シナリオ

愛ゆえに災禍とす

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「もう、一生孤独に過ごすのでしょうか?」
 女は言った。数日前に突然愛しい人を奪われた女だった。遅刻なんてしたこともないのに、待ち合わせ場所に少し遅れて向かった彼女を出迎えたのは血濡れて言葉も発しない人間の死体だった。
「いいえ、こちらにおいでなさい。わっちが最愛に出逢わせてあげましょう」
 覚束ない足は数日ろくに眠れていない女を封印へと向かわせる。ただでさえ千鳥足のようだというのに、頭に響く声に誘われて無意識に体を運ばせているのだからよく転ぶ。
 泥まみれになった女性が辿り着いたのは、華美であっただろう面影を残した真っ赤な祠だった。すり切れた文字が印刷されている札が祠の真正面に掲げられ、平時であれば触れてはならないものとすぐに理解できただろう。
「お前さんの願いを言ってごらん。すぐに叶えてあげましょう」
 椿蛇の囁きはとても耐えがたく、女性は札に手を伸ばした。そうしなければならないと、なぜそう感じるかも分からないまま、かつて取れなかった最愛の手を取るように力を込めた。
「もう一度、逢いたい」


 ちりんと鈴の音が鳴る。不安げに周囲を見渡す、いかにも幼げな少年は落ち着ける居所を見つけると縮こまるように腰を下ろした。礼儀正しく膝を揃え、訪れる者の姿を捉えては通り過ぎるまで視線を横に横にと流した。
 ふと、立ち止まる気配に顔をあげる。あなた達を見上げた少年――天泣・吟(鈴が鳴る・h05242)は立ち上がると耳を揃えてお辞儀をした。
「こんにちは! おはなしを、聞いてくれる?」
 どこか拙い喋りだとしても、しっかりと口を開けて話すものだから聞き取りやすくはあるらしい。人懐こい笑顔を見せた少年はたどたどしくも事の詳細をあなた達に伝えた。
 誰にも、大事にしているものはあるだろう。それが物なのか、人なのかはさておき、大事であるという感情が今回は狙われたというわけだ。隣の芝生は青く見えるだとか、隣の花は赤いだとか、古来より言われている言葉の通り、他人のものを羨ましく見えてしまう性質はどんな人類にも備わっている。このような嫉妬により奪われた愛着がこの世の中には数多存在する。大事なものを奪われた人間の「情念」は普遍的にも関わらず、さぞ強いエネルギーを持ち合わせる。
 それに目を付けた者がいた。大事な物を取り戻したい。大切な人とまた出会いたい。それがもう、うしなわれたものだとしても……。そんな感情を胸に秘めた人間を引き寄せ、甘美な言葉で惑わせる。封印の奥底から滲み出た、星詠みの力で奪われたとも知らずに。
「どうしてか、執着しているみたい。今ならまだ、誘き出せるよ」
 今回観測した古妖はもう封印から解放されたために「情念」を必要としていないが、代わりに人々の持つ大切なものを狙っている。理由は分からないが、古妖が引き寄せた「情念」に関わりがあるのだろう。かつての古妖がそういう性質だったのかもしれない。
 真実は分からない。しかし、これはチャンスだ。
「どうか、手をかして」
 星詠みの少年は再びぺこりと頭を下げた。それから小さな声であっと零す。
「近くでおまつりをしているみたいなのです。よかったら、寄ってみてね」
 話によれば、彼の予知には雨が伴う。ちょうど雨具売りの唐傘と呼ばれる妖怪が百貨店でフェアを行っているのだとか。定番の雨具から、雨具につけるためのアクセサリー、そもそも雨具ではないが雨を模した水玉をあしらった小物までなんでも売っている。
 また、今回の予知では敵を誘き寄せるために大事な物や人の気配を強く感じさせる必要がある。持参してもよし、一緒に赴くもよし、あるいはこの百貨店で代わりになる物を購入して誤魔化しても通用するらしい。見境がないといえばそうだが、こちらとしては好都合だ。
「どうしても取られたくなかったり、危険にしたくなかったら、かわりを用意してね」
 その目的で買われる物には少し申し訳ない気持ちもあるが、百貨店の妖怪たちも古妖には迷惑しているらしく、用途を伝えたとしても非常に好意的だ。なんなら一役買ったと宣伝できるなんて言うだろう。
 少年は伝達事項の漏れがないか指折り数えると、よろしくお願いしますと丁寧に付け足してあなた達を見送った。

マスターより

驟雨
 お久し振りの方はお久し振りです。初めましての方は初めまして。
 この度シナリオを執筆する驟雨(シュウウ)と申します。

 要約すると「大事なものをアピって敵を煽り討伐しよう!」という依頼です。
 思う存分ご自身の大事なものの設定や関わりをアピールしてください。
 第一章では大事なものの代わりになる品を購入したり、依頼には関係ないけど買い物をしたり、百貨店を破壊しない限り自由に過ごしていただけます。思う存分楽しんでください。ここで購入した物を次章に持ち越すかどうかはお任せします。
 ちなみに大事な人を選択した方はどうしても連れていけないなどあれば、その人との思い出の品やその人の事を思いながら買った藁人形とかでもセーフとします。ガバです。

 第一章で購入した物やご自身で持参したものは、第二章以降になるとロストの可能性がありますのでご注意ください。今回は全てダイス一発勝負で判定いたします。プレイングボーナスは判定値に最大+20程度とし、振り直しは行いません。
 なお、依頼後のRP制限は設けませんので、依頼ではロスト扱いになったが依頼終了後に回収して無事だったなどはご自由にお取り扱いください。現物の大事な人の場合はボコボコにしますが半殺しでなんとかなります。大丈夫です。

 それでは、のんびりとお付き合いください。よろしくお願いいたします。
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第1章 日常 『妖怪百貨店へようこそ』


POW 名物妖怪グルメを買う
SPD 服や装身具を買う
WIZ 不思議な便利グッズを買う
√妖怪百鬼夜行 普通5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

 妖怪百貨店は今日も今日とて大賑わい。雨が降ろうと関係ないと言わんがばかりの人混み――あるいは妖怪混みで、袖も触れ合いまくりである。
 人も妖怪も関係なく訪れるこの妖怪百貨店は品揃えも豊富で、日用品からお土産もの、レストランに居酒屋などなど、ここに訪れればなんでも揃うしなんでも出来ると謳われるほどだ。依頼に必要な物も勿論見つける事が出来るだろう。
 また、地上と同じフロアの大部分を占める広間では雨具フェアなんかも開かれている。唐傘デザインのテラスエリアで食事をとったり、屋根のあるブースで雨音を聞きながら店先を冷かしたり、あえて雨に当たって遊んでみたり、楽しそうな声がそこかしこから聞こえてくるのだ。きっとこのお陰で悪天候の今日でも来訪者が多いのかもしれない。
七々手・七々口

「オレの酒が狙われるって事かー。え、ぶち殺案件じゃない?」
…ふぅ、一旦落ち着こう。まだ奪われると決まったわけじゃないし。

という事で、買った傘を魔手に持って貰って、おまつり見物へれっつらごー。
そこで酒のツマミになりそうなもん買って、どっかでのんびり酒でも飲みつつ敵を待とうかねぇ。
そして今回持ってきたお酒がこちら。
飲めばさっぱり辛口で、すっと喉を焼いて落ちていくっていう幻の酒『山割』の一升瓶です。
大事に大事に飲もうと思ってた秘蔵の酒。奪えるもんなら奪ってみると良いさー。
「ちっとだけにしとくかなー。全部飲むのはダメだろうし。」
…もうちっとだけ飲んどこ。

