの名を持つ自立思考砲台が火を噴けば、放たれたレーザーにより、怪物の漆黒の肉体に風穴が空いた。

(脆い? ……けれど、数が多い……ッ!)

 怪人を敵と見定めたデザイアモンスターたちが、一斉にハイぺリヨンに向き直る。
 その体表に渦巻くサイケデリックな色彩が輝きを放てば、湧き上がるのは欲望のオーラ。

 ――【ヒュプノシス・デザイア】

 一定範囲内の任意の有機物・無機物に欲望のオーラを注ぎ、一定時間活動可能なエネルギーを与え。
 更に、このオーラの対象をひとつに絞ったうえで人物や乗騎、武器などに注ぐことで対象を強化し、操るという恐るべき√能力である。
 これが、天候操作端末を握り込む透空に差し向けられ……

「ワァ、うじゃうじゃいるネー? じゃーさっそく彷徨える大根ちゃんたちをデザイアモンスターちゃんたちに打ち込んじゃオー☆」

 端末のスイッチを押すよりも早く。
 デザイアモンスターたちは滑り込んだ大根たちの群れの突撃を受け、もんどりを打って倒れた。

「……だ、大根? 走ってる……? かわいい、かも……しれない?」

 透空が困惑するのも無理もないであろう。大根がペンギンの如く突っ込んでくるという甚だシュールな光景に加え。
 滑り込んだ大根たちは速やかに起き上がると、踊る様に駆けまわっているのだから。

「そう、かわいいでショ? このコたちはうさてん堂で収穫した素早い大根ちゃんたちだヨ☆」
 ――【|兎玉天☆不思議道具《ウサテンチャンノフシギドウグ》】

 星が降る様な笑顔で誇らしげに語る天は、不思議ヘンテコ雑貨が集まるお堂兼雑貨店……その名も『うさてん堂』の店主であり、『巨大隕石』に由来する質量を操り人類を滅ぼし得るという危険性から監視されてる人間災厄のひとりである。
 ……まあ、常識からズレたコトをする点も、監視対象となる一因でもあるようだが。
 実際のところ『ニンゲン』という小さき命を心より愛する、非常に友好的な存在である。
 そんな彼女の薫陶を受けた大根たちが……何故走るのかはさて置き。自分たちの身体を摩り下ろし、摩擦を減らしながら敵に滑り込むという、文字通り身を擦り減らす果敢な突撃を厭わない野菜に仕上がっているのも至極当然のことではなかろうか。
 隊列を組みなおす大根たちの健気な姿に、涙もろい透空の涙腺に思わずほろりとくるが。
 倒れ伏しているデザイアモンスターたちなど、格好の獲物だ。この絶好機を逃す訳にはいかない。

「大根さんたちの献身を無駄にはできません!
 天気予報をお伝えします。本日の天気──曇りのち雨」
 ――【|天色管理機構『雨』《ハイペリヨン・レイン》】

 ハイぺリヨンの天気予報は、決して外れない。
 彼女が告げた通り、忽ち|驟雨《スコール》が降り注ぎ、光り輝く花園を潤してゆく。
 それも、ただの雨ではない。大気中の水分を凝縮し、条件さえ整えば水圧で金属だって容易に斬り飛ばすウォータージェットだ。
 これに打たれれば、デザイアモンスターなどひとたまりもあるまい。
 ――そして。

「悪夢の悉くを払う美しき空と風を纏う翼としていざ、参ります。
 ――疾風双閃」

 減った戦力を立て直すべく、絶望と欲望で戦場を埋め尽くさんと増殖を優先する怪物の一群に向け。
 青い爽風が雨に濡れ光を放つ花弁を揺らし、吹き抜けた。

 ――【|彩に溢れる花風《ビビッド・ウィンド》】

 |蒼穹剣《レガリア》に風を纏わせることで、その一閃を範囲を巻き込む双閃へと変える、結希の√能力である。
 覚悟をとうに決めた今、溢れかえるデザイアモンスターをどうして恐れる事があろうか。
 更には祈りと共に多重詠唱を行う事で風の魔力を高めた今、その威力は並大抵のものではない。
 旋風を伴う蒼い軌跡が二筋閃くごとに、美しく輝く花園を蝕む黒い染みは浄化され。
 駿河台下交差点を覆っていた敵影もまた、今や消え去っていた。
 すずらん通りの奥へ向かう道が拓かれた今、これ以上此処に留まる理由もないだろう。

「道があいたネ!それじゃ、ゴーゴー☆」
「──急いでいるんです。此処はなんとしても押し通らせていただきます!」
「風よ、花よ。その色彩をもって、我らの道をお守りください。
 ――皆さん、行きましょう」

 3人は今一度頷き合うと、デザイアモンスターたちにより黒い川と化した商店街の道を斬り開き、掻き分けながら。
 咲いたばかりの小さな花が待つ、商店街の奥地へと突き進んでゆく。

第2章 集団戦 『デザイアモンスター』


「みなさま、この度は私の命を救って頂き、ありがとうございました……!
 なんとお礼をすればよいのか……!」

 丸っこいロボトロン改め『コダマ』と、小さな真白色の魔法少女、『|美土代《みとしろ》・|鈴蘭《すずらん》』。
 合流した√能力者たちに命を救われた彼女は、その一人一人に向けてぺこり、ぺこりと頭を下げ、礼を伝えて回った。
 この辺りの老舗の古書店の娘であるという彼女は、塾帰りにすずらん通りとは白山通りを挟んで向かい側のさくら通りを歩いている最中に、突如として魔法少女に覚醒したのだという。
 それに伴い、彼女を狙ってデザイアモンスターが出現。訳も分からぬまま己の名前の由来でもある『神田すずらん通り』に逃げ込み、『|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》』の発生を感知して駆け付けたコダマに救われ、今に至る。
 彼女が粗方説明を終えたところで。けらけらと|嘲笑《わら》う声が、すずらん通りに響いた。

「ありゃ。相変わらず行動が早いねぇ! んー……あれだけの数を突破するとか、やっぱ強いなー。困っちゃうなー、参っちゃうなー!」

 すずらん通りを挟む様に聳えるビルを見上げてみれば。
 その屋上の縁に腰かけ、月を背景に、楽し気に脚をぶらつかせる白虎の獣人の姿をした少女がいた。
 ――【無貌】スターチス・リモニウム。
 他人の絶望した貌の蒐集を趣味とする、実に悪辣な怪人である。

「君かい? デザイアモンスターを操っているのは。どうしてそんな事を……!」
「あっは! どうして? どうしてなんて、そんなの……面白いからに決まってるじゃない!
 私の趣味は……まー、この場にいる何人かがよくよく知ってるだろうし、割愛っ!」

 コダマの問い掛けに、白虎はけらけらと笑いながら。
 √能力者たちの瞬きの間に、その姿を。声音を。彼らにとって大切な者、見知った者たちに、次々と切り替えてゆく。
 ――その中には。

「おじいさま……!?」

 鈴蘭にとって大切な存在の顔も、当然、混ざっていた。

「ああ、鈴蘭。私はみぃんな知っているんだ。学校の友人たちのことも、君のお祖父さまの事も。
 ――そうだな。下手な動きをすれば不幸な事故が起こる、なんてこともあるかもしれないね」

 √能力により相手にとって『大切な存在』の『情報』を抜き出し、寸分違わぬ姿に化ける。
 そして、ただ化け、傷付けさせるだけに飽き足らず。この怪人は『情報』を人質に取るのだ。
 顔など有って無きが如く、常に其処に居るかもしれぬもの。それこそが【無貌】と名乗る所以である。
 家族や絆を狙うというプラグマの大首領が授けた作戦に、非常に忠実であると言ってよいだろう。

「さて。そういう訳だが……折角だ、君たちにはもう少し数の暴力を楽しんで貰おうか。
 ――ああ、人質は此方の手の内にある事を忘れない事だ。有象無象に磨り潰される屈辱を味わっていくといい」

 初老の男の姿を取った無貌は、大仰に両手を広げて|嘲笑《わら》い。
 ――ざわざわ、ざわざわ。ひたひた、ひたひた。
 それとともに、すずらん通りの両端からデザイアモンスターたちの新手が雪崩れ込んでくる。

「そこまで非道な事が出来るなんて、なんて卑怯な……!」

 これでは手出しが出来ぬと、コダマが呻き。
 このままでは押し寄せる黒い波に呑み込まれるだろう。
 ……だが、その時である。

「……私は……私は、構いません」

 震える拳を強く握りしめ。鈴蘭が、そう口にしたのは。

「――聞き間違いかな。今、何と?」
「……おじいさまなら。おじいさまなら、『私の様な老いぼれより、若い君たちの未来を優先なさい』と、そう言いますから!
 ――例え人質に取られようと、私とおじいさまの事は構いませんと! そう言ったのです!」

 老人の姿を取ったまま、呆気に取られた無貌を余所に。
 小さな体に似合わぬ声を張り上げる魔法少女は、なおも言葉を紡ぐ。

「……お恥ずかしながら、私は戦い方を知りません。みなさまのお力になる事が出来ません。
 ですが。……あんなひとが、野放しになっていてよい筈がないのです……!」

 ――だから、お願いです。先ずはこの怪物たちを倒してください。

 少女の正義感と、悲壮な決意に応える様に。
 EDENの√能力者たちは各々の得物を手に、すずらん通りに押し寄せるデザイアモンスターたちを迎え撃つ!
八月一日・圭

 すずらん通りの両端から黒波の如く押し寄せる異形、デザイアモンスター。
 そして、『大切な存在』の貌を操り、揺さぶりをかける言葉で戦意を挫かんとする老人。

「……やり方は理解しました」

 |八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)圭は僅かに視線を上げ、屋上の存在を一瞥した。
 鈴蘭の大切なひと、『お祖父さま』。その貌に化けた【無貌】スターチス・リモニウムは、新米魔法少女の悲壮な決意をも愉しんでいるのだろう。
 穏やかな年輪を積んだであろう顔の相に似合わぬ酷薄な笑みを浮かべ、これから眼下で始まる戦いの一部始終を見守らんとしている。

 ――この貌を知っているぞ。

 情報の人質。悪辣な策ではあるが、相対するには相当の覚悟が要る。此方側の対処の如何によっては、今後、人質の命が危険に曝され続けるのだから。
 特に、少し前まで生死を懸けた戦いとは無縁のただの少女であった鈴蘭には、相当な威力を持つ筈だ。
 それでも覚悟を決め、震える言葉で声を張り上げた彼女の言葉を無下にすることなど、赤毛の少年には出来なかった。

「あなたの言葉、確かに聞きました」

 鈴蘭の言葉を聞き届けた圭は、短く、それだけを告げ。一歩、静かに前へ出る。
 彼は多くを語らない。語らぬが、行動に依って示す事は出来る。

「僕たちが対処します」

 腰に佩いた刃がするりと鞘走ると。
 先陣に立つ守り手の刃が闇を照らし、道を斬り開かんと音を立てて燃え上がった。


「ははは! 強がりを言うものではないよ、鈴蘭。今も君は恐れているのだろう?
 それとも……自分は助かりたいがために、あんな事を口走ったのかな?」
「……そんな、私は……っ!」
「違うものか。君は巻き込まれる者たちの身を案じる様に見せて、私の命よりも自分の命を取ったのさ。
 ああ、愛が足りないな。実に、足りない」

 ぎゅっと拳を握り締めた鈴蘭の決意を嘲笑い、踏み躙り。
 ビルの上より、嬲る様な言の葉を降らせる無貌。
 ――だが。

「戯言に、耳を傾ける必要はありません。代わりに僕が語りましょう。
 静かな雪の夜に彩られた、ひとつの怪談……どうか、聞いてください。――雪女の物語を」

 一切の熱を感じさせぬ圭の声。そして、はらはらとすずらん通りに舞い降りる名残雪が、その邪な視線を遮った。

「え、雪……? こんな、初春に……?」
「ただの雪じゃない、鈴蘭! これが……彼の√能力だ!」

 季節外れの雪に驚く新米魔法少女に、コダマは世界の在り様すら変え、静かなる白へと沈める|不思議の力《√能力》の発生源……赤髪の少年の姿を見遣った。
 これこそが、これから鈴蘭が足を踏み入れる事になる|世界《戦い》の一端なのだと。

 ――【怪談「雪女」】

 ざわめきも、足音も、熱も奪われる雪女の怪談を語る事で圭を物語の主人公たる雪女に変え、彼の放つ攻撃全てに逃れ得ぬ必中の効果を付与する√能力だ。
 もしもデザイアモンスターに心があったならば、その心すらも奪っていた事であろう。

「数で押すなら、その全てを止めるだけです」

 全てが白く染まった世界に於いては、怪物の肉体も、溢れ出るサイケデリックな輝きも、よくよく目立つ。
 降り頻る白雪の中、赫い軌跡が閃けば。
 雪の積もった路面に、袈裟懸けに斬り落とされたデザイアモンスターの上半身がずるりと落ち。
 止まぬ雪の下に埋もれ、覆い隠されてゆく。

(――決して後方へは通さない)

 雪原の中で、|篝火《霊刀》を手に雪女は舞う。
 押し寄せる波を削り斬り、鈴蘭がこれから歩む道を維持するために。

「ここは、僕が止めます」

 業火を纏った一閃が、白銀の世界を照らし。
 また一体、希望を啜り尽くす怪物の肉体を溶断した。

架間・透空
深見・音夢

「……あれが、スターチス。そこに、いるんですね」
「ころころと色んな姿に変身する、厄介な奴っすよ」

 サイケデリックな欲望の輝きを肉体から溢れさせながら、尽きぬ欲望を抱いて魔法少女を守るEDENたちに迫るデザイアモンスターの群れ。
 月光を背に蹂躙ショーを眺めて|嘲笑《わら》う老人の姿を、白と黒、2人の怪人が見上げていた。
 天色管理機構怪人ハイペリヨン改め|架間・透空《かざま・とあ》(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)と、冥深忍衆怪人、|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)である。
 こちらを見下ろす|無貌《カオナシ》の怪人の厄介さは、2度の交戦経験を持つ音夢が骨身に染みて知っている。
 ――だからこそ。

「これはまた、思ってたよりガッツのある子だったみたいっすねぇ。
 だからこそ魔法少女になったのかもっすけど」
「はい、ちょっとびっくりしてしまう程に。
 そんな子に、スターチスの思い通りの結末を迎えさせるのも……癪です」

 戸惑い、恐ろしさに震えながらも|勇気《星の輝き》を以て打倒する事を選んだ新米魔法少女に、応えぬ訳にはいかない。
 さて。星詠みが見た予知の中では、鈴蘭はロボトロン・コダマとともに倒れていたという。
 逃げられなかったのか、逃げずにいたのか……その仔細まではわからぬが。彼女の勇気を鑑みれば、後者ではないだろうかと2人には思えた。
 だからこそ。儚くも勇気ある魔法少女に相応しい事件の終わりを迎えさせてあげるためにも、透空は作戦を再確認する。

「鈴蘭さんの想いに応える為、やるべきことは2つ。まずは、怪物を迎え撃つ。
 ――そして……スターチスの“人質作戦”を阻止すること!」
「合点! 推せる子に曇り顔させる様な事件を起こす輩には、何もかもうまくいかずに曇り顔して帰って貰うのが最高の意趣返しっすよね。
 さてさて……ここまで見事に見得を切って貰ったからには、ボクも良いとこ見せないとっすよ。
 ――コダマ殿、鈴蘭殿のエスコートはお願いするっす」
「うん、任せて! 僕のロボトロンの使命に懸けて、必ず守り切ってみせるよ。
 ――2人とも、気を付けて」

 丸っこい体でファイティングポーズを見せるロボトロンに、任せろと言わんばかりに|愛銃《獲物》を掲げ。怪人2人は押し寄せる黒波を見遣った。

「それじゃ、団体さん相手の準備はいいっすか、透空殿」
「はい、いつでも! 手早く捌いて、纏めてお帰り願っちゃいましょう!」
「はは……威勢の良い事だ。有象無象とはいえ数の暴力、どこまで凌げるか此処から見届けさせてもらおうか」

 魔法少女と同じ『すずらん』の名を持つ商店街にて。
 怪人2人による迎撃戦は、この様にして幕を開けたのである。


(――見たところ、敵方の顔ぶれはさっきと変わらず)

 無限にも思えるデザイアモンスターの群れにも、慌てず騒がず冷静に敵勢を観察する音夢の分析のとおり、現れた怪物たちは駿河台下交差点で蹴散らした者たちと差異はない。
 多少の個体差はあるであろうが、凡そは脆く。代わりに10分あれば完全回復するという再生力と、合体し、巨大化する能力が厄介な部分となってくるであろう。
 故に、徒に持久戦にする様な事態は避けねばならぬ。防衛対象が居るのだから、猶更だ。

(となれば、求められるのは確実に仕留めきる火力と手数)

 この様な状況に於いて音夢が使える策の用意は、既に彼女の弾薬ポーチの中に、ぎっしりと詰まっている。
 鮫の怪人は試製型魔銃【宵星】と試製型対物狙撃銃【明星】……長銃2丁を片手で軽々と構えると。

