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碧天から曇天へ続く鐘の音を

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #羅紗魔術士

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 ふと意識が浮上する。
 いつの間にか眠りに落ちていた、という混濁した感触だがこれは――否、だ。
 羅紗に織り込まれた物語が、夢の向こうから袖を引くように|神隠祇《かみおぎ》・|境華《きょうか》は|招かれた《・・・・》のだと考える。
 ――久しぶりの感覚、ですね。
 初めてではないのだ。物語や英雄譚は、こうして語られるために喚ぶ。
 筋書きだけで全ては語れず。記憶は何度も提示して聴かせるべし。
 まるで記憶通りを繰り返す幻想の語り部。

 視界が拓ける――ある|英雄《物語》が目を開けた。

 *

 視界いっぱいの抜けるような碧天を映しました。
 夢の中の境華が同化していたのは、竜と剣の世界の英雄、翼騎士・アルセニオ。
 彼は冒険国家の王であり、銀の翼槍を携え最前線で魔を討つ勇者でした。
 同時に冒険者でもあり――同行者を鼓舞し、生還させることに長けていた。
『行こう!我らの成果が誰かの救いであると信じて!』
『『おお!』』
 大地を踏みしめ、風を切り槍を構える彼が生み出すその風は周囲を置き去りに奔る。
 高鳴る鼓動を内に秘め、冴え渡る感覚と鮮やかな実感を境華が行っている行動でも在ると伝えてくる。風と共に走る王の心は、純粋な使命感に燃えていました。

 燃え盛る度に、彼の記憶に焼き付いた光景が目に浮かぶ。
 守るべき国家で響く鐘の音。
 彼の帰りを待ちわびて仰ぎ見る子供たちの、眩いばかりの羨望。
 ――ああ、なんと美しい構造でしょう。
 同化した境華にも見える。護りたい、その笑顔。
 なんとしても、その光景を"常にあるモノ"として王は囚われているのです。
 今日の成果は王の凱旋と共に語られ、民は誰もが喜ぶでしょう。
 王はその光景を"常にあるモノ"とするために努力を惜しまず、最前線を往く稀王として名を轟かせていました。風の術を操る才能と王の気風。それら一本の糸として織り上げて、生まれながらに語られるべき英雄として形作られた男でした。
 ――だからこそ、この物語の芯は強いのですよね。
 隠れた鍛錬の様子も気さくな部下との会話も、アルセニオが感じる誇りも空を駆ける歓喜も、どれもが境華の魂はただ表面を"滑るように撫でていく"だけだ。第三者視点として、呑み込み過ぎない境界線を隔てている。深く沈み込めば物語は容赦なく境華を捕らえて|自分《記録》を語らせる手段を選ばなくなるかもしれない。これはあくまで、物語を扱う者としての無意識の守り。

 しかし、完璧な日々の織物程一箇所の綻びが全てを台無しにしてしまう。
 体験しながら紡がれる物語が、後半へと差し掛かった頃、王に影が差す。
 |王道《運命》の在り方は、急速にその色を失い、腐敗し始めたのです。
 長すぎた遠征の間、国には不和が募り、財宝より兵力と重税が勝る分岐点を迎えました。昨日まで王を讃えた鐘の音は、いつしか葬送の調べへと変わりました。
 護りきれなかった兵が国家の財で"英雄墓地"へと弔われる。
『王が遠征などせず座して統治をしていれば……』
 民の反感、部下の言葉を軽くいなして最前線で戦い続ける彼を、民はだんだんと"死を連れてくる元凶"、"冥界の手先"として疎み、呪うようになっていく。挫けぬ王道を走るアルセニオは孤高であっても、行動することをやめなかった――辞めるべき分岐点を、王は見失ったのだ。
 ――どうして、こうなってしまったのでしょう。
 王の内側で、境華は民の困惑を共有している。
 彼が槍を振るうのは、ひとえに誰かの救いであると信じたから。けれど、彼が風を連れて走るたびに、地上では誰かが飢え、誰かが息子を失い、誰かが王の不在を嘆く。王道で美しかったはずの英雄譚は、いつしか血と泥に塗れた"逆賊の記録"へと書き換えられていくのです。
 
 王座崩落の日。
 アルセニオは武器を下ろし、敵となった部下たちに笑っていました。
『そうか』
 囚われる己の顛末を受け入れ、肯定した。
 その内面は同化した境華にしか見渡せない。
 アルセニオの見ていた景色はリアルタイムで色褪せていく。
 色を無くし、濁った灰色の世界だけをその視界は、ただ映していた。
 ――……疲弊していたのは、国と、そして"民の為"に戦い続けた王自身。
 ――誰もその真意には気がつけなかった事が、この物語の記憶の底にあるもの。
 最初は旋律を奏でるまとまりはいつしか、すれ違っていた。
 王が純粋に国を養う想いは、最後まで誰にも届きませんでした。
 広場を取り囲むのは、王の遠征で家族を失い、絶望に疲れ果てた民衆――"王のせいで大切なものを失った"者たちでした。
 彼らの目に宿るのは、燃え盛るような憎悪ではありません。
『……ああ、ようやく終わる』
 それは、重い荷物を下ろそうとする時のような、空虚で冷え切った|安堵《・・》。
 この王を殺し、英雄という名の災厄を葬り去ることで、自分たちの苦しみにも一段落つくのだと。そんな残酷な安寧が、数千の瞳に揺れていました。
 その視線に晒され、アルセニオは――。
 境華が、彼の内側から湧き上がる奇妙な感情を拾う。
(――よかった……これで、皆を苦しみから救えるなら)
 それは恨みではなく、呪いでもない。
 自分の死が人々の吐き出す"最後のため息"になることを肯定してしまう、哀しい自己救済であり、王の最期の想いでした。
 ぎり、と処刑人の引く綱が鳴ります。
 高く掲げられた、断頭の刃。
 境華は逃げません。物語を扱う者として、その結末までを「聴く」義務がある。
 ――刃が、落ちる。
 首筋を断つ鋭利な痛みと、視界が崩落する絶望的な衝撃。
 生が断絶する瞬間の、冷えていく虚無までを、彼女は身体的に追体験しました。

 *

「…………っ」

 大きく肩が揺れ、境華は目覚めました。
 月明かりが床を白く染める、静かな自室。
 首筋に手を当てれば、そこには傷一つなく、ただ冷たい汗が滲んでいるばかり。
 夜風に当たると、熱を持った頬が撫でられていきます。胸の奥に響く小さな軋み。
「……いつもの、こと。ええ、珍しいことではありません」
 言い聞かせる声が、夜の闇に吸い込まれては溶けていくのだった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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