●猫にお酒、山割る美酒
 小さな歩幅で堂々と歩く黒猫がいた。雨に濡れた地面は冷たいが、追い打ちをかける雫は猫よりも数倍大きな手が傘で防いでいる。
「オレの酒が狙われるって事かー。え、ぶち殺案件じゃない?」
 え、喋った。そう振り返るは人ばかりだろう。妖怪が集うこの町では、猫とて喋るというものだ。
 七々手・七々口(堕落魔猫と7本の魔手・h00560)は器用に足のビル群を潜り抜けテラスエリアまで辿り着く。ついさっき買った傘は今も仕事を果たしていた。座るところを確保した七々口の真上で椛柄の和傘がまあるく開く。特等席の出来上がりだ。
 少し時間を遡る。身一つで降り立った七々口はまず傘を調達しに行った。屋内であれば雨を気にする必要はないが、お祭りの見物となれば傘は必須だ。唐傘の店は小さなお客様も大歓迎の様子で、あれやこれやとオススメを見せる。
「オレ的にはこっちの色の方がすきかなー」
「へえ、成程ね御客人。そンならこの柄はどうだイ?」
「お、いいじゃん」
 軽口だってお手の物。唐傘の和傘は魔手の手のひらに吸い込まれていった。それを見る事もなく、七々口は次の店へと足を向ける。
「やっぱツマミがないとな、見物にゃ」
 猫の嗅覚はばっちり好物を見つけている。尻尾の代わりに魔手を従え、辿り着いたのは魚市場。焼きや煮物も華麗にスルー。
「珍しいお客さんだねえ。買ってくかい?」
「おう、新鮮なの包んでくれ」
 まさに今捌こうとしている魚を示す。手長足長の店主の優美な包丁捌きで一尾が刺身へと変身した。
 と、いうのがこちら。いそいそと七々口の前に用意された刺身が光を反射して宝玉のように輝いている。
「ちっとだけにしとくかなー。全部飲むのはダメだろうし」
 が、これらは全てオマケである。本日の主役がいよいよ登場する。飲めばさっぱり辛口で、すっと喉を焼いて落ちていく。幻の名を欲しいがままにしながらも全面押し出す事もなく、知る人ぞ知る銘酒である。その名も『山割』。
 誰かにとっての大事に軽重はない。七々口にとってはこの秘蔵酒が大事な物というわけだ。
 酒飲みの手長足長のお裾分けに貰った徳利に注ぎ、くいっと傾ければ鼻をつんと抜ける辛みと喉を焼くじゅわじゅわとした心地良い火傷が七々口の感覚の大部分を占める。
 もう一口、もう一口……。
「……もうちっとだけ」
 そこで流石に魔手がひょいっと一升瓶を持ち上げた。お預け。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

ルクレツィア・サーゲイト
◎【WIZ】
「『隣の芝生は青く見える』かぁ、何か分かるなぁその気持ち…」
雨の中、雨具売りから買った傘を差し、百貨店を歩きながら星詠みの言葉を思い返す。
私も絵描きだから、本物の圧倒的な才能を目の前にして、“どうやったらこんな境地に至れるんだろう…”って自信失くしたりすることもある。でもそんな気持ちが『もっと上手くなりたい!』って起爆剤になったりするのよね。
そんな、人にとって大切な感情を好き勝手されるのは許されないと思うわ!

ふと覗いた店先に置かれた筆に目が留まる。絵描きとして歩み始めた頃に使ってたモノによく似てる気がする。
嬉しさも悔しさも詰まった忘れたくない記憶。肩代わりの依り代としては十分かな?

●思い出の欠片
 ひたひたと降り頻る雨が開いた傘を伝って雫となり落ちる。雨具売りが並べた傘はパレットの上の絵の具のように地面を彩っていた。そこからひとつ選び取るのは、まさしく目の前のキャンバスにどの色を載せようかと悩む時間と似ている。お気に入りは選び取れただろうか。
 百貨店を歩くルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)は傘で出来た虹色の道を進んでいく。その内のひとつに自身も染まりながら、出立の時を思い出していた。
「『隣の芝生は青く見える』かぁ、何か分かるなぁその気持ち……」
 星詠みの少年が口にした言葉だ。誰かを羨む気持ちがことわざに残されるぐらいだ、誰の心にも芽生えやすい感情なのだろう。
 ルクレツィアは絵描きだ。絵筆を取り『世界の果てを描く』という願いの為に旅を続ける少女だ。辿り着いた先が果てではなかったとしても、風景を切り取る事を忘れない。いつかの夢の為に。どこから湧いた衝動とも知らずに。
 しかし、願うだけで上手になれるとしたら誰だってプロになっている。そうならないという事は、努力や才能が必要な道であるという証明だ。圧倒的な才能というものは存在しており、ルクレツィアもその存在を知っている。求道者は無知なままではいられない。
「自信を失くすのも分かるし、難しいよね」
 嫉妬や羨望の気持ちには同情する。しかし、ルクレツィアはそれ以上に願う情念がある。『もっと上手くなりたい!』――そんな、胸の内に輝く超新星の感情がある。
「絶対に許されないことだもの。止めなくちゃ」
 その決意に惹かれたか、あるいはただの偶然か。ふと視界の端に気になるものが目に留まる。
「店長、これ見ていい?」
「どうぞお嬢さん。君も絵を描くのかな?」
 青行灯がカタカタと体を鳴らし少女へと寄ると、お節介からかあれやこれやと平筆や丸筆、扇形を並べてくれる。だとしても、ルクレツィアの目に留まった一本は相変わらず目を引いた。
「……私、これにしようかな」
 手に取るとしっくりくるような。絵描きとして歩み始めた頃に使っていたモノと色も形もよく似ている。少しの違和感は全く同じ物ではない――使っていれば生じる摩耗の擦れがないことを訴えてくるが、それくらいだ。
 初心を思い出すには丁度いい。悔しさも、嬉しさも、どんな感情も詰まった忘れたくない記憶を抱く絵筆は大事な記憶を彷彿とさせるには充分だ。
「頑張ってね、お嬢さん」
 同士の目は優しかった。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

猫宮・弥月

大事なもの、ね。
うーん山ほどあるけど、とりあえず雨に関する猫物でも探しに行こうか。

おりしも雨降り、傘を買うのもいいかも。
猫っぽい柄の傘とかあったら買おうかな。
くるりと回して開き心地も確認して、良いのがあったらお買上げ。
傘に当たる雨音も楽しみに、お祭りとお店を巡るのもいい。
星詠みさんへのお土産も悪くないかもしれないな。
受け取ってくれるかはわからないけれど、まあそういう感じでお土産選んでみよう。
食べ物がいいか、小さな記念品がいいか。
巡りあわせに任せてみようか。
見つからなければそれはそれ、何か家の猫達にお土産でも買っていこう。
お土産は奪われたくない大事なものになる、奪われたら渡せないからね。

●巡り合いのけもの
 問:大事なものは?
 そう聞かれて一つだけ答える者もいれば、数え切れないほど答える者もいるだろう。猫宮・弥月(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)はどちらかと言えば後者の人間であり、関連性はあるもののひとつに絞ることは難しい問題であった。
 今回はそれでも問題はない。何に対してでも「大事」であるという気持ちさえあればまあ釣れる。そう星詠みの少年が言っていた。
「うーん、とりあえず猫物でも探そうかな」
 ぽたぽたと降る雨を猫は嫌うものだ。が、品物の猫がそれで逃げる事はない。丁度屋根の下に並ぶ傘はカラフルな色をしており、その柄は万華鏡のように豊かだ。むしろ猫柄を見つける事は容易なものの、どの柄にするかが悩み処だ。
 黒猫、三毛猫、白猫、それから虎柄に靴下柄。水玉のように散らばっているものもあれば、ワンポイント大きいものもある。背景が凝っているものもあればシンプルもあり……つまり。
「迷っちゃうな……」
 かれこれ数十分は悩んでいる。唐傘もケラケラと愉快そうに笑い、じっくり選んでくれ給えと声をかけて接客へと戻って行った。唐傘の売る傘なのだから、開き心地も大きさも満足のいくものばかりだ。なんなら幾つか買って骨董品店に置いてもいいのかも。
 悩みに悩み抜いて選んだのは星空の中、三日月に腰掛けている白猫の傘。曇り空の空をぱっと満開の星空に変える事が出来る。ぱちぱちと雫が跳ねる音はなんだか星の瞬きのようだ。
 雨の当たる感覚を楽しみながら露店を巡ると至る所に猫グッズが見受けられる。流石の物量だ。その中には、星詠みの少年を思い出せるものもあった。白銀の毛並みに毛先が青くなっている仔犬。
「お土産、いるかな」
 こういった場に、詠んだ本人は来られない。食べ物もよさそうだ。ここには沢山の料理が並んでいて、軽食のサンドイッチやスコーンから、お菓子に食べられるようなマカロンにクッキー。お弁当なんかも売っている。記念品なんかもどうだろう。百貨店にはお土産向きの品物も並んでおり、ご当地キーホルダーが有名だ。消えものよりは残るものの方が記念品に近いかもしれない。
 あれもこれもと目を惹かれながら歩いていると、ふと目についた置物がある。箸置きだろうか。ただの小物として飾る事も出来そうだ。陶器で出来たそれは、大事にしなくては当然壊れてしまう。今回の依頼にもぴったりだ。
「これにしよう」
 もし渡せたなら少年曰く、――ねこ!
🔵​🔵​🔵​ 大成功

茶治・レモン
●白と黒
大事な物はいつも身に付けてますが…
折角ですから、魅力的な出会いが欲しいですね
百貨店フェア、楽しみましょう!

なるほど、考え方が仕事人ですね…!
でもほら、たまには良いですよね、ね!
僕はそちらの番傘に惹かれます
見てください、白地に白梅…雅やかで素敵では?
カナトさん、良かったら黒地に紅梅の番傘もありますよ
色違いでどうですか?
今日は手が塞がっても、僕が守って差し上げますから!