「さぁ、新調した弾のお披露目パーティーの時間っす! 派手に始めるっすよ!」

 ――なんと、鉄砲水の如く押し寄せる怪物たちを止めるべく。その真ん前に、自ら飛び出したのである。

 今にも呑み込まれんとした、その時。先頭の怪物たちが弾け飛び。その塊が、1、2、3……次々と増えてゆく。

 ――【|双連破砕焼熱弾《コアリッショントリガー》】

 双銃に装填された【燃焼炸裂弾】と【短距離散弾】を交互に放つ事で、射撃が外れるまで近接範囲の敵を攻撃し続けるという、乱戦に於いて輝く√能力である。
 【宵星】が火を噴く度に赤々とした炎が炸裂し、漆黒の肉体を焼き焦がし。
 燃え上がる怪物に突き付けられた【明星】が咆哮すれば、無数の星の如く放たれた短距離散弾がサイケデリックな輝きごと風穴を開け、塵へと還す。

「これだけ数がいれば当てる相手には事欠かないっす。後ろで見てるコダマ殿と鈴蘭殿のためにも、圧倒させてもらうっすよ!」

 まさに音夢の言葉通りに、敵は圧倒されている。
 攻撃の範囲が重なり合えば、有象無象に耐えられる者など居よう筈も無い。
 マフラーを靡かせ、長物2つを手に華麗に舞う踊り子に触れる事も叶わず。欲望の怪物たちは次々と散ってゆく。
 そして、無双の働きを見せる音夢であるが。彼女は目晦ましの|囮である《・・・・》。
 だが、その目論見に気付いた者がいたとしても、もう遅い。
 既に仕掛けは整い、舞台は文字通りに調った。
 いつの間にやら設置されていたスポットライトが商店街を照らし、一夜限りの祭りが幕を開ける。

「──ゲリラフェス、始めちゃいますよ!アイドルステージ、展開ッ!」

 すずらん通りに突如として現れたのは、特設ステージ。
 怪人から変身した少女の宣言とクラッカーの如き爆音と共に、ド派手な色とりどりの紙吹雪が舞い。
 スポットライトの中心では、元気溌溂、天真爛漫、アイドル衣装を身に纏った架間・透空の、太陽の様に弾ける笑顔が照らし出されていた。

「わぁ……! コダマさま、私、アイドルさまのステージ、初めて見ました……!
 すごく、煌びやかで……魂の奥底から、何かが湧き上がってきます……!」
「うん、一生懸命舞台をセットしていたのも見ていたけれど、とてもいい歌声だね!
 色んな年代のアイドルたちを見て来たけれど……ふふ、相応しいステージに立てば、その内、親衛隊も出来るかも?」

 歌い踊る女子中学生の澄んだ声は、正に|歌姫《レゾナンス・ディーバ》の名に相応しく。
 透空の一夜城の如き突発ライブに、鈴蘭とコダマは此処が窮地の鉄火場である事も忘れて彼女に見惚れ、手に汗握り。
 |スターチス《・・・・・》の顔に本日2度目の唖然とした表情が浮かんだ。

(――待って、変身が解けてる……!?)

 そう。ビルの上で戦いの流れを愉しく鑑賞していた老人の顔が、元の白虎のものに戻っていたのである。
 己の手足を見ても、老人らしい|年輪《シワ》など何処にもなく。少女の艶やかな肌が顔を覗かせている。

(くそっ、|貌《情報》が思い出せない。魔法少女から抜き取り直す事も出来ない!?
 私の身に、何が起きている……!?)

 それは、今までの予想外の事態に度々不意を突かれる事もあった無貌が初めて見せた、動揺の貌と言っても良いであろう。
 何の因果かはわからぬが、先ほどまで化けていた顔になる事も出来ず、十八番の√能力を行使しても、鈴蘭から『大切な存在』の情報を抜き取る事が出来なくなっていたのだから、さもありなん。

「今宵、此処を特設ステージとさせていただきます! 是非楽しんでいって下さいね!」
 ――その因果関係の種明かしは、ステージの上で跳ねて舞う、透空が用いた√能力にある。

 ――【|燃えて弾けろ、情熱の炎《ハイペリヨン・ゲリラフェス》】

 これはあらかじめ、数日前から死ぬ気で準備した『突発的野外コンサート作戦』を実行しておくことにより、何らかの因果関係で視界内の対象の行動を一回、必ず失敗させるという効果を持つ。
 そしてこの場合。余裕を見せて透空の舞台製作を阻止せず、さらに視界内に姿を曝していたスターチスの油断が仇となった。
 無貌の目論んでいた鈴蘭の祖父の人質作戦の目論見は、このステージが起こした引き起こした|蝶の羽搏きの如き因果の連鎖《バタフライエフェクト》により、ものの見事に打ち砕かれたのである。
 更に言えば。透空のステージによる蝶の羽搏きの効果は、思わぬ所にも及んでいた。

「ははっ、見たっすか、高見の見物を決め込んでたスターチスのあの貌! ざまぁないな、って奴っす!
 それはさておき。……くぅっ! 両手が塞がっててサイリウムが触れない自分が憎い……!
 透空殿ー! ウィンクしてー!」

 なんと、音夢の士気が最高潮にまで高揚していたのである。
 何故なら彼女は|一端《いっぱし》のドルオタ。このライブが効果覿面でない筈がない。
 透空の歌声に合わせて、光物の代わりに双つ星の愛銃たちを踊る様に振るい。
 そんなファンの求めに応じ、アイドルはウィンクとともに決戦気象兵器『ハイぺリヨン』が放つレーザーの雨と、自律思考砲台『セレーネ』の支援砲撃をおまけに付けて、行き届いたファンサで音夢を鼓舞する。

「辛そうにしてる女の子の心を救えずして、なにがアイドルか!
 いくらでも捻じ曲げてみせますよ、そんな悲しい運命なんて!」

 アイドルとドルオタの光り輝く連携が、今ここに完成し。
 EDENたちを呑み込まんとする黒い波を、確かに押し戻したのである。

プラチナ・ポーラスタ

 ――EDENの√能力者の|策《√能力》により、【無貌】スターチス・リモニウムの情報を用いた人質を取る作戦は失敗に終わった。

「あー、もう! 御馳走を目の前で台無しにされた気分だよっ!
 私がどんだけ愉しみにしてたか、わかる……!? それをよくも、さぁ……!」

 新たに魔法少女に目覚めた鈴蘭の心を折るための、最大の|玩具《カオ》。
 これを奪われた白虎の怪人からは抑え切れぬ嗜虐心に満ちた笑みは消え、憤慨し。
 月光を背に、金色に輝く瞳で憎々し気にすずらん通りの√能力者を見下ろしている。
 その射竦める様な殺気を孕んだ眼差しに、威風堂々と、真っ向から睨み返した者がいた。
 プラチナ・ポーラスタ(『|正義《ジャスティス》』の|魔法少女《タロット・シスターズ》・h01135)、またの名を『シスター・ジャスティス』。正義を冠する魔法少女である。

「――人質を諦めるなんて。現実・常識に縛られては魔法少女は戦えない」

 その言葉は、|無貌《カオナシ》の怪人に宛てたものではなく。シスター・ジャスティスの背後で、悲壮な覚悟を以て、この戦いの行く末を見届けんとしている新米魔法少女に宛てたもの。
 人質を取るという外道の策は許せない。訳も分からぬまま魔法少女になり、いきなり事件の渦中に放り込まれた苦しみも|理解《わか》る。
 バタフライエフェクトの果てにスターチスの作戦が失敗していなければ、更に精神的に苦しい戦いを強いられていたであろう。
 ――それをさておいても、だ。
 希望を掌る魔法少女が、何かを『諦めて』どうするというのか。

「まあ、いーや。目の前で|正義の魔法少女《ヒロイン》を嬲り殺しにすれば、まあまあいい貌にもなるでしょ。
 んじゃ、|アンタ《デザイアモンスター》たち。……諦めざるを得ない数の暴力、たっぷりと味わってもらっちゃって」

 凍てつく様な殺気とともに放たれた指令に、一度はEDENの猛攻に押し戻された欲望を掌る魔獣たちも再び勢い付き。
 退路を塞いだ√能力者たちを挟撃し、その希望ごと呑み込まんと怒涛の如く押し寄せる。
 幾ら傷付けようとも、仕留め切れねば再生する怪物だ。数人の√能力者で相対するには絶望的な数と言えるであろう。
 だが、紫水晶の如き輝きを放つ瞳に一切の恐れも、まして諦めの色も浮かばない。
 正義の魔法少女は薄紫色のマントを翻し、金色の|護拳《ナックルガード》に優美な装飾が施された、正義を掌る|突剣《レイピア》を凛と顔前に掲げた。 

「あなたの運命は、あなただけのもの。この事件の果てに、何を選ぶかは自由。
 ――だから、ちゃんと見て、学んで、考えなさい。
 それが魔法少女の先輩としてあなたに示す事の出来る、私の道だから」

 ――これは過去の話であるが。
 プラチナには、所属していた魔法少女のチームがあった。
 力を合わせ√マスクド・ヒーローの裏に蔓延る悪人、怪人と対峙した事もあっただろう。
 しかし。少女たちはやがて闇に呑まれ、チームは人知れず崩壊するという憂き目にあった。
 故に、彼女は身を以て知っている。|魔法少女《ヒロイン》の運命の過酷さを。
 そして魔法少女として覚醒した折、一時は死に瀕した彼女だからこそ識っている。
 諦めずに生き続け、『希望』を抱き続けて運命に立ち向かい続ける尊さを。
 その言葉の重みを察し、しかと頷いた小さな後輩に背中で示すため。
 |正義《ジャスティス》を胸に抱く少女は、絶望の尖兵たる怪物の群れに対峙する。


 デザイアモンスターたちが保有する、【ロンギング・アーム】と呼ばれる√能力。
 これは他の仲間と融合して巨大化し、更には空間ごと対象を引き寄せ、逃れられぬ獲物を質量任せに叩き潰すという効果を持つ。
 その上、状況が彼らにとって優位であれば、その分だけ死後即座に復活するという、厄介極まりない追加効果もあるのだ。
 ――だが。

「何度も合体シーンを見逃すほど、令和のヒロインにお約束は通じないわ!」

 シスター・ジャスティスは、その√能力を先の戦闘で見ている。
 融合すれば効果が発揮されるなら、その融合を未然に防いでしまえば良いのだ。
 右手に握った無骨な拳銃型の『霊銃』のマズルフラッシュとともに、触手を束ねたかの様なデザイアモンスターの足が撃ち抜かれ、転倒すれば。
 今にも寄り集まり、巨大化せんとした怪物たちの動きが阻害される。
 そして脚を止めさえすれば、シスター・ジャスティスの|機動《ダッシュ》力も活きるというもの。
 素早く間合いを詰めれば、白金《プラチナ》の魔力光が箒星の如く尾を曳いて。
 溢れ出る欲望をサイケデリックに輝かせる怪物の肉体をレイピアが刺し貫き、その体内で魔力を炸裂させて沈黙させてゆく。

「――あー、もう! もどかしいな。……もう、食べちゃおっか」

 数の力が物の役にも立たねば、それを指揮する首魁も歯痒かろう。
 何せ、いつも彼女が使役する|戦闘員《劇団員》と異なり、デザイアモンスターたちは変装して敵の心を抉る様な器用な真似など出来よう筈もないのだから。
 痺れを切らせかけ虎の如く獰猛な笑みを浮かべるスターチスの姿を、菫色の魔法少女は見逃してはいなかった。
 その目論見を阻止すべく、素早くマガジンに|再装填《リロード》するは雷の力を宿す弾丸『雷霆万鈞』だ。

(牽制射撃もして、状況を変えるには――)

 だがデザイアモンスターたちへの乱入を阻止するためには、それだけでは足りない。
 もうあと一声が欲しい。刹那の間に、魔法少女は思考を巡らせ。

(――初めてだけど、この手なら……両方とも、やれる!)

 イメージは、固まった。
 ならば後は――それをカタチにする言の葉を乗せて放つのみ!

「――闇を切り裂く稲妻よ。悪しきを喰らい尽くし、正義の力を示せ!」

 銃爪に掛かる指先から、言霊は装填された雷弾に乗り。
 右手に構えた愛銃が、無貌目掛けて雷火を噴いた。

「……おっと、私がステージに立つにはまだ早い、座って観てろーって事かなっ?」

 迸る雷の閃光を難なく弾くスターチスであったが、|それでよい《・・・・・》。
 シスター・ジャスティスの放った雷弾は弾かれた先から急激に軌道を変え、群れ成すデザイアビーストの只中に雷鳴を轟かせて墜ち。
 迸る稲妻が、黒い群れを纏めて斬り裂いたのである。

「流石私、やっぱり天才!」

 ――スターチスを牽制し、デザイアモンスターたちを雷で一掃する。
 このふたつの目的を同時に達成すべくシスター・ジャスティスが想像し、カタチにした『追尾する稲妻』。これこそが。

 ――【|【雷弾】エレメンタルバレット『雷霆万鈞・改』《ライトニングバレット・セカンド》】

 ――不敵に笑う、彼女の新たなる力である。

 この√能力の効果は基本的な部分は改造元に準じるが、牽制の雷弾を弾いた無貌は違和感に眉を顰めていた。
 弾いた手は電熱に焼け爛れているが、どうせ突破してくるであろう彼らとの戦闘に支障を来す事はない。だが。

「麻痺の効果のオマケつきってわけかー。これは、迂闊に触った私の失策だねっ!」

 身体を駆け巡る痺れは、デザイアモンスターたちとEDENの戦いが終わるまで、抜けそうにはなかった。

(――それよりも)

 そして、違和感はもう一つ。こちらの方が、怪人にとっては痛手であった。
 無貌の√能力は、問答無用で相手の『大切な存在』の情報を読み取るという効果を持つ。その筈が。

(……諜報対策とか、味なマネしてくれるじゃん?
 どーにもこーにも巧くいかないもんだね、まったく!)

 どういう訳か、紫色の魔法少女の『大切な存在』の情報が読み取れなかったのである。
 そう。彼女は魔力による耐性を回しておくことで、無貌の√能力の効果が自身に及ぶことを防いでいたのだ。
 貌無しの怪人にとって、『貌』という情報は|消えぬ記憶《トラウマ》を刻むための大切な玩具であり、敵の動きを縛る『人質』にもなる武器である。
 しかし、その有効な仮面を被る事が出来ないという状況は、シスター・ジャスティスと相対する際に、大きな武器をひとつ奪われたということに他ならない。
 過酷な運命に知り合いを巻き込まぬようにという、プラチナの常日頃の配慮と工夫の賜物であろう。

 新たなる力により、電撃属性を操る能力を得た正義の魔法少女は、左右から押し寄せるデザイアモンスターたちの群れ目掛けて雷の魔法弾を乱れ射ち、消し炭の山を築き上げてゆく。
 あれ程絶望的な数、壁の如く見えたデザイアモンスターたちの群れの間にも、確かな隙間が見えてきた。
 ――恐れず、迷わず、諦めず。
 シスター・ジャスティスが思考と工夫を重ねて立ち向かってきた成果が、確かに顕れてきたのである。

(――鈴蘭も諦めずに、願いを力に変えなさい)

 背中と行動で語る、先輩魔法少女の想いは。
 新たに花開き、憧れと真剣の眼差しで見詰める魔法少女のもとに、確かに届いたはずだ。

クラウス・イーザリー
兎玉・天

 ――神田すずらん通りを埋め尽くすデザイアモンスターの群れに、確かな綻びが生じた。

 挟撃かつ、守る者がいるという圧倒的に不利な状況にも関わらず、範囲攻撃に次ぐ範囲攻撃で漆黒の怪物たちはその密度を急速に減らしている。
 月光を背に商店街の通りを見下ろし、怪物たちを指揮する怪人、【無貌】スターチス・リモニウムはといえば。

「ネェネェ、うさてんちゃんも面白いコトはスキだヨ☆
 スターチスちゃんの趣味ってナーニ?」
「私の趣味ー? それは勿論、色んなヒトの、色んな顔を見ることかなっ!
 活き活きとした顔を見てー……それが、絶望するときの落差っ! 天辺から底の底、ぜーんぶを見るのがたまらないんだよねー」

 |兎玉・天《うさてんちゃん》(うさてん堂・h04493)と、親し気に言葉を交わしていた。
 だが、天は楽しいこと、面白いこと……そして何より、|人類《ニンゲンちゃん》を愛する人間災厄である。
 その人類に|癒えぬ傷《トラウマ》を与えて快楽を得る様な嗜好を理解出来よう筈も無ければ、無貌も特に理解を求めてはいないようであった。
 言葉を交わしながら、貌無しの怪人はその少女の如き顔に微かな苦笑を浮かべて夜空の仰いだ。

(――こうも思い通りにいかないだなんて、私もヤキが回ってきたかなっ?)

