なぞもの・ショコラトリー
●今日もげんきな|悪《ワル》のいきもの
『数多の失敗と成功を重ね、科学は進歩し続ける! 故に! 俺も! 振り返らず前に進み続けるのだ! フハハハ、ハハハ、ハーッハッハッハァ!!!!』
ご近所さまがこのラボ、もとい魔王城に居を構えていたならば連日苦情が殺到しそうなほどの皮崎・帝凪(Energeia・h05616)が張り上げた高笑いによる音圧と風圧で戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)がひっくり返ったのはご愛嬌。帝凪にとっては日常の音量であったのだが一般女子高生であるくるりには衝撃を受けるに十分なほどの爆音であった。
「どうした、くるり! ……ははあ。さては我が居城の素晴らしさに圧倒されているな? 無理もない!」
そうではない。ないが、心優しく遠慮しいな少女ははっきりとものを言えばもしかしたらこの気のいい魔王さまが傷ついてしまうことへ配慮して、幾らか言葉を選んだ末に『そうです』と曖昧に頷くことしかできなかった。
「しかしだな、自失している場合ではないぞ! 来たる|X DAY《バレンタイン》に向けて我々はみどりちゃんのチョコレートを作らねばならないのだからな!」
「……帝凪さん、もはや私よりなぞものファンでは??」
その名はなぞもの。正式名称は『なぞもの日和~今日もげんきな謎のいきもの~』。或るクリエイターがアニメーションの習作として世に送り出した代物であり、小バズりを繰り返しながらじわじわと人気を獲得した巷でウワサのゆるキャラのひとつであった。何気なしにくるりはその存在を魔王さまにもお裾分けしたわけだが、帝凪は思っていたよりもその奇妙で不可思議な愛嬌に溢れたなぞものの虜になってくれたのだ。
斯くして上機嫌な魔王さまにお呼ばれされたくるりは魔王城の中枢部に座する巨大研究所に足を運んだ訳なのだけれど、この施設の素晴らしさを語っている内に熱が入り始めた帝凪のテンションが最高潮に達した結果、冒頭の高笑いへと結びついた訳である。
さて、紆余曲折を経て漸く調理開始と相成った訳だが。
「……帝凪さん、チョコレート作りってもしかして」
エプロンの紐を結びながらくるりは作業テーブルを覗き込む。一般的なチョコレート作りは簡易なものであれば市販の板チョコレートを買ってくればいい。が、テーブルの上に鎮座しているのはどう見てもチョコレートの類ではなく、言うなれば『その前の段階』の、
「うむ! みどりちゃんに失礼がないように全力を尽くさねばなるまい。遠方よりカカオ豆を取り寄せたぞ!」
「ちょっとぉ!?」
どかんとテーブルの中央に鎮座せしは赤褐色に熟した巨大な果実。材料は任せろと自信満々に言うのでトッピング以外はすべて魔王さまにお任せしたのだが、くるりは今になってそれを盛大に後悔していた。
「案ずるな、くるり。俺とて無策のまま材料のみを取り揃えた訳ではない……下拵えはこの! 全自動ショコラ・マシン『鏖殺くん』に任せてくれ!」
「?????」
とんでもない単語が飛び出た気がする。
が、丁寧に己が発明品の解説をしてくれる帝凪の言葉を遮る度胸はくるりにはなかった。どうして鏖殺なのだろうか――その名前の由来は、このあと直ぐに判明する。
「わぁ、すごーい……!」
「ふふん。そうだろう、そうだろう!」
おはぎのお餅はお米を『はんごろし』にするという。つまりカカオ豆を全てすり潰すということは皆殺し、転じて『鏖殺くん』という訳だ。それにしたって酷い気がするけれど、カカオ豆の磨砕から圧搾までを担ってくれるその力は確かなもの。瞳をきらきらと輝かせるくるりの様子に満足げに頷きながら帝凪はえへんと胸を張りことの運びを共に見守っていた。