カナトさんの大事なものと言うと…
仕事道具?もしくは仮面…!?
僕、何を壊されても暴れる自信しかありません
その時はカナトさん、一緒に暴れて下さいね
寂しい思い出ですが、過去あっての今ですから
その懐中時計も、僕は壊されたくないですね
緇・カナト
●白と黒

厄介そうな古妖を釣りあげるようだけど
まずは百貨店のフェアを楽しもうかぁ
魅力的な出会いって良い響きだねぇ

雨具を売ってるフロアを眺めて
視線が向くのは靴とかレインコートとか
手が塞がるから傘って
あまり持っていないんだよねぇ
レモン君がステキなものを見かけた様だったなら
オレも偶にはそういうの
買ってみるのも良いのかも〜
黒地に紅梅の番傘かぁ、色違いってのも楽しそう
戦闘時用の荷物持ちがいるから
両手塞がる心配はないのだけれどねぇ

後で使う用の大事なものは
既に手元にある物だし
誰かとの思い出深いものは
勿体ない気もしてしまう様な〜
オレが壊しても良いのは懐中時計だよ
自分ひとりの時間を刻んでたヤツ
…なぁんて、ね

●白黒に色をのせて
 足を踏み入れた途端、辺りは喧騒に包まれた。
「これが百貨店フェア……! すごい賑わいですね」
「そうだねぇ。逸れないように気を付けて」
 雨具売りの唐傘が主催する雨の日フェアは定番で来訪者は後を絶えない。その中に混ざる茶治・レモン(魔女代行・h00071)と緇・カナト(hellhound・h02325)は魅力的な出会いを求めてやってきている。ウインドウショッピングのような窓越しではない出会いは新鮮な驚きを齎してくれるだろう。
 水に濡れると模様が浮き出る神秘の傘。レインコートにワンポイントで付けられるシルバーのペンダントトップ。しっかり機能性も優れ見た目も可愛い長靴と合羽。
 雨具に拘らなければさらに種類は増える。
「こんなのも売ってるのか」
 カナトが手にしたのはマグカップだ。雨の日に使う物ではないが、その柄は雨模様を描いていて辛うじて雨具グッズとして扱われているらしい。
「へえ、本当に色々あるんですね」
 レモンの目の前にあるのは湯沸かし器で、これも水玉に彩って雨を彷彿とさせることから雨具グッズのひとつとして取り上げられる。本当に幅広い品揃えだ。
 変わり種を横目に見ながら少し進むと、売り場の大部分を占める雨具へと辿り着く。カナトの視線の先には雨の日に丁度良い水捌けの良い靴やレインコートがあり、レモンの視線の先には普段手にするビニル傘とは一風違った種類の傘が並んでいる。
 お互いの視線の先に気付けば自然と会話は雨具の話へと移った。
「手が塞がるから傘ってあまり持ってないんだよねぇ」
「なるほど、考え方が仕事人ですね……!」
 それなら折り畳み傘はどうだろうと手に取ってみる。これもまた逸品だ。お洒落な柄が普段は縮こまってしまうのが惜しいところ。
「僕はそちらの番傘に惹かれますね。どうです?」
「へえ、いいじゃん。オレも偶にはそういうの買ってみるのも良いのかも」
 次に見るのは番傘の集まりだ。色とりどりのスペースの中では少し落ち着いて見えるだろうか。定番の濃い赤色からモノクロカラー、薄味のパステルも取り揃えている。
「あっ! 見てください、白地に白梅……雅やかで素敵では?」
 傘の迷路を抜けてレモンが見つけた傘はすごく派手という訳ではないが、和の風情を感じさせる番傘だった。似たシリーズは他にもあるのか、色の組み合わせが何通りか用意されていて選べるらしい。
 白の対と言えば黒だろう。唐傘の店主もそれは心得ているのか、ちょうど隣に鎮座していた。
「カナトさん、良かったら黒地に紅梅の番傘もありますよ」
「黒地に紅梅かぁ」
「色違いでどうですか? 今日は手が塞がっても、僕が守って差し上げますから!」
 唐傘に許可を得てまだ売り物の番傘を頭の上に開いてみれば、ぱっと白が散って雨を弾く。ほらとレモンが薦めるがままにカナトも黒地の番傘を開いてみれば、春の夜が花開く。
 レモンの言い分に、両手が塞がる心配はないカナトは軽く肩を竦めるに留め、雨を遮るように掲げた番傘を見上げたままぼやいた。
「色違いってのも楽しそうだ」
 二つの番傘が彼等のものになるのは当然の巡り合いだったのだろう。
 ついでにと傘以外の物を眺めながら、買ったばかりの番傘を隣り合わせて出店を歩く。ぱちぱちと楽し気に跳ねる雨音もBGMに加わり、より一層一日を彩った。
「そういえば大事なものって……カナトさんは仕事道具?」
 それともとレモンの目がカナトの仮面に向けられる。
「オレが壊しても良いのは懐中時計だよ」
 その視線を手でいなし、ひらひらと霧散させた。手の動きを追っていたレモンは彼の仮面の奥を見据えるように少し屈んで覗き込む。
「自分ひとりの時間を刻んでたヤツ」
「その懐中時計も、僕は壊されたくないですね」
「……」
 あまりの早さにしばし無言の間が出来た。
「なぁんて、ね」
 全く仕方のない人。いつの間にか止まっていた歩みを再開させ、新しいお店を見つけたレモンは駆け寄りつつも振り返る。
「僕、何を壊されても暴れる自信しかありません」
「すごい自信だなぁ」
「でしょう? その時はカナトさん、一緒に暴れてくださいね」
「善処するよ」
 再び軽口の応酬が始まる。依頼の時が来るまで、もう少し時間がありそうだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​ 大成功

第2章 集団戦 『怪霊さわりめ』


POW よわりめ
敵に攻撃されてから3秒以内に【溶けかけた腕】による反撃を命中させると、反撃ダメージを与えたうえで、敵から先程受けたダメージ等の効果を全回復する。
SPD たたりめ
【惨劇の記憶】を召喚し、攻撃技「【つんざく悲鳴】」か回復技「【かなしむ涙】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[惨劇の記憶]と共に消滅死亡する。
WIZ また一難
【触手】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
√妖怪百鬼夜行 普通11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

 ずろり、と嫌な気配がした。そこであなた達は星詠みの言葉を思い出すだろう。
 いくつもの「大事」な気持ちが集まった事で、古妖の意識が百貨店の方へと向く。つまり、そこを餌場と認定して自身の手足を投げるのだ。明らかに空気が一変するのが√能力者であれば感知出来るだろう。一般のひとびとにはそれを察することが出来ず被害が増大してしまう。
 つまり、これを防げるのはあなた達しかいない。
「近くに、ひらけた場所があります。そこにむかってください」
 あの少年が示した通りを抜けて開いた場所へと出れば、各々大事なものを強く思う。より強く、より明瞭に思うことで、古妖のしもべとなった怪霊たちは引き寄せられる。うまいものを求める単純な性質を逆手にとろうというわけだ。
 あるものはヒトの形に姿を寄せ、あるものは獣の形に姿を寄せた。どうにも、引き寄せた情念にまつわるものに姿を似せる事が出来るらしい。霧が立ち始め、あの古妖の干渉が始まる。
 惑ってはならない。迷ってはならない。それはあなたの大事なものではないのだから。
 奪われてはならない。壊されてはならない。それを守れるのはあなただけだ。
七々手・七々口
「(一升瓶を全身で抱きしめながら)来たなオレの酒を狙うクソ野郎ども…!!」
敵なんかに奪われる訳にゃあ行かんのよ。憤怒!全部纏めてぶっ潰せ!!