 スターチスはこれまでの戦いで、EDENの√能力者の一人から受けた牽制により身体に痺れを生じさせている。
 これだけであれば次なる場面までに症状も抜けていようが、かの怪人がこの事件で遭遇した計算違いは、それだけに留まらない。
 作戦の根幹にもあった『|美土代・鈴蘭《みとしろ・すずらん》の祖父』の貌という玩具であり武器となる情報を奪還されて再使用不可能にされたうえ、√能力者ひとりの情報を抜き取る事が出来なかったのだ。
 彼女が老翁の姿でなくなっているのは、その様な訳である。

(ま、いいや! アドリブを利かせるのも劇の一興! それに、いい役者も来てくれてるしねっ!)

 背筋を凍らせる様な感覚にぞくりと身を震わせ、金の眼差しが視線を眼下に戻した先にて。
 漲る殺意を一切隠さぬ瑠璃色の視線が交わった。
 これで幾度目となるであろう、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の殺気を正面から受け止めたのは。

「――任せて。あいつの好きにはさせないよ」
「クラウスさま……」

 鈴蘭にかける声こそ穏やかであるが、クラウスにとっては幾度となく親友の貌を弄び、数多の悲劇を引き起こすのを目の当たりにしてきた因縁の相手である。
 今も小さな魔法少女を嬲り手折らんとする相変わらずの腐った性根に、温厚かつ冷静な気質のクラウスがこうも怒りと殺意を向けるのも、無理のない話であろう。
 天は到底理解の出来ぬ無貌の言葉に首を傾げ。そして、真白色の魔法少女と、黒い青年傭兵の姿を交互に見て。赤い瞳でビルの上の白い影を見上げた。

「ムム……すずらんちゃんも、クラウスくんも怒ってル……?
 ニンゲンちゃんにストレスを与える趣味ならダメだヨ!」
「あっは! 花は|負荷《ストレス》を与えた方がよく咲くともいうよっ?
 ――あっ、でも枯らしてもいけないから、匙加減が難しいんだよねー」
「天、あいつに幾ら話しかけても無駄だよ。……話してわかる相手なら、こんな事件、そう何度も起こしやしない……!」

 ぎり、と歯を噛み締めて|レイン砲台《親友の形見》の砲門をスターチスに向けるクラウスの剣呑な気配に、人間災厄も『そうみたいだネ』と同意を示し。
 隊列も組まず、数に任せて尚も押し寄せるデザイアモンスターたちを迎え撃つ準備は整った。

「コダマ、鈴蘭のこと、よろしく頼むよ。
 ……鈴蘭が見せてくれた覚悟、無駄にはしない」
「ソーソー! ニンゲンちゃんは楽しー! でいてくれないとネ☆」

 新米魔法少女を歴戦のロボトロンに託し。
 クラウスと天は純白の花の名を持つ通りに湧く、欲望の名を持つ黒い怪物たちの排除にかかる。


「それじゃあスターチスちゃんをぶっとばすために……目の前のデザイアモンスターちゃんたちをまずぶっとばソー☆」

 さて。この戦いにおいて、先んじて動いたのは天である。
 走り回る大根や茶器、不思議な商品が集う不思議雑貨屋を営む彼女は、巨大隕石ならぬ巨大隕人。
 その本領は、この場に於いてはクラウスのサポートとして星の様に輝いた。

「的はまとまってたほーがいいよネ☆
 ――というワケで、うさてんちゃんと遊んでもらおーット☆」

 物も言わぬ、自動的に動き回るデザイアモンスターたちに、彼女が提案したのは『遊び』である。
 来る筈も無い返事を待たず、天は肘まで覆わんばかりの黒い手袋に覆われた手を怪物たちの群れに向けて、突き出して。

「じゃんけん……はナシで、うさてんちゃんの勝ちッ☆
 ――あっちむいてほーいッ☆」

 遊びというには甚だ一方的ではあるが、これこそがこの人間災厄が持つ√能力発動のキーである。
 彼女が右方向を指差した瞬間。通りの両端から押し寄せる、自動機械の様に動く怪物たちは皆。
 まるで牧羊犬に追い立てられた羊の様に、ぎゅうぎゅうとひとところに集まり始めたのである。

 ――【|兎玉天☆方向遊戯《ウサテンチャントアッチムイテホイ》】

 視界内の全ての敵に防御不能の波乱万象波を放ち、命中した対象は一定時間、発動者が任意でそれぞれに指定した方向を異なる方向として認識させるようにするという√能力だ。
 意思を持つ者であっても方向の認識阻害を受ければ立て直しに苦労するであろうが、此度の相手はデザイアモンスター。
 一度生じた|認識の異常《バグ》を修正できず、おしくらまんじゅうの様に一塊になったという訳である。

「散らばってたデザイアモンスターちゃんたち、集めたヨ☆
 これでクラウスちゃんも、お掃除らっくらくかナ?」
「ありがとう、これは助かる!
 ――回復されるのなら、その回復を上回るだけの攻撃を重ねればいい……!」

 そこに降り注ぐのは、レイン砲台から放たれた白い雨の如き光の雨。
 雨に撃たれて穴だらけになった怪物たちに対し、すかさず月の如き軌跡を描いて振るわれるのは、魔力で編んだ長柄の槍だ。

 ――【|月時雨《ツキシグレ》】

 攻撃が外れるまで、近接範囲の敵をレイン砲台によるレーザー砲撃【白雨】と、魔力で拵えた兵装で薙ぎ払う【残月】を交互に繰り出し攻撃するという、怒涛の連撃を可能にする√能力だ。
 如何にデザイアモンスターたちの√能力が10分以内に完全再生させるという効果を持っていたとしても、それまでに機能停止した者を蘇らせることなど出来やしない。
 その上、敵は天の√能力によって一か所に掻き集められているのである。

(――これなら外しもしなければ、効率もいい!)

 身体からサイケデリックな欲望の輝きを溢れさせる怪物たちは、防御すらも捨てて繰り出される光の雨と魔力の斬撃に呑み込まれ。
 自慢の再生力を発揮するよりも速く、黒い塵へと還って逝く。

(深追いは、出来ないけれど。……可能な限り、斃し切ろう!)

 その様な中であっても、彼の思考の一部はビルの屋上の縁に腰かけるスターチスに咲かれている。
 麻痺して満足に動く事は出来ない筈だが、あの貌無しのことだ。
 コダマも守りに付いてくれてはいるが、鈴蘭だけでなく彼を狙わないとも限らない。
 どの様な卑怯な手を使ってくるかわからないあの怪人から意識を逸らすのは危険であるという事を、クラウスは今までの経験からよくよく知っている。

「あっは! クラウスったら私のこと、そーんな気にしてくれちゃって! 後でたーっぷり遊ぼうねっ!」
「望むところだよ。まだ、卑怯な作戦が破られたお前の姿をしっかりと笑ってやってないからね」
「ありゃまぁ、言ってくれるじゃん?」

 手際よく敵の群れ一つを平らげたクラウスは、彼にしては珍しい減らず口を叩きながら、警戒は怠らず。

「まだまだお片付け、お片付けッ☆ クラウスちゃん、次はアッチを綺麗にしヨ☆」
「うん、任せて!」

 天の√能力によるサポートを受けながら、更なる敵の一団の排除に乗り出したのであった。

ディラン・ヴァルフリート
星宮・レオナ

 ――神田すずらん通りを巡る戦いは、終盤を迎えようとしている。

 商店街の路面のタイルを埋め尽くしていたデザイアモンスターたちの姿は疎らになり、確実にその頭数を減らしている。
 このまま油断なく事が運んだならば、その殲滅も見えてくるであろう。
 その未来を確実なものとするべく、新たに交戦に移るのは2人の√能力者だ。

(――『例え人質に取られようと、私とおじいさまの事は構いません』、か)

 |星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)にとって、『家族』という言葉が持つ意味は重い。

(美土代さんがその言葉を口にするのに、どれだけの勇気が必要だっただろう)

 彼女の目の前で、両親は首を落されて、死んだ。
 胸を貫かれ、目から光が消えていく妹に、何をしてあげる事も出来なかった。
 その無念が、そして己と同じ思いをする者を生み出してなるものかという決意が、彼女を鎧纏う復讐の隼として突き動かしている。
 故に、新米魔法少女の悲壮な決意にレオナが全力で応えぬ筈がない。
 ――そして。

(――脅迫は自力で乗り越えましたか)

 この通りと同じ名を持つ少女、鈴蘭を己の背で守りながら。
 ディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)の無感情にも見える口元に、ごくごく微かな笑みが浮かんでいた。
 無力。或いは突如として非日常に巻き込まれ、戦う心構えを持たぬ筈の少女の啖呵。
 それが、己が悪性を封じ、善性を持たぬ彼の深い虚の如き心に、僅かに響くものがあったのだ。

(最終的には勝利して貰わねば困りますし……目の前で観察できただけ上々、という事で)

 己が果たすべき任を再確認しながら。興は、確かに乗ってきたとディランは自覚する。
 かの貌無しが策を仕込んでいたように、彼にもこの戦いを通して企図するものはある。

(本番はもう少し後。――ならば此方も普段通り振る舞うとしましょう)

 ――凡そ、|誰か《・・》にとっては碌なものにはならなさそうであるが。

 さて。レオナとディランは自分たちを取り巻く戦況を再確認する。

「……デザイアモンスターとは、連戦になりますね……」

 黒い触手が寄り集まった様な身体から、サイケデリックな輝きを溢れ出させる怪物たち。
 彼らはその身に備わった√能力により、10分以内に己の傷を完全再生し、戦況が己に優位であれば死後即座に蘇生するというしぶとさが厄介な手合いである。
 駿河台下交差点一度交戦しているレオナとディランも、その性質は既に熟知するところだ。
 数を減らしたとはいえ、手を打ち間違えれば持久戦に持ち込まれ、無貌との交戦の前に消耗する事は免れないであろう。

 ――だが一方で、朗報もある。

(容赦なく変身対象を殺害するスターチスの事だ、無事の可能性は無事な可能性は低いかもれない。
 出来る限り素早く片付けて、人質の下にも向かえる様にしよう。
 ――……と、思っていたけれど。まさか、そんな抜け道があっただなんてね)

 そう。今、彼女をビルの上から見下ろすスターチスは、ベースとなる白虎の少女の姿を取っている。
 EDENの√能力者が発動した|作戦《√能力》により、人質作戦が失敗に終わったためだ。
 これならば、レオナも、後顧の憂いなく戦う事が出来る。
 そして、ディランはといえば。

(……死しても蘇る簒奪者に狙われる人質を守り続けるのは、実質的に不可能というもの。
 ……これだけEDENが居れば、誰かしら手を打つ方も居るだろうとは思っておりましたが……念には念を)

 その憂いを断つための策を、より盤石なものとするべく更なる手を打った。

「……鈴蘭さん。差し迫った状況につき、手短に失礼します。
 ――所持品を一つ、お借りできるでしょうか?」
「私の持ち物、ですか……。それは勿論、私のものでディランさまのお役に立てるなら、喜んで。
 どの様な品が必要なのでしょうか……?」
「思い入れのある品ならベストですが、何でも構いません」

 白竜の青年からの要請に、白い魔法少女は小さく首を傾げて思案し。
 彼が提示した条件を満たす品がある事に思い至ったのであろう。  

「ええと……でしたら、これなど如何でしょうか……?
 祖父が、私に譲ってくれたものです」

 そう言って取り出したのは、如何にも年季の入った、螺子巻き式の|懐中時計《ハーフハンター》であった。

「……結構。十分な年輪です」

 ディランが差し出された時計を借り受けてみれば、日頃からよくよく手入れされているのであろう。歳を重ねたいぶし銀の輝きがある。
 そして、月桂冠の様に鈴蘭の花が装飾された蓋の中央には小窓が空き、その中では今も確かに時計の針が刻まれていた。
 祖父から孫へと引き継がれた物品であれば、彼が今まさに発動しようと√能力を発動する条件を満たすに足るであろう。

「――|現世《うつしよ》の舞台へ……想念を届ける機会など、|如何《いかが》でしょう」

 白竜が、鈴蘭の懐中時計に……――否。
 彼の力を以て、懐中時計の中に眠る彼女の祖父の記憶へと語り掛ける。

 ――【|憶刻:過去より出でて語るもの《ロア・ドラゴンズ・ディール》】

 この√能力は、触れた物品に眠る『過去の所有者の記憶』と交渉し、『記憶』にとって因縁の相手に非常に有効な『霊刃』と、交渉相手の願いに応じた『秘宝』を出現させるという力である。
 だが、交渉は不要という程に、極めてスムーズに運んだ。
 孫娘を想って思い入れのある時計を贈ったのだ、その命の危機となれば迷わず力を貸すのも道理であろう。

(……例えば、守護者を呼ぶ警報の類、害意を跳ね除ける護り。
 ……或いは、スターチスの記憶を奪う事による脅威の排除。そういった『願い』が為されるものと思っていましたが、成程。
 ……あの様な啖呵を切る方の祖父であれば、納得の品物です)

 あの時、白く小さな魔法少女は、祖父の心をこの様に代弁した。
 ――『私の様な老いぼれより、若い君たちの未来を優先なさい』と。
 ディランの√能力によって現れた『秘宝』は、孫娘を貌無しの怪人の邪視から守る様に浮かぶ白銀の盾。

「君たちは、僕のことも守ってくれるのかい?」

 それはディランやロボトロンのコダマたち『鈴蘭を守ろうとする者』をも守る様に、鈴蘭の如き小さな小盾を飛ばして滞空させたのである。
 己よりも娘たち若い命を優先するという、老人の|気骨《願い》が形になったといえる武具であろう。
 自身の周囲を舞う盾を見上げながら、レオナは装甲に覆われた己の拳を握り締めた。

「……孫を想う力、か。こんなおじいさんを死なせるわけにも、悲しませるわけにもいかないよね。
 ――だから、出し惜しみ無しの全力で行くよ。【BURST!!】」

 彼女が纏うマグナファルコンのアーマーが展開するとともに噴き出すのは、彼女の決意と憎悪を表わすかのような赤黒い炎。
 純白の花の名を持つ通りを穢す黒い染みを打ち滅ぼすべく、白竜が雷を纏った飛葬殲刃を展開させる中。
 復讐の隼がすずらん通りのタイルを蹴り、舞い上がった。


 ――【マグナファルコン・|B《バースト》モード】

 リミッターを解除して発動するマグナファルコンの|暴走《強化》形態は、彼女に最速の猛禽たる隼をも上回る疾さを与え、怒涛の連続攻撃を可能にするという比類なき|強化《バフ》を己が身に与える√能力である。
 しかし、それだけの強化には、当然デメリットも伴う。

(……っくぅ……!)

 防御能力を棄て、限界を超えた機動力が我が身を軋ませる……いわば捨て身の形態なのである。
 この疾さを制御出来なければ待つのは死、との触れ込みもまた、伊達ではない。
 己の肉体が上げる悲鳴に一切耳を傾けず、敵の攻撃を掻い潜りながら高速で駆け回り。
 マグナドライバーとマグナシューターの二丁を乱射し、穴だらけの怪物を量産していくレオナ。
 だが、触手を|紙縒《こよ》ったかの様なデザイアモンスターの腕が、偶然にも彼女を打ち据える軌道で振るわれたのである。
 ――だが。

(――だけど……今は、回避も気にせず戦える!)

