シナリオ

淑女はコーディネートがお好き

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 ある春の日、√妖怪百鬼夜行にある某ミルクホールの一階ラウンジでのこと。
 これといって用事もなくくつろいでいたイルゼ・ラウィーネ・ローゼンクランツの肩を、大きな指先がちょんちょんと叩いた。
「あら、ヤグロじゃない。どうしたの?」
 見れば、|小弓《こきゅう》・|佐倉《さくら》と彼女の護霊『|夜黒《やぐろ》の手』の姿。肩を叩いたのはヤグロのようで、肝心の小弓は少し困惑気味というか、ヤグロが何をしようとしているのか分かってない様子だ。
「ごめんなさい、イルゼさん……ヤグロがさっきから変、で」
 という言葉を遮り、ヤグロは開かれたままのファッション誌をぐっと割り込ませた。そしてもう片手の人差し指で紙面をトントン叩き、今度は親指で小弓を指す。
「ずっとこうやって、わたしに本を見せて、くるの」
「ふうん……?」
 イルゼは誌面に目を落とした。雑誌はちょうど10代の若い女子向けに刊行されているようで、ページは春夏トレンドにまつわる特集コーナーだ。
 ヤグロの指がその中の一つを指し、また小弓を示す。イルゼは交互に誌面と少女とを眺め、なるほどと頷いた。
「ヤグロ、あなた……小弓ちゃんにかわいい服を着せたいのね?」
 護霊は物凄くキレのいい👍️を決めた。何処からともなく紙吹雪が降ってきそうな勢いだ。どうやら正解だったらしい。

「え……? たしかに、かわいいお洋服だと思う……けど、わたしは着ないよ?」
「いいわ、私もそろそろ新しいリボンやネクタイがほしかったの。保護者を連れていらっしゃい」
「あの、イルゼさん……??」
 小弓の控えめな主張を完全にスルーして敬礼したヤグロは、ビュンッと物凄いスピードで飛んでいった。
「ん? ヤグロか、一体……いや、待て。なんだ、引っ張るな」
 そして小弓の保護者である|木邑《きむら》・|零壱《れいいち》を、半ば力付くで引きずってきた。ヤグロは喋れないので事情説明などされておらず、零壱は困惑するばかりである。
「イルゼにコキューか。何の騒ぎだ? いきなり連れてこられたんだが」
「|零壱《れーち》……その、わたしにも、何がなんだか……」
「荷物持ちよ」
「明らかにコキューも置いてけぼりで話が進んでいるのは分かった。とりあえず分かるように説明してくれ」
 ノリ第一で動きたがる輩が多い旅団に居るからか、零壱の状況把握能力はそれなりに高かった。

 そしてこんな風に何かが起きそうな気配を、ノリで動く奴らは謎の嗅覚で察知するものだ。
「えー、なになに? みんなでお出かけ? 気になる~!」
「とにかく楽しそうな何かを感じたよ! 私も混ぜてもらおうか!」
 そんな感じでやってきたミルグレイス・ゴスペリジオンとネメシア・ヘリクリサムは、まだ事の次第も聞いていないのについていく気満々だ。
「こういうことには敏感ね、ふたりとも。いいわ、お買い物は人が多いほど楽しいもの」
「待て。だから説明を先にしてくれないか。コキューも困ってるだろう」
「いや私には読めてきたよ! つまり小弓の服選びと見た!」
 ネメシアがテーブルの上に開いたまま置いてあったファッション誌を高く掲げると、ヤグロが再び👍️した。肝心の小弓は「え? え?」と戸惑うばかり。
「それすっごく楽しそう! じゃあアタシも混ざる!」
「となると、もう一人か二人荷物持ちが欲しいわね……」
「待ってて! いま|師匠《パパ》を連れてくるから!」
 さっきのヤグロのようにビュンとミルグレイスが姿を消したかと思うと、次の瞬間には風のようなスピードで戻ってきた。
「……何事であるか……?」
 まさに竜巻にさらわれたような顔のモルドレッド・アーサーが呆然と問いかけると、その姿に強烈なデジャヴを感じた零壱が無言で頭を振った。