即√能力を発動。見た目がどうとかは関係ない。オレの酒に手を伸ばして来たヤツを全部纏めて叩き潰すのみ。
て事で、敵が多そうな所を狙って憤怒の巨拳で敵を徹底的に叩き潰して行く。
敵の攻撃は動きを見切りながら、他6体の魔手達に防いで貰ったり、魔手達の連携攻撃で迎撃。
敵の攻撃が鈍る様に、怠惰な魔手による精神汚染でやる気を削いでおくのも忘れずに。
オレは一升瓶を抱きしめて守っておきます。

「コイツを飲むなら、仲良い連中と飲む方が美味いに決まってるしな。」
ルクレツィア・サーゲイト
◎【SPD】※連携歓迎
古妖の出現を感知したら、星詠みが指示した場所へ向かい、露店で購入した絵筆を握り強く願う。『あの頃抱いた夢の欠片、嬉しさも悔しさも詰まった記憶。希望、羨望、失望、渇望…』
古妖と対峙したら竜漿兵器と銃を手に臨戦態勢へ。
「…コイツ、私の記憶を。人の思い出に、土足でヅカヅカ入り込むなッ!」
素敵な絵筆を譲ってくれた店長さんの為にもこんな奴に負けたりはしないわ。
射撃系の技能を活かして銃撃で牽制しつつ間合いを詰め、『戦闘錬金術』で強化した斧槍を振るい、直接攻撃系の技能を織り交ぜて一気に攻める。
「私の記憶は私のモノよ、アンタ達なんかに汚されたりしないしこれからも邪魔させないわ!覚悟!!」
猫宮・弥月

箸置きを不思議道具【匣】に仕舞い込み、指示のあった広い場所へ

滑らかな手触りにまあるい形、感じた楽しい気持ちを乗せてくれるような笑ったような表情の猫の箸置きを思い浮かべ、思う
これは大切なものだ
壊され奪われるべきじゃない
味わった気持ちを、少しだけでもおすそ分けするためのお土産だ

そうすれば、嫌な気配が強くなるのかな
やってきたそれは、猫の姿かな?
ああでも、お前は違うね

手元に創るのは猫の飾り彫りの入った鞘の守刀
俺は、ちょっとだけ呪うのが得意なんだ
伸びる触手を呪おう、お前を呪おう
猫の符をバラ撒いて触手の攻撃をできるだけそらして、呪うよ
大事なものを守るためにも、迷うことはない
全力で呪ってやる

●降り注ぐ悪意
 開けた場所に躍り出た人影は二人。その足元にするりと滑らかな身を挟んだのは一匹。
「来たな、オレの酒を狙うクソ野郎ども……!!」
 その言葉は足元の黒猫から発せられた。七々口は機敏そうな見た目とは裏腹に、しっかりと体の丈ほどもある一升瓶を抱き締めてその場に籠城することを選んだ。というより、その方が大事な大事な酒を守れるというものだ。その証明に周遊する手が六つ、七々口を取り囲むように浮いていた。大罪の一欠けらはと言えば、その怒りのまま現れたさわりめへと一直線に飛び出していく。
 少し驚いたように真横の猫を見た弥月は、彼と見比べるように敵へと視線を向けた。姿を変えつつあるそれは、フォルム自体は猫のように見えるが明らかに異様だ。尻尾の先やどろどろとした毛並みのあちこちに目玉が付き、ぎょろりと獲物を見定める。
「猫にしては不格好すぎるね。見習ってほしいものだ」
「あれが猫に見えているの? ……そう、本当に嫌なヤツ!」
 絵筆を強く握り締めたルクレツィアは忌々しそうにさわりめを見た。彼女の目には、それらが思い出の地で出会った人々の姿へと変貌を遂げているように見える。なびく髪、優しい笑顔、写し取った風景の中で知り合った人々。立ち込める霧のせいだろうか?
 古妖の干渉は個々に違う結果を齎したが、それでも彼らのすることに変わりはない。大事な記憶を、物を、お土産を守り、この地に不幸を齎す元凶を仕留めるだけ。
 全ての"望み"を込めた絵筆を、思い出を簡単に奪われる訳にはいかない。夢の欠片を奪われる事は、ルクレツィアの生きてきた軌跡が否定される事と同じだ。ここにあるのは単純な筆ではない。
「私の記憶は私のモノよ。アンタ達なんかに汚されたりしなにし、これからも邪魔させないわ!」
「そうだね。ここにあるのはどんなものであれ、大切な物だ。壊され、奪われるべきじゃない」
 匣に壊れものを仕舞った弥月は不可思議な圧を感じてその場から飛び退いた。ルクレツィアも同様に円を描き駆け出すと、その場にさわりめの触手が得も言われぬ速さで落下する。既に敵はあなた達を獲物と定め、蹂躙するつもりらしい。
 地面に叩きつける音がした。しかし、触手は地面に到達していない。
「風圧すごっ」
 触手で出来たアーチの下で、そんな呑気な声がした。触手を避けた二人と違い、七々口はその場から動いていない。触手の一撃を防いだのは彼の手だ。勿論、猫の丸い手などではない。
「そんな乱暴にしたら割れちゃうだろ。飲む気ないのか?」
 燃え盛るような大罪の手が傲慢にも敵の有力手である触手を持ち上げる。拮抗する間は一瞬だった。既に敵の真上にあった憤怒の炎が振り下ろされる。力の差は歴然とも言えた。さわりめが形を形成するスピードを遥かに上回る熱量で体が焼き切れていく。ボロボロと崩れた後に残ったのは灰のみだ。怒りに触れたものの末路としては相応しいだろう。
 時折降り注ぐ炎の手の裏で、立ち退いた弥月とルクレツィアは二手に分かれて駆け出していた。既にここは戦場だ。味方が誰で、敵が何かが分かっていればそれでいい。
 ルクレツィアが手にした精霊銃は影響を受けてか炎弾を放ち襲い来る触手を撃ち落とした。狙いを定めた一体が、大きく口を開けるのを目にする。声が、聞こえた。
「ッ、」
 それは知っている声だ。彼女の記憶から生成された声なのだから当然知っている声だ。それが悲鳴を上げてあなたに助けを求めている。
「――人の思い出に、土足でヅカヅカ入り込むなッ!」
 思いと言葉に呼応し錬金術が斧槍をより殺傷性の高いものへ造り替えていく。彼女の声が悲痛な音を切り裂いた。彼女の手が盗人の口を斬り飛ばした。二度とその音が再現される事はなく、――しかし、ルクレツィアの心に小さく冷たい楔を打ち込んだ。斧槍を振るう手は徐々に重く感じられ、それでもなお進むことを選ぶルクレツィアは無知のままではいられない。いつか、どこかの旅の先で悲鳴を聞くような日が訪れる。そんな一抹の予感を、可能性を、彼女の中に芽生えさせたのだ。今はただ、振るう斧槍が全てを振り払い未来を切り開いてくれる事を願って。
 圧倒的な物量で暴れる旋風と、頬を焼く熱が過ぎていく。
「少し引き付け過ぎたかな」
 来るもの来るもの一つ一つに呪いを施し、猫の符で散らしていた弥月がぼやく。縁の下の力持ちとはこのことか、憤怒の手が落ちる場所に符で弾いた触手を投げ込んだり、一閃切り裂く戦斧の軌道上から逸れたものを呪い殺していた弥月は戦場の奥の方まで足を運び、後から増える物量を目にしていた。どれだけ封印されていたというのだろう。守刀を手に戦場を見渡した弥月は、猫の姿をする敵の中でも一層歪なものを見つけた。直感的に、あれだ、と思う。
「俺の全力の呪い、受けるといいよ」
 瞬間、多くの触手の動きが一拍止まり、時間が停止したように感じた。たった一度の瞬きを挟むと全ての目玉が弥月を見た。
 まずい。そう思いはしたものの、呪いは止まらない。途中で掻き消して再度諳んじるくらいであれば呪い切った方が被害が少ない。今この瞬間にも、目の前の戦友たちの大事なものが狙われ続けているのだから。
 触手が伸びる。頬を掠めた。身体を貫くように飛び込んできた触手は、呪いの完了と共に動きが鈍る。悪あがきのように暴れた手先が、弥月に届いてパキリと小さな音を立てたと同時に大きな手のひらに押し潰された。
「おお、なんかコイツらのろまになったぞ」
 大丈夫かあとのんびりとした声が発せられる。七々口が一升瓶越しに弥月を見ていた。弥月の視界の中に映るのは、もはや猫の形など跡形もないドロドロとした異形物とちゃんと猫の形をした七々口だけだ。どうやら擬態が全て解かれたらしい。
 ぴょん、ぴょん、と視界の端で目玉とゲル状のゼリーが跳ねた。あ、と弥月が声をかける前に素早く駆け付けたルクレツィアが柄を落とす。それは声もなく貫かれ、動きを止めた。
「これが核?かな。みんな無事?」
「ありがとう。こっちは大丈夫」
「ここら辺は片付いたみたいだ。オレの酒も無事だぜ~」
 ようやく初期位置から動いた七々口も合流して周囲を見渡す。惹きつけられていたさわりめはいつしか蒸発して痕跡もなくなっていた。それぞれの安否を確認していると、弥月があっと言葉を零す。
「うーん、無事……とまではいかなかったかも」
 時間が止まった匣の中、尻尾が短くなった猫がいた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

緇・カナト
●白と黒
差していた番傘は戦闘の始まる前に
武器庫代わりの影業へと預けてしまって

嫌な気配がするねぇ
レモン君は準備万端?頼りにしているよぅ
真白に惹かれるらしい少年の姿を横目に
変生せよ、と灰狐狼の毛皮を纏い
手には三叉戟を
さて、お片付けタイムと行こうか

先刻告げたようにオレが大事な物は
身につけていた懐中時計、
他者への贈り物とする際には
共に時を刻もうという想いを
託されるような代物で
言い換えるなら
今ここに至る己自身を形造るのに
過ごして来ていた時間に等しい
…何もかも忘れてしまう自分も
替えの利いてしまう道具にも
そこまでの未練はないが
……横で憤るのも暴れる姿も眩しいね
さて、あの怪霊達をどの程度
引き寄せられるもんかな
茶治・レモン
●白と黒

僕は大事なものとして、この白い番傘を持っておきますね
いつでも大丈夫です、行きましょう!
真っ黒じゃないカナトさんは新鮮です
番傘は背負って、手には玉手を持って向かいます

殉愛で敵を攻撃しつつ、カナトさんの攻撃支援に回ります
この攻撃、羽のように軽くはないですよ

カナトさんの懐中時計は、ここに至るまでのカナトさんが持っていたものなんですよね?
ならやっぱり、壊させる訳には行かないですね
カナトさんの大事なものは、僕にとっても大事なものです

僕、実は白い物にとても惹かれる性質でして
師匠が僕に、似合うと言ってくれた色なんです
だから、この色の物を壊すと言うのなら…
絶対許しませんからね
暴れさせていただきます!