 その触手を受け止めたのは、ディランの√能力によって召喚された、鈴蘭の祖父の|記憶《想い》が籠った小楯である。

(……連戦であればこそ、|有象無象《モンスターたち》の傾向は把握済み。
 ――……手早く仕留め、万全の状態で本番に備えることといたしましょうか)

 偶然の一撃すらも受け止められ、間髪入れずに降り注ぐのは『錬気竜勁』により紫電を纏うに至った、白竜の『飛葬殲刃』。
 金剛すらも斬り裂くという刃が更に雷の力を得たならば、まともに剣群に呑まれた怪物の肉体は微塵に斬り刻まれ。
 掠めるに留まり致命打を負わなかった者もまた、雷撃により大きく身を震わせて麻痺し、その機動力を大きく減退させた。
 だがこれも、僅かの刹那、斬り裂かれた怪物たちよりも寿命が延びただけに過ぎなかったのである。
 ――何故なら。

「……来たれ。眠り閉ざす……白き闇の帳」

 白銀に輝く地吹雪と化したディランが、その身を瞬く間に極低温領域に呑み込み、どす黒い氷像へと変えていったためである。

 ――【|冥刻:最果ての静寂《ロア・ホワイトアウト》】

 自身の武装および身体を絶対零度の凍嵐に変えるという√能力である。
 氷雪の嵐と化した彼を捉える術を、デザイアモンスターたちは持ち得ない。
 天地すらも見失う銀世界の中で、欲望を表わすサイケデリックな輝きは、次々と消灯するに至った。
 ――だが、まだ生き残りは存在する。
 まだ、小さな魔法少女の|希望《蜜》を啜るという目的を果たせぬままでいる怪物たちは、怯むという心すらないままに鈴蘭目掛けてひたひたと歩み。
 その身を空間ごと強引に引き寄せる事を可能にする【ロンギング・アーム】を発動するべく、デザイアモンスターたちの身を束ねて融合し、巨大化したのである。
 白銀の大盾目掛け、巨獣が腕を掲げ。鈴蘭を手中に収めんと腕を掲げた、その時であった。

 ――【UNLOCK】

 先んじて、赤黒い焔を纏ったマグナファルコンが飛び込んだのである。
 ディランが凍嵐と化して戦場を駆け抜けた時間は、60秒。
 それは、彼女の試作品ベルト……ミスティドライバーにエネルギーをチャージした時間に等しい。

 ――【Full Charge!!】

 その意味を、デザイアモンスターたちの集合体は理解する力を持たない。
 ――いや、理解したとしても。最早、何もかもが遅かった。
 獲物を屠る隼の脚は、既に眩い輝きに満ちているのだから。

「これでぇっ……決めるよっ!!」
 ――【ファルコン・グランツァ】

 怨讐の焔を超え。白光を纏った蹴撃が欲望の化身を蹴り砕き。
 その余波は周囲の漆黒の影たちをも巻き込み、消失せしめ。
 あと僅かとなったデザイアモンスターが徘徊する戦場に、千鳥ヶ淵に舞う桜花の如く光の羽根を散らすのであった。
 己が身を白竜の肉体へと戻したディランは、EDENたちの戦いを観賞するスターチスを見上げた。

「……さて……そろそろ、高みの見物を続ける余裕も無くなってきたのではないですか、スターチス?」
「あっは! そうかもしれないし……満を持してって奴かもしれないよ?
 |想定外《アドリブ》もあったけど、舞台もいーい感じに温まってきたみたいだしねっ!」

 月明かりの下、龍虎の金の双眸が交錯し。
 デザイアモンスターを掃討する場面は、最終局面へと進んでゆく。

弓槻・結希

 ――都道302号線、靖国通りの裏通り。神田すずらん通りに於ける、デザイアモンスターの黒波を退ける戦いは、いよいよ大詰めを迎えている。

(……未だに希望を奪う為、非道と絶望を以て突き進む怪物たち。そして、無貌のスターチス)

 空色の刃を佩き、|弓槻・結希《ゆづき・ゆき》(天空より咲いた花風・h00240)は先ず地に蔓延っていたデザイアモンスターたちを見遣った。
 すずらん通りの東西より、絶望的なまでに見える数で挟撃を仕掛けてきた怪物たちの姿はEDENの√能力者たちの活躍によって疎らとなり、増援の気配も無い。
 だが、|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》によって新たに生まれた魔法少女、|美土代《みとしろ》・鈴蘭から希望という名の蜜を啜り喰らい尽くさんとする欲望は、数多の仲間が塵と消えても、未だ果てる事が無いと見える。
 次いで、天だ。満月を背に、ビルの上より|嘲笑《わら》って此方を見下ろす金の瞳、【無貌】スターチス・リモニウム。
 鈴蘭の|祖父《おじいさま》の姿を取り、『貌』という『情報』の人質を取っていた筈であったが、その目論見は√能力者が用いた|策《√能力》によって『情報を奪還し、再使用不可にする』という形で微塵に砕かれた。
 故に彼女は再び白虎の獣人の如き姿を取るに至った、という訳だ。これは貌無しの怪人に取っても、|武器《オモチャ》の一つを奪われたに等しい痛恨事であっただろう。

(この戦いが終わった後、鈴蘭さんがお祖父さまの死に直面する、という懸念が消え去ったのは……会心と言ってよい戦果ですね)

 そして、結希は守るべき新雪の如く真っ白な、小さな新米魔法少女と。そして、詠まれた星の中では彼女を護り奮闘するも力及ばず、大破して散ったロボトロン『コダマ』の姿を確認する。
 コダマと、そして鈴蘭を守るべく集った√能力者たちの活躍により、彼女には傷一つなく。
 そして魔法少女もまた、気丈にもこの戦いの一部始終を学び、|先輩《√能力者》たちの姿をその目に焼き付けんと目を見張っているところである。
 その心の強さと気真面目さに、結希の顔も綻んだ。

「――ええ、コダマさんに鈴蘭さん。
 ああいう者達に、自分の希望や日常を奪わせてはなりません。
 その為に――心の強さを、戦う為の強さと術とすることをお見せ致しますね」

 ――図らずも巻き込まれてしまった、過酷な|運命《戦い》に抗う術。
 結希の言葉にしっかりと頷く魔法少女は、きっと己の背中からも学び取ってくれるであろうという確信があった。

 ――さて、と。
 |天上人《セレスティアル》は、毅然と胸を張って蒼穹の刃を構える。
 見据えるは天地の怪人、そして怪物の群れだ。この欲望の輝きを放つ黒波を斬り払わねば、事件の解決は有り得ない。

「大切なものを奪うと脅しをかける悪逆の輩たち。
 その手は何にも届くことなはく、星の光と数多に芽吹く思いの薔薇蔦に止められると知りなさい」
「あっは! いいね、その啖呵! 私、君みたいなコ、好きだよっ!
 心の真ん中に一本、ちゃぁんとした芯が通ってる。……そういうコの柱を白蟻みたいにじわじわと蝕んでくのも、たぁのしぃんだぁ」

 結希を値踏みし、舐る様な邪視。しかし、その様な戯言、何程のものぞ。
 言挙げを行えば、生まれ出でた言霊により、己が決意はより確固たるものとなる。
 例え如何なる運命が待っていようとも、何も怖れることはない。
 希望を灯して戦う技や姿を見せれば、それは鈴蘭自身の運命に、新たな希みを結ぶであろう。故に、欲望のままに動く奴輩めらに、遅れなど取る訳にはいかぬ。
 すぅ、と呼吸を丹田に落せば。彼女が修めた北辰一刀流の心を今一度胸に宿す。

 ――一刀流の祖は斯く語りき。戦う前に、勝負はついている。
 ――対峙した時の呼吸、地の利、その全てで有利な状況――必勝を揃えたものが勝つ。

 奇しくもそれは、事件や戦いを舞台に見立て、綿密な下準備を以て円滑な『逃れ得ぬ悲劇の進行』を行う無貌の得意とするところでもある。
 如何なる道も究めんとすれば、通ずるところもあるのであろう。
 ――だが。此度、スターチスはしくじった。
 星詠みの予知。√能力者たちが用いた策、そして実力。
 これらにより、彼女の舞台計画は明確な綻びを見せている。

「――最早、言葉は不要。残る一切の穢れを祓いましょう」

 純白に瑠璃のリボンで飾った、神秘の力を纏うドレスの裾を靡かて。
 真白色の花の名を持つ通りに残る染みを清めんと、剣の道の心を修めた白翼の剣士が戦場に躍り出る。


(――まずはこの状況を整えましょう)

 敵は残り僅かとはいえ、通りの両端から攻め寄せている。
 多勢に無勢の二正面作戦を避けるためにも、頭数を減らし、敵群の動きを遅滞させる必要があるであろう。

「――数多の星が、如何なる罪咎をも照らす」

 素早く口元で唱えるは、星の見えぬコンクリートジャングルの夜空に、燦めく星光を灯す、力ある言葉。
 天に揺蕩う無数の星が宿すは、シリウスの如き蒼。
 それは彼女の半径50mの周囲に青白い尾を曳いて降り注ぎ、サイケデリックな欲望の輝きたちを打ち据えた。

 ――【|星穹からの裁き《ステラ・ジャッジメント》】

 指定地点から一定範囲内に、威力の低い星光300発を降り注がせ穿つ√能力である。
 ひとつひとつの威力は低いが、駿河台下交差点での戦いで見せた、怪物たちの躰の脆さと虚ろさを結希は忘れていない。
 見る見る間に穴だらけとなり、体力の限界を迎えた者は、再生することも無く塵となって消えていく。
 そして、彼女が流れ星に乗せた力はそれだけに留まらない。着弾地点のタイルの上にに広がったのは、青白い凍結路面である。
 そう。星に願ったのは氷の力。触手の寄り集まった不格好な足では、生き残りもさぞや歩くに不自由であろう。戦闘を行うなど、以ての外である筈だ。
 更には左右前後に生えた氷柱が、同時に戦う数を制限する場を整えている。隘路を設けて数の利を消すのは戦の常道。
 足元も覚束ない上に数を活かせぬ1対1では、|王権執行者《レガリアグレイド》や宿敵といった簒奪者に遠く及ばぬデザイアモンスターでは結希に敵う筈もないであろう。

「ですが、手は止めません。
 ――願いの蔦よ、薔薇の為の茨よ」 

 蒼く煌めく氷の路面を飾るは、青々とした茨の蔦である。それは自らの意思を持つかのように氷の上を這い、生き残ったデザイアモンスターたちを縛り上げた。

 ――【|願いし薔薇蔦《ウィッシュ・ローズ》】

 周囲の地面、建物の壁などから51本までの神秘の力を宿す薔薇の茨蔦を生やすという√能力である。
 これは結希の行動とは別に操作が可能であり、その間合いは最大で50mにもなる。神秘の強度を持つ茨蔦によって拘束されれば、最早抜け出す事は難しいであろう。
 怪物たちにとって唯一の幸いとすれば、食いこむ茨に対する痛覚が鈍そうに見える辺りであろうか。
 ともあれ、これで舞台は仕上がった。デザイアモンスターたちは残された正面の道……いわば虎口から攻め寄せるより仕方がない。
 ひたひたと、思惑通りに誘導された欲望の怪物を正面から見据え。
 結希は刀礼の如くレガリアの切っ先を天に向けて立て、希う。

「――空に咲いた花、流れた風よ。どうか、この剣をお導きください」

 その願いは果たして、届き。千鳥ヶ淵の桜花……否、今は喪われし天上界に在った、神秘の花風が|天上人《セレスティアル》を包み込んだ。

 ――【|神秘の花風剣《ミスティック・ブレイブ》】

 自身の移動速度を3倍にも強化し、装甲を貫く秘剣の使用を可能にするという√能力だ。
 既に盤面は整い、結希を止める術も無い。
 1:1ならばと、欲望のオーラを注ぐ【ヒュプノシス・デザイア】で味方の硬度を強化しようにも、その防御を無視する手段を結希は既に手にしてしまっている。
 ならば、最初から彼女を対象にすることで意思を抑え付ける事を試すべきであったが、それに気付いたところで最早遅い。
 苦し紛れに繰り出された触手腕をセレスティアルは易々と見切り、花弁を散らして掻い潜り。

「――臆すことなき希望。故に美しいと、剣刃にて奏でます」
 ――【魔法剣・花信風】

 無拍子の如き起こりも見せぬ鋭さで、逆袈裟一閃。
 硬さを得た筈の躯体を、蒼穹の青さを映した刃はいとも容易く潜り抜け。
 血を払うかの如く刃を振るって漸く、怪物の上半身はずるりとずれて墜ち。
 商店街の路上に転がったソレは、天上の風花浚われて、消えた。


「これが、戦い……。あんなにいた怪物たちをやっつけてしまうだなんて……」
「ああ、僕たちロボトロンでも2、3体を相手にするので手一杯なのに、なんて強さだ……!」

 鈴蘭とコダマが驚嘆の声を示した通り、√能力者たちの奮戦によって、無限にも思える数で通りを埋め尽くしていた黒影は、その悉くが消え去った。
 ビルの上よりその一部始終を|嘲笑《わら》って観ていたスターチスも、これで出て来ざるを得ないであろう。
 漸く痺れが抜けたらしい貌無しの怪人は、ぐぐっとその背を伸ばし。
 まるで今までの戦いを称賛する様に、√能力者たちに拍手を贈って寄越した。

「あっは! やー、さっすが強いねー。十分に堪能させていただきましたっ! ブラボーっ!
 それにしても、心がない子たちは『もっと痛めつけてやるぜ!』ってアドリブが利かないからねぇ、相手にしてもらうにはちょーっと面白みがなかったかなっ? ごめんねー?」

 そう言って白虎はけたけたと嗤うと、ビルの縁を蹴って飛び出し。身軽に両腕を広げて着地し。

「はーい、10点ってとこかなっ? ほら、拍手拍手ー! もう、ノリが悪いにゃー。
 ――……じゃ、思い出に遺る遊び、はじめよっか」

 金色の瞳が酷薄に細められ。
 言外に、この事件が最終幕に移った事を告げるのであった。

第3章 ボス戦 『【無貌】スターチス・リモニウム』


 ――神田神保町にて発生した、|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》。

 そして新たに誕生した魔法少女、|美土代《みとしろ》・|鈴蘭《すずらん》と、彼女を護りに駆け付けたロボトロン、コダマ。
 彼女たちを狙って押し寄せたデザイアモンスターたちはその全てが駆け付けた√能力者によって排除され。
 遂に、残す敵はこの事件の黒幕である【無貌】スターチス・リモニウムのみとなった。

 魔法少女と、ロボトロンと、デザイアモンスター、そして黒幕の怪人。
 これらを巡る戦いは、最終局面へと移ろうとしている。


「――手駒は居なくなったけど、|キング《ブリキ人形》か|クイーン《魔法少女》を|奪《と》れば、私が死んだとしても勝ちですし?
 片方が死んじゃえば、いーい感じに|消えない記憶《トラウマ》を刻めるっしょ!」

 ビルの屋上から飛び降りて音もなく着地したスターチスは、金の瞳に獰猛な輝きを宿し、吹雪の如き殺気を込めた視線で真白色の小さな魔法少女を射抜かんとする。
 その前に盾となるように立ちはだかったのが、高速鉄道の様な丸みを帯びたデザインのコダマだ。

「話すだけ無駄だとわかっているけれど。
 ――どうして、そんな酷いことを?」
「どうしてって? そりゃ、人間の貌が大好きだからに決まってるじゃない!
 喜怒哀楽、どの感情が表れた顔も好きなんだけど―……取り返しが付かない|存在《モノ》を目の前で喪った時の絶望って、とーっても強い感情の発露じゃん?一生に一度あるかないかじゃん?
 その時にしか見られない、とーっても珍しい顔を独り占めできるって、すっごい贅沢だと思うんだよね!」
「わからない、僕にはわからないな。夢や希望、喜びは、新たな温かい感情を生み、育んでくれるのに。
 君はそれを種も播かず……他人が大切に育ててきた温かな心を、根まで腐らせる方法で自分勝手に刈り取っているだけじゃないか!」
「あっはっは! ブリキ人形のくせに、私にお説教? なっまいきー!
 ――だから私たちのことをこう言うんでしょ? 簒奪者って!!」

 貌無しの怪人は大仰に両手を広げ、通り全体に響き渡る様な声で哄笑し。
 糾弾し、そして話すだけ無駄と再確認したロボトロンは、少女を守るべくその守りを固めた。
 ――その時であった。

「そう……そうですか、簒奪者。それが、あなたの様な存在を呼称する名前なのですね」

 ロボトロンと簒奪者の問答を黙って聞いていた、真白色の魔法少女の声が凛と響いたのは。
 彼女は、静かに。だが、はっきりとした声で言の葉を紡ぐ。
 そう。――彼女は、怒っていた。

「……無辜の人々を己が欲望、己が快楽のために傷付け、命を奪う事も辞さないあなた。
 私を助けて下さった方が仰っていた通りの、正に悪逆の輩」

 ――りん、と。

 小さな魔法少女の静かな怒りに呼応するように、鈴の鳴る様な澄んだ音色が辺りに響く。
 貌無しが音色の出所を探る様に視線を巡らせれば、鈴蘭の身体から光り輝く魔力が溢れ出しており。

 ――りん、りん、りん

 その温かな光は、すずらん通りに開花した光のスズランたちに響き、共鳴しはじめていたのである。

「ちょ、戦い方、知らなかったんじゃないの!? ……惜しいけど、今、殺っておくか……!」

 想定外の魔法の発動に、驚きに目を見開いた怪人であるが……命を奪うと決めれば、行動は速い。
 立ちはだかるコダマを掻い潜り。虎の顎が如き拳で魔法少女の頭蓋を噛み砕くべく、縮地の如く間合いを詰めたスターチス。

「僕が居る限り……僕の目の前で! こどもを、鈴蘭をやらせるかぁ!!」
「……こんの、ブリキ人形……ッ!!」

 だが。その名の通り、光り輝くスズランの花が咲き誇る花畑へと変わった商店街の中。
 白虎の拳を受け止めたのは、彼女が掻い潜った筈の、ロボトロンであった。

「すごい、僕の出力では考えられないくらいに、力が溢れ出してくる……!」

 √能力者ではない筈のコダマのボディに付いた傷は、見る見るうちに修復され。
 更にスターチスを腕一本で弾き飛ばすと、なんと空中を蹴り。
 『万国博の動くパビリオン』とも謳われた『夢の超特急』の名に恥じぬ速さで懐に飛び込み、追撃のアームを叩き込んだのである。

「戦い方なんて知りません。知りませんとも。
 ですが……先輩の背中から教わった事を、私なりに願い、形にしたまでです。
 ――『私に出来る何かを探す事』を諦めるな、と!」

 コダマから間合いを取った白虎は、毅然と言い放った鈴蘭の姿を心底から不快であると言わんばかりに眉根を寄せた。
 純白の魔法少女がEDENたちに与えた強力な|強化《バフ》により、当初、怪人が想定していた戦況よりも、遥かに不利に転んでいるであろう。
 だが、道化も板についたものである。即座に酷薄な笑みへと、その表情を入れ替えて見せた。

