お疲れ様の一歩
きっかけは、なんだったのだろうか。
『仲良くなりたい。』
そう思ったのは、どちらが先だったのだろうか――。
とある古びた洋館の前で架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)は、ローファーの爪先を落ち着きなく見つめていた。太陽も沈み始め、周囲の家々も洗濯物を取り込み始めた頃だというのに、透空は未だそこに居座る。
「……はあ。」
緊張をほぐすように吐き出された吐息が、爪先へと落ちて行く。この吐息に色がついていたのなら、きっと緊張の青だろう。この場に居座ってそう長くも無いというのに、既に何時間もいるような心地になってしまうのは、所謂出待ちというものをしているからだ。
(素直に正面から行く方が得策でしょうが、ここで待っている方が確実ですから。)
自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた時、きいっと門を開く音が透空の耳に届く。
「……架間さん?」
門を開いた人物こそ、透空が待っていた少女。神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)である。まさかこの場にいるとは思っていなかったのだろう。境華は目を丸くさせ、不思議そうな表情で透空を見つめる。
「あ、ははっ、こんにちは!」
「こんにちは。架間さんは中に入らないのでしょうか……?」
門の向こうに聳え立つ古い洋館へと顔を向ける境華へと、透空は両手を向けて首を振って見せる。
「実は境華さんを待っていて……。」
「私ですか?」
「そうです。一緒に遊びに行きませんか?」
矢継ぎ早に告げる透空を、瞬きを繰り返しながら見つめる境華。暫しの沈黙が、2人の間に降る。はっ、と息を飲んだのは透空だ。
「先日、星詠みの依頼で色々頑張りましたし……そのお疲れ様会ということで!」
慌てて言葉を付け足し、透空は改めて境華の顔を覗き見る。
「お疲れ様会……ぜひ、一緒に行きたいです。」
表情も声色も常日頃と同じ境華ではあるが、言葉の通りだ。なによりも仲良くなりたいと思っていながら、中々きっかけの掴めなかった透空からの誘いでもある。返事に少し遅れてしまったものの、断る理由はない。
今一度、境華が小さく頷くと、返事を聞いた透空がそれはそれは嬉しそうに破顔させた。
「行きたい所が沢山あるんです。お疲れ様会ですから、存分に楽しみましょう!」
「はい、楽しみにしています。」
嬉々として言葉を告げる透空と、それを聞き入れる境華。当日の流れは透空に任せるとして、今日はお疲れさまでしたの言葉で、この日は解散をする運びとなる。
そしてお疲れ様会の当日。
この日は天候にも恵まれ、傘をさすことなく目的の場所へと向かう事ができた。目的の場所と言うのは、周辺の学生も良く遊びに来るショッピングモールだ。ゲームセンターやカラオケなども併設されており、休日は家族連れや学生たちで賑わっている場所でもある。今日は休日と言うこともあり、多くの客で賑わっているようだ。
「この服とってもかわいいですね……。こっちの服は境華さんに似合いそうです!」
人々の隙間を縫い足を進める透空は、今現在、春から夏にかけての服に目移りをしているようだ。そんな様子を微笑ましく見つめていた境華へと、不意に透空から声がかかる。
透空の示すそれは、薄紫のワンピースだ。所々にあしらわれた上品なフリルが、シンプルな中でも愛らしさを演出しているかのようだ。
「似合いますか……?」
「とっても似合います!」
普段から和服を着ることの方が多い境華だからこそ、このようなワンピースは新鮮に映る。ワンピースの裾に触れ、その感覚を確かめる。この生地なら、羽織を羽織れば春先に、何も羽織らなければ夏の初めに着ることが出来るかもしれない。
今すぐに購入をすることは無理でも、また来た時にあれば検討をしてみるのも良いかもしれない。何よりも、仲良くなりたい相手に「似合う」と言われてしまったら、着てみたい気持ちも大きくなるものだ。ひとりでに頷き、今は無理でもと告げようとした時に、境華の視界には向かいの雑貨屋が入り込む。
「……あれは。」
「雑貨屋さんですね。オシャレな物が沢山売っているんですよ!」
あ!と透空が両手を叩き、声をあげる。
「境華さん、今日の記念に、何かお揃いの小物を買いましょう!」
「お揃い。」