●光輝有る処、闇深まりて
 時を同じくして別所。慈雨の降り注ぐ街に忍び寄る悪意を迎え撃つ影ふたり。
「嫌な気配がするねぇ。レモン君は準備万端?」
「勿論、いつでも大丈夫です」
 二輪咲いていた真円の傘が蕾に還る。ひとつ、カナトはそれを足元の不運へと食わせて仕舞い。ひとつ、レモンはそれを背中へと庇った。釣られて出てきた獲物はもうすぐ目前まで迫っている。
 正面へと視線をやる二人は、敵が徐々にその形を変えて人型に変化していくのを見た。背丈は同じ程だろうか。うねるように触手を曲げ、辛うじて人型だと分かる程度の奇形物だ。そこから一本異様に空へと伸び上がり、先端がぐるぐるととぐろを巻く。
「まさか……真似を?」
 訝しむように零したカナトの言葉は正解だった。大事なものを奪うため、それにまつわる記憶や思いをトレースしたのだ。周囲に立ち込める霧が元凶のようだが、今すぐ霧を晴らす手段は持ち合わせていない。そもそも、送風程度で晴れるような霧ではないのだ。元凶である古妖をどうにかしない限り、この重たい靄は停滞している。
 しばし、沈黙が下りた。
「――変生せよ」
 静寂を切り裂く言葉が発せられると同時、カナトの体が灰狐狼の毛皮で覆われていく。黒い獣が、白を落とした色に生まれ変わっていく。
 呆気にとられていたレモンがカナトの狂人狼に気付いて頭を振った。今は敵の造詣に気を取られている場合でもなく、場の主導権を握られる訳にもいかない。気を取り戻したレモンは戦場には合わない調子でカナトに声をかける。
「真っ黒じゃないカナトさんは、なんだか新鮮です」
「……そうか?」
「はい! それじゃあ行きましょう!」
 パチンと金具が弾ける音がした。いつの間にかレモンの手には真白のアーミーナイフが握られている。
 血など知らないその色は彼の特徴のひとつだ。白い物に惹かれ、全身を白でコーディネイトし、持ち物さえも白で飾る。かつてこの色が似合うと師匠に評された彼は、白を穢すものを許さない。沸々と全身を巡る魔力に熱が入る。血が沸くとはまさにこのことか。
「暴れさせていただきます!」
 言葉と共にレモンが駆け出す。三叉戟を手に見送るカナトは眩しそうに目を細め、軽く肩を竦めた。
「さて、お片付けタイムと行こうか」
 開戦の合図よりも早く、さわりめの触手が雨と同等に周囲に振り落とされる。地面の割れる激しい音を横に聞きながら、避けると同時に高く跳ねたカナトは三叉戟を振りかぶった。お返しとばかりに天から地へと叩き付けられた三叉戟は見事に触手を貫き削ぎ落す。攻勢はそこで止まる筈もなく、着地するやいなや浅く握った三叉戟を引き抜き、自身を中心として遠心力を載せて反対方向から迫るさわりめの手に突き刺した。目玉の潰れる嫌な音が耳につく。
 一旦落ち着いた所で反撃の姿勢を見せるも、カナトは独りで戦っている訳ではない。
「どうぞ、受け取ってくださいね」
 濃霧を切り裂いて羽根が舞う。輝く白の魔力は敵には鋭く、味方には優しく寄り添った。触れるものを切り裂く刃は容赦なく溶けた腕を千切り傷を与える一方で、着地点に舞い降りた翼の残滓はより速くより強く戦場を駆ける力を与える。カナトを中心に広がった殉愛の羽根は、周辺を彼らの舞台に変えた。
 このまま順調に行くかと思われた。油断をしたわけでも、ましてや隙を見せたわけでもない。ただ、相手が悪かっただけだ。
 大仰にも過ぎる動きで敵の注意を引きつけていたカナトは眉を潜めた。減る気配が一向にない。つよい想いに引きつけられた怪霊は多く、古妖がどれほど繋がりのある感情を欲しがっているのかが見受けられた。真似る怪霊たちは残滓から学び、より複雑に形を構築していく。
 そして、悲鳴が聞こえた。
「――!」
 振り返ったカナトが見たのは、傷を負ったレモン――の、姿ではない。その姿を真似て声すらも奪った怪霊の下卑た笑みだ。
「カナトさん!」
 溶けかけた腕が体を掠める。反応速度は間に合っていた。それは、自分だけならの話だが。
 不自然な光が空に舞う。時計の形をした月光がスロウに見えた。ただ攻撃するだけの怪異ならばよかったものの、それよりも現物を狙う敵だったのが不幸を呼んだだけだ。金属の擦れる音が、嫌に響いた。
 戦場が急に終幕を迎える事はまずない。必死に空に手伸ばして掴んだレモンの手中には傷ついた懐中時計が収まっている。時を淡々と刻むはずの針は何かに引っ掛かってしまったようで、回ることが出来ず同じ時を繰り返していた。
「……カナトさんの懐中時計は、ここに至るまでのカナトさんが持っていたものなんですよね?」
「……そうだ」
「そうですか」
 いつになく冷えた言葉を放ったレモンが敵を見定める。未だ宝物を狙うさわりめは想いをふたつ抱いたレモンを標的に集っていた。
「許しません、絶対に」
 ――そうして、後には溶けた動かなくなった怪霊の群れと壊れた懐中時計が残された。
🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 苦戦

灯理・ナンシィ(サポート)
 半人半妖の心霊テロリスト×不思議骨董屋店主、16歳の女です。
 普段の口調は「女性的(私、あなた、~さん、なの、よ、なのね、なのよね?)」、年下には「無口(わたし、あなた、呼び捨て、ね、わ、~よ、~の?)」です。

 √能力は指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
 あとはおまかせ。よろしくおねがいします!

●妖怪達の宴
「怪しい噂に元を辿ってみれば……成程なの」
 カメラを片手に辿り着いた少女、灯理・ナンシィ(バブーシュカレディ・h01791)は早速獲物を見つけたとばかりに襲い掛かるさわりめの触手を、手を横にずらすだけで軽くいなす。情報を生業とする者特有の観察眼は、敵の狙いがカメラであることを見抜いていた。
 寿命が縮むどころか、命が散った男の話を聞いたのが数日前。それにまつわる噂を聞いたのが本日。勘は正しかった。
「さてさて、どんな驚きが待ってるのかな」
 聞けば古妖の仕業という。これはまたとないシャッターチャンスだ。
 とん、とん、と靴音を二回。背筋も凍るような気配がぶわりとその場に沸き立った。ナンシィは狼狽えもせず歩み続け、ただでさえ濃い妖怪の気配をより強めていく。ここに作るのは門だ。
「妖怪には妖怪をぶつけんだよー、ってね」
 冗談めかした言葉と共に出てきたのは、冗談じゃない質量の妖霧だ。紫がかった霧は元から満ちていた霧をその物量で押しのけフィールドを夜行のものへと変えていく。
 そこのけ、そこのけ、おうまが通る――逢魔ヶ刻の訪れだ。
 土蜘蛛が毛深い足を天へと伸ばして大地に罅を入れる。提灯お化けがカラカラ笑って陽気に煽り、天狗がそれを煩わしそうに扇であしらった。傍にある触手をひょいと掴み、無邪気な子供のように化け猫が千切る。逃げ惑うさわりめをぬらりひょんが追いかけた。
 百鬼夜行の出来上がり。呑まれて遊ばれるさわりめは玩具のようで、悲惨な現場に遭遇した時の何とも言えない気持ちになった。これを起こした張本人の筈なのだが。
「わあ……これは、偶然。うん、偶然こうなっただけ」
 もしかして何もしなくてもいいのでは?
 そんな気持ちに襲われたものの、いそいそと隣に避難してきたさわりめと目が合ってしぶしぶ拳を振り下ろした。
🔵​🔵​🔴​ 成功

クレア・霧月・メルクーシナ(サポート)
人間災厄「ネクロノミコン」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》×ゴーストトーカー、20歳の女です。
保有している凶悪な魔術・霊術知識や災厄としての危険性とは裏腹に、ほんわかとした雰囲気で日々をノリとテンションで乗り切っている能天気な性格です。

柔和な物腰ながらも好奇心は強く、事件や戦闘には積極的に介入し解決へ導こうとします。
天然な所も有りますが、どんな役割でも自分の出来る事を元気いっぱいにこなそうとします。
あとはノリとテンションでおまかせで!