「……それが何。戦闘の幅が広がったところでどうしたって言うんだ。私の|特技《√能力》は知ってるでしょ?
 大切な存在の貌を傷付ければ記憶に残る。次に『その人』に遭った時、その血に塗れた姿が頭を過る。それをあなたたちは無視できるかなっ?
 さらに、私を殺せば『大切なひと』の死に顔まで生前から見られちゃうという、すっごい|勝者の権利《トロフィー》をプレゼントっ! ひゅーひゅー!
 ――あ、もう死んでたりする?
 ならもう一度殺すのも一興、何遍死んでも同じでしょ? もう死んでるんだからっ! あははっ!」

 自身が『死ぬ』ことも織り込んだ、十八番の戦い方は変わらない、と。そういう事であろう。
 だが、此処に集った√能力者たちも、その程度の覚悟は疾うに済ませて来ている筈だ。
 この事件の黒幕たる、心を蝕む白虎をこそ討ちにきたのだから。
 それぞれに得物を構えた√能力者たちの姿を、金の双眸が舐めるように睥睨する。

「さあ、私を殺すのはだーぁれ? あなたたちが何度蘇っても拭う事のできない、|忘れ得ぬ記憶《トラウマ》を贈ってあげる。
 ――さぁ、おいで?」

※Caution
1.鈴蘭をAnkerとして迎えたい場合、プレイングの頭に【鈴蘭】とご記入ください。
 複数の希望者様がいらっしゃった場合、シナリオを通した『鈴蘭の信頼度』が最も高いであろう方から抽選させて戴き、エピローグにて発表させていただきます。
2.鈴蘭が展開した『魔法のフィールド』の力により、皆さまには『身体能力上昇』『治癒速度上昇』『空中ジャンプ能力付与』の強化が発生していますので、ご活用ください。
3.【無貌】は『大切なひと』に化ける√能力を複数持ちます。
 皆さまの『大切なひと』をプレイングに記載して頂ければ、拾える範囲、公序良俗に反しない範囲で、設定や心情を採用させて頂く予定です。
(Ankerの方であっても、相手の方から感情を得ていない場合は採用できない事があります)
4.この戦闘ではロボトロン、『コダマ』がスポット参戦します。
(鈴蘭は魔法のフィールドと皆様への強化に力を割いているため、直接的には戦闘に参加しません)
 コダマは平均的な√能力者ほどにパワーアップしており、頑丈なロボットの体と『夢の超特急』らしい速さを活かしたパンチとキック、体当たりで戦う事ができます。
 √能力者の指示があれば、余程無茶なものでない限り、必ず従います。
 指示がない場合は、いい感じに鈴蘭を守りながら戦っているとお考えいただいて大丈夫です。
クラウス・イーザリー

 ――光を放ち咲き誇る、スズランの花畑にて。

 太陽の様に深紅に燃える瞳の青年が、天に浮かぶ満月が如き輝きを宿す刃をグローブで覆った拳で以て受け止める。
 空中を蹴り、不意打ち気味に一気に飛び込んできた小柄な傭兵の一太刀に、ざりり、と押し負けながらも辛うじて発生した鍔迫り合い。
 至近距離で、黒衣の青年2人、赤と青の眼差しが火花を散らして交錯した。

「相変わらずだね、お前は」
「ははっ! そういうお前は、クラウス。初めての時に比べて、随分と躊躇いが無くなったじゃないか?」

 ――|永瀬・翼《ナガセ・ツバサ》(沈んだ太陽・h05934)。
 スターチスがその姿を写し盗った陽光の様な青年は、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)にとっては在り方の核となる存在のひとりである。
 明るく軽口を叩く|翼《スターチス》であるが、魔法少女としての力を解放した鈴蘭が展開させた魔法の|場《フィールド》によりクラウスの身体能力は上昇し、今や体格差を覆し、簒奪者が積み上げてきた宿縁に伴う出力強化をも覆すに至っていた。

「今更、ただの悪人であるお前に躊躇も手心も必要無い」
「つれないな! |初心《ウブ》だったお前は、どこに行っちまったんだろうなぁ?」

 |嘲笑《わら》う親友の似姿を強引に蹴り飛ばし。
 強化を受けた身体能力を以て、花畑の上を滑って転がるスターチスとの間合いを瞬時に詰め。
 無言の魔力刀の一閃で、親友の姿に鋭い刀傷を刻み込む。

(勿論、|翼《あいつ》の姿を傷付けることへの胸の痛みはある。――だけど)

 今や思い出の中にしかいない筈の親友が黒衣の上より血を噴き出す姿に、己の心にも、ずきりと痛みが走るが。
 だが、クラウスの追撃は止まらない。雨の如く降り注ぐ、真の|親友《翼》から受け継いだレイン砲台のレーザーが、紛い物の肉体を穿ってゆく。

(大切な人が増えて、少しずつ自分を肯定できるようになった今は……以前程の動揺はしない)

 幾度もの貌無しとの戦いを乗り越えてきたのだ。彼女が『何を悦ぶか』など熟知するに至っていた。
 そしてEDENの√能力者たちと共に過ごし、紡いできた縁と時間が、黒衣の傭兵の心の在り様を確かに変えていたのである。
 そう。もう、その姿、己の胸の痛みから、クラウスが目を逸らす事はないだろう。

「そんな割り切れる様な奴だったかよ、お前は!
 ――くっそ。俺を置いて、ひとりで随分と大人になっちまいやがって」

 己が無駄に傷を負っては、鈴蘭たちが傷付くであろう事も気にしながら戦うという冷静さを保っているが故に、悔しげに唇を噛みながら鋭いワンツーを放つ青年の拳も、今のクラウスにはよく視える。

「……お前なんかに、希望に満ちた鈴蘭たちを殺させはしない」

 グローブに包まれた右の拳に、魔力で編んだ左腕のシールドによるシールドバッシュのカウンターを合わせるのも容易いこと。
 顎を撃ち抜かれて脳を揺らされ、がくがくと膝を震わせる無貌の懐に踏み込み。

「何度蘇っても、何度だって殺してやるさ」

 ――【黎明の月】

 その貌をしかと見据えて、居合一閃。
 月光を映した魔力の刃が、偽りの太陽を真一文字に斬り捨てた。

架間・透空

「か……は……!」

 真白色に輝くスズランの絨毯の上で、胴を真一文字に薙がれた青年が深紅の目を剥き、緒戦にて負う事になった深手にたたらを踏む。
 腹から零れ落ちる赤い雫が純白の小さな花弁を穢す事もなく、仄かな光は怪人と対峙する√能力者たちを温かく照らし、彼らに力を与え続けていた。
 
「……なるほど。スターチスさんにとっては、それがとっても楽しいこと、なんですね」
「ああ、愉しいともさ! あと少しで花開くという可能性を手折る感触! 未来を閉ざされたと知った時の絶望!
 ああ、今まで集めてきた顔たちを思い出すだけでも堪らないな、ぞくぞくする!」
「そう……ですか。考えを改める気は、ないんですね。
 でも、今回の鈴蘭さんみたいに人を困らせようとするのなら。申し訳ないけど、止めさせていただきます!」

 |架間・透空《かざま・とあ》(天駆翔姫ハイぺリヨン・h07138)の目の前で痛苦に顔を歪めながら嘲笑う黒衣の青年も、彼女もよく知る人物の『大切な|存在《ひと》』の姿を写し盗ったものなのだろう。
 その顔と戦わねばならなかった彼の心の負担は、如何許りであっただろうか。
 透空はその心痛を想い、静かに、そして強く拳を握り締めた。コダマが先に言っていた通り、幾ら言葉を尽くしたところで、この怪人に改心は見込めないであろう。
 恐らくは自身にとって『大切な顔』を使われる戦いになるが、此処まで来て怯んでなどいられない。
 大きく息を吐くと、彼女は共に戦うロボトロンと、真白色の新米魔法少女に向き直る。

「コダマさん、鈴蘭さん……力を貸してください!」
「任せて。君たち子どもたちを守るのが……僕の使命だからね!」
「はい、透空さま、コダマさま……! この場は維持しますので……力の限り、どうぞ、ご随意に!」

 ――変身ッ!

 その掛け声とともに、高速鉄道を思わせるコダマのボディと並んですずらん通りを駆け出したのは。
 神々しくも禍々しい、『天色管理機構怪人』ではなく。
 空の蒼と陽光の如き金に彩られた、|歌姫《アイドル》であった。


 ――りぃん、りぃん……

 鈴蘭が創り上げた花畑に、澄んだ鈴の音が響く。

(歌を奏でましょう。目の前のスターチスさんの心に届くように……誠心誠意、心を籠めて)

 その音色に共鳴する様に通りを震わせるのは、澄み渡る空の様な、透明感あふれる真っ直ぐな歌声だ。

(――こうちゃん……!)

 柔らかな光に満ちたメロディの中、藍のボブカットから変化した、明るい空色のポニーテールと。そして肩を覆うマントを靡かせて。
 天駆翔姫は、特徴的なオレンジ色の髪を持つ少年に姿を変えた無貌へと突貫してゆく。

 ――【|変身・天駆翔姫《ハイペリヨン・リジェネシス》】

 透空が奏でる歌と共に、熱く高鳴る胸に刻まれた体中を巡る本能のリズムと一体化することで、【|天駆翔姫《ハイペリヨン》】に変身するという、この√能力。
 51秒の間、24時間以内にすずらん通りに存在した、全対象の√能力が使用可能になるという、強力な効果を発揮する。

「そういえば、お前はアイドルになりたかったんだったっけか……!」

 透空の心根をそのまま映したような歌声、これを耳障りだと言わんばかりに眉を顰めた無貌。
 怪人が映しとったこの人物の名を|添希・晃星《そえぎ・こうせい》という。
 ぶっきらぼうで口が悪いが面倒見のいい好青年であり、透空が『ヒトとしての人生』を歩めなくなったという秘密、そして夢をよくよく知る幼馴染である。
 そして、√能力者に非ざる身でありながら、彼女の窮地には決戦型ウォーゾーンや大斧などの武装を引っ提げ、怪人のアジトであろうが命を賭して助けに来るという、勇気ある少年でもある。

「クリスマスには、図書館にも行ったっけ。バレンタインには、ちょっとしたすれ違いもあって楽しかったよな。
 ――それに……ああ、卒業式の時の大泣きなんて、ついこの間だし。お前と過ごす高校生活も楽しみだ」

 その|彼《スターチス》は、2人の思い出を指折り数えながらカラメル色の瞳で迫りくる天駆翔姫を見詰めた。
 2人しか知らぬ筈の記憶を騙る、それこそが貌無しの怪人の真骨頂。
 ツナギを纏った少年の周りに渦巻くは、光り輝くスズランの領域を侵す怨嗟の領域。

「俺たちと同じように、輝かしい学校生活を楽しんで、全部喪ったヒーローがいたよ。
 幼馴染と俺が入れ替わってるのにも気付かずに、デートまでしちゃってさ?
 気付いた時にはとっくのとうにテトラポットに引っ掛かった|髑髏《されこうべ》。それが判った時の顔ったらなかったぜ!」
「学校生活……自分の一時の快楽のために子どもを殺めて、心まで折ったのか、君という|怪人《ひと》は……!」
「それだけじゃないぜ? そいつをよく知る町の連中にも、俺の|戦闘員《げきだんいん》総出で成り代わってやった!
 ――ああ、そうそう。俺も|組織《プラグマ》に知られてるからな。遅かれ早かれ、そうなるかもしれないな?」

 幼馴染の貌から繰り出される、必中の拳。
 これを透空は見切り、激痛への耐性で耐えながら往なし。
 致命的な攻撃は貌無しへの非道に憤るコダマが受け止め、被害を最小限に抑えながら。
 透空は、|幼馴染《大切なひと》の貌をした怪人への歩みを止める事はなかった。

「そうですね……。そうなる未来も、あるのかもしれません」

 彼女を天色管理機構怪人に改造した者たち……プラグマの息が掛かった者たちならば。
 貌無しに言われずとも、それくらいの事はやるだろう。それこそが√マスクド・ヒーローに蔓延る怪人たちの常套手段なのだから。
 透空だって、自身の家族や協力者である晃星の家族が狙われる可能性を考えなかった筈がない。――だが。

「――大切だからこそ」

 純白のブーツの歩みが、騙られる可能性に恐れ震える心に打ち克ち、遂に無貌を間合いに捕らえた。
 如何な悪趣味だって、他人に迷惑をかけないモノであれば見なかった事にすることも出来ようが。
 これ以上、|晃星《こうちゃん》の顔で。彼が言う筈のない言葉を好き勝手言われるのも、我慢ならない。
 ――決意と覚悟を込めて、アイドルは右拳を握り込む。

「最悪の結末を回避する為に、誠心誠意、足掻こうとするんです!」

 天駆翔姫に許された、51秒。
 そして借り受けた力は、最強の呼び声高き『√能力殺し』――【ルートブレイカー】。
 繰り出された右掌は、幼馴染に似合わぬにやけ顔を確かに捉えた。

「ちょ、折角の趣向が台無しじゃん!? 折角、あなた自身の手で、幼馴染の顔を思いっ切りズタボロに出来るチャンスたっだのにー!
 ――まあ、足掻いて、抗ってみなよ。誠心誠意が通じる相手なんて、一握り。
 さて、『変わってしまった』あなたは、これから先どんな道を行くのかなっ!
 ヒトに戻れない|あなた《怪人》は、その脳内に響く声にどこまで抗えるのかなっ! これから先、愉しみに観察させてもらうねっ!」

 硝子の砕ける様な音とともに、その変身ごと怨嗟渦巻く無明の闇を打ち砕き。
 決戦気象兵器から放たれた雨が、新たな愉しみを見付けたと嘯く白虎の身をしとどに濡らすのであった。

兎玉・天

「あー……もう、なっかなか思うようにいかないよねぇ。
 あなたの大切な存在の貌も、抜き取れないしさー。たまーにいるんだよね、あなたみたいなひと!」

 |兎玉・天《うさてんちゃん》(うさてん堂・h04493)を前にした【無貌】スターチス・リモニウムは、首を傾げる彼女を見つめ、少しつまらなさそうに唇を窄めた。

「ムム…みんな悲しーのカナ? それとも怒ってるノ? ネー色んな音が聞こえるネ☆」

 周囲の√能力者たちや、魔法少女に覚醒した鈴蘭、そしてロボトロンのコダマを興味深そうに見回す兎玉は、『人間』という存在が如何なるものか正確に把握しているか……いや、『人間』とは異なる常識に生きている節がある。
 何せ、遥か昔に地球に落ちてきた彼女は『人間』の如き姿を取る『人間災厄』なのだから、無理もないのかもしれない。

「うさてんちゃんも、ニンゲンちゃんの喜怒哀楽全部スキ☆ どの音もすっごく聞きたいヨ☆」
「あなたは感情を『音』として捉えるんだねー? 私は重たーい音が好みだけど、話を聞いてると、ちょーっと好みが合わなさそうな予感っ!」

 その言の葉をそのままに受け取れば、甚だ好みが偏っているとはいえ、人間の感情を愛する貌無しと響き合う事もあるであろう。
 しかし、無貌は白虎の姿を模ったまま、変わらない。
 何故なら、兎玉からは抜き取るべき対象が存在しないのである。

「うさてんちゃんの大切なモノは、もちろんニンゲンちゃん☆ おしゃべりしたコトのあるニンゲンちゃんならもっとスキだヨ☆
 おしゃべりしたコトないニンゲンちゃんも、これから話すカモだからムヤミに減らすのは許さないヨ☆」

 『全てが等しく大切』という博愛の精神の持ち主であったり、その逆であった場合。
 或いは無垢な存在であった場合、スターチスは『大切な存在』の情報を抜き取る事が出来ないことが確認されているのだが、『ニンゲンちゃん』を等しく愛する兎玉は、その対象のひとりなのだ。

(でもさ? 動かなくなったら音が出なくて寂しいとか、|上位存在《大きなモノ》が、壊れやすい小さな|存在《モノ》を慈しむ感じかな?
 人間の『死』を悼む心がない……『死』がわからないんじゃ、私の変身も騙りも効果は薄そうだよねぇ……)

 明らかに自分の精神構造とは異なる兎玉の『死』の観念を推察はするが、『隕石』の如き存在の心の在り様を把握しようにも限界がある。
 このまま、この人間災厄のペースに持ち込まれても厄介だ。
 貌無しの怪人は遂に分析を諦め。理解されるかもわからぬ、漆黒の怨念渦巻く人間の絶望と滅亡の物語を騙り始めたのである。

「人生って素晴らしいんだけど……人間と『違う』あなたに、その価値を理解できるかなっ?」

 それはスターチスにとっては負け惜しみであったかもしれないが。
 √能力と化した怨嗟の声の渦は、貌無しの怪人の攻撃を必中と化す効果を持つ。
 心を砕けないのならば肉体を砕けばよいという、当然の戦略の転換であろう。
 とん、と己に刻まれた傷を感じさせぬ軽い足取りで駆け出した白虎は、縮地の如く兎玉に迫り。

「は……ァ……!?」

 必中である筈の言葉が届かぬどころか、そのどてっぱらに豪快な殴り棺桶の一撃を受けて悶絶する羽目となったのである。

「どの音もスキだケド、今は楽しーの音が一番聞きたいカモ☆
 だから、ハッピーエンドになるよーなお話を聞かせてあげるネ☆」
 ――【|不思議道具☆再演戯曲《フシギドウグセカイノドウワセット》】

