ランチタイムが戦場
●とある学生の呟き
学食が、美味いんだこれが。
さほど名門でもお金持ち御用達でもない……ついでに言えば進学率も部活動でも特筆すべきところのない我が校だが、学食だけはやたらと美味い。
日替わりのランチは定食系のA、丼か麺のB。唐揚げは一口噛めば肉汁があふれるし、肉野菜炒めはもやしもキャベツもシャキシャキしていて、家で食べるものとはまったく違う。かつ丼や親子丼の出汁の美味さは……なんなんだろうな、あの秘訣?
実は日替わり以外も美味い。メニューには書いてないんだが、頼めばチャーハンも作ってくれる。具材や味付けはその日のランチメニュー次第だから、その日だけの楽しみだな。
それが激安で食べられるってんだから……数えたわけじゃないが、弁当の率、すごく低いと思うね、我が校は。そんな感じだから、広いんだ、学食。建物はボロくて薄暗いくせに学生や先生がギッシリだから、隠れた名店感さえあるね。
もうさ、学校が嫌でも学食食べたいから来ちゃう……みたいな生徒、いるんじゃないかな?
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「√ウォーゾーンの軍団が、攻め寄せてくる」
綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)は卓に両手をつき、整った眉を歪めた。
「敵の戦闘機械群にはシュタインズ・メイドとバトラクスが確認されている。指揮しているのはドクトル・ランページだ」
画面に、周辺の地図と敵の情報が提示された。アンジェリカは地図に指を這わせながら、一同を見渡す。
「敵は小高い丘の上から姿を見せ、進撃してくる。そのため住宅の被害はないだろうが……まずいことに、その麓に高校がある。
戦闘機械どもにしてみれば、学生たちはちょうどよい『生きのいい生体パーツ』ということだろう」
アンジェリカは柳眉を逆立てて、拳で卓を打った。
敵の襲撃は昼前ごろで、平日ということもあり学生は多い。
「敵の進路からすると、校舎は町の側になっていて少し遠い。手前にあるのは……食堂のようだな。ここなら、襲撃の時間には料理人以外いないだろう。建物の被害以外は防げそうだ。
無論、建物も含めて被害が少ないに越したことはないが……不幸中の幸いだ」
安堵の息を漏らすアンジェリカ。しかし「事情」を知る者ならば、
「学食が破壊されるなんて、とんでもない!」
と、叫んだであろう。実際、何人か叫んだ。
目を丸くしたアンジェリカは「そ、そうだな」とたじろぎつつ、
「その心意気、頼もしいぞ! その通り、これは戦闘機械どもから前途ある若者たちを守る、崇高な戦いなのだ!」
と、(たぶん事情が分からないまま)胸を張って腕を振る。
「さぁ諸君、栄光ある戦いを始めようではないか!」
第1章 集団戦 『シュタインズ・メイド』

「学食って、すごいよね。自分で好きなものを選べるって」
そう言ったのは、澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)である。
「給食と違って苦手なものが出てくることもないし……前、1回だけ出てきたエビチリ、ちょっと辛かったな……」
「辛いのは苦手か?」
ジェイ・ハントフォード(狼獣人の鉄拳格闘者エアガイツ・h04514)が笑う。小学校の給食に出てくるメニューなど、たいして辛くはなかろうに。
「とにかく、それどころじゃない。来るぞ!」
学校の内外とを隔てる塀の上に立って、ジェイは声を張り上げた。
その言葉通り、丘の上からシュタインズ・メイドどもがスカートの裾をつまみ、駆けてくる。その後方で土埃を激しく立てているのは、バトラクスどもであろう。
「流石は、戦闘機械群。この私を差し置いて、メイドを名乗る部隊を尖兵にしているとは……片腹痛い。いえ、遺憾ですね」
と、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の万能神官冥土秘書スーパーエリートメイド・h04368)もメイド服のスカートを押さえて塀の上に飛び上がる。
「ここは、私怨で排除させていただこうかと思います。
そう、私はスーパーエリートメイドです!」
レアは霊薬を装填した『シリンジシューター』を手に、敵群を迎え撃った。
「話を聞くに、パーツ目的で攻めて来てるだけか?
よし、一肌脱いでやるぜ!」
犬歯を剥き出しにして笑ったジェイも塀を蹴って校外へと飛び出し、敵群へと躍りかかる。
「って、考えてる暇じゃなかった!」
澪も慌てて魔剣『オブリビオン』を手に変身し、銀髪をなびかせながら跳躍して塀を乗り越えた。
「メイドさん……?