他の√能力者に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。

●例外はない力
 美味しそうなタコの匂いに釣られて百貨店をぶらぶらしていたクレア・霧月・メルクーシナ(能天気災厄「ねくろのみこん」・h04420)は好奇心のままに路地裏へと足を踏み入れた。もしこれが何かしらの物語なら目星が成功したのだろう。
「おお~……! やってるやってる!」
 日差しを遮るように手のひらをおでこに付けて開けた場所を見渡したクレアの眼前にあるのはさわりめの溶けた亡骸だ。怪霊の出来損ないを越えて戦場へと躍り出た足取りは軽い。子供が遊びに誘われて走り出すのと同じ軽さだが、彼女はこの状況を理解していない訳ではない。周囲を見回したクレアが何かを見つけにやりと口元を歪ませる。
 さわりめが来た。既に圧倒されて数は減っているが、脅威は脅威だ。街へと飛び出そうとする個体にようく狙いを付けて人差し指をピンと伸ばす。
「なんだか怖い感じのやつー。いっけ~!」
 そうして暗闇が訪れた。いや、違う。辛うじて差していた光が何かによって完全に遮られたのだ。さわりめの無数にある目がぎょろりとその正体を暴こうとする。した。出来なかった。
 浮いていたのは看板だ。もはやその役目を終えて眠っていた看板が叩き起こされ、べりべりと剥がされ、春風に飛ぶ洗濯物のように浮かんでいる。その重量たるや、想像に難くない。こんな所にあったのが運の尽きだ。
 重力。それは世界に普遍的に存在するエネルギーだ。どんな人間だろうと、妖怪だろうと、能力者だろうと逃れられない力である。鋭い刀や丈夫な槍、鉛玉の詰まった鉄砲など殺傷力のあるものはごまんと存在するが、今この場に存在する最も殺傷力の高い物と言えば何か。そう、重力だ。看板の持つ質量は周囲に存在する様々な物を軽く凌駕する。
 ぶちゃ、と粘着質な音がした。と思う。轟音がクレアの耳を劈く。
「……これ、怒られない? 大丈夫?」
 思わず両耳を塞いだクレアの目の前には、看板だった物で出来た鉄くずの山が聳え立っていた。地面は凹み、広範囲に罅割れが見える。なんならちょっとヤバい音が足元からした。
🔵​🔵​🔴​ 成功

第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』


POW 九重椿
指定地点から半径レベルm内を、威力100分の1の【惑わしの妖気を宿す椿花】で300回攻撃する。
SPD 惑わしの香
爆破地点から半径レベルm内の全員に「疑心暗鬼・凶暴化・虚言癖・正直病」からひとつ状態異常を与える【香箱】を、同時にレベル個まで具現化できる。
WIZ 星詠み乱れ花
あらかじめ、数日前から「【星詠み】作戦」を実行しておく。それにより、何らかの因果関係により、視界内の敵1体の行動を一度だけ必ず失敗させる。
√妖怪百鬼夜行 普通11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

「はあ……ほんに、野暮なこと」
 地面を這いずっているさわりめの触手の根本を辿れば、多輪の椿が咲き誇っていた。美しいその花はあなた達を心底嫌そうにねめつけた後、黒い繊維一つ一つに金糸が織り込まれた扇子で口元を隠す。煙管に残った灰を落とすと真下の触手に火傷が出来るがお構いなしだ。
 人を傷つけること。人のものを奪うこと。人倫に反した行為を躊躇いもなくやってのけるのは、彼女が善人の性質を持たないからだろう。この世にある全てのものは自分の手のひらの上で転がせると信じて止まない輩だ。そして、厄介な事に彼女はそれを成し遂げる美貌もあれば力もあった。
「わっちに主さんらはいりんせん。おさればえ」
 ふうと細く吐いた煙が広がって靄となる。近付くと濃くなった香りは一層誰かの心を惑わし幻を見せる力を持った。気を付けてと星詠みの少年が言った通り、同士討ちになるような事態だけは避けねばならない。
 それと、懸念がもうひとつ。彼は"星詠みの椿"と言ったのだ。あなた達が事件を解決するために駆けつけられる事も、先んじて行動を起こし非常事態を回避する事も、星詠みの言によるものだ。星詠みがいかに便利で、いかに厄介か、身に染みて知っているだろう。
 対峙するだけでじわりと嫌な汗が背中を伝う。彼女から発せられるのは生易しい感情ではなく殺意なのだから。
猫宮・弥月

たとえ野暮天と言われようとも、君の行いを邪魔しに来るのが俺流の粋、って感じだよ
嫌がられてもはい左様なら、とはとても言えなくてね

粋がってみても相手は強いとわかりきっている
ぞわぞわするような怖気を押しつぶし、迷う香りも振り払い、己をしっかと持たなくては揺らいでしまいそうだ

でも壊れた土産物でも、まだ語れるものがある
尻尾を継いで差し出して、どうしたのと問われるもよし、受け取らないと言われるもよし
大事なものを抱えたまま、ここで沈み込んでいるわけにはいかないさ

麻痺の護符、足止め呪い、全部飛ばしてみせようか
一つ失敗してももう一度、相手が止まるまで届かせよう
どれか一つ届けばいい
そうすれば、こっちの勝ちだ

●猫は呪う、九つを賭けて
 数多の困難を乗り越え、向かった先に咲く椿を見据える。野暮と言われようともこの場に来たのは、全ての災いを断ち切るため。悲劇を齎した椿太夫の悪行をこれ以上のさばらせないようにするためだ。
「粋も分からないようじゃ、ね」
 女郎として秀でていた女であれば、そこも汲んで相手をするのが一流というものだろう。その意図が伝わったのか、椿は鼻を鳴らして不快そうに弥月を一瞥した。
 瞬間、ぞわりと背筋に走る悪寒。油断をすれば命とりであるというのは十二分に伝わってくる。見かけ倒しではない力が圧力としてかけられている錯覚を起こした。
 その場に膝をついてしまいそうだ。対抗するようにしっかりと地面に足を立て、反抗の意を込めて視線を返す。今行われているのはただの睨み合いではなく、間合いの読み合いだ。じわりと体の奥までしみこむような甘ったるい香りを意識から排除する。
 呑み込まれてはいけない。
「……俺にはまだ、やるべき事が残ってる」
 強い想いには相応の力がある。確かにまだ残っている、届けるべきものを思い出して椿をねめつけた。これを奪おうとした元凶が目の前にいるのだ。人は誰かを思って物を手に取り、その人へ楽しい気持ちやよき思い出を分かち合おうとお土産を選ぶ。その瞬間は代えがたい大事な時間であり、物にはそれだけの思いが込められる。香りに目を閉じ、まとわりつく妖気に沈み込んでいる場合ではない。
 白い花が開くように、ぱっと弥月の周囲に護符が散る。そのどれもが不安定に浮力を持ち、彼の周りを漂っていた。手にも同じ文字が刻まれた符が存在する。この時の為に用意した護符がどこまで通用するのか。
 彼女が一瞥した。はらりと護符が力を失い落ちていく。
 星詠みの力だと気付くのは早かった。あらかじめ知っていたのだから、当然対策している。とはいえ、とても有効な作戦とは言い難い。弥月が選んだのは物量での勝負だ。一つ失敗したならもう一つ。さらに失敗したならさらに一つ。まるで鼬ごっこだ。しかし、その不毛な鬼ごっこも諦めなければ負ける事もない。
「届かせてみせる」
 例え、この戦いが永遠に続くとも、こちらは一人ではないのだから。この勝負は、誰かが勝てばいい。その足を止めるものを排除すればいい。
 弥月の呪いは段々と椿太夫を蝕み、いつしか取り返しのつかない毒になる。その時が勝利の瞬間だ。
「さあ、根競べでもしようか」
 ここからは静かで、誰も踏み入れられない、壮絶な戦いが待っている。
🔵​🔵​🔴​ 成功