「ど、どこかで見た様な気もしますが、でもやっぱり見た事ありません……?」

 その光景は昔懐かしい童話の世界の様でありながら、古本屋街に生まれた鈴蘭も思わず首を傾げて困惑する、とんでもない|筋書き《シナリオ》の連続であった。
 そう、どす黒い怨嗟溢れる世界を塗り潰す様に生まれていたのは、その名も『周囲巻き込み型ヘンテコ厄介童話空間』。
 世界の童話集は童話集でも、開けば最期、周囲の人間を取り込んで描かれた物語を再現するという、『禁書』に数えられる逸品だ。
 童話の世界に引き摺りこむというだけでも不思議雑貨屋『うさてん堂』の取扱|商品《不思議道具》の品揃えの厚さを感じさせるが、更にそれを兎玉が適当な尾ひれつけて語るものだから手に負えない。

「幾ら魔女をやっつけるからって、隕石落としは過剰じゃないかなっ!?」
「禍根は地殻から断つといいと思うんだヨ☆」
「本気!? 冗談か本気かわかんないんだよねぇ、この人間災厄ぅ!!」

 それはもう、兎玉の如何なる滅茶苦茶な攻撃でも必ず当たるという空間に翻弄されれば、凶悪な謀を行う虎もコミックの|登場人物《コメディリリーフ》の様。
 そのあまりにもあんまりなやられように、束の間でも凄惨な現場に立っている事を忘れた新米魔法少女の口元にも、年相応の笑みが零れ。

「ニンゲンちゃんの楽しーの音、ちゃぁんと聞けたネ☆」

 その『音』を聴いた隕人も少しばかり身を軽くして、満足げに笑うのであった。

星宮・レオナ

「久しぶり、お姉ちゃん! 去年の初夏以来だっけ、元気だった?
 私は見ての通り変わらないよ、だってお姉ちゃんの前で死んじゃったからね!」

 自身をいたぶる様な言葉と共に向けられた、あの日を迎えるまでの彼女と全く変わらぬ朗らかな笑み。
 そう、変わっていよう筈も無い。何年も前に、あの子の時間は永遠に止まってしまったのだから。
 その時の、胸を貫かれて冷たくなっていく彼女の死に顔を何度夢で見て、跳ね起きた事だろう。

「その|忘れ得ぬ記憶《トラウマ》はもうあるから通じないよ、スターチス」

 故に、その姿を見れば、痛みはある。彼女が口にした通り、胸の深い傷とともに癒えぬ爪痕は彼女の中に深く刻まれている。
 だが……悲しい事でもあるが、星宮・レオナ(復讐の隼・h01547)はその痛みにも慣れてしまった。
 その痛ましい|記憶《トラウマ》すらも原動力に戦うのが、|復讐の隼《マグナファルコン》なのである。
 レオナの言葉に、妹は姉の記憶のどこにもない、蛇の様な表情でにんまりと嗤った。

「そう? 強がったら駄目だよ、お姉ちゃん。塞いだつもりでも、傷はまた開くものだし……塞がって無くても、もっと深く抉る事だってできるんだから!」

 舞台役者の様に両手を広げる貌無しであるが、レオナとてその悪趣味に一度は対峙した経験がある。
 初見ならば兎も角、種が割れていれば既に覚悟も決まっていようというものだ。
 ――それに何より。

「だから、その程度はもう効かないんだ、スターチス。
 それに……|妹《アスカ》のモノマネに躊躇して美土代さんを守れなかったら、家族全員からお説教だよ!!」

 彼女の背後には魔法少女現象が発生した事により魔法少女に覚醒し、過酷な戦いの運命に巻き込まれたたばかりの鈴蘭がいるのだ。 
 過去に囚われ、今を生きる者を救えないようでは家族にも顔向けが出来ぬと、隼は己を奮い立たせて啖呵を切る。

「じゃあ、お姉ちゃんの心の中の|私《アスカ》を上書きするくらいに頑張っちゃおっかな!
 ――それじゃあ、あーそびーましょ?」

 すずらん通りのタイルを覆う、光り輝くスズラン畑の上。
 虎の如き獰猛な笑みを浮かべて迫る|妹《アスカ》の姿をしっかと見据え。
 |姉《レオナ》は|銃《マグナドライバー》の引き金に指先を掛けた。


「うわっとっと!? お姉ちゃん、お姉ちゃんばかりそんなに強化を受けてずるくない!?」

 牽制射撃に僅かに気を取られて隙に懐にまで迫ったマグナファルコンの拳打を受け、貌無しは不平を述べながら、じりじりと後退してゆく。
 無貌の実力は自称こそ『少し強い程度』であるが、宿敵として怨念を掻き集めてきた本来の出力は、並の√能力者を上回る。
 しかし、怒りと共に引き出された鈴蘭の魔法は、スターチスの能力を上回る程にレオナの力を引き上げていた。

「美土代さんの力を借りられないのはお前の自業自得でしょ、スターチス」

 きっぱりと断じながら、レオナは|アスカ《スターチス》のハイキックを見切って受け流し、カウンターとして放った鋭い蹴りで軸足を刈る。
 体勢を崩し、舌打ちする貌無しの隙を隼の眼は見逃さない。追撃にミスティドライバーから放つのは、妹を名乗る悪魔を捕えて空中に固定する竜巻だ。
 踏み付ける様にして蹴りを放つと、マグナファルコンは旋風に乗って夜空へと舞い上がる。

「どす黒い欲望で美土代さんを襲った分、そして、ボクの妹の姿を勝手に使った分。
 ……そのツケ払ってもらうよ、スターチス!!」

 その脚に纏うは、リミッターを外し、強化魔法によって限界を超えた出力を得るに至ったエネルギー。
 隼は空中を蹴り、宙で藻掻く獲物目掛けて加速する。

「もう、こんな為す術なくやられるつもりなんてなかったんだけど。
 次はこうはいかないんだから……また遊ぼうね、お姉ちゃん!」

 ――【|旋風蹴撃《サイクロン・ストライク》】 

 その口を黙らせるように、繰り出された一撃めが細腕のガードを蹴り砕き。
 猛蹴による追撃が、記憶の中の妹の姿を奪った怪人を撃ち抜いた。

「……こういう時、Ankerじゃないと本当に止めをさせないのは面倒だね」

 着地と共に微かに奔った、胸の痛みに拳を握り締めて。

ディラン・ヴァルフリート

 すずらん通りを巡る決戦は中盤戦へと差し掛かっている。
 この事件の黒幕である【無貌】スターチス・リモニウムは、新たに覚醒した魔法少女である鈴蘭が展開した光り輝くスズランが咲き誇るフィールドによって齎された|強化《バフ》による戦力差を覆すには至っていない。
 これまでの戦闘で、その身に負ったダメージも随分と蓄積している様にも見える。

「あ、ディラン! 『大切な|存在《モノ》』は見つかったー?
 その様子、ついでに私の様子だと聞くまでもないかっ!」

 しかし、そんな傷よりもディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)という知己に会えた事が嬉しかったのだろう。
 白虎の姿を取った怪人は金の眼を細め、ひらひらと気安げに手など振っている。
 ――が。

「……頼もしいですね。僕は些か……力を使い過ぎてしまったので」

 肝心の白竜はといえば白虎の事など微塵も気にも留めず、新米魔法少女とその守り手として駆け付けたロボトロン、コダマに語り掛けているところであった。
 行き場を失った手を遣る瀬無く、握っては開く貌無しの姿も、それはそれで珍しいものかもしれない。

「ディランさま……? 大丈夫、なのですか……?」
「あれだけの戦闘を繰り広げたら、√能力者でも息切れしておかしくないのかな……?」

 此方もまた、そんな貌無しなど構うことも無く、小さな魔法少女とロボトロンはディランを心配する様な眼差しを向けている。
 此処まで複数の√能力を操ってデザイアモンスターを蹴散らしてきたのだ。その戦いぶりを見て来た2人は、そう言う事もあろうと納得した。――が、|嘘である《・・・・》。

 ――スターチスは、鈴蘭さんかコダマさんに傷跡を刻む。
 ――此方は善や正義なるものがその悪に打ち勝つ瞬間のサンプルを得る。

 ディランはこの戦場にて、当初よりスターチス……それどころか、鈴蘭とコダマを己の目論見に利用する心積もりでいた。
 なんなら、露骨でないとはいえスターチスもディランも目的を果たす事の出来る、いわば|Win-Win《利敵行為》とも言える策であろう。

(いい趣味してるねぇ、ディラン。
 ――でもねぇ、私の舞台の|筋書き《シナリオ》は、私が決めるのさ)

 そしてその目論見は|『悪』《ディラン》の思惑通りに|『悪』《スターチス》に意図が通じた訳であるが。
 かといって、その趣味が一致するかと言えば、そうとも限らないものだ。
 貌無しは、変装の手練れを集めた己の戦闘員を『劇団員』と称するように、己の引き起こす事件を舞台に見立てている節がある。

「あっはっは、嘘、嘘! サボって2人の戦いを観察したいだなんて、ちょっとよくないんじゃなーぁい?」

 故にディランの無言の提案を魅力的と見つつ、貌無しは己の美学を優先し。『悪』らしく、白竜の思惑を蹴る方向に動いた。 
 同じように√能力の並列使用の連続戦闘を行う者たちが居る以上、直ぐにでも真相は明らかになるものだ。貌無しが騙るまでもない。
 
「嘘……? 私や、皆さまの大切な方たちの顔を使って卑劣な策を弄するあなたの言葉を、誰が信じるものですか……!」

 だが、2人を助けた竜人と、いたぶらんとしている白虎の言葉。どちらを信じるかと言えば言うまでも無く前者であろう。
 √能力者ではない2人は、その真実を知る術を今現在は持ち得ない。
 『彼らにとっても』、『ディランにとっても』都合のいい様に、白竜の言葉を信じた。

「問題はありません、が……。……少しの時間があれば、切り札を切れます」
「わかった。なら、僕に時間稼ぎは任せて。
 鈴蘭が発動してくれたこの場があれば、あの怪人にも力負けしないと思う」

 もし、2人が真なる√能力者に覚醒し、√能力を自在に操れるようになったとして。
 ディランが真実を口にしない限り、『あの時は、|不調《そう》だった』と彼の嘘を疑うことなく信じ続けるのだろう。

「あっは! いいね、いいね! |目的《エゴ》の為の欺瞞、詐術、嘘偽!
 己の言葉によって踊らされる愚か者たちの姿を特等席で見られるなんて……羨ましい限りだよ!」

 この中で唯一真相を知る白虎は、趣味の合う『悪』、そして『ヒトの心』を|嘲笑《わら》いながら。

(……御手並拝見、といったところですね。
 ――当初の人質作戦は潰えたようですが、頑張って頂きたいものです)

 どちらの味方かわからぬ白竜に|見守ら《観察さ》れながら、光を纏って突進してくる|ブリキ人形《ロボトロン》を迎え撃つ。


「50年以上稼働していながら、ヒトの嘘ひとつ見抜けないなんて愚かだねぇ、お人形さん!
 それとも、『心』も|子ども《ヒト》に隷属する様に造られてるのかなっ?
 ――なら、造り物の心で壊れるまで戦う、益々哀れなガラクタだ!」
「話しても無駄だと言った! 造り物だとしても、僕は僕の『|心《使命》』に誇りを持っているッ!
 それ一筋で来たんだ、君の言葉程度で揺らいだりしない!」
「あっはっは! 何を賢しらに、何を得意げに! あんまり笑わせないで欲しいなぁ!」

 鈴蘭の花畑の上で、白虎の拳とロボトロンの装甲が火花を散らす。
 『夢の超特急』らしく直線距離の瞬発力に優れるコダマの体当たりに対し、スターチスは己の身軽さを活かして鋼鉄のボディを足掛かり手掛かりに、ひらりとひらりと往なし躱しては反撃を加えるが。
 しかし、鈴蘭の魔法により更なる強化を与えられた鋼鉄のボディには有効打と成り得ない。
 それどころか、折角与えた傷も再生していくのだから、相手にする貌無しの側からしてみればタチの悪い壁役であろう。

「もう! 心は偽物でも、硬さは本物だから嫌んなっちゃう!
 ――じゃあ、強化を与えている|女王《クイーン》を奪りに……」
「だから、やらせないって言っているじゃないか」

 攻めあぐねた白虎が、隙を見て強化の源たる魔法少女を討たんと色気を見せても、すかさず回り込むブリキ人形に阻まれては為す術もない。
 ロボトロンはその言葉の通り白虎を釘付けにし、時間稼ぎの任を果たしてみせた。

(――……さて、そろそろ頃合いでしょうか)

 模倣、模造を演じ続ける悪竜は、造り物の心が宿るロボトロンの戦いを十分に見た。

(……造り物であるが故に一途、頑強。託された使命を『崇高』と疑いもせずに稼働し続けた|機械人形《オートマタ》。
 ……魔法少女を守るという使命、それを最悪の形で踏み躙られない限り、折れる事はないのでしょう)

 そして、貌無しがこの攻防に於いて、『|忘れ得ぬ記憶《トラウマ》』を刻み込み得る可能性が潰えた事を見た。
 ならば、これ以上のサボタージュは無意味であろう。

「――砕けた欠片……失われし影の門。今……偽りの形を宿せ」
「あ、おサボりはもう十分ってこと? やー、ごめん、ごめん。このお人形さん、思った以上に頑丈でした!」

 ――【|影刻:音無き残響《ロア・ホロウ・エコーズ》】

 軽口を叩くスターチスに、ディランが援護に寄越した実体無き影の竜の群れが殺到し、その視界を塞ぎ、金縛り。
 漆黒の影の球を前に、天に掲げられるは【|叛刻:盤面を砕く者《ロア・リベリオン・オーダー》】により巨大化した|至斬傑牙《大剣》だ。
 ディランの怪力に加え、新米魔法少女の力をも加えられた今、その威力は計り知れないものとなっている事であろう。

「……覆すと……しましょう。今、この瞬間を以て」

 その宣告とともに、天を衝く巨剣が振り下ろされ。
 中に居るであろう白虎ごと、影竜によって成る影の球を断ち割った。

(――自分が討たれる側の時は、流石に観察には不向きでしたから。
 ……さて、この事件の結末は、如何なる|形《サンプル》となるやら……)

 確かな手応えを感じて剣を元の大きさに戻した|悪竜《ディラン》が望む瞬間は、そう遠くは無い筈だ。

弓槻・結希

 数多の古書が眠る、神田すずらん通りを巡る物語は佳境を迎えつつある。
 この事件の首謀者である【無貌】スターチス・リモニウムの身体には、これまでの戦いで大小幾条もの傷が刻まれている。
 しかし、それでもなお斃れないのは『宿敵』と呼ばれる存在故の、生命力の強さの証左であろう。
 斃れぬからには、この白虎は趣味の悪い謀り事を続けるであろうし、追撃の手を緩める道理はない。

「ありゃ、お姫さま。見かけによらず、あなたには『|特別な一《大切な存在》』が無い感じ?
 ――そっかー。まあ、流石の私も、滅びた国とかには変身出来ないしにゃー?」

 その様な戦局の中で、|弓槻・結希《ゆづき・ゆき》(天空より咲いた花風・h00240)から抜き取れる『大切な存在』の情報が無い事に、貌無しの怪人は些か拍子抜けしたような表情を浮かべた。
 無垢、博愛、或いは大切な者を持たぬ者。かの怪人の√能力を防ぐ術は幾らか存在するのだが、よもやこのオラトリオの少女が|そう《・・》であるとは思いも寄らなかったのであろう。

「まあ、いいや。此処まで来たなら聴いてお行きよ。
 ――私が直に蒐集してきた、|物語《コレクション》の数々。
 積み重ねてきたモノが、実は土台から|私《シロアリ》に喰われていた、瓜子姫なお話たちをねっ!」

 気を取り直したように嗤う白虎の足元より瘴気の如く溢れ出す、どす黒い怨嗟の声の群れ。
 それはやがて光り輝くスズランの絨毯を侵し、悪夢のような黒へと染めてゆく。
 闇の中で貌無しが騙るに、曰く。

 ――ご当地ヒーローとして戦って来た少年と、彼に恋する幼馴染。
 少女は思いを伝えるよりも速く、貌無しの毒牙に掛かり、骸となってテトラポットの間に打ち捨てられた。
 貌無しが成り代わったと知らぬ少年が、微かな違和感から真相に気付いた頃には時既に遅し。
 ヒーローは大切な存在が死していた事にも気付かぬままに、斃すべき怪人と共に過ごしてきた己を責め、絶望と共に心が折れた。

 ――一人の白虎の少女と、白虎の少年。
 小柄な少年と武道の下に競い合い、切磋琢磨してきた少女を喰らい、その皮を被って共に過ごしてきた。
 慎重な少年に無理を言って連れ出したダンジョンにて、モンスターから庇ったフリ。
 己の腕の中で身体が熱を失い、瞳から光が喪われてゆく様を見せ付け、体感させてやった。
 惜しむらくは突発的な事故で『成り代わり』を教えてあげる前に、2人とも死んでしまった事。