お揃いと言えば友人の証でもある。ぽつりと呟いた言葉はいつもと同じそれ。けれども、どこか照れ臭そうに握った拳を口元にあてがい、境華は静かに頷く。そんな様子を見た透空も、嬉しさを隠すことなく境華を引き連れて雑貨屋へと足を踏み入れる。
日用品からアロマ、キーホルダーや栞等々。様々な物が売られているその店では、透空の瞳がきらりと光る。
「境華さんはどのようなものが好きですか?」
兎のキーホルダー、ご当地キャラクターの缶バッジ、それからゆるキャラのぬいぐるみなど、様々な小物を両手いっぱいに抱えて持って来た透空は、境華の好みを問う。
「……これとか、これ……あとはこの辺も気になります。」
透空の持つキーホルダーはキャラクターものから、シンプルな物まで様々とあるようで、境華はその中でも鞄につけても目立たない。けれども装飾として上品にもなる花柄のキーホルダーをいくつか示す。
「あ、これ……。」
それならお揃いは、と透空が選びかけた時、境華が小さく声をあげる。境華の視線を追いかけた先、そこには竹で作られた栞が並んでいた。どうやら手作りの1点もののようで、同じ柄は見当たらない。しかし、これであれば学業でも使うことが出来る。
「これなら、学校で使う事ができます。それにこれを見る度に、今日のことも思い出せます。」
「竹の栞、良いですね!柄も違うようですから、似たような柄の物にしませんか?」
「でしたらこの紫陽花はいかがでしょう?」
境華の選んだ2枚は、オーソドックスな紫陽花の絵柄の栞と、雨降る日の紫陽花の絵柄の栞だ。天候は違うものの、対になっているようにも見える2枚に透空は嬉しそうに表情を緩ませる。
「絵柄は違うのにお揃いみたいで良いですね!これにしましょう!」
嬉々として栞をレジへと持って行き、会計を済ませた2人はショッピングモール内を歩き、次なる場所へと向かう。
「境華さん!プリを撮りませんか!」
周囲の騒音に負けないように、透空は声を張り上げる。戸惑いながらも「はい。」と告げた境華の声は、ゲームセンターに置かれたスロットの音にかき消されてしまった。しかし、幾度も頷きを繰り返す様子から承諾を得たのだと認識したのか、透空は境華を連れてプリクラの機械の並ぶスペースへと向かう。
このような場所に縁のない境華は、少々尻込みをしているのかプリクラの機械をまじまじと見つめて固唾を飲んだ。
「境華さん、中にはいりましょう!」
「中、ですね。はい。」
機械の中へと足を踏み入れた瞬間、境華を照らすのは白くて眩い光だ。あまりの眩さに目を閉じてしまったものの、瞳を開かなければ写真を撮ることは出来ない。ゆっくりと開き、画面を見つめる。
「この画面の通りにポーズを取るんです。」
楽しそうに笑いながら説明を続ける透空と、画面を真剣に見つめる境華。画面に表示されたポーズを取り、カウントダウンを聞きながら写真を撮っていると、なんだか楽しくなって来たのか、肩に入っていた力も徐々に抜けていた。
「こっちのブースで落書きをしたら完成です!」
撮った写真を何枚か選び、そして落書きを施す。完成したものは、あとで楽しもうという透空の提案に境華は頷き、そして2人は次の場所へと移動をする。
そこは、透空の来たがっていたカラオケだ。カラオケと言えば、打ち上げには定番の場所。だからこそここは外せなかったのだ。一緒にどうかと誘ったが、境華が断るのなら今回はなしでも良かった。
「こういう場所はあまり来たことがありません。」
誰が見ても境華の表情に戸惑いがあることなど分かるだろう。プリクラの時よりもぎこちなさは増し、部屋の入り口で立ち竦んでいるのだ。しかし境華は断らなかった。折角だからと、この場所に足を運んだのだ。
透空は手慣れた動作で曲を入れ、マイクを持つ。透空を見つめたまま立ち竦む境華へと、イントロの合間に自身の隣を叩き、着席を促す。ぎこちなさを引き連れて着席をした境華は、ぼんやりと画面を眺めていた。
大画面に表示された曲名は、最近はやりのアイドルグループの物だ。街を歩くとその曲が流れているのを、境華も何度か耳にしたことがある。だからと言う訳ではない。無意識のうちに境華の身が揺れていたのは、曲の力と言う訳ではない。目の前で歌う透空があまりにも楽しそうだったから。自分ではこんなにも楽しそうに歌うことは、きっと出来ないから。
しかし、きらきらと瞳を煌かせて楽しそうに歌う様から、透空の楽しさが伝わって来た。だからこそ、薄暗いカラオケルームで画面の光に照らされた境華の口角が僅かに上がっているのを、透空の瞳も捉えることが出来た。
「境華さんも、どうぞ。」