 こうして、事の発端である小弓をよそにトントン拍子で話が進み、気が付けば√ドラゴンファンタジーへ。
「れ、零壱、どーしよう……」
 案の定困り果てていた小弓は、しかし「行かない!」と強情を張るタイプでもなく、流されるままにイルゼらの後についてきていた。
 なお、ヤグロを説得しようとしても、あのキレのいい👍️で誤魔化され……いや、ゴリ押しされるだけだ。なのでもうそちらは諦めた。
「……イルゼ。それにミルグレイスとネメシアも」
 黙っていた零壱がおもむろに口を開き、サングラスの位置を指で直した。かしましく雑談していた三人娘(?)は、何を言い出すのかと振り返って言葉を待つ。

「――正直、感謝している」
「零壱??」
 てっきり待ったをかけてくれると思っていた小弓は、保護者の予想だにせぬ言葉に愕然と彼を見た。まるで宇宙の真理を頭に流し込まれた猫のようなスーパーびっくり顔である。
「実を言うと、そろそろ小弓の服を見繕おうと思っていたんだ。しかし毎回俺が選ぶのもどうかと悩んでいてな……」
「やっぱりそうだったのね、木邑さん。小弓ちゃんたら、明らかにお洒落を気にしてなさそうなことを言うんだもの」
 イルゼは分かっていたと言いたげな微笑を浮かべ頷いた。
「でも、お礼を言うなら私じゃなくヤグロに言ってあげて。彼……えっと、彼でいいのよね? まあとにかく、ヤグロが提案してくれたようなものだし」
「そうか。コキューのことを考えてくれて感謝する、ヤグロ」
 例の手は例の👍️を決めた。今日一日このポーズ(?)してばかりである。完全に孤立無援と化した小弓はスーパーびっくり顔のまま固まっていた。

「アタシは楽しそうだからついてきただけだし、お礼なんていーよ! ね、師匠!」
「それを言うなら|俺《わたし》も連行されたようなものなのであるが??」
 しかしモルドレッドはそれ以上主張するつもりはなかった。何故なら、このモードに入ったミルグレイスには何を言っても無駄だからである。
「そうだねぇ、私はあくまで荷物持ちだし? まあお互いちょっとしたバイトのようなものだと思って頑張ろうよ!」
 一方、ネメシアは自分も同じ立場だと言いたげな様子で、零壱とモルドレッドの背中をバンバンと叩いた。

「あら、何を言っているのかしら?」
「えっ??」
 ネメシアは満面の笑みを浮かべるイルゼを二度見した。
「今日のメインは小弓ちゃんだけれど、ついてきたからには貴方たちもコーディネート対象よ?」
「だって、師匠! 実はアタシも師匠のカッコいいスーツ姿、楽しみだったんだー! イルゼのチョイスならきっと似合うよ!」
「いや、今の表現だとミルグレイスも入っているのではないか?」
「えっ??」
 暴走系踊り子はネメシアと揃って宇宙を背負う猫みたいな顔になった。

「大丈夫、もう|行き先《ブティック》には連絡済みよ。行きつけのお店だし、多少はお金を使ってるところだからこの人数でお邪魔しても文句は言われないわ」
「ちょ、ちょっと待って? 私はあくまでイルゼや小弓がショッパー山盛りとか似合わないから、荷物持ちのつもりでついてきたんだけど?」
「アタシもなんとなく楽しそうだから混ざっただけだよ!?」
 よもや自分たちまで標的(語弊)になると思っていなかったネメシアとミルグレイスは、揃って慌てた。