「帝凪さん、ちゃんとホワイトチョコレートになってますよ!」
「ここまでは上々だ。しかし……科学クッキングに最も重要なのはインパクト。即ち、派手に大きくハイカロリーに!」
「えっ」
えっさほいさと『かくしあじ』を運んできた怪生物ちゃんたちが運び込むは青と黄色の怪しげなる物体X。無慈悲にもくるりが止める間もなく放り込まれたそれらはあっという間にチョコレートと混ざり合っていく。
「わぁ、すごーい……みどりいろだぁ……」
「ふふん。そうだろう! そうだろう!」
念の為ではあるが、物体Xは安全上に配慮した食べられる物質で構成されたものではあるらしい。詳細を聞いたら食欲が失せてしまいそうだったから、すべてはシュレディンガーのなぞものということにしておいた。
「怪生物ちゃん、人肌の温度になったら知らせてくれ!」
こくり。
どぼん。
前者は帝凪の生み出した怪生物ちゃんが頷くものであり、後者は衛生的観念からアルコール消毒をされた怪生物ちゃんがチョコレートに飛び込んだ音である。
「わぁ……。怪生物ちゃんって、温度もはかれるんですね……」
色々物申したいことは多々あるけれど、これらすべては帝凪なりの正しい作法なのだからとくるりは思考を放棄して、じわじわとピンク色に染まりゆく怪生物ちゃんを見つめちいさくくすりと微笑んだ。
「怪生物ちゃん、気持ちいい〜? 中身チョコだけど〜!」
色が変わり切ったことが目標温度に到達した合図なのだろう。『よし!』と声を上げた帝凪が成形を始めるのに合わせ、くるりもあらかじめ焼き終え粗熱を取っておいたなぞものカップケーキたちを運び出す。
「仕上げはこれ! 製菓用クリーム・Gunだ!」
「その銃は帝凪さんお手製? じゃあ借りなくていいです……」
事故が怖い。クリームを装填した銃を構えた魔王さまのご厚意は丁重にお断りしつつ、帝凪とくるりはそれぞれの作業へ取り掛かった。
「私、みんなに配れるチョコ作りますね」
シリコン型を通販で入手できたのは僥倖であったと、可愛らしい焼き上がりにほくほくと目を細めながらチョコレートで表面を整えていく。注射器型のチョコペンは少しばかり加減が難しかったけれど、細々とした作業は嫌いではない。ひとつひとつに顔を描いていのちを吹き込んでいけば、愛用しているスタンプのように動き出しそうな気さえして――不意に、気付く。
帝凪が妙に静かであることに。己の視界を、巨大な影が覆っていることに。
「……えっ、えっ!? チョコでっっっか! どうしてそんなに大きくなっちゃったんですかぁ!?」
聳え立つほどの巨大ななぞもの。見上げるほどに大きなチョコレートを一体何時の間にこの短時間でこさえたのか、言いたいことは山ほどあるのだが、何よりも。
『ぶもぉぉぉおおん』
「しゃ、しゃ、しゃべったぁぁあ!? どうして!?」
「ふっ。そう褒めるな、くるり。我ながら己が天才すぎて困ってしまうな」
もよん。もよん。ぼにょん。
うごうごと上下に揺れる山、もとい巨大なぞものチョコレートは通常よりも野太い、けれど妙にいい声で鳴き声を上げるものだからくるりは目を白黒させるばかり。これって食べ物ですよね。食べ物だったんですよね、と訴えるような視線を向ければ、暫し陶酔に浸っていた帝凪も沈黙に耐えかねてそろりと視線を逸らし髪を掻き上げるのだった。
「…………くるりは料理がうまいな」
「ありがとうございます、……じゃなくってぇ! どうするんですか、これぇ!」
科学は驚きと閃きで出来ている。
だからなぞものに魂が宿ってしまうことだって――当然ながら起こり得る事象なのかも、しれない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功