シナリオ

血は争えない

#√EDEN #ノベル #ヴァリアント家

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル
 #ヴァリアント家

※あなたはタグを編集できません。


 ヴェール越しに聞こえてくるのは、甘い、甘い、声。廊下に捨てられていた二人分の衣が『なに』とやらをイメージさせてくる。サーシャ……さー……しゃ……アタシを……アタシを……。なぁに……お義姉ちゃん……聞こえない……もっと、大きな声で、ないてくれないと、聞こえない……。さーしゃ……それを……みせて……アタシを、めちゃくちゃに……。欲しいなら、みせてあげるよ。だって、お義姉ちゃんはほんとうに……。
 ――|私《ほうせき》のことが、好きなんだから。
 虚空へと墜ちるので在れば――墜落するので在れば――幾らか、正気を維持する事も可能だった筈だ。たとえ吸い取られていても、抜き取られていても、如何様な状況に陥っているのか程度であれば把握できていた筈である。されど、世界と謂うものは、脳味噌と謂うものは過保護なまでに、自分を守ろうと、庇おうと、必死になってしまうものだ。ああ、小さかった世界も今や巨大な玩具箱で、その隅っこで折れ曲がっているお人形さんめいた無様さか。そうとも、オマエ、かつてのドラゴンは人のカタチと見做されて闇黒を這っている。永い、長い、這いずりではあったのだが、もう少しだけ眠気にやられているかの思ってはいたが、さて、この、微々たる刺激は何処からのものか。ひくひくと瞼を痙攣させてオツムがようやく『生きている自分』に気が付いた。……アタシ……は……? 自分を意識するのと同時、筆舌に尽くし難い痛みに苛まれる。全身が拉げているようにも感じられたが、それよりも、割れているのかと想うほどに頭が痛い。まるで、頭蓋を開かれて、無理やり中身を交換させられたかのような――その次点、ついてきたのは我慢できそうにないほどの嘔気。真っ赤な、真っ赤な、絨毯のようなイメージが脳裡とやらを埋め尽くしていく。凄惨なまでの幻覚に目の玉がひくひくと嗤った。嗤うと共に見えてくる誰かさんの輪郭……ぼんやりとしているが……何故だか、とても、大切な事のようにも……。混迷を極めていたオマエに再度の昏迷、これが神様からの慈しみなのだとしたら――いいねと推すしかない。
 女の子が空から落ちてくるなんて、まさか、現実で起こり得るなんて望外としか解せなかった。高層ビル群に追われていた、或いは、追いかけられていたオマエが、崖の下に存在している状況こそが最も『おかしく』思うべき背景なのだが、それはそれ。人命救助をしなくては後味が悪くなってしまうと謂えよう。……大丈夫ですか。聞こえていたら、返事をしてください。えっと……あなたのお名前は? お家はどこ……あと……家族の人数は……? 同じような質問を繰り返しても、女の子の頬をちょっとだけつついても、反応が見られない。本当は……こういうこと、しちゃいけないけど……。崖の上から落ちてきてこの程度の損傷なのだ。本来なら即死しているべきなのだ。故にオマエは女の子の頑丈さを信じる事にした。しっかりしてください。ここで死んでしまったら、私、葬り方もわからないのですが……。肩を掴んで可能な限りゆっくりと、ふるふる、頭を揺さ振ってみる。痛みか苦しみか、もしくは別の原因か――如何やら、ほんの僅かにだけ意識を取り戻してくれた様子だ。ひくひく、瞼が痙攣したならその裏側。ひくひく、目の玉が上下左右と嗤い始める。ごくり……。オマエは刹那の内に知らなかった感情とやらに芽生えてしまった。見る影もないが、きっと艶やかな赤い髪だったのだろう。そのヴェールを煌めかせているのは、そう、やはり……振盪している女の子の眼球だ。まるで吸い込まれそうな、抜き取ってしまいたくなるほどの宝石ふたつ。どくんと、どくんと、心臓が騒がしいったらたまらない。なに……この……なんだろう。居ても立っても居られない。いいや、考えるよりも先に身体が動いていた。私、あなたのこと、欲しくて欲しくて、仕方がないんだ。恋は盲目などと謂うけれども、見えているのだから悪辣なのだ。いつの間にか再度の眠りについていた女の子を持ち帰ろうとする。ぐぐぐ……お、思ったよりも、苦労しそう……。