緇・カナト
●白と黒
レモン君は……無事だった?なんて
聞くだけヤボなことは思うに留めておいて
それじゃあ、あの親玉を片付けて
さっさと傘を手に
帰路につくとしようか

…大切なモノに向ける執着は
確かに傍目から見れば
輝き美しく映るのかもしれないが
各々が抱くモノ心の裡は其々にしかなく
欠けたモノが代替で
埋まること等ないと識っている
……嘆きの言葉なら
疾うの昔に枯れおちた──

響かせるはケモノの咆哮、
古妖相手に牽制など成らなくとも構いはしない
椿花降るなか虚空から伸びる鎖の拘束と
狙うは獣爪化した腕による強撃で
真白な少年の追撃にも役立てたならば
此度は振り返ることもなく
幾度も遠吠えは響かせて
…悼むような雫と雨は何れ止むのだろう
茶治・レモン
●白と黒
カナトさんの懐中時計は、僕のポケットに仕舞い込んで
僕の魔法で直せるかな…どうかな…
後でカナトさんの許可をとって、試してみましょう
そのためにも、あちらの方にはさっさとご退場いただきましょうね

カナトさんの咆哮を合図に、先手を頂戴
玉手からの攻撃に、部位破壊や切断を混ぜて
彼の強撃の後には、僕が傷口を抉って差し上げますね
椿花の攻撃は、随分とまぁ、お綺麗で
でも自身の痛みより、悲しい痛みってあるんですよ
今更こんな痛みで、武器を下ろしたりはしません、できません

大事なものを失った時、どれほどの痛みを感じるのか
その身で覚えて還って下さい
まぁその程度の痛み、僕らの痛みには到底届きませんが

●共鳴
 静寂は華麗な椿の古妖によって打ち破られた。内に秘める熱も納まらぬまま、レモンはその熱さを冷静さに変えるために息を吐く。今はまだ、手のひらにある壊れた懐中時計をどうにかすることなんてできない。軋んでしまいそうにも強く、しかしその強さとは裏腹に優しく握り込み、レモンは懐中時計をポケットに仕舞い込んだ。これ以上、壊されてなるものか。魔法でもし直せたとしても、壊れたという事実は覆らない。
 一連の動作を眺めたまま、カナトは少しだけ口を開いてゆっくりと閉じた。かけるべき言葉を持ってはいるものの、口に出すべきではないと感じたのだ。レモンの伺うような視線を認めたのち、互いにそれは後回しだと言わんばかりに討つべき敵に目を向けた。
 既に戦いは始まっている。
「じゃあ、さっさとあの親玉を片付けようか」
「はい。ご退場いただきましょう」
 呪詛による呪いを受けながら、女は椿の尾を高く振り上げ地面を叩く。荒々しい所作にもかかわらずどこか優美さをもったその動きは、次の攻撃の布石でしかない。地面に四方八方に広がる割れ目からは椿の芽が膨らみ始め、コンクリートを割ると同時にぶわりと咲った。一面を埋め尽くす椿の花が無害なはずがない。
「――……」
 立ち込める霧が濃くなる中、その惑わしの香を恐れずに息を吸ったカナトは空気を切り裂くような咆哮をあげる。
 それは人間の言葉ではない、獣の言葉だ。誰が理解できるとも言えない猛々しい雄叫びがそこに存在する全ての生物の鼓膜を震わせた。生物の根源に存在する、圧倒的弱肉強食の世界で弱者ばかりが抱く感情がここにはある。恐怖だ。あらゆるものを蹂躙する獣が来たのだと、恐怖を植え付ける咆哮だ。
 誰もが足を竦ませる中、白い影が飛び出した。赤い花の絨毯を駆け抜けて、レモンは椿太夫の懐まで入り込む。大事なものを散らすことだけが生き甲斐のような、悪辣な花を気遣う隙などどこにもなかった。狙いはピタリと人部の首に狙いを定める。全く迷いのない刃先が、玉露のような肌に傷をつけた。
 しかし、狙いはズレた。はだけた女の肩に赤い線が走って赤い粒をいくつも浮かせる。こんな女でも血は赤い。
「わっちによくも傷を」
 忌々しそうに吐き捨てた椿は、身代わりの赤い花を体に纏わせ始める。
「この程度で文句を言うつもりか」
 呆れた声は椿の背後からした。巻き付く椿を鎖が引き裂き拘束する。赤い花が咲き誇る庭で、どこからともなく現れた無数の黒き鎖が椿の花を潰し、引き千切り、捕縛を始める。引き裂かれた椿がカナトの耳に聞き慣れた声で囁きかけた。
 カナトは振り返らない。が、動きを止める。
 対抗する女は一瞬見つけた隙を好機として足を踏み出した。それが罠とも知らずに。
「逃れる術など在りはしない、」
 影が落ちる。咲き盛りの椿を、容赦のない獣爪が襲う。黒妖犬の鋭く巨大な爪は簡単に花を蹴散らし椿太夫の腕を抉った。簪と共に髪が崩れ、女が笑う時に口元を覆っていた扇が落ちる。
「主ら……一度ならず二度までも!」
「失礼、育ちが悪いもので」
 彼女の体が反射で跳ねる。大きく目を見開いた女が素早く痛みを齎す方を見れば、レモンが肉の覗く赤黒い腕に玉手を突き刺していた。人の見た目にも一切考慮せず傷口を抉る。余裕ぶった女の口から、その日初めて悲鳴が上がった。
 妖霧が濃くなる。惑わしの香が椿太夫の周囲を濃く覆う。その影響が一番強いのは、接近戦を仕掛けるカナトとレモンだ。体が椿に覆われていく。振り払っても次から次へと咲き誇り、ついには視界が赤く染まった。

 ――嘆きの言葉なら、疾うの昔に枯れ落ちた。
 目の前に全く別√の風景が広がっている。夜の月すらも覆い隠す雲をカナトは見上げた。心臓の音が妙に煩い。
 奪われてなるものか。それを奪ったとて、その価値を知るのは本人のみであり、満たされるものは何もないと知っている。欠けたモノが代替品で埋まることはないと識っている。
 見えない月に手を伸ばし、――椿の花を握りつぶした。

 ――白が似合うとあなたが言った。
 いつだってキレイにしてくれる魔法が、羽織りも制服も白に保つ。不思議と周囲も真っ白で、草木や家屋に至るまではその色に染まっていた。言葉を発しようとしたレモンはその空から黒い粘着質な液体が溶け込むのを目の当たりにする。あ、と思った時には世界の白が穢されて、沸々と胸の奥に強い、不自然なほどに強すぎる怒りを齎した。
 奪われる――いや、今まさに、奪い取られないように戦っているのだ。
 握ったままの玉手を再び強く握り直し、叫ぶ。
「偽りの痛みで、僕らの足を止めようなんて無駄です!」
 応えるように遠吠えが響いた。

 幻惑から還った瞬間、ひどい痛みが二人を襲った。あのまま呑まれていたらどうなっていたか、想像に難くない。幾重にも重なった椿を引き千切り、二人はしっかりと地に足を付ける。
「甘ったるい香だね」
「本当ですよ。さっさと終わらせて帰りましょう」
 目の前で繰り広げられる仲間の戦いを見遣り、短い一息を吐くと、カナトは爪を、レモンは刃を再び構えた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​ 成功

七々手・七々口

「右よーし、左よーし。後ろもたぶん良ーし。」
安全確認完了っと。他の人は巻き込まれないよーにねぇ。あ、酒は宝物庫に放り込んどこ。

『我が身を門とし、来たれ破滅よ。』
√能力を発動。超巨大化した魔手達の連携攻撃で敵を攻撃。
めっちゃしんどいし、オレも脆くなってっから、とっとと終わらせたいのう。

んでもって、憤怒な魔手はオレの護衛役として近くで待機しといてもらうかね。
敵の攻撃が来たら、魔手のその剛腕で遠くまで高速で運んでもらって回避するか、憤怒な魔手で花を焼却する事で迎撃。
後は自分を怠惰な魔手で精神汚染して、惑そうになる心を無気力になる事で抑えとく。

「お前を倒せばゆっくり酒を飲めるってもんよなー。」
ルクレツィア・サーゲイト
◎【SPD】
「百貨店の店主達には良くしてもらった恩があるからね、ここから先へは絶対に行かせない!」
貴方達に善性を求めるつもりはないけれど、世の中何でも思い通りに行くとは限らないって教えてあげるわ。
まず精霊銃の銃撃を交えつつ、竜漿兵器の斬撃が敵に届く範囲まで間合いを詰めたい。
ただ、相手が√能力を放つ兆候を見せたら距離を置いて相手の攻撃に備えるわ。
【香箱】が出現したらエレメンタルバレット『雷霆万鈞』の爆風と射撃系の技能フル活用でで可能な限り撃墜し、撃ち漏らした分は根性で耐える!
【香箱】の攻撃をやり過ごしたら再度接敵し、錬金術で錬成した竜漿兵器で一気に攻める。
「人々の大切なモノを、守り抜く力を!!」
保稀・たま(サポート)
(アドリブ等歓迎)
シャドウペルソナのわたし、
レゾナンスディーヴァのたま、参上だよっ。
わたしがいる限り思い通りにはさせてあげないんだから!
可愛くてカッコいいわたしに任せてよね。

持っている技能キーワードをいくつか生かして有効に戦うよ。

相手の反撃に対抗できそうな√能力を選んで使おっか。
単体の敵なら、割と敵に飛び込んで武器で殴りに行くのが好き。
ケガも返り血も何だってわたしをカッコよくしちゃうから!