うー、なんでメイドさんなのかはわからないけど、この学校の先輩たちに、お腹が空いたまま午後の授業を受けさせることにはさせないッ!」
「メシがどれほど大事かなんざ、機械にはわからないのかもな」
ジェイは拳を握りしめ、間合いを詰める。
「ようこそ、私どものメイド喫茶へ」
なんということか、敵は丘と学校とを隔てるわずかな平地にメイド喫茶を建築していた。シュタインズ・メイドどもは左右に散って整列するように、√能力者たちを迎え撃つ。
しかし、
「こんな場所でまで、メイドの真似事などするものではありませんよ!」
『シリンジシューター』から放たれた弾丸が、メイドの頭部に命中した。
レアは次弾を装填しつつ、
「メイド喫茶など……もはやメイドの本分を忘れているようなもの。営業も不許可です!」
と、看板を撃ち抜く。
「お戯れを、奥様……!」
頭を撃たれたメイドだが、そこから機械部品を覗かせつつも起き上がり、襲いかかってきた。
「しつこいやつだな!」
ジェイの蹴りが側頭部に命中し、メイドは首を不自然に捻じ曲げて倒れた。今度こそ動かなくなる。
「退店していただきましょう!」
左右からメイドどもが飛びかかってくるが、
「機械だろうがなんだろうが、全力でぶん殴れば壊せるだろ!」
ジェイの右目が激しく燃え上がる。全身の【竜漿】が、そこに集中していた。
左右から襲いかかるメイドどもだが、そのタイミングはわずかに、本当にわずかにずれている。
ジェイは大きく左の拳を回し、まずは裏拳で1体の顎を打つ。鍛え上げられた鉄拳は、彼の言う通りに戦闘機械の顎を粉々に打ち砕いた。そして右手の『バトルガントレット』を、もう1体の腹に突きこむ。
油断ならない相手だ。敵は互いに伝言を送りあったのであろう。敵は澪を囲って襲いかからんとしたが、
「魔剣執行。因果を断て、忘却の魔剣『オブリビオン』!」
澪の踏み込む速さは、敵の予想を遥かに上回っていた。大上段に構えたところから振り下ろされた魔剣は、メイドの頭蓋を叩き割ったのみならず、その全身を左右に断ち斬った。
機械油にまみれた刃を拭う間もなく、澪はさらなる敵に立ち向かう。
「さて。敵の指揮官を叩いたほうが、後々の脅威としては少なくなりかと思われますが……」
レアのメスが閃くと、メイドの繰り出した拳が、腕が、見事に切り裂かれて地に落ちる。
「……まだ、メイドの何たるかを思い知らせる必要があるようですね」
シュタインズ・メイドの放った【近未来ウォーゾーン化ビーム】は、その同胞が手にしていた果物ナイフに恐るべき技術革新を与えた。
投じられた元・果物ナイフは凄まじい勢いで……しかし√能力者には命中せず、学校の塀を突き破り食堂の壁に突き立つ。
「ッ!」
息を呑んだ茶治・レモン(魔女代行・h00071)であったが、ナイフは柄まで壁に突き立ってはいるものの(それだけでも十分に異常だが)、貫通まではしていない。ほんの少し、壁を修繕すれば事足りる。
表情にはまったく表れないものの、きちんと感情の機微はある。レモンはホッと、胸を撫で下ろした。
「食堂は危険物厳禁、もちろん敵も厳禁です!」
レモンは白いケースからアーミーナイフ『玉手』を抜き、
「つま先でも入れてやるつもりはありませんよ!」
と、敵群に立ち向かった。
「妾、学生生活には憧れがあるのよね……」
傍らのアヤメイリス・エアレーザー(未完成の救世主・h00228)が突然、そんなことを言いだした。
「研究の被験者だったり冒険者だったり、いろいろやっていたし……」
穏やかな学生生活とは、無縁の人生であった。
それを言わせたのは、食堂から漂ってくる芳香のせいだったかもしれない。甘辛い匂いに交じっているのは……八角の香りだろうか。今日のAランチは中華に違いない。調理の人々は仕込みの途中であったが、すでに避難しているはずである。
「学食は、好きです」
レモンは香りに惹かれるように、目を閉じた。
「ちょっと具の少ないカレーだって、乾麺のうどんだって、チンされたお肉だって……なんやかんやで美味しかった気がします」
「やめてよ、食べたくなるじゃない」
「まぁ、ここのは……なんだか本格的な感じですね、僕の通ってた学校と違って。ぜひ、食べてみたいです!」
はたして、Bランチはなんだろうか……?