数ミリほどずらしたところでようやく腰に下げていた得物に手を伸ばす。竜滅丸の銘を有する『霊刀』だ。ああ、竜を滅する! 既に滅されたも等しい彼女を前に『それ』を行使するとは――! はじめて使ってみたけど、これなら、あなたを運ぶことくらいわけないはず……。お姫様に憧れていそうなオマエが『お姫様抱っこ』をする奇天烈なシチュエーションだ。でも、いつか、今度は私があなたにお姫様抱っこされる日だって――! 口腔にあふれた汁気を如何にか抑え込み、とことこ、徒歩で楽園へと移動する。何もかもは奇跡だ。奇跡のような巡り合わせだ。もっとも――お持ち帰りをされた方にとっては残酷な運命だったのかもしれない。
 此処は√EDEN――つまり、オマエは最早、逃げる事など赦されない――の、お屋敷。父親と母親がいて、一人娘がいる、実に、まったく普遍的な環境でのことだ。如何やら一人娘が行き倒れの女の子を連れてきていたらしい。帰ってきた両親は最初驚きを隠せない様子ではあったが一人娘の『表情』が今までに見た事がないほどの『もの』だったので、完治するまでの看病を良しとした。良い? サーシャ。あの娘が治ったら『これきりの関係』にするのよ? ああ、そうだな。サーシャが『それでいい』なら、そうすべきだ。両親の言葉を耳にして一人娘は引っ掛かった。私は……私は、いったい、あの女の子を、少女を、如何したいのだろうか。悶々とした日々を過ごす事にはなったが――行き倒れの君が目覚めるまでは想像していたよりも穏やかであった。それこそ、服を脱がせて身体を拭う行為も――正気の儘で『やれていた』のだ。大丈夫。私は知性的なヴァリアントの娘。このくらいの事で自制心を失ったりはしない……。自制心……? その言の葉こそが萌芽の所以なのではないか。ふるふると、いつかの女の子のように、セルフで頭を揺らしてみる。これが……あなたの見ていた、もの……? ハッと我に返る。よろよろとベッドにもたれてはしまったが、裸体、覆い被さるラッキーには至れなかった。……これは、もう、認めるしかないよね。私は――惚れてしまったのだと。頭の中身を溶かされてしまったのだと。
 欠けていた頭蓋、のり付けがいい具合になった頃、空から落ちてきた少女の呼吸は落ち着いていた。一人娘の熱心な介抱のおかげか、少女は野良犬めいた臭いからも解放されており、すっかり良いところのお嬢さんのような気配とやらを孕んでいた。あ……動いた……。瞼のひくひくを、目の玉のぐるりを、間近で観察するのはこれで『二度目』。ああ、長いこと離れていた兄弟との再会を彷彿とさせる思いだ。今にも涙がこぼれそうだったが、喜悦、この興奮を如何にかして抑え込む。やっと起きたね。何日寝ていたと思っているの? クスクスとミステリアスな『女の子』を演じてみる。私が拾わなかったらあなた、今頃死んでいたからね。……えっと……あの……ありがとう……? なんともトボケタ、呆けた返答ではなかろうか。せめて「助けてくれてありがとう」と、頭を上げてくれるのが相応な返答ではないか。あのさ、名前を教えてくれると嬉しいな。どこから来たのかも、良かったら……。あ……アタシは……アーシャ……たぶん。あと……アタシは……アタシ、は……? 吸い取られているのだ。抜き取られているのだ。脳味噌をほんの僅かに、喰われてしまっているのだ。おぼえてない……? 強烈な打撃を受けた。ああ、打撃を受けたのは記憶喪失の少女だけではない。少女に堕ちてしまった少女にとっても――多大な天啓と解せるだろう。あー……じゃあ。私の家に住んだらどうかな。あなたの……アーシャちゃんの記憶が戻るまでの間だけで良いからさ。私? 私はサーシャ・サーシャ・ヴァリアント。よろしくね。神様が存在しているのだとしたら、そう、この瞬間だけはオマエの神様だ。神様は振り向いたと同時に素晴らしいプレゼントを投擲してくれたのだ。……それなら、うん。よろしくお願いします? サーシャに連れられたアーシャは両親へのご挨拶を済ませた。そうか。記憶が戻るまでサーシャのことを頼んだよ。なんだか、出来の良い娘が増えた気がしますね、お父さん……。こうしてヴァリアント家は四人家族となったのだ。
