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そして『怪異』は『人』“ ”語る

#√汎神解剖機関 #ノベル #|警視庁異能捜査官《カミガリ》

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 #√汎神解剖機関
 #ノベル
 #|警視庁異能捜査官《カミガリ》

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●|依月《怪異》と|昂生《人》は……
「待たせてすまないね。大学の講義が長引いてしまったんだ」
 警視庁超常現象関連特別対策室の小会議室。柳・依月がその部屋のドアを開けた時、時計の針は約束の時刻を少しだけ回っていた。
 中にいるのはパリッとした背広を着こなしたエリート然とした男の後ろ姿。いかにも不機嫌ですと言わんばかりに折りたたみ椅子にどっかりと腰掛け、会議用テーブルの天板をコツコツと指で叩いている。
 ドアの開く音と呼びかけに、男が振り返る。
「…………」
 鋭い視線が依月を捉えたと思うと、ぎろりと睨み付けてきた。職業柄なのか、やたら圧を感じさせられる視線が矢のように突き刺さる。気が弱い者なら「すみませんでした」の一言でドアを閉めて去ってしまう勢いだ。
 自分が時間に遅れたから怒らせたのだろうかと、依月は自問する。
 世の中には色々な人間がいる。その中には規律に煩い者もおり、きっと目の前の男もそうなのだろう。
 このような相手には、素直に謝罪をするに限る。
 依月は、謝罪の気持ちを表すため目を伏せ、今度はやや丁寧に「申し訳ない」と言葉を述べてみせた。
 身なりが良く整った顔立ちの若者が心底すまなそうに謝罪すれば、相手は多少なりとも罪悪感を抱くもの。ゼミの教授や同級生相手ならば大体これで上手くいくのだが……。
「何で大学なんか行ってるんだ?」
 男から返ってきたのは意外な言葉で、依月は困惑してまばたきをした。
「それは俺が大学生だから……か?」
 あまりに唐突すぎて、当たり前としか言い様がない答えを返していた。
 授業やゼミがあれば大学に行き、学ぶ。それは大学生の本分ではないだろうか。その考えは一般的な人間の価値観とそう大きく違ってはいないはずだ。
 だがそれも面白くないものだったのだろう。男が大きなため息をついて舌打ちをした。
「それを許すなんて上はどうかしてる。報告書の内容を考えれば一番危険だろうが……」
 どうもこれは俺が時間に遅れたことで怒っているわけではなさそうだな。
 ブツブツと上への愚痴をこぼす男を眺め、放っておくといつまでも話が始まらなさそうだと判断し、依月は自分から話題を振ることにした。
 さて、そうなると何が良いか。
 天気の話は無難だろうか。意味の無い話をするなと言われそうだ。
 では自分の近況はどうか。先ほど大学の話題で不機嫌にさせたばかりだ。
 ならばここに来た目的はどうか。これなら相手も理解しているから話が早いだろう。
「ところで君が俺の相棒なんだろ。これからよろしくな」
 できる限りフレンドリーに、これまで人の中で培ってきた社交術を存分に発揮し、依月は友好的な笑顔を浮かべる。
 社交術でもあるが、この笑みは依月の本心でもあった。
 柳依月はネットロアだ。
 電子の海を漂う人の情念と伝承の切れ端。それらが依り集い、創り出されたもの。それがいつの間にか人の形を取り、人と似た意識を得たもの。
 怪異でありながら、依月自身は人を愛する存在である。
 それはネットロアが人の中から生まれたものだからかもしれない。子が親を愛するように――依月はネットロアという文化を愛し、それを生み出す自由で限りの無い人の心をも愛していた。
 だからこそ依月は人と同じ形を取り、学生という身分で人の文化に交わり、異能捜査官として人を守っていた。そして、これからはより深く事件に関われるように人間の協力者と組むようにと言われたのだ。
 今日がその引き合わせの日。
 ならば目の前の男が自分の協力者、いや相棒なのだろう。
 遅刻してしまったことで少々印象を悪くさせてしまったが、それはこれから取り戻せば良いのだと、依月は友好的に手を差し出し……。
「……は、相棒? 何言ってるんだ?」
 差し出された手を握り返すどころか、返ってきたのは冷たい視線と怒りの感情だった。
「勘違いするな。俺はお前の監視役だ」
 強調される『監視』という言葉に、さしもの依月も表情をこわばらせる。
 ――俺は怪異が嫌いなんだ。命令じゃなければ、誰がお前なんかと。
 当惑する依月の前で、男は立ち上がり吐き捨てるように言った。

 あの最悪な出会いから一週間。
 げんなりといった様子で黒髪を掻き回し、依月は同席する捜査官に向かってため息をついた。
「なあ、俺はアイツの『相棒』だよな?」
 アイツ――名前は四季宮・昴生というのだが、彼はあれからずっと剣呑な態度を崩さなかった。
 それどころか依月は自分の下宿から引き剥がされ、昂生の家の一室に無理矢理押し込められていた。自室の入口には監視カメラらしきものもあり、これは酷くないかと抗議しても「上の命令だ」と木で鼻をくくるような対応。
「俺も異能捜査官とやらなんだが、資料の一つも見せちゃくれない」
 ぼやきながら、依月はファイリングされた調書の束をめくっていく。
 依月が調べているのは怪異絡みの事件。とある児童公園で子供や若者が相次いで行方不明になっているという。その事件の調査を命じられたのだが、昂生は怪異など信用ならんと協力すら許してくれない。
 そこまで言うならこちらも勝手に調べるまでだと警視庁を訪れたのだが、嫌いだと面と向かって言われるのは、やはり心に来るものがあった。
 俺は所詮人間じゃないよな……。
 仕方ないという諦観をため息と共に吐き出し、残るのは虚しさと疎外感。
 ネットロアは人の恐怖心から生まれるもの。
 安全な場所であれば親しみや好奇心もあろうが、一度それが実体化すれば畏れや警戒の感情が上回るのは、それはもう人間の本能なのかもしれない。
「僕から注意することもできるけど……多分、昂生を意固地にさせるだけだろうね」
 追加の資料を持ってきてくれた捜査官が口を挟んだ。こちらは昂生とは違い柔らかな口調だったが、彼の言葉に混ざる親しみは依月に向けられたものではなかった。
「何だ、知り合いなのか?」
「昂生のこと、嫌いにならないであげてね。昂生はその……色々あるから」
「……色々? 何のことだ?」
 聞き捨てならない言葉に依月が顔を上げると、彼は困ったように頬を掻いていた。
「あー、僕から聞いたって言わないでよね」
 友人の秘密をばらすことに決まり悪そうな顔をしていたが、別に口止めされていたわけでもなかったのだろう、依月が詰め寄れば彼はいともあっさりと口を開いた。
「昂生は奥さんを亡くしてるんだ。それも怪異事件でね」
 彼の口から語られるのは、二年前の惨劇の記憶だった。
「詳しいことは言えないけど、昂生の身体の中には何か――多分土着の蛇神か何かだろうね、そいつが昂生に取り憑いたんだ。現場は血の海でさ、酷いものだったよ。奥さんの死体の脇で昂生が……」
 そこで彼は首を振り、話を切った。
「嫌な話だったね、ごめん。でもそういうことがあったから」
 ――君が悪いわけじゃない。だけど、君が|そう《怪異》である以上、仕方がないんだ。
 そう話す人の声は穏やかで、だがそこには確かな隔絶が存在していた。

 警視庁から『家』に向かう道中、依月の思考の中で捜査官から聞いた昂生の過去がグルグルと回っていた。
 昂生の憎悪が大切な人を失った悲しみからくるのならば仕方ないと思う。
 だが昂生の大切な人を奪った怪異と自分を一括りにされたくないと思う。
 矛盾する思考が渦を巻き、停滞する感情が澱のように降り積もっていく。
 だが……それは自分も対して変わらないのかもしれない。
 自分は人が好きだから、|人《昂生》と相棒になれると聞いて喜んだ。
 昂生が人でなければ、果たしてこれほど期待しただろうか。
 そして、自分が怪異で昂生が人だから、それで上手くいかないと諦めていたのではなかったか。
 無意識に隠していたものに目を向ければ、そこにあるのは人と人でないものの存外に高い隔たり。
 |俺《怪異》は|昂生《人》にどう接すればよいのだろうか……。

「あ、柳じゃん。最近講義にも出ないけど、どしたんー?」
 自問する依月の思考を、背後からの軽薄な声が遮った。
 振り返れば金髪のチャラ男がへらとした笑みで手を振っていた。
 大学の友人……と言ってもよい関係。捜査官の仕事で大学を休みがちな俺を心配しているのか、それともノートを写させてくれる相手がいないので困っていたのか。
 多分どちらもだと思いながら、だが今は目の前の人間が友好的に接してくれることに心から安堵して、依月は友人との会話を続ける。
 いつの間にか、話題は依月が休みの間に何をしていたかに変わっていた。
 さすがに怪異事件の捜査官をしているとは言えず、どう答えようかと曖昧に言葉を濁しているうちに、人間関係で悩んでいるのだということに話が移る。
「オレ、馬鹿だからわかんねーけどさー」
 ポケットに手を突っ込んだ友人の、空気が詰まった風船のような軽い口調。
「それってフィールドワークと似てね? ほら、前に教授が言ってたヤツ」
「ああ、研究対象者を尊重し、対話のパートナーとして考える、か……」
 その対話ができないから困っているんだがなと思いながら、確かにそれは一理あると依月は頷く。
 研究者という輩は往々にして観察対象者を対等な人として見ることを忘れがちだ。
 それは依月が汎神解剖機関を信用しきれず超常現象関連特別対策室に身を寄せた理由でもあった。人でも怪異でも、品定めされていると思えば警戒心を抱くものだ。
 そういえば、今こいつと俺は自然に話ができているな。
 二人とも会話をする気なのもあるが、友人という関係で互いに気負っていないのもあるのかもしれない。
 チャラい見た目で損をすることもあるが、自然体で話すこいつは妙にフィールドワークが上手かったなと思い出す。
「あと何だっけかな……うーん忘れた!」
「無理に理解しようとしない。最後まで耳を傾ける、だ」
 あれは素でやっていたのかと呆れながら依月が続きを答えてやると、友人は自分も気付いていたと言わんばかりに「そうそれ!」と頷いた。
 調子のいい奴だなと笑って、そして別の方へ帰っていく友人の後ろ姿を見送る。
 電灯の丸い灯りが街角の闇を払い、さしかかる光が依月の背後に長く影を映し出す。
 その影がふと嗤う様に揺れた。

 ――縺雁燕縺ッ菫コ縺?縲菫コ縺ッ縺雁燕縺?縲。

 伸びる影が依月に向かって手を差し伸べるように蠢いた。
 音とも映像ともつかぬノイズが依月の視界を侵していく。
 
 伝承、怪談、怖い話、都市伝説、ネットロア。
 口伝、伝聞、文字、そして0と1で構成される電子。
 様々な怪異が形を変え、そして人に語り続けられてきた。
 柳依月は……いや、怪異『公園のお兄さん』はネットロアだ。
 人に語られることで怪異は存在し、今は誰が語らずとも怪異としてそこに在る。

 ――縺雁燕縺ッ菫コ縺?縲菫コ縺ッ縺雁燕縺?縲。

「……いや、俺は俺だ」
 『柳・依月』の声が薄闇を斬り、その後にはノイズのない街路の光景が広がる。

 ――あんま気負わねーでもいいんじゃね? 柳ならできるって。
 去り際のチャラい友人の言葉。それがすっと依月の心に収まっていた。
「考えてみれば単純なことだったな」
 どうすればよいかなんて最初から分かっていたし、最後まで分からないかもしれない。
 何てことはない、当たり前のこと。
 目の前の『人』と向き合い、聞き、そして語るだけ。

「聞いてくれないかもしれないが、それでも語りかけを続けていよう」
 和装のブーツの踵が立てる足音が往くのは、昂生の家へと続く帰り道。
 人の営みである白い灯り、カーテン越しに見える人影。
 一つだったその影が二つになって、そして――。

 人はネットロアを語り、そしてネットロアは人に語りかける。
 『ものがたり』が続く先に、きっとよりよい理解があると信じて――。

●過去と未来と
 冬の澄んだ空の下、昂生は綺麗に磨かれた墓の前に膝をついて佇んでいた。
「……久しぶりだな」
 慈しむような穏やかな口調と微かに陰る昂生の視線が墓石に注がれる。
 そこに刻まれているのは今は亡き彼の妻、四季宮澄佳の名。
「俺は、そうだな元気……かな。最近、怪異の監視役を押しつけられたがな」
 亡き人に語りかける声は目の前に彼女がいる時のように優しいもの。
 鬱陶しく自分のことを『相棒』と呼び、親しみを露わにするあの怪異のことを思い出し、昂生は眉間に皺を寄せてぼやく。
 ああ、昔もそうだった。職場の人間関係で悩む自分の愚痴を、彼女は黙って聞いて寄り添ってくれていた。
 こうしていると澄佳が隣にいてくれるようだ。
 昂生は祈るように軽く瞳を閉じ、かつての妻の面影を脳裏に映す。
「俺はお前を守れなかった。こんな世界じゃなければと思っても、もうどうしようもない。それでも……」
 声に悔恨と決意が混ざり、昂生はじっと自分の掌を見つめる。
 昂生の肌の下に蠢く蛇神の残滓。それは彼を蝕み呵むものだが、人々を守る力にもなる。
「怪異を信じたわけじゃない。だが……」
 あの妙に馴れ馴れしい怪異は、どれだけすげなくあしらっても俺に語りかけようとしてきた。その思惑がどうであれ、頭ごなしに収容すべきと判断するのはまだ早いだろう。
 アレが何なのか見極めねばならない。
 もし人に害を為すなら収容または処分するだけ。
 だが――。
「まだわからないんだ。だから今後も監視を続けようと思う」
 あくまで俺は監視役だ。そうやって|人《俺》は|怪異《依月》と向き合おう。
「じゃあ、またな」
 立ち去る昂生の後ろ姿。それを見送り、彼の行く手に幸あれと祈るように、花立てに生けられた白い菊と薄い煙を立ち上らせる香が風に揺れた。

●闇は蠢く
「ところで例の件はどうなってるのかね?」
 警視庁の整った執務室。仕立ての良いスーツを着た初老の男が部下に報告を求めていた。
「考え直しては頂けませんか」
「何を言うかね。アレを『改変』できれば、怪異を我々の制御下に置けるかもしれないんだよ」
「そのために昂生を、四季宮捜査官を危険に晒すのですか」
「彼が適任だ。絆されることなく監視をするだろうし、上手くいけば『語る者』となるやもしれん」
 有無を言わせぬと遮る初老の男の手元には、怪異『公園のお兄さん』の報告書が握られていた。
 依月の原型となる話で語られる怪異は三つ。
 『公園のお兄さん』『怪物』……そして『頭を撫でるもの』。
 しめ縄の部屋で『語る者』に寄り添い護る、姿の語られぬ怪異。
「こちらに都合が良いようにアレを『改変』できれば、人間災厄級の怪異を人類の存続のために利用することも夢ではない。君は引き続き彼らの関係を『調整』するように」
 有無を言わせぬ男の命令にしばし間を置き、部下は「はい」とだけ返事をした。

 昏い部屋の中、欲望が蠢く。

 ――縺雁燕縺?縺代′螟峨o繧後k縺ィ諤昴≧縺ェ繧医?

 ぬるりと質量をもつ闇の中、変化を拒み渇望するものが胎動を始めていた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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