怖れず孵化する希望の卵
ゆうやけこやけが聞こえてくる。良い子のみんなは帰る時間。
|虞《ユゥ》・|心妍《シンイェン》はもちろん良い子だ。良い子なのでお父さんお母さんと一緒。子供一人で出歩かず、今日も安心安全に過ごす。
父と母が自分に隠し事をしているのも察しているが、気づいていないふり。
親は子を心配する生き物だというし、ここは√マスクド・ヒーローだ。この世界の悪の組織は躊躇なく家族を人質にする。全ての悪の根源たるプラグマが、そうすることで悪を推し進めているために。そこから更に優先して狙われるのはか弱い女子供だろう。
心妍は八歳の女の子。女にも子供にも当てはまる。だから守られているべきなのだ。
——でも、ボクだってチカラがあれば、戦えるのに。
そんなことを思い、ぐっと拳を握ってみるが、あまりにも小さい。しなやかな母の手よりも小さくて、柔らかくて、あまり強そうに見えない。
この手で何が守れるだろう。自分の身すら、守るのも危ういのではないか。
それでも、父や母がどこかで戦って傷ついて帰ってくるのに、庇護されてばかりはいたくなかった。
訳あり夫婦の間に生まれた子。親がどうあれ、心妍もまた、√マスクド・ヒーローの人間。守りたいもののために力を振るわんとする熱き魂の持ち主なのだ。
「二人とも、今日のお夕飯は何がいい?」
そんな心妍の想いはつゆ知らず——少しは察しているかもしれないが——母である虞・|夕蝶《シーディエ》は呑気だ。指摘すれば、呑気でいられるうちが華じゃない♪と彼女は笑うかもしれない。
問いかけられ、真剣な表情で悩み始める心妍。その傍らで父の虞・|無限《ウーシィアン》がさらり。
「夕蝶の作るものならなんでもいいぞ」
「……」
沈黙が落ちる。何か地雷を踏んだ予感と心当たりのなさに無限が焦るより先、心妍が無限に繋がれた方の手をずいっと持ち上げる。
「父上ったらわかってないな~! こういうとき世の中のシュフはメニューが決まらないから聞いてるんだよ? なんでもいいなんて気が利かない回答ダントツ一位なんだから!」
「え、ええ!?」
慌てふためく無限。うまいフォローも思いつかず、ただ手をわたわたとする彼を尻目に、夕蝶はおっとりと微笑んだ。
「あらー、心妍ちゃんったら相変わらず賢いわね~。そんな心妍ちゃんの今食べたいものは?」
「んー、ハンバーグ!」
「よしきた! お母さん張り切っちゃう」
「やったー♪」
そんな長閑な日常の一幕。タロットカードアクセプターとして悪と戦うヒーロー「タロット」も、父親としては形無しだ。
けれど、にこやかになんでもない話をする妻と娘を見て、改めてこの二人を守りたいと誓う。この日常が恙無く続いていけばいい。
そんな祈りは唐突に壊される。
不意に無限の手が心妍から離れた。アクセプトタロットカードで飛来する何かを弾く。
心妍が父に振り向き疑問を口にする前に、夕蝶が黒い電磁マフラーを広げた。そこから発されるジャミングがジジ、と空間に揺らぎをもたらすのを聞いた気がする。何かが起こっていることが心妍にはわかり、しかし、何が起こっているのかを理解しきれないでいた。
否、理解しきってしまわないうちに、両親は自分を逃がそうとしているのだ。
「無限」
「ああ、心妍を頼む、夕蝶」
いやだ。
ちゃんと知りたい、一緒に戦いたい。
でも、黙って従う方が迷惑がかからないのもわかっている。幼いながらに心妍は敏かった。それに、母は一緒に逃げてくれるらしい。
それならいいか。
それでいいの?
二つの声が心妍の中でせめぎ合う。母と逃げるその背を十字架型の浮遊する短剣が一つ、追尾していた。
「これは、『教会』の……!」
飛来した十字架型の短剣を見、無限はすぐに察する。
『教会』とは無限に改造手術を施したプラグマ傘下の組織。イタリアに拠点があり、無限は夕蝶との出会いをきっかけに出奔した。
これまで日本に『教会』の怪人が現れたことはなかった。自分へ放たれた追っ手だとして、今更、という疑念が無限の中に芽生える。ぞろぞろとカソック姿に顔をヴェールで覆った怪人が現れ、無限に攻撃を仕掛けてくる。
浮遊する十字架型短剣と伸縮自在なストラによる変則連携。それが到達するより速く、無限は『21 世界』のカードをアクセプト。
「変身!」
『ワールド』
変身の勢いでストラを絡め取り、そのストラで短剣群を受ける。短剣に串刺しとなったストラを千切り取り、怪人一人の懐に潜り込むと、ソードブレイザー『タロットカードローダー』を一閃!
怪人は倒れるが、その向こうに見えたのは、ストラで拘束された夕蝶の姿。黒い電磁マフラーが一部切り裂かれ、本人も怪我をしている。
(しまった、俺を囲ったのは陽動か!)
母を助けようと追い縋る心妍、その背後からは短剣が迫る——!
「やめろォーーーーー!!」
愛する家族を失うかもしれない。けれど、数ばかりごちゃごちゃといる怪人の集団を一網打尽にする策を無限は今、持たなかった。
届かなくとも、手を伸ばす。届かなくて、絶叫する。
父の悲痛な叫びに、心妍の心の奥が震えた。
母上を、ボクが助ける。父上のあんな声、初めて聞いた。だからこそ、力になりたい。助けたいんだ、今!!
できるはずだよ。だってボクは、父上と母上の子だもん——!!
震えた心が何かに共鳴し、心妍は目映い光に包まれる。カッと周囲を照らし出した苛烈な輝きは、ヴェール越しにも怪人の目を眩ませたらしい。夕蝶を捕らえた怪人も、無限を妨げていた怪人も怯んだ。
そうしているうち、ほんのり青く色づいた光の中から、一人の魔法少女が現れる。年の頃は十五か十六か。呪文を唱えたわけではない。テレビアニメで見るような魔法のアイテムや不思議なマスコットが存在したわけでもない。けれど、現れた少女は紛れもなく魔法少女であった。
青を基調とし、差し色に黒の入った落ち着いた色合い。フリルがあしらわれたかわいらしい衣装でありつつ、ノースリーブなのでスポーティーな印象も放っていた。
変身の折に広がっていた青白い光が少女に収束される。その力を全身に漲らせ、少女はふっと姿勢を低くした。鋭く跳躍し、夕蝶を捕らえるストラを素手で掴む。その手は見た目相応、夕蝶と同じくらいの大きさだ。傷一つない女の子のしなやかな手。けれど、怪人のストラを躊躇なく引きちぎるパワフルな手だ。
スポーティーとはいえ見た目からのギャップのある行動にぎょっとする怪人。そこへ魔法少女は容赦なく回し蹴りで追撃。
「母上、大丈夫!?」
「え、心妍……心妍なの!?」
状況からして、変身したのは心妍にちがいないが、夕蝶は夢でも見ている心地だった。何せ、目の前の魔法少女は確かに心妍の面影を宿しているが、高校生くらいに成長した姿だ。
少し遠くから眺めていた無限は、尚更状況が理解できていない。が、魔法少女の出現には『教会』の怪人も呆気にとられている。この隙を逃しはしない。
『9 力』のカードでストレングスフォームに変身し、ストレングスナックルで敵を殴り飛ばしながら、二人の方へ合流する。
無限が豪胆な動きとフォームチェンジで得たパワーで圧倒する傍らで、魔法少女は小回りの利く体躯を活かして縦横無尽に駆け回り、無限から逃れた怪人を体術で伸していく。
初めてとは思えない息の合った連携だ。瞬く間に『教会』の怪人たちは倒された。
怪人が全滅したのを確認、無限は魔法少女と夕蝶を連れて人気のない場所へ一時避難する。
落ち着いたところでもう一度、魔法少女を見た。
夕蝶譲りの白い髪、自分と似た赤い瞳。見た目の年嵩は十五、六歳くらいに見えるが、愛娘を見間違えるわけがない。
けれど、俄には信じがたい。
「な、何が起こっているんだ……? お前は、心妍、なのか?」
「そうだよ、ボク、心妍だよ! 何が起こっているのかは、ボクにもわからないけど……でも、この姿なら、ボクも一緒に戦える。父上だけに戦わせたりしない!!」
「心妍……」
あまり戦いのことを話さないようにしていたが、気取らせてしまっていた。そのことを少し情けなく思いながら、無限は首を横に振る。
「確かにさっきは助かった。だが、危険な戦いに娘を連れていくなんてでき、」
思いやりゆえの言葉は途切れた。空間の歪みに呑まれて。
長く不気味な黒い不定形の腕。それが複数方向から空間引き寄せを行い、家族三人を分断しようとする。
突然のことに反応を遅らせながらも、無限はストレングスフォームのまま上昇した膂力でその腕を掴んだ。ぶん、と力任せに振り払うようにして投げる。黒くどろりとした容貌の怪物であることを認識しつつ、夕蝶と心妍の方に目を走らせる。
心妍は危なげなく魔法の力纏った徒手空拳で腕に対処し、その隙に夕蝶が黒い電磁マフラーを広げ、ジャミングを強めて、姿を眩ます。こちらも阿吽の呼吸。
娘を危険な目に遭わせたくない。戦いで傷ついてほしくもない。その気持ちは夕蝶にもある。彼女もまた無限と同じく、心妍の親なのだから。
けれど、少し見守ってみたいとも思った。だから、心妍にはジャミングをかけなかった。
(やれるだけやってみなさい、心妍!)
そんな母からの薫陶を受け、心妍は無限の方へと駆けていく。それを追いかけるように黒い怪物がぞろぞろと現れた。
ぶにゅり、隣の個体と融け合い、不気味で不自然に長くなった腕を伸ばす。名状しがたい手のような何かは容易に心妍へ届こうとした。
けれど、それは父親が許さない。無限のストレングスナックルが怪物の腕を打ち砕く。ぶよんとした感触と水風船のように破裂する様は「打ち砕く」と称するには微妙な心地だったが。
「な、なんだこいつらは……心妍、お前を狙っているようだぞ!」
「望むところだよ! 父上、一緒に迎え討とう!!」
娘の順応の早さに、無限はやや面食らう。だが、撃退しようという心妍の提案に否やはない。ストレングスナックルを握り直した。
父の臨戦態勢に、心妍から魔法のフィールドが広がる。心妍が纏うのと同じ青白いオーラ。それが心妍の靴先から周辺一帯に広がると、無限は己の力が高められていくのを感じた。
(身体能力強化か、ありがたい)
心妍を戦いに巻き込むことへの抵抗は消えないが、そんなことを言っている場合でもない。それに、とても戦いやすい。
魔法の力もあるが、心妍は無限の呼吸を知り、合わせて戦っている。
内心無限は舌を巻いた。魔法の力と順応し、使いこなす才覚。それだけでない。共闘相手に呼吸を合わせることができている。それもまた才能だ。
——どれだけ一緒に戦いたかったかわかる? ずっとボクは、父上の背中を見ていたんだよ。
親子のコンビネーションを前に、未知なる怪物は倒されていった。
「二人共、怪我はない?」
戦闘の終了と同時、電磁マフラーのジャミングを解いた夕蝶が二人に駆け寄る。大丈夫だ、と変身を解く無限。心妍は得意げにVサイン。
「『教会』の怪人はともかく、あの怪物は何だったのかしら」
「わからない。けど、なんとなく、確信がある。あの怪物はボクの立ち向かわなきゃならない相手なんだ、きっと」
胸に手を当て、神妙に紡ぐ心妍。
それを聞き、無限が険しい表情で告げる。
「狙われている、というのなら、尚更お前を戦わせたくはない。『教会』のやつらまで出てきたんだ。これ以上危険に晒すわけには」
「いやだ! ボクだって戦える!」
未だ難色を示す無限に、心妍は声高に決意を宣告する。それは決意であり、……ずっと願っていたことである。
一緒に戦いたい。父上にだけ、背負わせたくない。
だから、
「ボクは……ううん、|わ《・》|た《・》|し《・》は、家族も、そして世界も守ってみせる! 止めたってもう聞かないから!」
力強い言葉と瞳。心妍の様子に困ったように視線を漂わせ、無限は夕蝶を見る。
夕蝶はその目にくすりと笑った。悪戯っぽく。
「ふふ、これ以上反対すると、もっと意固地になるわよ、心妍は。わかるでしょう、無限。この子は私たちの子よ」
「……心妍、それがお前の覚悟なんだな?」
夕蝶の言葉を受け、無限が確認する。交錯する同じ色の赤。間髪入れずに、心妍ははっきりと頷いた。
「わかった。夕蝶の言う通り、お前は俺たちの子だ。こうなるのも必然と言える」
「そうそう、お転婆娘はつきっきりで守るのが一番。それもあなたはよく知っているでしょ?」
夕蝶が上目遣いで無限を見る。悪戯な色が濃くなった青い目に、降参とばかりに両手を上げた。
「お転婆娘が二人か。それなら、夕飯のメニューに目玉焼きを追加してもらわないと」
「あら、ちゃっかりしてる」
「ロコモコだ!!」
さらっと夕飯のメニューを追加する無限。お転婆な妻に尻を敷かれがちな彼の強かな一面に夕蝶は一瞬、目を丸くする。が、娘が目を輝かせるのを見たならば、それ以上何を言うことがあるだろうか。
腕によりをかけて作ろう、とゴキゲンな笑みを閃かせる。
「バランスよくお野菜もたっぷり入れるわよ。好き嫌いせず全部食べてね」
「はーい!」
「となると、卵を買っておこうかしら。襲撃が買い物前でよかったわね。最近高いもの、卵」
怪人や怪物が卵が割れないよう、配慮してくれるはずもない。
無限が思案顔になる。
「帰りは大丈夫だろうか……」
「そこはしっかり守っていただかなくちゃ。頼むわよ、旦那様?」
目玉焼きのリクエストはあなたなのだし? という圧を感じた気がするが、愛しい妻と子を守ることに無限が頷かぬ理由もない。
「そうと決まれば、スーパーに急がないと! 父上、母上、行こう!」
「ああ」
「その前に心妍、一ついい?」
「どうしたの、母上?」
元通りに両親と手を繋ごうとする心妍。きょとんとした眼差しで、母の言葉を待つ。
きょとんとしているのは、夕蝶も同じだった。
「変身、解かないの? かわいいけど、目立つわよ? かわいいから私は一向にかまわないけど」
夕蝶の指摘に、無限も娘が魔法少女の姿のままであることに気づく。自分は変身を解いたが、そういえば心妍はさっきからずっと十五、六歳くらいの魔法少女姿のままだ。
はっと気づいた心妍。何やらあくせくと自分の衣装を弄ったりして、
「戻り方、わかんない」
「ええっ!?」
そう、魔法少女は力を完全には制御できていないのである!
|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》多発事件が落ち着き、或いは心妍が√能力者にでも覚醒したら、解決の芽があるのかもしれないが、それはまた別のおはなし。
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