【1月13日】透羽・花羅と季節限定のマカロン
例えばその髪は、金箔を載せた桜のマカロン。瞳は摘みたてのラズベリーを煮込んで、未だ煮詰まる前のコンフィチュールの瑞々しさ。そうしたら、白くて滑らかな肌は丁寧に泡立てたメレンゲだとかになるのかな。お菓子の並ぶショーケースを眺めていた時のことだったからだと思う。彼女の姿を目にしたときに、そんなものたちを連想した。
「わわ、素敵な人だー!」
行きつけの店のマスターに何か差し入れでもしようかと立ち寄ったパティスリー、店員と話し込んで居た女の子が不意にそんな声を上げたのが発端だ。他に客は居なかったから、僕のことだろうと顔を向けたら彼女——透羽・花羅が居た。
「僕のこと? それならとっても嬉しいな」
「もちろん、おにーさんのこと!もしもマカロンを探してるなら、今は冬期限定の柚子クリームは柑橘系が好きなら絶対におすすめだよ。それと、最近チョコが進化したチョコがけマカロンは絶対試してみて欲しいかも!」
「教えてくれてありがとう、可愛い常連さん。すごく詳しいんだね?」
「うん!新商品が出たら真っ先に買いに来るから、ここのお店のマカロンは全種類制覇してるよ!」
「そうなんだ。じゃあ、それを二つずつ貰おうかな。それと——」
買い物を済ませた後に、たまたま帰りも方向も一緒で、夕影の迫る街を少しだけ並んで歩く。
「私は透羽・花羅! 春から中学生でーす……なんて! 今はまだ小学生なんだよ」
「小学生? 驚いた。随分しっかりしているんだね。僕はマスティマ・トランクィロ」
「えっ? マスティマ、おにーさん? こんな綺麗な男の人、私初めて見たよ!」
「ありがとう。僕も君みたいに可愛い女の子にお目に掛かるのは久々だ。何十年ぶりだろう?」
返しながら、ふと、微かに鳥の羽搏きを聴いた気がした。それが伴う霊的な気配、視野の端を撫でた白い翼。嗚呼、この子は√能力者なんだとその時漸く気が付いた。
「ところでもしも門限がまだ許すなら、マカロンを選んでくれたお礼にケーキでもどう?」
「本当!?門限はないから大丈夫!」
「え……」
例の喫茶店でマスターにマカロンを渡して、お礼にと提供された苺のババロアをつつきながら彼女が語ったところによると、彼女は√妖怪百鬼夜行の出身らしい。代々八咫烏を祀る一族で彼女もその力を継承し、現在は勉強と鍛錬のために一人暮らしをしているんだって。
「すごいね。君のことを子ども扱いをする意図では全くないんだけど、その歳で鍛錬をしながら一人暮らしだなんて、とても立派なことだと思う」
我ながら、実にしみじみ、と言った趣になったと思う。心底の感心をこめた僕の言葉に、花羅はぱたぱたと両手を振った。僅かに頬を染めた様子が初々しくてとっても愛らしい。
「マスティマおにーさん、すごーく褒めてくれるね!? えへへへへ、照れちゃうなぁ」
「うん。僕が君の年の時には無理なことだからね……嗚呼でも、もしかしたら、年若い女の子の一人暮らしは、あまり人には喋らない方が良いのかも。君には守護者も居るだろうから大丈夫だとは思うけど……」
「マスティマおにーさん、この子たち見えるの?」
「気配くらいは?」
花羅を護る様に寄り添う様にしている気配、先ほどの白い翼のイメージが脳裏を過ぎる。鳥、だと思う。嗚呼、もしかしたら彼女が継承したと言う八咫烏に由来するものなのかな。
「そうなんだ!この子たちは白日と夕日。この子たちがいるから一人暮らしも寂しくないんだ。でも、賑やかだけど時々からかってくるの!」
「それだけよく懐いて居るんだろうね。きっと継承者としての鍛錬の賜物だ」
再度、照れた様に花羅が笑った。何度でも言いたい。可愛い。
「ありがとう。でも、まだまだ強くないからお兄ちゃんの剣もなかなか扱えないし、頑張らなきゃなんだけどね!」
「お兄ちゃんの剣?」
「霊剣でね、『大媛』って名前なんだ。お兄ちゃんの形見なの」
あっけらかんと告げられた言葉に、僕は中身が半分ほどになったコーヒーカップを傾けようとした手を止めた。
「辛い話をさせてしまったね」
「ううん、平気!『大媛』、今は手元にないけど、おっきくてかっこいいんだよー!」
元気に告げる表情の翳りのなさが、額面通りに受け取って良いと告げていたから、救われる。
「それを扱えるようになるのが目標だから、辛い話じゃないんだ。いつか格好良く使えるようになったら見て欲しいな!」
「うん。その時は是非ともお願いしたいな」
それから少しの間他愛もないことを、陽が落ちる前まで話した。
「こんなにいっぱい話せて楽しかった!」
「僕のほうこそ。ありがとう」
「また会おうね、おにーさん!」
やがて手を振って、夕陽の中、軽快にかけて行く彼女の姿を見送った。そう言えば話に夢中で甘いものを食べるのを僕は忘れていたのだけれど、不思議と満たされた気分で——彼女のお勧めしてくれた春期限定のマカロンをいずれ買いに行きたいと、ふと、思う。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功