「……これは、どうやら俺たちが連れてこられるのも織り込み済みだったようであるな」
「|服や化粧《こういったこと》については、やっぱり女性に任せるのが一番だということだ」
 モルドレッドと零壱は、男同士のシンパシーに頷きあった。
 ちなみにモルドレッドはアオザイを思わせるモノトーンの格好だが、これは主に冒険などで武装する際にインナーとして使っているものだ。
 隣にひっつくショートパンツ姿のミルグレイスが、動きやすさ優先ながらそれなりにおしゃれのことを考えているのを鑑みると、やや釣り合っていない。

「貴方たちも逃がしはしなくてよ?」
「「!?」」
 即座にイルゼの抜け目ない言葉で機先を制され、男たちはギョッとした。
「特に木邑さん。その喪服にしか見えない姿には驚いたわ」
「いや、これは……しかし武器は外しているんだが……」
 いつもと変わらぬ黒尽くめの零壱は、謎の圧に戸惑った。
「誰かのおしゃれを否定するつもりはなくてよ。けれど貴方の場合、あまり頓着していないのは丸分かりだわ」
「……」
 ぐうの音も出ない、とはこのことである。零壱は何も言えず黙ってしまう。
「せっかく小弓ちゃんが着飾っても、隣にいる貴方がそれでは可哀想よ。保護者ならこの子のことも考えてあげなくちゃ、ね?」
「え……わたしは、かわいいお洋服とかは」
「さあ、見えてきたわ。今日はたっぷり楽しみましょう!」
 小弓と零壱は顔を見合わせ、立ち尽くした。どうやら今日はイルゼの独壇場らしい。仕掛け人(?)のヤグロは👍️👍️していた。ずっと楽しそうだなこいつ。


 そして否応なく連行されたそのブティックというのが、これまた一行を唖然とさせた。
「すっっ……ご~~~い!」
 ミルグレイスが思わず声を上げたのも無理はない。
 天井のシャンデリアが投げかける白い照明の下、そこら中に並ぶバッグや装飾品類、そしてもちろん春・夏物のワンピースやジャケット。
 それらは飾り方から配置に至るまで、全てが計算されていることがひと目で分かる。店というよりは美術館のような雰囲気だ。
 白を基調とした店内には、庶民的な服飾店にありがちな有線BGMなど一切流れていない。
 そもそも、まずフロアが広い。その空間を目一杯贅沢に使い、値札を見ずともとんでもない値段をしていることが分かる品々が等間隔に並んでいるのだ。
 そして店内には、露骨すぎない程度に自己主張する香水の匂いがふわりと漂っている。ついさっきまで街中を歩いていたはずなのに、まるで√を渡った瞬間のように喧騒は消え失せていた。

「……これ、あれだよね? |旗艦店《フラッグシップストア》ってやつ」
 ネメシアがコソコソとらしくもなく囁いた。
「ふら……??」
「ここは服屋だろう? 何故車の話が出てくる」
 小弓と零壱も謎に声を潜めた。何故かわからないが、この空間でいつもの声量を出すのは憚られる。
「そうじゃないって! ほら、高級ブランドが自前で展開するお店のことだよ。
 いやまあ、私もこんな高そうな店にはわざわざ足を運んだりしないんだけどさ」
「……つまり、売り物も相応の値段ということであるか?」
 モルドレッドはネメシアがこくりと頷いた瞬間、爆速で財布を取り出し検めた。そして天井を睨み、指折り何かを数える。
「……しばらく食費を削れば、いやおそらく……」
「そうか。俺の預金額はどうだったかな……」
 その様子に何かを察した零壱は、シンプルなデザインの|情報端末《スマートフォン》を取り出し、サングラスの下で渋面を浮かべた。頭の裏ではフラッシュ暗算みてえな速度で莫大な数字処理が始まっている。
「れ、|零壱《れーち》??」
 小弓は不安になり、保護者の袖をきゅっと引いた。零壱はまるで死出の旅に繰り出すような悲壮な表情で頷き返した。
「大丈夫だコキュー、万が一のことがあってもお前の分は減らさない。最悪俺が霞で過ごせばいいだけだ」
「それ大丈夫って言うかな!? 仙人じゃないよね君!?」
 ネメシアのツッコミもさもありなん。