「――他人のものばかり語るのは、自らの心の裡に確かなものがない、虚ろな存在であるという証左」

 語られる絶望の数々を結希はそう断じ、無視を決め込むが。
 怪人が嗤って騙るその何れもが、当事者である貌無し自身が直々に|主人公《天邪鬼》として集めて来た、絶望の貌と声。
 化けを駆使して心に忘れ得ぬ|記憶《きず》を刻み込む、『スターチス』の在り方である。
 そして、|皮を奪われた犠牲者《主人公》の姿を得た貌無しの攻撃の何れもが、√能力により必中の効果を得ているのだ。
 だが、オラトリオの少女も星詠みであるからには、語られる物語に負けず劣らずの『酷い現場』を視て来たであろう。
 時にEDENとして惨状を幾度も見、乗り越えて来たであろう。
 怨嗟の闇に取り込まれながらも結希は怯まず、そしてこの状況を打開するべく、先端に白花を飾りし瑠璃色の長杖を構えた。

「15秒ほど、稼いで頂けませんでしょうか?」
「大丈夫、今の僕なら15秒と言わず、幾らでも君たちを守ってみせるよ。
 ――ロボトロンとして与えられた、『|心《誇り》』に懸けて」

 結希の要請に、コダマは刹那の間も置かずに快諾した。

 再びコダマとスターチスの火花を散らす攻防が始まるとともに。
 結希のカウントダウンが始まった。


(――自らが越えた逆境、苦難、絶望であれば、そこには必ず希望が伴うもの)

 嘆き、悲しみ、苦恨。その声の渦の只中に在っても、結希の声は、闇の中でも光を喪わぬスズランの鈴の音と共鳴し、響き合う。
 ふわりと揺れる白翼、白魚の様な指先、さらには呼吸のリズムも合わせる、オラトリオである彼女ならではの多重詠唱である。
 鈴蘭が展開した魔法のフィールドによって、結希が発動するであろう|魔法《√能力》の出力も上がっている事が予想される以上、白虎も指を咥えて見ている筈がない。

「何をする気か知らないけど……それを許してあげる程お人よしじゃないよ、私!」

 詠唱に力を割き、無防備であるオラトリオの姿を認めた金の眼が、その白翼を千切り散らさんと嗜虐に歪められ。
 通常では有り得ぬ距離でありながら必ず中る拳を放つ。――が。

「幾らでも守ると言ったんだ。一発たりとも、この『夢の超特急』……子どもたちの夢を守る僕が、|徹《とお》さない」

 結希より信頼を向けられ、時間稼ぎを託されたコダマの鋼鉄のボディが、その拳撃の全てを確と受け止める。
 無論、幾ら鈴蘭の魔法により、更に頑強になっているとはいえ傷は付く。しかし、フィールドに齎されている効果は身体能力の強化のみに非ず。自己回復能力も、だ。
 こうなれば、彼が先に語った言葉の通り、かなりの耐久力を発揮してくれることであろう。

「また邪魔をするわけ!? もー、折角の遊びを邪魔するんじゃないよ、このブリキ人形!」

 詠唱を止められぬことに微かな焦りを滲ませて、コダマの守備を謗る最中。

「――この祈りが、花開くことを」

 オラトリオの澄んだ声音とともに。清水の湧き出る泉が如く、燦めき透き通った水晶の青薔薇が3輪。
 奇跡の花言葉を持つ花弁が、戦場に綻んだ。

 ――【|蒼穹の薔薇水晶《ブルー・ローズ》】

 本来は移動せず3秒詠唱する毎に、多用途の青薔薇を1輪咲かせるこの√能力であるが、今回はその三重同時発動である。
 だが、最初の3秒のみは動く事も出来ず、青薔薇も無いという完全に無防備な状態に曝されるが、この弱点はコダマの防御が補ってくれた。
 ならば、次は|彼《ロボトロン》をより戦いやすくするのが定石であろう。
 ガラスの割れるような澄んだ音を立てて1輪の青薔薇が弾け散り、スターチスの眼を晦ませた。

「……ッ!? 目潰しとは……猪口才なマネしてくれるじゃん……!?
 だけど無駄なコト! 幾ら私の視界を奪ったところで、攻撃は届くよっ!」
「ですが……どれほど強く、必中であろうとも。
 見えない状況では|直撃《クリーンヒット》を与えるには難しいでしょう? 恐るるに足りません」

 事実、貌無しの攻撃を受けるコダマの傷が、眼に見えて浅くなった。
 これならば修復を上回る傷を与える事は殊更難しくなるであろうし、万が一のラッキーパンチも、『反射』の力を込めた青薔薇が受け止め、その拳撃の威力をそのまま怪人に叩き付けてやればよい。
 そして、『目潰し』『反射』『物品修理』などの効果を持つ水晶の薔薇が3秒ごとに増え、そして15秒を経過した今。

「――わぁ……素敵……」

 結希によって創り上げられた光景を目にした新米魔法少女が思わず見惚れ、ほうっ、と息を吐いた。
 まるで絵本やおとぎ話の光景をそのまま写したかのようなその景色を見れば、誰しもが鈴蘭と同じように瞳を輝かせるであろう。

「15秒、定刻通りだね。追加の指令はあるかい? 僕はまだまだやれるよ」
「ありがとうございます。ですが、おかげさまで舞台は整いました」

 光り輝くスズランの絨毯の上、無数の青薔薇がすずらん通りに咲き誇った。
 地の利は得た。盤面は整った。結希の磐石の状況は、今ここに完成を見た。
 この場にそぐわぬ黒雲と怨嗟の声を吹き散らし、煌めく花畑を取り戻す時が来た。

「勇気を出して守ろうとしたコダマさん。
 誰かの為に怒りを出して、進もうとする鈴蘭さん。
 ――このふたりのほうが、この場の主役に何倍も相応しいのです」

 オラトリオが凛と紡いだ祈りの言の葉に呼応するように、水晶の薔薇の輝きが一層深みを増す。
 これより過酷な運命を歩く魔法少女の道程には、青薔薇の様な希望が溢れている方が相応しかろう。

「――物語よ、春宵に咲き誇れ」

 神秘の白き焔を灯す杖の石突で、通りの路面をかつりと打てば。
 薔薇が光を散らして、この舞台の主人公を騙る怪人を包み込み、花畑を侵す闇ごと吹き飛ばし。
 小さく無垢な魔法少女の物語に、文字通りの奇跡の花を添えるのであった。

八月一日・圭

「……ッ、くぁ……!
 ――死に慣れているとはいえ、流石に|痛《いった》いなぁ、もう!」

 駿河台下交差点から始まった戦いはすずらん通りへと舞台を移し、首魁たる【無貌】スターチス・リモニウムを追い詰めつつある。
 √能力者たちの痛撃を幾重にも浴びながら未だ斃れぬその姿は、|八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)にも『宿敵』として集めて来た宿縁の深さを感じさせるものである。

「……この力は」

 怪人と対峙する赤毛の少年は光り輝くスズラン畑を踏み締め、辺りを見回した。
 新米魔法少女である鈴蘭が展開した魔法のフィールドから齎される力があれば、如何に強力な簒奪者が相手であろうと、斬れる。
 そう確信するに至った圭は、一瞬だけ、後方へと視線を送った。

「――十分です」

 短く告げた彼に、小さく頷く少女に背を向け。
 少年は強化された力を確かめるように、スズラン畑の上を一歩、踏み出し。

「……理解しています。あなたのやり方も、その意図も」
「そーぉ? じゃあ、理解していても抗えない『|情報《毒》』、たっぷり味わっていってほしいなっ!」

 傷だらけになりながらもけらけらと嘲笑う斬るべき者に、静かに視線を向けた。
 すらりと抜き放つ霊刀に漆黒の力が宿り、更には与えられた強化により火勢を増した業火が、その刀身を包み込む。

「抑え続けた想いよ……いま剣に宿り、怨敵を討て」
 ――【修羅顕現】

 業火を纏う剣鬼をその身に宿すこの√能力、赤髪の少年の脚に神速を与える効果を併せ持つ。
 心を揺さぶり、大切な者の姿、声音に化けて躊躇いを誘う戦い方。
 その手段を知っているからには、対策も打てる。

(姿を変えるというなら。その前に――断つ)

 紅蓮の修羅を纏った圭は姿勢も低く、縮地の如く地を滑り。
 最短で間合いを詰め、業火の一閃を放たんとする。

「兄さん……?」

 だが、滅多なことでは変わらぬ筈の少年の赤い眼が、大きく見開かれ僅かに呼吸が止まる。
 脳髄に撃ち込まれたその顔、その声に。振り抜かんとしていた切っ先も止まる。
 踏み込まんとした足が己の意思に否を唱え、根を張ったかのように動かない。

「兄さん、その様に危ないものは、仕舞って下さいな。
 実の妹に向ける様なものではなくてよ?」

 ――困った様な笑みを浮かべる、大切なひと。双子の妹、潮。
 ――『変わってしまった』己にも寄り添ってくれた、ただひとりのひと。

 迷いはない――はずだった。
 敵のやり口も意とも、理解していた。
 そてに制服を纏った|潮《いもうと》が、こんな場所に居る筈がない。
 それも|理解《わか》っている。
 偽物だと理解している。
 在り得ないと、分かっている。
 理解っているが……頭がその理解に否を示すのだ。
 故に。一歩だけ、踏み込みが遅れる。

「そう……兄さんは、そうでなくてはいけませんわ」

 破滅した者たちの怨嗟の声が響く中。
 共に戦うロボトロンが、魔法少女が何かを叫んでいるが、耳に入ってこない。
 慈しむ様に優しく微笑む妹が、拳を強く握り込み。圭が踏み込むよりも速く、優雅に間合いに踏み込んだ。

「だから……わたしのために、傷付いてくださる?」

 矢の様に放たれた拳は、圭の胸目掛けて風をも斬り裂かんばかりの勢いで本懐を果たさんとし。

「――その姿で、立つな」

 ――低く、押し殺した声。そして焔を纏った刀身により、受け止められた。
 妹の貌、妹の姿をした手が、焦げる。肉の灼ける嫌なにおいが、辺りに立ち込める。

「兄さん、兄さん? なんて怖いお顔。
 それに熱いですわ、この様に危ない刀……早く退けて下さらない?」

 痛みに泣きそうな顔であろうと。霊刀の刃は頑として動かない。
 脳髄に染み渡る|毒《情報》が、塗り替えられてゆく。
 衝動を向ける事の出来る唯一の相手。抑えていた何かが軋む。

「……思い出しましたよ」

 久しく感じることの無かった怒りが、静かに滲む。
 根を張ったかの如く動かなかった足が、その軛から解き放たれ。
 燃え上がる歩みと共に光る花畑に力強く、一歩を踏み込む。

「……ねえ、わたしを斬るの? 兄さん。
 家族の中で、たった一人だけあなたから離れなかったわたしを、殺すの?」

 ――まだ言うか。ああ、殺すとも。お前は妹ではないのだから。

 潮の姿を奪い、同じ唇で、同じ声で言葉を紡ぐ|怪人《スターチス》。
 これは、斬らねばならぬ。
 妹の声音を穢した者に、相応の報いを与えねばならぬ。
 圭の姿は、纏っていた剣鬼の生き写し……否、その生前の姿へと変じている。

 ――【修羅転召】

 もう迷わない。脳髄を侵す情報毒、剣鬼と化した圭はこれを克服した。
 その手に握るは【神剣・天羽々斬】。強い怒りなど、彼の衝動にのみ呼応して現れる武具である。
 通りの路面のブロックを焼き焦がし、少年は奔る。
 躊躇いを断ち切るように、一直線に。
 振るうのは、偽りごと断つための斬撃。
 受け入れるかの様に、無防備に両腕を広げるソレ。
 お得意の詐術の類であろうが……呼吸も、切っ先も、脚も。もう、止まらない。

「消えろ」
 ――【霊剣術・夢想修羅】

 龍尾より出でた神剣と名を同じくする一刀、一閃が。
 双子の妹を騙る白虎の肉を、防御ごと斬り裂いた。

深見・音夢

 神田すずらん通りを覆う、光り輝くスズランの花畑。
 その上に、深い刀傷より血を溢れさせた|黒髪の少女《誰かの大切なひと》が、まるでスローモーションのように。沈み込む様に、倒れた。
 だくだくと血を溢れさせ、タイルに覆われた路面を赤く染めてゆく様に。
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)も、そのやり口は幾度も目にする機会があったとはいえ……いや、あったからこそ。
 反吐が出そうな思いを込めて、少女……否、貌無しの怪人、スターチス・リモニウムの姿を睨む。

「相変わらず、趣味の悪い事で。ほら、いつまで寝てるつもりっすか」
「あら、寝てるだなんて人聞きの悪い。これも舞台演技の一環ですわ。
 なかなか真に迫っていたでしょう?」

 少女は眼をぱちりと開けると、けろりと起き上がり。
 本来、変身元となっている少女が決してやらない様な動作でスカートに付いた埃を払うと、見知った顔である音夢に向けてぺろりと舌を出してみせた。
 どこまでもヒトの神経を逆撫でする様な仕草であるが、そこで心を掻き乱し、隙を生み出すのがこの怪人の得手である。
 故に。音夢は、次に来る手を何処か頭の片隅で、予想していたのかもしれない。

「そうそう、あなたは自分の素顔にコンプレックスがあったのでしたっけ。
 ――ああ、|ボク《あなた》の『大切なもの』に化けるより、さらに面白いネタを思い付いたっすよ」

 少女の姿から、瞬きの内に貌無しが変じていたのは。
 音夢が誰よりも知り、或いは恐れている姿であった。
 黒い眼に金の瞳。闇色の肌は、いざという時に素早く泳ぐために特化した鮫の肌。
 背鰭と尾鰭にあたる箇所には、灰のワンポイントが異形の肉体。
 それは――

(あー……ボクの、それも擬装を全部解いた素顔っすか……)

 思わず、漆黒のボディスーツに身を覆った怪人は周囲を見回し。
 新米魔法少女の鈴蘭や、ロボトロンのコダマ、そして仲間たちの視線や、その表情を窺ってしまう。

 ――冥深忍衆怪人

 それこそが、音夢の真の姿である。
 普段の若齢の女の姿は『偽装』であり、この異形の姿にコンプレックスを抱く彼女は余程の事がない限りは偽りの姿で過ごしているのだ。
 それは異形の姿を目にした者たちに、恐れられたくないがため。
 折角築き上げた絆を、容姿によって崩されたくないがため。

(知ってる顔もいる中で使ってくる辺り、これだから√マスクド・ヒーローの簒奪者は!)