「何食べるか、戦闘終了までに考えます!」
「そうね。それは兎も角として……」
アヤメイリスは襲い来る敵群を睥睨し、
「……我が弾丸は救世の御業。機械化と機械群による進化の可能性」
アヤメイリスが放った弾丸はメイドには命中せず、アスファルトを穿っただけであった。しかしそこからは無数の戦闘機械群が出現し、さらに増殖していく。
「其れを最適化し、人の生きる真たる正しき前進を世界に魅せよう……虚空座標捕捉、時空跳躍砲撃開始!」
戦闘機械群の腕が薙ぎ払われ、メイドどもが吹き飛ばされる。
それでもなお起き上がったメイドの腕が、斬り飛ばされた。
「失礼、育ちが悪いもので」
レモンのナイフが煌めいたのである。
「僕からのサービスです。部位破壊でも切断でも、どうぞ遠慮なく、たんと召し上がれ。おかわりだっていいですよ? たくさんたくさん、斬ってさしあげますね」
「く……!」
跳び下がろうとしたメイドを、アヤメイリスが支配下においた戦闘機械が踏み潰した。
「これ以上、少しでも食堂に損壊は与えないわ」
戦闘機械群が猛威をふるい敵を蹴散らす中を、アヤメイリスはスカートを、制服のようなデザインのそれを翻しながら駆け抜けていく。
「……美味しい学食、羨ましいな」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は鼻をひくつかせながら呟いた。
なにしろ苦境にあった√ウォーゾーンでは、お世辞にも……。
「未来ある若者たちも食堂も、守らないとね」
彼自身、前途ある若者であるが。誰かを救うための戦いを当たり前と受け止めるクラウスは、遮蔽物となるはずの塀から身を躍らせて敵群を目指した。被害は、少しでも少なくしたい。
すでに仲間たちによって粗方は片付けられているが、命じられた目標を達するために退くことを知らぬメイドどもは、全身を自らが流す機械油で汚しながらも襲いかかってくる。
『レイン砲台』から、レーザーが放たれる。それが敵陣を貫くのを見届けもせず、クラウスは間合いを詰めた。
「一気に行くよ!」
迎え撃ってくるメイドの側頭部を狙って、拳を打ち込む。敵はとっさに腕を上げて防いだもののよろめき、その隙をついて形も何もない喧嘩殺法の前蹴りを叩き込んだ。
「ご主人様の命を果たさないことには……!」
敵は戦況がここまで不利となっても怯まず、むしろ決死の覚悟で突進してくる。さすがのクラウスもその猛攻は裁きかねた。刃がクラウスの腕を浅く切り裂く。
「おっと!」
敵が繰り出した果物ナイフはビームの刃を持ち、とっさに首をすくめたクラウスの頭上を通り抜ける。
その手首を打つと、敵は得物を取り落とした。というより、手首から先を破壊された。
しかし敵は一斉に飛びかからんと体勢を低くして……。
だが、そのとき。
「……参ったな、出遅れてしまった」
敵を背後から打ったのは、周防・春風(周防の放蕩娘・h01348)であった。
「皆、早いよ」
苦笑する春風。彼女は敵の背後、丘の陰から攻勢に出たのである。
「でも、なかなか面白いところに出られたっぽい?」
慌てて振り返るメイドをまた1体、鞘に納めたままの探偵刀『古畑清光』で打つ。
「食事時の訪問は、極力避けたほうがいいよ。
なにせ、口の中のものを飲み込んだり応対を考えたりと、何かと手間がかかるからさ。
不意の訪問をするなら……」
「くッ!」
振り回されたメイドの腕を、春風は身をかがめて避ける。
「相手の作戦直前、機先を制することができれば最高だったんだけど」
√能力者たちの素早い迎撃に先陣を切ることは叶わなかったが、それでも思いもよらぬ方向からの攻撃は、玉砕覚悟の敵の勢いを削いだ。
「学食……ひいては学校側に向くはずの攻撃を集められたなら、切り込んだ甲斐もあるってものさ」
「あぁ、十分に助かったよ!」
帽子を押さえて跳び下がり、敵の振るう刃から避ける春風。クラウスも反撃に転ずる。
近くの敵を蹴散らしたレモンとアヤメイリスも加勢した。
「死にそうってなったら、スタコラサッサするつもりだったけどね」
体勢を低くし、地を踏みしめる春風。
最後の1体となったシュタインズ・メイドはすでに片腕を失い、脇腹にも大穴が空いている。そこからはおびただしい機械油が流れ出て、火花も撒き散らしていた。
それでも、敵は無表情のままに手を伸ばし、春風を絞め殺さんと襲いかかってくる。
「とどめは、もらっちゃおうか」
鞘のまま繰り出した突きは敵の喉元に吸い込まれ、シュタインズ・メイドは首を大きく後ろにそらしたまま崩れ落ちた。