 するとそこへ、店員と何やら親しげに会話していたイルゼが戻ってきた。
「早速だけれど小弓ちゃんに似合いそうなものをいくつか見繕ってみたわ。それと、モルドレッドさんは採寸が必要そうだから、あちらの方についていってくださる?」
「えっ」
 モルドレッドはニコニコと上品な笑顔を浮かべた店員と、有無を言わさぬ微笑のイルゼを交互に見た。
「い、いや俺はあくまで同行者で」
「店員さん! お願いしますだよ!!」
 ギュオッ!! と割り込んだミルグレイスが叫んだ。
「待ってくれミルグレイス、フォーマルなものなら俺もいくつか」
「こういったお出かけの時に使えるカジュアルの服はいくらあっても困らないものよ。ねえ、ミルグレイスさん?」
 いつの間にかテーブル(そもそもテーブルなどがあること自体が、ショッピングモールなどで済ませがちな面々の度肝を抜いた)に座りコーヒーを飲むイルゼが言うと、ミルグレイスは物凄い勢いで首を縦に振った。
「うん! うん!! 師匠のおしゃれはいくらあっても困らないです! だよ!!」
「え? え???」
「あ! あと店員さん、採寸したらサイズ教えて下さい! アタシ弟子である以前に|番《つがい》なんで!!」
「いや待て見ず知らずの方に何を言ってそもそも何故サイズを知る必よ――」
 モルドレッドはニコニコ笑顔の店員さん(もちろん彼らもキラキラしてそうなぐらいおしゃれだ)に連行されていった。

 まるで嵐が一過したような静けさがその場を包んだ。
 よくよく考えると、他に客がほとんど見当たらない。貸し切り? あるいは邪魔にならないよう店員が個別対応して遠ざけている? どちらにしてもとんでもないことだ。
「こ、こわい……あぶだくしょんされる……」
 小弓は完全に震え上がっていた。モルドレッドの姿を見たあとだと、気分はまるで政府の秘密組織に連れて行かれるエイリアンのような心境だ。アウェイという意味では間違っていない。
「落ち着けコキュー。何があっても俺がお前を守る。だから安心……あっ」
 割り込んだヤグロがぐいっと小弓を引っ剥がしてしまうと、零壱はこころなしか悲しそうな雰囲気を背負った。
「そうだよ~! 今日はそもそも小弓のおしゃれがメインなんだから! ねっ!」
「そ、そうそう! まずはイルゼのチョイスを見せてもらおうよ!」
 そして、そのまま小弓はミルグレイスとネメシアに連れて行かれる。

「……」
「木邑さん」
 足を組み優雅にコーヒーを楽しんでいたイルゼが、小首を傾げ見上げた。
「保護者は大事だけれど、子離れも同じぐらい大事でしてよ?」
「……別にそんなつもりはない……はず、なんだけどな」
 零壱は頭を掻いて苦笑した。そして自らも同じテーブルに腰を落ち着ける。すると注文――そもそもこういったブティックで飯屋のように店員を呼んでいいのかすら分からなかったが――をするまでもなく、見計らったスタッフがブラックコーヒーをテーブルに置いた。
「改めてありがとうな、イルゼ。俺が見繕うよりは同性の視線があったほうがいいとは、頭の片隅にあっちゃいたんだ」
「大したことはしていないわ。今日までの小弓ちゃんのお洋服だって、素敵なものばかりだもの。貴方も、いつも一生懸命考えてたんでしょう?」
「……見ての通り、|小弓《あいつ》は俺以上に無頓着だからな」
 零壱はかしましい声のほうに目を向ける。