状況で選ぶことが多いのは
複数敵には、決戦気象兵器「レイン」
非√能力者がいて有効なら、世界を変える歌、かな。

連携を狙ってくよ。結構あわせちゃうんだから。
作戦にも他の方にも迷惑かけるつもりはないよ。

●枯れ尾花、散る
 一面に広がる椿に交じって、同じ花の意匠を施した香箱が点在している。地面が割れ、椿が咲き誇ると同時に生成された香箱をルクレツィアは見逃すはずはなかった。あらかじめ最大限の警戒をしていたのだ。誰よりも先に対処に動くことは当然の結果だった。
「逃げようたってそうはいかない!」
 椿太夫の足止めをしていた二人はその近さ故に香箱の惑わしを一身に受け動きを止めている。隙を見て街の方へと体を滑らせた女を睨みつけ、雷の弾丸を進行方向へと放った。雷霆万鈞は着弾と同時に四方へ弾け、閃光と共に椿と香箱を見境なく焼いていく。超高電圧の電撃は触れたもの全てを灰へと変えるが、ルクレツィアが味方と認めた者へは恩恵を与える。
「レゾナンスディーヴァのたま、参上~! 足止めが必要かな?」
 高々とした口上と共に、街へ至る道を塞ぐのは保稀・たま(スきなコとスきなコト・h02158)だ。跳ねた雷が彼女の元へも鋭く向かうが、ダメージを負わせる事なくバフへと変わる。突然雷撃が飛んできたたまは驚きの声を出しつつも、雷をまとった自分の姿を見て得心する。成程、パワーアップしたわたしが参上したということか。
「ありがとう! ここから先へは絶対に行かせない!」
「ふふん、可愛くてカッコいいわたしに任せなさーい!」
 ルクレツィアは錬金術で錬成した竜漿兵器を、たまは祈りによって奇跡を起こす長杖側竜漿兵器を、それぞれ構えた。
「右よーし、左よーし」
 その裏で、まるで勝手知ったる庭でも散歩するように七々口が過っていく。焼き椿の無残な道をサクサクと音を立て闊歩する。
「後ろもたぶんよーし」
 安全確認を済ませた七々口は、忘れないうちに大事に取っておいた酒を宝物庫に放り込んだ。勝利の美酒を味わうのはもう少し先だ。
 怠惰の魔手の精神汚染の影響か、惑わしの香を塗り替えるように訪れる無気力が今度は邪魔になっている。もう何もしたくないという気持ちが湧き起こる度、ぷるぷると首を振った。
「そんじゃ、仕上げといくかー」
 ばち、と七々口とルクレツィアは一瞬目が合った。
「我が身を門とし、来たれ破滅よ」
 七々口の√能力が発動すると周遊していた魔手が異常に膨張していく。どこからか力を吸い取って巨大化していく魔手は空に陰りを齎していく。
 その、間。
「力を貸してくれる?」
「もっちろん! サポートだってお手の物だからねっ」
 ルクレツィアとたまは互いに頷きあって共通の敵を見据える。忌々しそうに立ち塞がる二人を見た椿太夫は、背後に膨れ上がるエネルギーを感じて振り返った。その隙を狙わない筈もない。それに、自分のするべきことは分かっている。
「世の中何でも思い通りに行くとは限らないって、教えてあげるわ」
 引かれた矢の如く飛び出したルクレツィアが椿太夫へと肉薄する。視線を逸らしていて反応が遅れた彼女の喉笛を斧槍が掠った。竜漿兵器の先端が赤い血を引いて軌跡を残す。確実にダメージは通っていた。
 振り被った斧槍を斬り返そうとした所で、視界を覆うほどの椿が地面から盛り上がりルクレツィアへと向かって雪崩れてくる。本能的な危機を感じて跳び退るルクレツィアの横から、ルートを変えてたまが飛び出した。頬を椿に切り裂かれながらも、椿の大群を目暗ましにして横をすり抜けたたまは椿太夫の脇腹を狙って竜漿兵器をフルスイングする。風を割く音は重たい。それだけの質量が込められているのが聞く人が聞けばよく理解できた。
「不意打ちだよぉーっ。ビックリした?」
 そんな可愛らしい声からは想像もできない重さが太夫の半身を襲い嫌な音を立てた。既に片腕を失った女は苦渋の表情を見せる。振り抜いた勢いのままくるりと回ったたまは綺麗に着地してみせるが、その足元から血濡れた椿が沸き立つのを目撃した。今度はこちらの番かと慌てて退避しようとした所で、もう一人の少女の咆哮を聞いた。
「人々の大切なモノを、守り抜く力を!」
 蛇のように隆起した椿がたまに飛び掛かるに合わせ、真横からその口に斧槍を突き刺したルクレツィアは勢いを殺さず椿太夫の元へと駆け抜ける。形成された椿の花はもう跡形もない。残るは剥き出しになった椿太夫ただ一人だ。その、下半身にまとわりつく椿と美しい美貌を備える人とを斬り分けるように続けて斧槍を繰り出した。重たい感触。
 重ねるように、たまのワンドが後を追い掛けた。椿太夫の骨が砕ける音を聞きながら、たまはもう一度振り被ったのだ。ただの純粋な打撃だとしても、その重さと固さ、スピードが乗った竜漿兵器は凶器となる。交差するようにすれ違ったふたつの竜漿兵器は、血と花弁の赤色を乗せて椿の体を切断した。咲く椿で修復するにしても、時間がかかる筈だ。
 そうして、時が来た。
「あーしんど」
 あまりに呑気な声が、どうしてかハッキリと耳に届いた。
 もはや、空に浮かぶのは手などには見えない。超巨大化した魔手の覆う炎にも似た暗雲が縦横無尽に立ち込めその場の天候を変えた。
「じゃ、これで終わりってことで。あんがとねー」
「ちょっと……デカくない!?」
「もうちょっと下がった方がいいかも」
 眼前の椿太夫共々見上げたたまとルクレツィアは言いあいつつそそくさと退避する。仲間と認識したものにダメージを与えない√能力は多々あるが、これはどうにも違いそうだ。そんな気がする。たまが良い隙間を見つけたとルクレツィアの手を引いて、辿り着いた壁の合間にそっとジャストフィットした。
 一方で、足を失った女がなせる術はない。
「ほ、星詠み――……」
 そう口にした女は、弾かれたようにこめかみを抑えた。蓄積した呪いがここにきて失敗させる。
 女は黒猫を見た。黒猫も女を見た。
「オレ、酒はゆっくり飲む主義なんで」
 七々口の言葉が終わる前に、月のように輝いた魔神手が雨のように降り注いだ。黒猫はただそれを見ているだけだ。助けを求めて縋るような視線が七々口を見たが、それもすぐに魔神の手によって潰されて朽ちた。
 転がされ、打たれ、潰され、引き裂かれ、落とされ、千切られ、燃やされる。
 七つの罪に罰せられる女の末路など、惨めに散るのがお似合いだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

●終局
 戦場となった場所に残ったのは、枯れ果てた椿の花だけだった。古妖の体は燃え尽き、未練が灰に僅かに火をつけるばかりとなっている。
 呪い合いに勝った弥月はようやく息を吐いた。長い、長い、戦いだった。精神が摩耗し立っているのさえやっとの心地である。帰ったらまず何をしようか。そう考える事さえも億劫なくらいだ。
 ぽつ、ぽつ、と魔手が防いでいた雨が再びあなたたちの体を濡らしていく。
 一面椿の花畑となっていた荒れ地に、ぱっと白黒の花が咲いた。折角買った傘があるのだから、帰り道は濡れないように帰ればいい。レモンとカナトは二人並んで帰路につく。
 結果に満足気な表情をしていた七々口は、もう精神汚染はないというのに襲い来る倦怠感でもう少し残る事にしたようだ。幸い、雨を防ぐ傘は買ってある。
 ルクレツィアは踵を返し、百貨店の方へと歩を進めた。お世話になった店主たちにもう大丈夫だと伝えるために。
 こうして、それぞれの日常へと戻って行く。嘆く雨さえもいつか晴れるのだから。

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