差し出されたマイクを、戸惑いながらも受け取った境華も歌う。曲は少し前に流行ったバラード。透空のように楽しそうに歌う事は出来ないけれど、でも今この瞬間が楽しいという気持ちは変わらない。画面を見据える境華の横で、透空はリズムに合わせて身体を揺らしていた。
「は~、楽しかった!」
「私も、こういう遊び方はあまり慣れていなかったのですが……。」
「とても楽しかったです。」
フードコートでハンバーガーとポテト、それからデザートのアイスを並べた2人は、先程撮ったばかりのプリクラを見ながら声をあげる。
プリクラに慣れていない境華が目を閉じたままになっている物、ぎこちなく指でハートを作る境華と、その隣で楽しそうにハートを作る透空。最後の数枚は肩の力が抜けた姿を選んだのか、プリクラの数枚でも境華の変化が見られるものだから、何だか微笑ましい。透空はプリクラを見ながら嬉しそうに表情を綻ばせ、広げたポテトを1つ摘まむ。
「私の知らない事ばかりでした。プリクラも、カラオケも、普段からあまり縁のない場所ですから余計に。」
「私も、今日はお友達と一緒に遊べてとっても楽しかったです。」
口に含んだポテトをジュースと共に飲み下し、透空は満面の笑みを向ける。思ったことは真っ直ぐに告げる透空だからこそ、その言葉が境華の胸に素直に落ちる。
境華だけでは経験の出来なかったこと。こうして透空がいたからこそ、自分の知らない世界を知ることも出来た。そして何より、友達になりたいと思っていた相手だから、透空の真っ直ぐな言葉が境華の心に華を広げた。
「……実は、仲良くなりたいと思っていたんです。」
「ですが中々切っ掛けがなく、今日までこうしていたのですが……。」
片手に握っていたジュースのカップを机上に置き、境華は透空の瞳を真っ直ぐに、けれどもどこか照れ臭そうに見つめる。2人の視線が重なり合った。何気ない所作だというのに、境華にとってはそこから先の言葉をすらすらと口にすることは出来ない。まだ、若干の照れが残っているのだ。
僅かな空白の合間に、透空も飲みかけのジュースを机上に置く。カップに付着した水滴がトレーの上に敷かれた紙を濡らす。そんな僅かな間の出来事。境華にとっては僅かな時間が何時間にも感じられる。
「透空さん。私と友達になってください。」
ガタッ、と向かいの透空が立ち上がった。立ち上がった拍子に、机上に置いていたポテトがいくつか散らばってしまったが、そんなものはお構いなしだ。
「今、名前……!」
「……はい、透空さん。」
透空の銀の瞳が見開かれ、次第に頬が紅く染まって行く。こうして立ち上がるほどに、境華に名を呼ばれたことが嬉しかったのだ。元より友人とは思っていたものの、もう少し仲良くなりたいと思っていたからこそ、今回はお疲れ様会と理由を付けて誘った。だからこのような僅かな変化が、そして今日という日を設けたからこそ近付いた距離が、改めて境華の口から告げられた言葉が、嬉しくて嬉しくて仕方なかったのだ。
叫び出したくなる声を抑え、透空は慌てて席に着く。何事かと振り返る周囲の視線がそろそろ痛くなって来たというのもある。けれどもそんな視線もすぐに忘れてしまう程に今は嬉しい。
「境華さん、ありがとう。私も今とても嬉しくて……!」
「今日もすごく楽しかったから、また一緒に遊べたらいいねーって、思って……!」
嬉しさからか、言葉が崩れ始めた透空が落ち着くようにジュースを口に含む。ふう、と吐き出した吐息にも、やはり弾むような色が乗っていた。境華もまた気持ちを落ち着かせるようにジュースを口に含む。甘酸っぱいオレンジの味が口いっぱいに広がると、目の前で熱を冷まそうと片手で扇ぐ透空の姿が目に留まる。
「また……よろしければ、ご一緒してください、透空さん。」
控えめで、けれども確かな言葉。扇ぐ手を止めた透空は、くしゃりと目元を緩めて笑い、境華を言葉と同じように真っ直ぐに見つめる。
ゲームセンターよりも静かで落ち着いたフードコート。その一角で向かい合い座る同じ年頃の少女が2人。互いに見つめ合う表情には、友人が増えたことへの喜びと、それから次の約束への期待と、今日と言う日の楽しさと。
『仲良くなりたい。』
そう思っていたのは2人だった。どちらが先かは分からない。けれどもこれだけは言える。今日という日のお陰で、2人は確かに友人になれたのだと。鞄に入れた竹の栞を見る度に、今日を思い出すのだろうということも。
――――喜んで!
フードコートの中で響いた声は、周囲を明るく照らす程に喜色を帯びていた。
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