 丁度その時、ヤグロが試着室のカーテンをシャッと開いた。
「わ……わ……」
 袖を通してもまだ戸惑っている様子の小弓――普段とは打って代わり、メインは春色アイボリーのAラインワンピース。
 裾にはネイビーのラインが入り、ウエストも同色のリボンで絞っている。
 一言でコンセプトを表現するなら「爽やか春マリン」といったところか。
「これ、かわいい服……靴も……」
 くるりとその場で一回転してみると、ふわりとスカートのように裾が膨らんだ。背面にもリボンが結バレテアクセントになっており、少し拙いタップを刻む足元は同様にネイビーの|縄底靴《エスパドリーユ》。まさにこれからのお出かけにもってこいのコーデである。

「やだぁ~、かーわーいーいー♪」
「似合う! 可愛い! アリ!! っていうかこれしか勝たん!!」
 ミルグレイスはうっとりと見惚れ、ネメシアは拍手したり彼女らから借りておいたスマートフォンでパシャパシャと撮影しまくる。
「そ、そう……かな……ありがとう」
 小弓は褒め言葉の嵐にてれてれしつつ、発起人もとい黒幕であるヤグロをちらりと見た。
 ピタッと完全に静止していた巨大な手がわなわなと震え……そして、渾身の👍️を決めた。こいつ美味しい空気しか吸ってねえな。
「……へへ」
 小弓の口元に小さな笑みが浮かぶ。はにかむような上目遣いがちらりとこちらへ向いたのをすぐに気付いた零壱は、無言で手を振り返して頷いた。
「あとでちゃんと褒めてあげなさいな。言葉は伝えなければ伝わらないんだから」
 ティーカップの縁を指でなぞりながら、イルゼがぽつりと呟いた。零壱はその憂いある表情を、サングラス越しにじっと見つめた。
「……ああ、覚えておくよ。アイツがせっかく笑えるようになったのを、俺のせいで曇らせたくねぇしな」

「そう。じゃあ次は貴方の番ね」
「……ん?」
 先程のスタッフがまたしても現れ、いくつものネクタイとタイピンを並べていく。それとリボンも。
「ん??」
「私もついでに選ぼうと思っていたから、貴方のぶんも決めてしまいましょう」
「いや、だから俺は」
「心配しないで。あちらも、ほら」
 イルゼは顎をしゃくり、他の面々を示した。

 丁度その時、紳士服コーナーの試着室からぐったりしたモルドレッドが戻ってきた。
 採寸ついでにスーツを試着してみたようで、整った顔立ちがそれだけで先程よりも引き立てられている。
「つ、疲れたのである……」
 だが謎に精神的な疲弊を強いられたらしくげっそりしていた。こういう空間は慣れていないらしい。
「ギャーーー!!」
 ミルグレイスのでっけえ悲鳴がフロア中に木霊した。
「ぱ、師匠! カッコよすぎぃ~!!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいのだが、ううむ……」
 モルドレッドはスーツのポケット部分や肋のあたりを軽く叩いては、不安そうに口をもごもごさせた。
「どこにも武具を仕込むところがない……これでは万が一に襲撃を受けた時に問題が……」
「武装をしないって選択肢はねえのかよ大人しくスーツ着込めや」
「そういう貴方も、ほら、この金のチェーンなどいかがかしら?」
「いやだから俺はな??」
 逃げ場はなかった。

 逃げ場がないというと、まるでガヤみたいなノリに持っていこうとしていたミルグレイスとイルゼにも、ニコニコ笑顔の店員さん(いい匂いがする)がササッとついた。
「え? あれ? もしかして私たち忘れられてなかった感じ??」
「これから小弓を着せ替え人形にする流れなんじゃ」
「……ダメです、よ……ミルグレイスさんも、ネメシアさん、も」
「「!?」」
 ここでまさかの小弓の言葉に二人はギョッとした。
「わ、わたしも、恥ずかしかった、から……それに、ふたりのかわいいお洋服、見てみたい……し」
「……ああもう! そう言われたら仕方ないかぁ!」
「ネメシア!?」
 片割れ(みたいな扱いになっている)が腹を決めて試着室へ連行されていくのを見送り、ミルグレイスは途方に暮れた。
「師匠~、どうしよ~!!」
「安心するのである。万が一の時には俺が限界まで切り詰めるゆえに」
「それさっき聞いた気があーーー!?」
 という感じで、こちらも試着室へと吸い込まれていった。