 ヴァリアント家は普遍的である。普遍的であるが故に――新しい家族を迎える方法も手早く行えた。金銭による力は勿論のこと、様々な伝手を駆使してアーシャを『アーシャ・ヴァリアント』としたのだ。√EDENで『戸籍』を得ることなど最早、赤子の手をひねるに等しい。それで、サーシャ。今日はアーシャと何をして遊んだんだい。お父さま、今日はお義姉ちゃんと一緒にかくれんぼをして遊びました。びくりと、隣に座っていた『お義姉ちゃん』が反応する。いつの間にやらサーシャの『お義姉ちゃん』になっていたようだ。いや、この場合は義姉だろうか。戸籍上もちゃんと『そう』なっているのだから、今更、否定する気にもなれないし、なんなら、アーシャ自身も『その立場』が嬉しくなっていた。そうかそうか。サーシャは本当にアーシャが好きなんだな。こくりと、所謂条件反射めいた速度での頷きだ。勢いが凄すぎて今にも義妹の首が外れそうだが――そんな心配もある意味、絆されている証明だ。サーシャ、アタシがいない間にどこかで、迷子になったりしないでよね。そんな科白がこぼれたのには確りとした所以があった。だが、アーシャ・ヴァリアントには所以の『ゆ』の字も知る由は無い。ああ、欠落――失くしたものを、記憶を、無意識に埋め合わせようと一所懸命をしているのだ。だからこその、この、膨らみ続けていく偽りの家族愛であった。どうして? どうしてアタシは、こんなにも、義妹と一緒にいたいのかしら。義妹と一緒でないと、なんだか、寂しくて、寂しくて、おそれを感じているのだろうか。不明点も疑問点も時が経つにつれて薄れて往く。まるで自分が本物の娘で、姉であるかのような……。お義姉ちゃん、一緒にお風呂に入ろうよ。まったくしょうがないわね。ほら、もう、用意はできているからお風呂場にいくわよ。とっても甘やかしているではないか。自分の着替えと義妹の着替え、何方も抱えている姿は――人間らしさに支配されていた。
 もこもこと、わしゃわしゃと、お義姉ちゃんが私の頭を――髪の毛を、丁寧に洗っている。鏡面越しで見るお義姉ちゃんの姿は、どうにも、目に沁みてしまいそうで、たまらない。ああ、お義姉ちゃんが――アーシャ・ヴァリアントが――この家に来てから随分と時間が経っている。お義姉ちゃんの容態は良好で、いつ、どのような切っ掛けで記憶を取り戻すのかもわからない。わからない? 私は、もしかして、焦っているのだろうか。お義姉ちゃんの記憶が戻ることは、きっと、喜ぶべき事柄なのだろうけど、どうして、頭の中がこんなにもむず痒い。お義姉ちゃん……なんだか、頭のてっぺんが痒いんだよね。……そうなの? じゃあ、もう少しだけ強くするわ。ごしごし、ぐしぐし、お義姉ちゃんが何度も何度も、私の脳天を弄ってくる。ああ、もしも、お義姉ちゃんが、私のことを心の底から『妹』だと思い込んでくれたなら――どんなに素敵な事だろうか。もこもこもこ、わしゃわしゃわしゃ、ごしごしごし……くしゅくしゅ……。そろそろ流すわよ、下を向いて、それと、目を瞑りなさい。柔らかなお義姉ちゃんの手、柔らかそうなお義姉ちゃんの身体、全部、全部、私の『もの』にしてしまいたい。でも私にそんな力……力……? ざばぁと、泡だらけの頭が綺麗サッパリとなる。綺麗サッパリ――頭が――すっきり――。きっとのぼせてしまったのだ。のぼせていたから『思い出して』しまったのだ。良かった。私が、お義姉ちゃんよりも早く『この家のこと』を思い出せて。これなら、きっと、お義姉ちゃんは、永遠にお義姉ちゃんでいてくれる筈……。ちょっと、大丈夫? 顔が赤いんだけど? 湯舟はやめておくのが正解かしら? 大丈夫だよ。大丈夫だから、お義姉ちゃん。せめて、十秒くらいは数えておこうよ。ぶくぶく、ぶくぶく、ひっついた果実の戯れに、神様が微笑み返す……。
 深夜――両親が床に就いて数時間後――眠気を殺すべくカフェインを摂取していたオマエは動き出す。浴後、皆が油断している隙をついて拝借していた鍵を取り出して、抜き足、差し足……。いったい、洗髪されている最中、何を思い出したのか。何を思いついてしまったのか。音が出ないように、出来る限り出さないように、慎重に、がちゃがちゃと戸口を開ける。ここは――埃の被っている『開かずの間』とやらか。兎も角、幼い頃の記憶を頼りに棚をひとつ、また、ひとつを探っていく。……ここにはね、サーシャ。ヴァリアントの家宝が置いてあるのよ。サーシャ、もしもあなたが、本当に必要だと思った時がきたら、この家宝を使いなさい。大丈夫、私も、お父さんを『こうやって』ものにしたんだから……。手にしたのはブローチであった。赤々と、赫々と、まるで二人の瞳を彷彿とさせる、ルビーの誘い。俺を使えと、俺を使って、ものにしてしまえと、紅々が囁いているかのように見えた。これでアーシャお義姉ちゃんは、ずっと、ずっと、私の『お義姉ちゃん』になってくれる。ウキウキ、ワクワク、爛々とオマエはドラゴンプロトコルのいる部屋へと戻っていった。