第2章 ボス戦 『『ドクトル・ランページ』』

「シュタインズ・メイドが……?」
作戦が開始されてからかなりの時間が過ぎた。それにも関わらずシュタインズ・メイドたちからは、はかばかしい報告はない。それどころか、連絡さえ途絶えた。
『ドクトル・ランページ』が言葉を失ったのも当然である。
麾下にある戦闘機械を押し出そうとしたドクトル・ランページであったが、急に後ろに跳び下がった。先程まで立っていたところに、2発の銃弾が爆ぜる。
「さすが、勘がいいわね」
バトラクスどもの群れを避け、敵陣に乗り込んできたアヤメイリス・エアレーザー(未完成の救世主・h00228)が姿を見せる。
「こいつがドクトル・ランページか。さっきのメイドもそうだが、ヒトに近い外見なんだな」
同じく姿を見せたジェイ・ハントフォード(狼獣人の鉄拳格闘者エアガイツ・h04514)が、首をひねった。
「もっとも、外見で油断はしないぜ。指揮官ってからには当然、強いんだろ?」
「だろうね。けれど……」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は『電磁ブレード』を抜く。
「退いてもらおうか。未来ある若者のために」
……あと、美味しいご飯のために!
地を踏みしめ、一気に飛び込むクラウス。全身を駆け巡る電流は、彼の踏み込みをいっそう鋭くさせた。
「認めねばならぬ。お前たちの強さを。しかしそれ故に、ここでお前たちを倒そう!」
ドクトル・ランページも負けじと迎え撃ち、長大な尾がしなってクラウスに襲いかかった。
鞭のような一撃を、クラウスはとっさに右に跳んで避けた。剣とは逆の手に構えた斧を、地面を深々と抉った尾に叩きつける。火花が散り、強固な装甲に覆われた尾に斧が食い込む。
「そこだッ!」
紫電一閃、クラウスは破砕された装甲の隙間をめがけて『電磁ブレード』を叩きつけた。
「くッ……貴様ッ!」
ドクトル・ランページが再び尾を振るう。しかしクラウスの一撃によって尾は半ば機能を失ったか、その動きは幾分鈍い。
クラウスはとっさにバリアを張って直撃を防いだ。それでも身体は吹き飛ばされて地に転がる。
「しっかりしろ!」
ジェイが叫ぶ。慎重に様子をうかがっていたおかげか、彼は振るわれた長い尾を見切って、すんでのところで避けていた。
クラウスも傷は深くないらしく、すぐに立ち上がる。
「敵の指揮官と戦うんだから、これくらいは想定済み。
それよりも、今を生きる人たち……と、美味しいご飯を守るためなら、いくらでも頑張れるよ」
「そうだな。√ウォーゾーンの奴らは特に飯にも困ってると聞く。
こいつを倒すことで、少しでも支援になるといいが!」
やはり、尾を傷つけられたせいでバランスを少し失ったのか。ドクトル・ランページがふらついたところに、ジェイは切り込んだ。
アヤメイリスもまた、銃口を敵指揮官に突きつけた。
「我が弾丸は救世の御業。怪異とは理不尽にして可能性の坩堝……!」
とはいえ、敵も指揮官というだけのことはある。自身の損傷をすぐさま把握して体勢を立て直し、
「私たちは、より強くならねばならぬ!」
ドクトル・ランページを守る装甲が開き、そこから無数の砲口が姿を見せた。それは眩い光を湛えており、
「喰らうがいい、『マテリアル・キラー』を!」
物質破壊光線が放たれた。アヤメイリスもジェイも、その光圧に思わずたじろぐ。よろめいたところにドクトル・ランページは飛び込んできて、アヤメイリスの腹に拳を叩き込み、そしてジェイの側頭部に回し蹴りを放った。
「あッ!」
「ぐッ!」
体をくの字に曲げるアヤメイリス。そして、かろうじて腕で防いだものの、衝撃までは殺しきれずによろめくジェイ。
「とどめだ」
敵はなおも襲いかかってこようとしたが、
「……光線の効果、お前自身にも及ぶんだよな?」
頭を振って目眩に耐え、ジェイが跳ぶ。
「【弐の型『朧月』】。喰らえッ!」
叩きつけた『バトルガントレット』が、見た目は人間とまったく変わらぬ敵の腹に食い込んだ。皮膚が避け、機械が除く。
「ぐ、う……!」
「『意志無き物を壊してはならない』、それが妾が呼び出す怪異の『ルール』よ」
荒い息を吐きながら、アヤメイリスが属性の弾丸を放つ。
「√汎神解剖機関の属性を持つ魔弾で呼び出した怪異は、もっと無茶苦茶なルールを強制できる。
だけど、これならどうかしら?」
弾丸は狙いを過たず敵の腹へと吸い込まれた。そして、そこからはおびただしい怪異が溢れ出る。