 ……それからしばらくして。
「か、かわいい……けど、これどうなのかな……!?」
「ふふん、どうかな? 新境地って感じなんだけど!」
 現れた二人の装いは、それぞれ以下の通り。

 まずいつもより少しだけソワソワしているミルグレイスは、フリルブラウスに青のリボンタイ。
 そこに春らしい白のスラックスとジャケットを合わせ、統一感を作っている。さらにトレンチコートタイプのスプリングコートにローファーも見繕われたようだ。こちらは内側に橙の内布が入り、柔らかい印象をさりげなく与える。
 次にネメシアは、シャツとベスト、首元にカメオブローチのループタイ。頭にはキャスケットを被り、ボトムはチェックのキュロットスカート。
 足元は膝丈のソックスに茶色の革靴を合わせ、ちょっとしたレトロスタイルのガーリーな探偵チックに仕上がっている。

「すごい……ふたりとも、似合ってます」
 小弓は目を見開き、パチパチと小さく拍手した。隣でヤグロがスタンディングオベーションもかくやの盛大な拍手を送る。
「ううっ、いざ褒められる側になると恥ずかしいねこれ!? ま、まあ嬉しいけど、ありがとね!」
 ミルグレイスは照れながら、ちらりとモルドレッドを見た。
 その普段と何処か違うしおらしい様子に、モルドレッドはどきりと胸を高鳴らせてしまう。
「師匠から見るとどう、かな! 動きやすさは問題ないんじゃないかなって思うんだけど!」
「……うむ」
 モルドレッドは真面目くさった顔で頷いた。
「確かに戦闘に巻き込まれたとしても、意外に動きを妨げなさそうである。流石はイルゼ殿、華美に偏らず実用性も兼ね備えた選択であるな」
「絶対そういう軸での評価求めてないと思うんだけどなぁ!?」
「いいの! 師匠はこれで!!」
 ミルグレイスはネメシアに食って掛かり、フフンとほくそ笑んだ。
「そう言うネメシアも似合ってるよ~? 難事件を解決する名探偵って感じ!」
「あはは、ありがと! いつもより頭良さそうでしょ?」
 ネメシアは恥じらう素振りもなく、キャスケットをキュッと抑えてウィンクした。
「私は|顔の傷《これ》があるからいいよって言おうと思ったんだけどな~」
「それ、通じると思ってないでしょう?」
 イルゼの言葉には朗らかに笑い飛ばす。
「でも皆さんお気に召したようでよかったわ。小弓ちゃん、ほら」
「……零壱、それにした、の?」
「ん、ああ……」
 小弓に上目遣いに問われた零壱は、ワインレッドとパールホワイトのネクタイを手に曖昧に笑った。
「したっていうかされたっていうか……まあ、悪くないなと思ってな」
「じゃ、決まりね。お会計よろしく」
「かしこまりました」
 イルゼが取り出したカードを恭しく受け取り、去っていくスタッフを見送る一同。

「……イルゼ殿? 今のは……?」
「今日はいい買い物が出来たわ。誰かの服を見繕うのも楽しいものね。あいつの気分が分かったかも」
「ねえ今のカード真っ黒だったよね!? 招待されないとダメなやつ!」
「ぴ、ぴゃああ……」
 流石のネメシアも狼狽え、ミルグレイスに至っては間の抜けた声が漏れた。
「……まあそういうことなら、プレゼントは受け取っとくか。な、コキュー」
「ん。零壱に、絶対似合う。カッコいい」
 ふんすふんすと頷く小弓。その後イルゼの誘いでカフェにも寄ったが「絶対カッコいい」と何度も繰り返していたあたり、若干ミルグレイスのノリに影響された疑いがあった。
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