掴めないの、ノワール
その人は、いつも金曜の午後に祖母の店へと訪れる。魔術に関する品を取りそろえたこの店は、昼間であろうとカーテンが閉め切られていて薄暗い。
けれど、色とりどりのカンテラやランプが燈った店内は、きらきらと夜空のあかりに照らされていて不思議と不気味さは感じられないのだった。
「こんにちは、おばあさまはいらっしゃるかな?」
「いらっしゃいませ。すみません、今は留守にしていて……三十分ほどで帰ってくるとは思います」
夜闇と影を纏ったような黒装束。長い髪は艶を帯びていて、この店の常連客の名にふさわしい。ノイル・リースロス――彼女が現れる度、私は自然と心が跳ねるのだった。
私がノイルさんと出会ったのは、それほど前のことではない。父母と暮らしていた街ではどうにも生き辛かった私を想った二人が、祖母に預けたのはほんの半年前。
半人半妖の香りは見知らぬ誰かを惹きつけるだとかで、幼い頃から随分と嫌な目に遭ってきた。半妖の多いこの街ならば、それほど悪目立ちもすることはないはずだったのに。
「そこの君、女の子に声をかけるならもっとスマートに接するべきじゃないかい?」
路地裏で強引に身体を暴かれそうになった私を助けてくれたのが彼女で、祖母の店の常連であることを知ったのはその後だった。
泣きじゃくる私と感謝を述べる祖母に微笑んで、ノイルさんは深くこちらへ訊ねようとはしなかったのを、今でも覚えている。
それ以来、私は一人で外に出ることはなく、もっぱら祖母が留守の際に店番をしていた。
「今日は何の御用ですか? ご注文の品は無かったと思うので……」
「ん、すこしばかり寄り道をね」
ノイルさんにソファをすすめて、私はお茶の用意をする。紅茶の淹れ方は祖母にならったもので、ノイルさんからは紅茶占いのやり方も教わった。拙いながらも私の占いはそれなりに評判がいいらしく、時折顔見知りになる人も増えてきた。
「そうだ。待っている間、久しぶりに占いをお願いできるかな?」
「え……」
「緊張しなくていい、教えただろう? 当たるも外れるも、結局すべては本人次第。私がそうだと思えばそうなんだから」
それじゃあと、淹れた紅茶を彼女の目の前に。おいしい、と味の感想を告げてくれたノイルさんが返してくれたティーカップの茶葉の残り方を視る。
「えっと……最近、お仕事が増えていますか? おおきな騒乱、と出ているので……」
「ああ、確かに。少々別の√の福岡に出向いていてね」
「福岡……おいしいものが多いですよね」
何気なくそう答えれば、ノイルさんはくすりとわらった。
「ああ、せっかくならお土産を買ってくればよかったな」
「いっいえ、気にしないでください」
ノイルさんはいつもやさしい。穏やかで、やわらかくて、とても綺麗。けれど、私は彼女を占うのが苦手だった。
――茶葉が示すのは、いつも同じ。まっくろで掴めない、夜の果て。
私なんかじゃ絶対に読み取れない深淵が、彼女のなかには広がっているのだと思い知らされてしまうから。
それでも、その深淵に飛び込んでみたいと想ってしまう。彼女のなかはあたたかいのかもしれない、つめたいのかもしれない、でも、きっと心地が良いのだろうといつも勘違いしてしまう。
こんな私の心の裡だって、見透かされているような気がする。もしそうだとしても、ノイルさんは何も言わない。言わないでいてくれる。
その距離がうれしくて、もどかしくて、さみしかった。
やがて祖母が帰ってきて、ノイルさんは軽く会話を済ませて店を出ていく。街の外はあんなに夏の晴れた空なのに、彼女だけはいつまでも夜闇を抱いているようだった。
――ねぇ、ノイルさん。私もいつか、あなたに抱かれて眠りたいです。
誰にも邪魔されず、そのまま死んでしまいたいのです。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功