アヤメイリスの言う「意志無き物」を「壊して」しまったドクトル・ランページ。怪異は理不尽なルールをもとにして理不尽に怒り狂い、敵へと襲いかかる。
「怪異はその破壊を、そちらに『転写』するでしょうね!」
怪異に呑まれたドクトル・ランページは大きく吹き飛ばされ、大樹の幹にその背を打ち付けた。
「……やはり、我々はまだ多くを学ばねばならない」
『ドクトル・ランページ』は、表情ひとつ変えず……果たしてその機能が備わっているのか定かではないが……立ち上がった。
「あのね」
澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)が、頬を膨らませて敵を見据える。
「ここはね、学校なの。あなたが完全機械になるために色々なことを学んでいるみたいに、皆が将来のために勉強するところ」
「ふむ?」
「自分勝手な理由のために、皆を踏みにじるのは許さないからッ!」
忘却の魔剣『オブリビオン』融合体であり執行者たる澪は、それを手にドクトル・ランページへと挑みかかる。
「より強い者が進化の先に進む。それは淘汰というもの」
戦闘機械は澪の言葉を意にも介さず、長大な尾を叩きつけてきた。
その衝撃の凄まじさ。なんとか魔剣で受け止めはしたが、腕が痺れて取り落としそうになる。
「うー、やっぱり隙が少ない」
力を込めて剣を握り直し、
「けど、なんとか近づかなきゃ……!」
と、澪は懸命に隙を窺う。
「残った敵はバトラクスとドクトル……いや、半端に迷うよりは、即決で頭を叩くが吉か! 待ってな、ドクトル!」
「左様ですね。私もそう思います。指揮官を生かして返すのは、後々に厄介を招きかねません」
周防・春風(周防の放蕩娘・h01348)とレア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の万能神官冥土秘書スーパーエリートメイド・h04368)が木々の間から飛び出してきたのは、その時であった。
「お、澪ちゃん!」
「申し訳ありません、澪様。お待たせいたしました」
「春風ちゃん! レアさん!」
「……増援がいたのか」
しばし考え込むような仕草をしたドクトル・ランページ。しかし演算を重ねようと撤退という選択肢はなく、再び長大な尾を振り回す。
「なるほど。この尾の動き、かなりの攻撃範囲をカバーできそうですね」
メイド服のスカートを翻し、跳び下がって避けたレア。顎に細い指を当てて、
「ならば、下手に固まってまとめて薙ぎ払われないよう、立ち回りには注意しておいたほうがよさそうです」
と、頷いた。
「そうだね!」
レアと春風は、澪を中心として左右に散らばる。
「さぁさぁ暫く、暫く……貴殿の罪を数えられる間に!」
春風の顔を、髑髏面が覆う。気づけばいつしか、その身体も青年のそれへと変じていた。その手には脇差『未出水(いまのいずみ)』が握られている。愛刀の『古畑清光』は鞘のまま、春風は脇差しで斬り掛かった。
敵は腕を振り上げて応戦し、斬りかかる刃を腕で弾く。戦闘機械だからこそできる技である。
「逃げられない……それとも逃げるつもりもない……?」
激しく打ち合いながら、春風は敵指揮官を窺う。それなら、好都合というものだ。
尾が振るわれると、澪と春風は大きく跳び下がった。
レアはなおも尾を蠢かせる指揮官を見据え、
「その爬虫類を模した尾……厄介ですね。ならば、こちらも爬虫類で対抗させていただきます」
レアの身体を、太古の蛇神『八俣遠呂智』が覆っていく。地を蹴ったレアの速度はそれまでに数倍し、矢のごとくに敵を狙う。
「させるものか!」
ドクトル・ランページは、そうはさせじと尾を持ちあげる。
が、それは虚。
「あいにくと。私の狙いはそちらではございません」
レアは叩きつけられる尾を予期しており、それを容易く避けた。そして虚しく地を穿った尾に向けて、手刀を振り上げる。
これが、実。
「8つの首と尾からは逃れられませんよ?」
敵は再び尾を振り上げんとしたが、振り下ろされた手刀が、それを粉砕して断ち切った。これぞ『閃腕・八俣遠呂智』。
断ち切られた尾と敵指揮官の身体から、バチバチと火花が散る。
「う、おお……!」
突如として大重量を失ったドクトル・ランページはバランスを崩し、よろめく。
「致命打……とはいきませんか。さすがに、なかなかしぶとい」
レアが嘆息する。
「でも、あと一息!」
仲間の作った隙に、澪が飛び込む。春風も続く。
「今だッ……!」
澪の魔剣が煌めき、敵の肩口に食い込んだ。
「……はッ?」
ドクトル・ランページが我に返る。肩口に刃を受けて、それから……?
「あなたは忘れているだろうけど……これで、300!」
「あああッ!」
記憶を失っている間に全身に穿たれた傷が、一斉に機械油を噴出させた。
「まだ、倒れるわけには……!」
物質崩壊光線が辺りを包む。敵の拳を受けた春風はその痛みに顔をしかめつつも、
「でも、逆に考えれば……うちらと、条件は同じはず!」
繰り出された脇差しを、敵は手のひらを貫かれつつも食い止めた。しかし本命は、『古畑清光』にある。鞘のまま叩きつけた一撃が、敵指揮官の首をへし折った。
第3章 日常 『学食天国』

●ラーメン唐揚げ親子丼、物足りないからチャーハンも!
「どうにか被害を出さずに済んだか。皆が無事で、なによりだぜ」
ジェイ・ハントフォード(狼獣人の鉄拳格闘者エアガイツ・h04514)が安堵の声を漏らす。
√能力者たちが危険を顧みず迎撃に向かったおかげで、学食を始めとして施設に目立った被害はない。現場の検証もすぐに終わり、避難していた調理師や生徒たちも戻ってきた。午後からは通常通り授業を行う予定である。
「……流石に戦って、腹減ったな。メシ、食わせてもらうか」
「そうね。妾もお腹空いたわ」
アヤメイリス・エアレーザー(未完成の救世主・h00228)は、食堂に足を踏み入れた途端に漂ってくる香りに、
「いい香りね」
と、目を細めた。
「こりゃ、期待できそうだ。食わせてもらっていいかい?」
「どうぞどうぞ! おかげで仕込んだ料理、無駄にせずにすんだわよ!」
笑顔を向けてくる、調理のおばちゃんたち。
ふたりは真剣な眼差しでメニューを凝視していたが、
「Aランチは豚の甘辛煮、Bランチは親子丼か……どっちも捨てがたいが、やっぱりラーメンが食いたいな。
大盛りで頼むぜ!」
「はいよ! お兄さん、身体大きいんだ。いっぱい食べて!」
「では妾は、親子丼……少し物足りないわね。唐揚げを単品で」
「はーい!」
カウンターの前でふたりはそわそわと、出来上がるのを待つ。慌てるんじゃない、自分たちは腹が減っているだけなんだ。
「学食のラーメンっていうとシンプルめなイメージがあるけど。ここのはどんなんだろうな?
醤油かな? それとも味噌? 塩?」
メニューは文字しかなく、気が気でないジェイ。
「できたよ、どうぞ!」
「おぉッ!」
まだ学生たちは来ていない。近くの席に向かい合わせで座ったふたり。
ジェイは「いただきます」と手を合わせてから、豪快にラーメンを啜り始めた。アヤメイリスも手を合わせる。
「おぉ、美味い!」
スープは醤油豚骨。ジェイがよく食べに行っているような、本格的なラーメン店に比べるとかなりシンプルではある。しかし多めのもやしはシャキシャキしていて、色鮮やかな青梗菜があるのが嬉しい。チャーシューの脂身はトロトロと口の中で溶けていく。
かえって、こういう町中華のようなラーメンが食べられる店が少なくなった。
「あぁ、こういうのがいいんだ! やっぱひと仕事終えたあとはラーメンだよな! やりきったって感じがするぜ!」
これぞ、学生たちの腹と心を満たしてくれる快楽の食。
一方でアヤメイリスも、親子丼を匙ですくって口に運んでいく。卵はちょうどよい半熟でふわとろ。
「出汁が利いてるわ。……もしかして、干し椎茸も使ってるのかしら」
探るような目をしたアヤメイリス。今度は唐揚げを箸でつまむ。皿に乗っているのは3個だけだが、ひとつひとつがかなり大きい。とても一口では食べ切れない。
大口にならないよう品よく口に入れたアヤメイリス。肉汁が口の中にあふれる。
「あぁ、いい鶏肉を使ってるわね……いえ、下ごしらえがいいおかげね」
最後にアヤメイリスはジンジャーエールで喉を潤した。
しかし。
「……足りないわ」
「よし、チャーハンも追加で頼むか! おばちゃん、チャーハン2人前……大盛りで?」
「もちろん」
「よし。大盛りふたつでーッ!」
これだけ平らげたあとで、アヤメイリスが購買の惣菜パンも物色していたのは、ここだけの話。
●唐揚げ定食と、他にいろいろ、いろいろ……!
「頑張って戦ったら、お腹すいたな」
漂ってくるいい香りに、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は思わず腹を押さえた。なにしろ、彼は若いのである。
「美味しいものを食べられるのは大歓迎だよ。もちろん、頑張ったのはご飯のためだけじゃないけど」
「えぇ、承知しておりますとも。
これも正当な対価と考えて、いただくことにしましょう」
レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の万能神官冥土秘書スーパーエリートメイド・h04368)は微笑み、学食の扉を開ける。
「まぁ」
と、レアは感嘆の声を漏らした。
「レストラン……とも、いささか異なりますね。
私は学校に通ったことがありませんので、このような経験は貴重ですね」
旦那様に奉仕するためにも、庶民的な学食の味とやらを知っておく必要がある……かもしれない。
「……注文は、こちらで? なるほど、運ぶのはセルフサービスですか」
「うーん、そうだな」
メニューを眺めるクラウスは、大いに悩んでいた。
そもそも√ウォーゾーンにおいては、食を選ぶゆとりがなかった。朝はレーション、昼もレーション、夜は……突発的に発生した戦闘のため、抜き。
「よし、唐揚げ定食にしよう。お先に」
先に席についたクラウスはきちんと手を合わせて「いただきます」と、箸を手に取る。
「……美味しい」
大ぶりの唐揚げからは肉汁が溢れ、思わずクラウスは白飯をかっ込んだ。実に合う。√EDENに来て以来、今まで食べたどんな唐揚げよりも美味いかもしれない。
3個では少ないかと思ったが、そんなことはない。ひとくち食べて、その余韻が消えぬうちに白飯で口中を満たす。この、快楽。3個の唐揚げで何杯の白飯が食べられるだろうか? ご飯はおかわり自由。
その単調な往復も幸せだが、付け合せにたっぷりと盛られたキャベツが、気持ちを新たにしてくれる。温かな味噌汁の具は、油揚げの他には白菜と人参、それに葱か。なるほど、ここで野菜も取っておけということらしい。
「お待たせしました」
「あぁ、遅かった、ね……」
レアを見上げたクラウスは、ギョッと目を見開いた。彼女は親子丼とラーメン、それにチャーハン、さらには唐揚げも野菜炒めも、A定食の甘辛煮にはクラウスと同じく白飯と味噌汁がついてくるから、それも抱えてやってきたのである。もちろん、一度には運べない。何往復もする間に、6人がけのテーブルはレアの注文だけで5人分を埋めた。
「……食べられるの?」
「えぇ、問題ありません」
そう言ったレアは、次々とそれらを世界の『歪み』に取り込んでいく。
さすがは、人間災厄『豫母都大神《よもつおおかみ》』。全身のあちこちから人間にはない「モノ」が飛び出て、彼女が人間ではないことをまざまざと見せつけている。
「なるほど……これらが、この年代の子供たちが好んで食べる『味』というわけですね」
「……生徒たちには、見られないようにね、それ」
豚の甘辛煮は、ようは豚の角煮の味付けであった。豚コマを使っているのは予算の問題であろう。が、八角の香りただよう本格的な味付けで、じっくりと時間をかけて煮られた豚は柔らかい。ちょうどよい半熟になった卵が、幸福感を増す。
……はずなのだが。レアがどの程度それを味わっているかはわからない。
「大変勉強になりました」
「ごちそうさま」
ふたりが「食事」を終えたのはほとんど同時であった。これまたほとんど同時に、学食に生徒たちが駆け込んでくる。
「おばちゃんー!」
その姿を、クラウスは少し羨ましく思った。
「いつか、自分の世界でも……平和に美味しいご飯が食べられるように」
●親子丼とA定食、それに唐揚げエベレスト!
「おばちゃーん! 俺、Aね!」
「私はBで!」
学生たちが押し寄せてきた。そう、「押し寄せる」という表現が適切である。
茶治・レモン(魔女代行・h00071)はいささか圧倒されつつも、
「学食は久しぶりですね」
と、楽しげに列に並ぶ。
「えへへ、ちょっと緊張するかも」
澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)は、前後を囲む男子高校生たちを見上げながら、首をすくめた。
「ふだんは年上の先輩たちばっかりの場所にいるって、ちょっと不思議な感じ」
「そうですね」
ふたりは背伸びして張り出されているメニューを見ようとしたが、よく見えない。
すると調理師のひとりが気づいて、
「ちょっとみんな! そこの子たちに、先に行かせてあげてよ!」
と、声を張り上げた。
それは悪い……と恐縮するふたりであったが、
「今日の学食が食べられるのも、この子たちのおかげだよ!」
調理師が言うと、むしろ学生たちも、
「ありがとー♪」
「さぁさぁ、先に先に。ここのはうまいぞー?」
「お前の手柄かよ」
と、ふたりの背中を押す。
考えに考え込んだふたりだが、
「じゃあ、僕は親子丼を」
「今日の日替わり、A定食お願いしますッ!」
無事に注文を終えて、席に向かう。あいにくと相席だった。女子生徒がぺこりと頭を下げる。大人しそうな彼女は、どうやらひとりのようだったが……この騒がしさが苦手でも、来たくなる魅力がここにはあるということだろう。
まもなく彼女は、「ごちそうさまでした……お先に」と、またもやぺこりと頭を下げて席を立つ。
するとすぐに。
「ここ、空いてます?」
「えぇ、どうぞ……って、あっ君?」
レモンが見上げた先で立っていたのは、日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)ではないか。
「おや、魔女代行くん。……あなたは澪さん? ここ、よろしい?」
「どうぞどうぞ! 楽しくおしゃべりしながらご飯をいただくの、好きですから」
澪はそう言って、女子生徒が座っていた椅子を引いた。
「じゃ、お邪魔して」
女子生徒の後に座った芥多は、
「こういうところ、学生以来ですよ」
と、箸立てから箸を取る。
「え? ……あっ君にも学生時代があったんですね」
「そりゃ、ありますよ。どんなだったか聞きたいですか? 聞きたいですよね? 俺の学生時代は、なんと……」
ふと気づいて、芥多はレモンのトレイを覗き込む。
「親子丼、俺も悩むか悩んだやつですね」
するとレモンは得意げに、
「いいでしょう! 大盛りでってお願いしたら、大盛りにしてくれたんです!」
と、胸を張った。しかし次には視線をそらして、
「嬉しい……僕の学校では、許されなかったやつです」
「へぇ……規律正しいところだったんですね」
「えぇ……今思えば、軍学校みたいでした……」
「こっそりおかわりしたら罰則、みたいな?」
もぐもぐと甘辛煮を頬張りながら、澪が小首を傾げた。大変だったらしい話を聞かされているのだが……ダメだ、美味しいが先にくる。なにこの、次々に口に入れたくなるお肉。
「それより今は、美味しく食べようよ」
「そうですね……ん!」
親子丼を口に運んだレモンの頬が、澪と同じくらいに緩む。
「卵もお肉も美味しいですが……こういうの、何て言うんでしょう。お出汁が美味しい?」
「みたい。干し椎茸の出汁も使ってるんだって」
「なるほどなるほど……」
理屈はいい。作るわけでなし。とにかく、美味しい。
「そういえば、あっ君」
「ん? 俺のですか? 俺のはチャーハン、焼餃子、ビールの『三種の神器セット』です!」
「えええッ?」
「ビールぅ?」
澪もレモンも目を丸くした。
「……冗談です、唐揚げ定食ですよ。さすがに学食にビールは。ですが!」
芥多もまた、胸を張る。
「唐揚げのエベレストです! 魔女代行くんに倣って、俺も大盛りで頼んだのです!
……より正確には、3人前ですが」
さすがに、それ大盛りはねぇ。
しかし一皿に盛られた大ぶりの唐揚げは圧巻というほかない。
ゴクリと唾を飲み込んだレモンは上目遣いに、
「せめて、1個だけでも……!」
すると芥多はいい気になって、
「いいですとも! 1個でも2個でもあげますよ!」
「私もいい?」
「どうぞどうぞ!」
などと言っていたのだが。
ひと口食べるや、芥多は恍惚の表情を浮かべた。もちろん、他のふたりも。
「うわ、美味すぎる。
……魔女代行くん、それに澪さん。やっぱり1個で我慢してください。3人前だろうと完食できます。この美味さなら」
などと、前言を翻す芥多。
「わかるー」
目を細める澪。
「うー、どれも美味しいッ。私も高校生になったら、お昼ごはんの美味しいところに行きたいな」
澪は食堂を見渡した。皆、笑顔で食事を楽しんでいる。
この日の戦いを、彼らはやがて忘れてしまうかもしれない。それでも……。
「皆は忘れても、私は忘れないから、いいんだ。
この場所を守れたことも……学食が美味しかったこともッ!」