 そんな乙女の秘密を容赦なく暴き立て、にんまりと嗤って見せているのだから、音夢が内心で動揺しながら毒づきたくなるのも無理のない話であろう。

「ほら、どうしたんだい? |君《僕》も見慣れている姿だろう?
 悪の秘密結社の一員としてこの世界を暗躍した、深見・音夢の真の姿だ。
 はは、とんだお笑い種だよね、怪人が怪人を斃しに来るだなんて。
 ――君は一体、今度は何を企んでいるんだい?」

 そして、己と同じ姿をした怪人は、引っ込み思案な音夢がひた隠しにしてきた秘密をあろう事か誰彼構わずぶちまけてゆく。
 そう、『絆』を攻撃するのがプラグマの戦略である。
 基本に忠実なこの怪人は、この場でも容赦なくその策を実行した。
 さて、味方にも怪人がいるという状況を、新米魔法少女とロボトロンはどう思うだろう。
 怪人に対して強い不信感があるであろう今、分断するには非常に有効な策と言えるかもしれない。

 ――しかし、何も、今。信頼を築き上げてきた仲間たちがいる前で、やる事ないではないか。
 音夢は、仲間たちの顔が見られない。
 自分の表情が今、どうなっているかも、わからない。

「……まぁ元上司の顔がバレてる以上、それを使ってくるのは時間の問題だろうなとは思ってたよ」

 だが、彼女は表情を隠したまま、己の姿に向き直る。
 その肌を目の前の怪人と鏡写し、闇色の鮫肌を持つ鱶の怪人へと変えて。

  ――【|擬装限定解除・夜鮫《オトメノスガオ》】

「おや、開き直りかな? 自棄かな? その姿を大事な大事な仲間たちに見られていいのかい?
 ――怖がられてしまうかもしれないよ?」
「自棄と開き直り込みなのは否定しないけれど、僕もいつまでもその姿から逃げてはいられないからね」

 この姿で鈴蘭とコダマに引かれないかは心配だが、悪因悪果と言えば、それまでなのかもしれない。
 しかし、だからこそ悪因とも向き合う時が来たのだろう。――それに。

「魔法少女なりたての子が、こうして勇気を示してくれたんだ。僕なりに応えようとも!」

 音夢の気勢とともに、2匹の|鱶《フカ》による戦いの幕が切って落とされた。


「あのさぁ。僕たち、怪人なんだよ? わかってる?」
「……わかっています。それが、何か?」

 貌無しの怪人が苛立ちを隠さずに上げた声。それを鈴蘭は涼しい顔で受け流す。
 そして、意識が小さな白い魔法少女に向いた隙を突き、その肩に音夢が喰らい付いた。

「……ッ、この……! |痛《いった》いなぁ、もう!」

 振り払い、薙ぎ払わんとする、鞭の様にしなる尾鰭を。
 音夢は|空を蹴る《・・・・》事で空に跳ね上がり、見事に躱してみせた。
 そう、彼女の身に、鈴蘭の|強化《バフ》は働いている。
 つまり、それは。『絆』を攻撃せんとし、強化の対象から音夢を外さんとした貌無しの策の敗北を意味するに他ならない。

「……信じてくれてありがとう、鈴蘭くん。でも、なんでだい?」

 鈴蘭の傍らに着地した鮫肌の怪人は、思わず少女に問うた。
 黒い眼差しも、異形の姿も、怖がられていないかと恐れながら。
 だが、その恐れの色が混ざった言葉に、花の名を戴く少女は優しく微笑んだ。

「だって、音夢さま。命の恩人であるあなたが、泣きそうな顔をしてらしたんですもの。
 ――本当に後悔していたり、本当に嫌でなければ、あんな表情にはならないだろうなって。
 そして、後は……勘です!」
「勘って、そんな。はは……そうか、僕、そんな顔をしてたのか」

 ふん、と得意げに鼻を鳴らす少女に、音夢は苦笑で応じた。
 そんなあやふやなものを頼りに信頼を示されてよいものか、とも思うが……
 しかし、鈴蘭の眼に恐れの色が無い事は、ネムリブカの怪人にとっては福音でもあった。

「さあ、君の姿で好き勝手なことを言い続けるあいつを、早く黙らせてやろう」
「コダマくん。……ありがとう」

 そして、ロボットアームで力こぶを作る様なジェスチャーを示すロボトロンの姿に、今度は隠すことなく泣き笑いの様な表情を浮かべ。そして。

「じゃあ、そろそろ決めに行こうか!」

 その声と共に、コダマと音夢が、スターチス目掛けて駆け出した。
 面白く無いのは絆を分断する策が不首尾に終わった貌無しである。
 鮫歯をぎりぎりと鳴らす姿は、或いは音夢よりも似合っているかもしれない。

「はいはい、仲良しこよしでよぉござんすね。この短時間で、随分と固い絆を育んだようで……見ていてイラつくよ」

 放たれる吹雪の如き殺気。そして追撃の、虎の顎の如き上下のフィニッシュブロー。
 偽装解除により低下した音夢の防御力を補うのは、その間に割って入ったコダマだ。

「君にも育む事は出来る筈なのに。……それを選ばない君に、僕たちを妬む資格などありはしないんだ!」

 装甲をへこませながらも耐えきったロボトロンの影より、大ぶりな√能力発動後の隙だらけの姿に襲い掛かるのは、音夢の強烈な蹴りである。
 頭部に直撃した蹴撃に、蓄積したダメージからも一瞬意識が飛んだのであろう。スターチスの攻撃の手が、止まった。

(普段なら負担がキツいけど、これだけサポートが手厚くて、エネルギーが貰える今なら……やれるかな)

 その夜色の双眸に、怪人たる己の姿をしかと映す。
 逃げる必要はない。今この時は、向き合う勇気を皆がくれた。
 その喜びを込めて、音夢は叫ぶ。

「沈め!!」
 ――【|擬装限定解除・深夢《シズメフカキニ》】

 深淵に潜む鮫の眼に魅入られ、偽りの鮫は不自然な体勢で動きを止める。
 睨み続ける限り、視界内の対象を麻痺させ続けるこの√能力の前にあっては、如何なる簒奪者も動く事は不可能であろう。
 特急列車の如き速度で飛び込んだコダマのアームが、まるで『|希望《のぞみ》』を乗せたが如き虹色のオーラを纏って光り輝き。

「これが僕の……渾身の一撃だ!!」

 文字通りの鉄拳が怪人の腹に吸い込まれ、幾本もの骨が砕ける音を|木霊《こだま》させ。

「もう一発。……乙女の秘密を勝手に暴いた罪。
 ――今更幾ら詫びを入れても、許さないよ!」

 鋸が如き鋭い歯の並んだ鮫の顎が、偽物の怪人の首元に喰らい付き。
 ぶちり、ぶちりと音を立てて、噛み千切ったのであった。

プラチナ・ポーラスタ

(――アバラは何本逝った? 頸の出血は……ほぼほぼ致命傷か)

 EDENの√能力者の姿に変身した【無貌】スターチス・リモニウムにも、流石に限界が訪れつつあった。
 『宿敵』として悪縁を紡ぎ続け、成長限界を上げてきた彼女であるが、これ程までの猛攻を受ければ死が見えてくる。
 とはいえ、それすらもこの貌無しの怪人にとっては織り込み済みではあるし……この場にいる限り、その貌という情報を用いた毒の効力は発揮され続けるのである。
 そして、この物語を締め括る最後の攻防に入るにあたり、スターチスはにんまりと目を細めた。
 あれだけ堅固な諜報対策を行っていた少女が、一時の怒りにその魔力での守りに綻びを見せたのだから。

(ああ、いいね、すっごくいい。怒りで乱れを見せるなんて、可愛らしい若人だこと!
 ――生きてれば、御馳走は巡ってくるものだもの! やっぱり、人生って素晴らしいね!)

 最後に現れた√能力者……プラチナ・ポーラスタ(『|正義《ジャスティス》』の|魔法少女《タロット・シスターズ》・h01135)……いいや、魔法少女シスター・ジャスティスの『大切な|存在《もの》』を盗み見た怪人は、その甘美さに舌なめずりし。
 最後の力を振り絞って、身を起こし。
 その名の通りのスズラン畑となった、すずらん通りに立つのであった。


「……そんな……なん、で……?」

 凛剣を手に無貌に止めを刺さんと迫ったシスター・ジャスティスの脚が、不意に止まる。
 己が前に立つ血濡れの姿を目の当たりにし。常に勝気で不敵な笑みを浮かべていた彼女の表情は、跡形もなく消え失せていた。
 いや、それどころではない。血の気までも失い、青褪めるに至っている。

「あっは! それだけ厳重に守ってたってことは、急所である事は明白だよねぇ!
 そんなに大事だった? この子の死に顔。そんなに大事ならさー。
 ――なぁんで、自分で殺しちゃったのかなっ? ふっしぎー!」

 その言葉と共に突き付けられた親友の|死に顔《デスマスク》に、死を厭うプラチナは、ひっと息を呑む。

「――いいね、その表情! それそれ、そーゆーのが見たかったんだ!
 んー、サイッコー! 額縁に入れて飾りたいくらいに、たまんないっ!」

 瞬きの間に剣虎の如き異形の姿に化けた貌無しの牙を、|細剣《レイピア》で捌き切る事も出来ず。
 早鐘の如き動悸を抑える事も出来ぬ今、重みのある連撃を前に、菫色を基調にした華やかな魔法少女の装束は引き裂かれ、血が滲み。
 遂にはへたり込むように、膝を突いてしまう。
 レイピアを杖に、小鹿の様に振るえる膝を叱咤しながら立ち上がろうとした、その矢先。

「飾る、でいいこと思い付いた! ちょぉっと新しい趣向に挑戦させてくれない?
 ――その首だけ持ち帰って、飾ってみようかなーって!」
「……あ……」

 剣の如き鋭い切っ先を持つ猛獣の牙が、己の首を刈り取らんと迫るのを。
 折れかけた魔法少女は、見た。


 ――プラチナはかつて、魔法少女として別の名前を掲げて活動していた。
 信頼できる仲間たちとともに、持ち前の正義感を胸に様々な悪を倒し、事件を解決してきた。
 だが、その物語が『チームの崩壊』という最悪のカタチで終わりを迎えた事は、先に語った通りである。
 ならば、秘密主義の彼女の物語を、もう少しだけ明かすとしよう。

 ――チームの崩壊の原因、その切っ掛けは数え切れぬ。
 プラグマに楯突いたことがそもそもであると言えば、そうであろう。
 中でも崩壊が決定的となったのは、洗脳されて闇に堕ちた仲間との同士討ちであった。
 『絆』を攻撃するプラグマの策としては王道且つ、最高の威力を発揮した事であろう。
 魔法少女たちはクローバーの魔法少女を助ける糸口を死の間際まで探し続け、そして希望を絶たれて散っていったであろうから。
 そして、プラチナ……魔法少女『プラチナ・ハート』は、最後の手段を取らざるを得なかった。
 『倒せばもとに戻る』と、四つ葉らしい幸福な結末へと向かう一縷の望みに懸けたかったのかもしれない。

 ――だが、希望など。初めから用意されてはいなかった。

 冷たい骸と成った仲間たち、そして親友。
 彼女たちの亡骸を前に、プラチナ・ハートは希望を失い。
 魔法少女として戦う力をも喪ったのであった。
 
 ――それこそが貌無しが読み取り語った、プラチナが辿った絶望の物語である。


「シスター・ジャスティスさまーッ!!」
「――……はっ!?」

 後輩の新米魔法少女の必死の叫びが、忘我の境にいたベテラン魔法少女の心を現実へと引き戻す。
 大口を開けて迫る剣虎の大口に向け、素早く引き抜いた武骨な霊銃が火を噴いた。

「わぷっ!? ちょ、それはあんまり美味しくないんですけどー!?」

 精神力に呼応して魔弾に変換するという性質上、今のメンタルでは牽制程度の威力にしかなり得ない。
 しかし無防備な口内に魔弾を叩き込まれては、流石の簒奪者も思わずがちりと顎を閉じて間合いを取った。
 この隙に、正義の魔法少女は目を閉じ、息を整える。

(――なんで私はあの日、また武器を取ったのかしら)

 胸に抱くは、文化祭の日に再び燃え上がった熱き心。
 惨劇を経て希望を喪っても、決して捨て去る事の出来なかった正義の焔。

「そう、それは二度と失わない為!」

 再び魔法少女シスター・ジャスティスとして覚醒した日の想いを胸に、正義の魔法少女は優美な装飾が施されたレイピアを杖に立ち上がる。
 血濡れの身体ではあるが、光り輝くスズランの花園を両足でしっかりと踏み締め、堂々と。
 そして、傷付いた体を足元のスズランから溢れ出した輝きが包み込み、その傷を、斬り裂かれた魔法少女の衣装を修復していく。

(ふふ、鈴蘭には感謝ね。
 じゃあ……情けないところも見せてしまった分、挽回していきましょうか!)

 心も、覚悟も決まった。ならば後は魔法少女の何たるかを真面目に学び続ける後輩に、最高に格好いい背中を見せるのみだ。

「可愛い、かっこいい、絶対強い!
 ――魔法少女シスター・ジャスティス! 決めるわよ!」

 名乗りとともに握り締めるは、今の彼女には小さすぎる|白金《プラチナ》の指輪。
 痛ましい終わりを迎えてもなお輝きを喪わぬ『秘想』、|幼き日《プラチナハート》の残滓。

「|『正義』の魔法少女《シスター・ジャスティス》×|白金のハート《プラチナ・ハート》!」

 ふたつの変身媒体を用いて発露するは、|現在《正義》と|過去《愛》を重ね合わせた|奇跡の覚醒《√能力》。
 否、奇跡に非ず。魔法少女化現象が起きる場所なら覚醒は必然。
 凛々しい紫を基調とした装束の所々に追加されたのは、愛らしい白金のハート型装具の数々だ。

 ――【|【白醒】白金の正義《デュアルマギカ・フェーズワン》】

 新たなる力の兆しとなる、魔法少女ジャスティス・シスターの新たなる|形態《フォーム》である。

「それがどうしたのかな? 姿かたちが変わっただけ、心は脆くもそのまんま!
 ――ね、プラチナ・ハート?」

 漆黒の怨嗟の声が渦巻く世界の中で、クローバーの魔法少女が迫る。
 自我も記憶も欠落していない、在りし日の笑顔のままで。
 ――だが、正義の魔法少女は挫けない。

「他人の貌を借りる、自己希薄な怪人に負けるもんですか」

 必ず当たるならば、受け流してしまえばよい。
 魔法少女はハート型の意匠が新たに追加された紫のマントを翻し。
 同じく新たなる装飾が追加され、更に後輩魔法少女の祈りの力も乗せた凛剣が、白金の奇跡を描いて怨嗟の暗黒ごと幸運の魔法少女を斬裂いてゆく。

「まだ……生きてる限りは終わっていません……!
 ――もう少し、あと少し、遊びましょう……!」

 淑やかに見せようとする声音にも、演技にも、最早翳りが見える。
 それでもシスター・ジャスティスの|忘れ得ぬ記憶《トラウマ》を抉らんとする貌無し。
 その姿を正義の魔法少女の視界から遮る様に立ちはだかったのは、『夢の超特急』の如き姿をしたコダマである。

「……ッ、邪魔!! こンの……ブリキ人形がぁ!!」
「あまり、子どもの夢や|希望《のぞみ》によろしくないモノを見せ続ける訳には、いかないんだ」 

 障害物を砕いて退かさんと振るわれた拳。
 これを夢の色を宿したかのような、七色の光を宿した拳がかち上げ、強襲の当身を喰らわせ。
 もんどりを打って倒れた貌無しの姿に、ぴたりと霊銃の照星が重ねられた。

「――やめて……お願い、撃たないで……。
 二度も……わたしを殺さないで……」

 あの日と同じ顔で、|親友《クローバー》は懇願する。
 撃ったところで、疵を遺してやる、死に顔を晒してやるという執念もあるだろう。
 しかし。今のプラチナは、ついぞ彼女を救う力を持ち得なかったプラチナ・ハートではなく、シスター・ジャスティスなのだ。

「幾ら貪っても|飢《かつ》えて満たされぬ欲をこそ、私は憐れむわ。
 憎しみにも、悲しみにも囚われない。あなたの思い通りの殺しなどしてあげない。
 ――裁きの光よ、慈悲をもって悪しきを正せ!」
 ――【|【聖弾】エレメンタルバレット『聖光浄化弾』《ジャスティス・ピュアライズ》】

 躊躇わずに引かれた銃爪とともに、銃口より溢れ出すのは強制浄化の力が込められた光の柱。

 ――ごぉうっ!!!!

 スズランの花弁を、北の丸より迷い込んだ桜の花弁を巻き上げ、突風の如く迫る光芒を前に。

「うわぁ、どーにもこーにも。……参ったねぇ。
 ――ま、収穫はあったし、大人しく退場してあげましょ。悔しくなんか、ないんだからねー、だ!」

 変身を強制解除された悪虎は、諦観と負け惜しみの呟きを遺して為す術なく光の奔流に呑み込まれ、浄化され。
 花散らしの風が吹き抜けた神田の古書街すずらん通りから、|花浜匙《スターチス》の名を持つ悪花は、跡形もなく消滅したのであった。


「終わったの……ですね……」

 満月の下、すずらん通りを覆っていたスズランの花畑は跡形もなく消えていた。
 緊張状態から解放された小さな魔法少女は思わずその場にへたり込みそうになるが。
 その小さな体に、プラチナが肩を貸してやる。

「ほら、しゃきっとなさい。あなたは『希望』から花開いた魔法少女。
 みっともない姿を見せるのは、このシスター・ジャスティスが許さないわ」

 後輩に魔法少女の在り方を滾々と説く先輩魔法少女は、少しばかり説教臭いが。
 いつもの勝気な笑みの中に、後輩を想う優しい色が見え隠れしていた。

「お陰で、僕も使命を果たす事が出来たよ。……みんな、本当にありがとう」

 そしてコダマも、丸っこいボディを傾けて、皆に謝意を示していた。
 √能力者ではないロボトロンであるが、彼の守備による活躍も決して無視できない。

「僕は神田の旧鉄博……いや、旧万世橋駅の地下って言った方がわかり易いかな?そこにいるから、気軽に遊びにおいで。
 そして、困ったら僕の名前を呼んでほしい。必ず超特急で駆け付けるから」

 滑らかなボディを√能力者たちに撫でまわされ、もみくちゃにされながら、コダマは照れくさそうに告げた。
 きっとこれからも魔法少女として事件に挑むであろう鈴蘭や、このエリアで新たに魔法少女現象が発生した時に、重要な戦力となってくれることだろう。

「さて……それじゃあ、これ以上の長居は無用ね。あと……最後にもうひとつ。
 私たちの正体は秘密。……魔法少女の鉄則よ」

 此度の敵の様に、『大切な存在』を盾にする存在が蔓延るのが、この√マスクド・ヒーロー。
 この世界を生き抜くために最も必要な事を教えられ、鈴蘭は背筋を伸ばして頷いた。

「また……また、会えますか……?」
「ええ、お互い、希望を胸に生きていれば。……がんばりなさい」
「……はいっ! それまでに……何か、素敵な名前を考えておきます!」

 ふ、とシスター・ジャスティスは柔らかな笑みを浮かべ。
 変身を解かぬまま、神田の夜空に消え。
 戦いを終えた√能力者たちも純白の新米魔法少女に別れを告げ、各々帰路に就く。
 そんな、小さな花を守り抜いた彼らの背中を。
 スズラン型の街灯が、いつまでも優しく照らしていた。

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