 お義姉ちゃん……起きて……お義姉ちゃん……。枕元に立っているのは誰だろうか。いつかの崖下でおぼえた感覚、心地の良いめまい感と共に『義妹』を認める。サーシャ……? こんな時間に、いったい、なんのよう……? 用事が何かを理解するよりも前に、把握するよりも前に、ああ、掌握されたかのような異常に攫われる。目の前だ。目と鼻の先、きらきら、ぎらぎら、紅の美しさが左右と揺れていく。えっ……と……サー……シャ……??? 警戒心の『け』の字もない、まったく無垢なドラゴン娘だ。宝石や酒類に弱い、在り来たりな伝説も、もはや、莫迦には出来ない無様であった。お義姉ちゃん……お義姉ちゃん……この、宝石を……ブローチを……じっと、ジィッと、見つめて……。ぶらぶら、ふらふら、脳味噌がまるごと持っていかれる。吸い取られるのではなく、抜き取られるのではなく、自ら、杯の中に叩きつけていく。……あ……ぁ……。赤色の瞳から光が失せ、ルビーへと感染した。感染すると、数秒間、アーシャ・ヴァリアントの口腔から唾液が蜘蛛の糸めいて……。お義姉ちゃん……お義姉ちゃん……お義姉ちゃん……私は、お義姉ちゃんが大好き。お義姉ちゃんは私のことが大好き。私のことが大好きだから、一生、私の『もの』になる……私の『もの』になる……私の『もの』に……。揺れていた視線がぴたりと『サーシャ』を定めた。ああ、堕ちた。もう堕ちた。こんなに呆気ないなんて、サーシャからしても吃驚だろうか。アタシは……サーシャの、もの。私は……サーシャの、もの。サーシャのためなら、いもうとの、ため、なら……なんでも……しちゃう……。おそらく、アーシャ・ヴァリアントへ施された催眠は『欠落』の所為で二度と解除できない。その核心のようなものに、ほんのりと、サーシャ・ヴァリアントは罪悪感を覚えたが――お義姉ちゃん! お義姉ちゃんはもう、私のもの! 大好き……大好き、大好き、大好き大好き大好き大好き……! ずっと一緒だね。ずっと、ずっと、一緒だね……! まったく、どす黒い悦びではないか。歓喜の化身ではないか。
 サーシャ……ちょっと、こっちにきなさい。父親からの呼び出しだ。その原因については、所以については、まったく確信している通りだろう。こそこそと父親の書斎に入ったオマエはやれやれ顔の手招きの儘に。……サーシャ、あれを使ったね? あれを使って、アーシャを催眠状態にしたね? それも、かなり深く。いや……元に戻せないほどに。怒りの感情も籠ってはいたが、オマエは父親の顔色に覚えがあった。そう、なんだか、あの時のお義姉ちゃんに『似ていた』のだ。サーシャ……まあ、やってしまったことは仕方がないのだけれど。せめて、ちゃんと、責任は取ってあげなさい。最後まで、最期まで、彼女と――アーシャと一緒にいる覚悟を……ああ、そうか。その顔、サーシャはもう、覚悟をしていたんだね。父親の心はわかっている。それこそ、母親と同じく、手に取るようにわかっている。それじゃあ、サーシャ。アーシャのことは、サーシャに任せよう。もちろん、これまで通りさ。さて、そろそろ、仕事に行くとするかな……。父親が玄関先で母親と接吻をしている。接吻……キス……お義姉ちゃんとやってみたい……。父親を送った母親が、乙女のような顔をして『こっち』にくる。良い? サーシャ。うまく使うのよ? 上手く使えば、サーシャもアーシャも、ふたりとも、一生、幸せになれるんだからね。わかったよお母さま。お母さまを真似して、いいえ、そう、お母さまを越えてみせましょう。
 私はサーシャ・ヴァリアント。
 アーシャ・ヴァリアントの義妹。
 加えて――所有者――。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト