パレイドリア
●ハルシネイション
こちら側を見ている。
こ ちら 側を見ている。
こちら側 を見 てい る。
こ ち ら側 を見 てい る。
●シミュラクラ
深夜二時十五分。スマホの画面だけが、冷房の効いた暗い部屋の中で唯一の光源になっていた。
指先が惰性でショート動画をスクロールしている。料理が映り、猫が映る。海外映像、掲示板スレッド読み上げや反応集、小洒落た炭酸と酒と誰かの愚痴、もう殆ど知らないアイドルのダンス。
正直内容なんて一つも頭に入ってこないが、かといって人差し指も止まらない。
ふとその中に、見覚えのない投稿が紛れ込んだ。
サムネイルは女子学生の部屋。時計の表示だけがやけに画面を針金虫の様にのたくっている。
指がほとんど無意識に、そのサムネイルをタップした。
画面の向こうはごく普通のワンルームだ。
学生の部屋だろうか。セピア色のやわらかなカバーのかかったベッド、花柄のカーテン、机の上に転がったペンと勉強道具に、編集ソフトが開かれたままのノートパソコン。窓の外は、もう夏の気配がする。
「もう七月かー。ついに夏休みだよ」
ああそうかこれは先月撮ったのか。取り留めもない大学生の雑談が続く。なんてことない|映像日記《Vlog》。
そう思いながらも指は止まらない。
再生時間はまだ十数秒もある。次を急ぐ理由もない。なんだか聴くだけで眠くなりそうなふわふわ夢心地でとろけた声は睡眠導入にも丁度いい。そんな惰性で続きを見る。
『夏休み何しようかなーって、ずっと考えてて』
彼女――何某ユメと名乗っていたか、それとも名乗っていなかったか、もう記憶が曖昧――がふかふかのベッドに寝転がりながら、天井に向かって話している。
「とりあえずさぁ、近所の美術館でだまし絵の企画展やってて。そこ行ってみようと思ってるんだよね」
「前に教授がこういう話してたの。ほら」
画面いっぱいに映ったのはなんの変哲もない三つの黒い点だった。壁のシミか、コンセントの差し込み口か、その辺の落書きと変わらない、ただの点。
なのに何故か、目が二つと口がひとつあるように見えてしまう。
「これだけでもう顔に見えちゃうんだって。しかも」
三つの点の位置は、動いていない。動いているはずがない。
「一旦真っ正面の顔に見えちゃうとさ、なんかずっとこっち側見てる気がするんだよね。これ私だけ?」
「心霊写真とかもこの現象があるんだよ。木の陰とか、壁のシミとか、よく見ると顔があるーみたいな。あと遊園地の……かくれマスコット? ああいうのも近いらしいよ。丸が三つ並んでたらもうあのマスコットに見えちゃうやつ」
「人間の脳ってそもそも『顔を探す』ようにできてるらしくて。だから、ないはずの顔まで勝手に見つけちゃうんだって」
進化的にそのほうが都合よかったからだと少女は話す。
顔。顔。捕食者の顔。敵の顔。それらをいち早く気付けた先祖が生き残ったから、今でもその名残があるのだそうだ。
「だからほんとはただの点とか、ただのシミなんだよ。なのに、なんでこんな……」
――見られている気がするんだろうね?
見られている。???
誰に。何に。
正体のわからない視線だけが皮膚の裏側にべったりと貼り付いて取れない。
見られたくない。極彩色の視線が刺さる。針の筵とはこのことか。
なら、どうすれば?
【速報】『21歳女性、自宅で両眼を損傷 自傷か 搬送先で意識不明の重体』
●フッテージ
彼の持つ画面には|短尺《ショート》動画が繰り返し表示されている。女子学生の部屋、三つの黒い点。そしてニューステロップ。
「……とまあ、こんな調子の事故がしばらく相次ぐそうだ」
白片湊斗。星詠みの男は心底うんざりしたように画面の端を指でなぞった。
「ああ、驚くことじゃない。|うちの√《√汎神解剖機関》には、ままある話だ」
白片は端末を半ば放るように机へ置くと、億劫そうに前髪をかき上げる。
「とある人間災厄の一体が、異常性を持った活動を再開した。そういう予知があった」
「人間災厄。まあ、お前らの知人にもいるだろう」
そこで一度、言葉を切る。
「……性分は人それぞれだ。別に破壊的な奴ばかりってわけでもない」
白片は画面の中の三つの点を眺めたまま、淡々と続ける。
「ただ、何らかの手段で人類社会を崩壊させる可能性を内包している。そういう理由で、一括りにされてる連中だ」
「建前上は政府の管轄で、厳重に管理されてることになってる。……のはずなんだがな」
鼻で笑うような短い息が漏れた。
「実際、動画の彼女もこうやってしれっと出てきて事故を起こしてる。管理も何も、後手後手で追っかけてるだけだ。……上の連中の言い訳はもう知らん」
白片は一度、タブレットの画面に視線を落とす。冒頭のニューステロップが、まだそこに表示されたままだった。
「これから起こるのは、人間災厄からの精神干渉に近いものだ」
「……といっても、理屈は単純だ。この|短尺動画《ショート》を見た奴が、いるはずのない視線とか、顔とか、そういうのを勝手に感じ取ってしまう」
「似たようなタイプの怪異自体は……まあ、他にもいる。今回が人間災厄由来の一件かどうかまでは、正直まだ分からない」
白片は画面を消すでもなく、指先だけを止めた。
「厄介なのは、発生源を特定しようとすること自体が、もう彼女からの干渉を受けるのと同じだってことだ」
「ネットに散らばった動画、切り抜き、誰かが拾った断片とか……そういうのを漁って辿るしかない。だが辿ってる最中にこっちの頭がやられかねないから、そこの対策は要るだろう」
「別に業務委託しようって話じゃないが……そのへんを拾って回ってくれると、此方としても正直助かる。俺も普段、散らばった映像を掻き集める羽目になっているからな」
「……で、件の彼女についてなんだが」
皮肉げな響きが抜け、代わりにどこか諦めに似た声音が混ざった。
「彩里ユメ、二十一。学生の身で映像作家をやっていた。こういう動画投稿もしていたらしい」
白片は画面の中の少女を見た。
「死後に人間災厄になった。死んだ自覚もないし、悪意もない。ついでに、肉体もない。……今は映像になって、生前の日常とやらを延々となぞり続けている」
動画の中で寝ころんだ少女の声は、まだ何も知らずに笑っている。
「問題は、その映像を見た側だ。見ているだけで視神経が侵される。寝ても覚めても、極彩色の悪夢を見続けることになる」
「……ついさっき、お前らが見てたのが、まさにそれに繋がる」
白片は画面から目を逸らさないまま、ぽつりと呟いた。
「……頼むから、バズの感覚で被害者増やさないでほしいんだが……」
届くはずのない言葉だった。
映像の中の少女は返事などしない。ただ同じ日常を、また最初から繰り返すだけだ。
白片も、それをわかった上で言っている。
ただの、独り言でしかない。
「歴代の監視担当は心身やられて辞めていった。……俺はまだ耐えられるからやっているに過ぎない」
軽く、こめかみのあたりを指で押さえる。慣れた仕草だった。
「別に、悪い奴だから倒してくれって話じゃないんだ」
小さく息を吐いて、白片は端末をこちらへ向け直す。
「ふらふらと夏休みの散歩に出た彼女の対処を頼む。……文句は俺じゃなく、上に」
マスターより
呼子鳥呼子鳥です。ホラーは大好き。
本シナリオに章分岐はありません。
怪異を追い、映像の向こう側にいるものへ辿り着くことが主目的です。
一章:怪異の精神干渉
|短尺《ショート》映像、Vlogをきっかけとして発生する精神干渉を追います。
見ることそのものが危険になる怪異について、手掛かりを集めていく章です。
二章:vs『覗き視る邪眼』
視界内の人物の記憶を覗き、その記憶の中にいる人物の姿を借りて近づいてくる怪異です。
一体一体はさほど強くありませんが、数が集まるほど厄介になります。
……なお、今回の邪眼は一つとは限りません。三つセットになるかもしれませんね。
三章:vs『人間災厄『see_you_me.mp4』』
今回の事件の中心にいる人間災厄と対峙します。
彼女自身に悪意はありません。けれど、彼女の日常を見ることそのものが災厄になりえます。
26
第1章 冒険 『怪異の精神干渉』
POW
強靭な精神力で耐える
SPD
干渉に同調して発生源を探す
WIZ
魔術的な精神防御を展開する
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
君達は白片から共有された動画サイトを開く。
そこには無数の|短尺《ショート》動画が並んでいる。一本につき最大三分の断片集。
料理、犬猫、癒し動画、旅行、日常のVlog、心霊、誰かが拾ってきた切り抜き。雑多な映像の海の中から、件の人間災厄に繋がるものを探さなければならない。
手掛かりになるのは錯視の話。あるいは、此方を見られているという訴えだろうか。
動画を見てもいい。
コメントを辿ってもいい。切り抜きや転載を探してもいい。
気になったものがあれば、そこからさらに先を追えばいい。ただし●
●
探している側も、こちらを探していないとは限らない。
●
隠岐・結羽・心情
そうですね
あなたは力を手にし、強者となって人々を害するようになってしまったのですか……
どんな事情が有ろうと、知らなかったでは許されないことです
であれは、私が全てをを受け入れましょう
その上で、あなたは、私を受け入れていただけますか……?
・行動
情報収集で、関連動画を可能な限り集めて撮影現場を特定しましょう
動画を再生する傍らで、ダメ元でも【伊邪那美】を使用
より鮮明に、より詳細に、短時間で手がかりを探しましょう
神経が侵される?自らの足でも腹でも斬れば痛みで正気は保てるでしょう?
何度も言います、綾里ユメさん
私はあなたの全てを受け入れましょう
だから、言い逃げが許されるとは、思わないでくださいね……?
星詠みのタブレット越しに見えた、速報のテロップがまだ網膜の奥に焼き付いている。
隠岐・結羽(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h04927)は自室のベッドに座り、一呼吸をして自分のスマートフォンを取り出した。
――ユメさん。あなたは、人々を害するようになってしまったんですね。
どんな事情があったにせよ、何も知らないまま誰かを傷つけ続けることは、許されることではない。そう思う自分がいることに、結羽は少しだけ驚いていた。教室の隅で誰にも見つからないように息をひそめてきた自分が、今はおのずから怪奇に触れようと動けている。
机の端に置いてあるポーチから安全ピンを一本取り出し、そっと枕元に置く。正気を保つための痛みだ。使うかどうかは、まだわからない。ピン一本程度で止まらず悪化するならそれこそ足でも腹でも切るしかないのかもしれない。
それでも備えておきたかった。
結羽は送られてきた動画サイトを開き、しろい指先で|短尺《ショート》をなぞっていく。『see_you_me.mp4』の投稿動画の中、卓上カレンダーが一瞬映り込んだ場面があった。日付と曜日の並びから、数年前の七月だとわかる。
(……ああ、この頃は未だ今のような酷暑じゃなかったのでしたっけ)
次に別の投稿と見比べた。作り付けの棚に、規格化された窓枠。個人のワンルーム、マンションにしては簡素に見える。件の撮影場所は寮のような施設ではないか、という予感が生まれた。
さらに古い投稿を掘り進めると、人間災厄ではなかった頃、生前のユメの知人らしき女性の投稿へと行き当たった。「〇〇寮!ユメちゃんの部屋に遊びに行った」、そんな一文。違和感と証言がひとつの線で繋がった。
美術大学、学生寮の一室。
手がかりを掴んだ実感に、結羽の指先がわずかに震えた。
もう一度、動画を再生する。少女の声が、ふわふわとした夢心地で全く同じ言葉を語りかけてくる。結羽は傍へ寄り添った姿を持たない気配に向けて、ただ静かに願った。|伊邪那美《いざなみ》。黄泉津のかみさまの名前を関する力を手繰る。
――お話をしましょう。聞かせてください。
輪郭のない何かがゆっくりと人の形を結んでいく。その瞬間。
●
眼の奥の奥で鋭い痛みが走った。疲労にしては視神経を直接なにか色のあるものに浸されていくかのようで、視界が端からノイズのように歪み始める。
(……! 来ましたね)
結羽は枕元の安全ピンを手に取り、迷わず腕の内側にぐいと押し当てた。皮膚に浅く刺さる感触。滲むように、小さな血の粒が浮かぶ。その小さな痛みだけが意識を繋ぎとめる縄のようだった。まだ刺すだけでいい、まだ、本当に?
姿を得たものが、静かに語り始める。
「あの部屋は、長く空き室になっている筈なのに、同じ映像が何度も同じように流れているのを見た」
「景色が、にじむように歪む瞬間があった」
●
――やっぱり。
今まさに自分の視界で起きていることと重なる。
画面の中で、ユメはまだ寝転んだまま、天井に向かって笑っている。何も知らずに。
結羽は、その笑顔に向けて、静かに言葉を紡いだ。
「何度でも言います、彩里ユメさん」
「……いいえ、災厄としての、ユメさん」
●
「知らなかったは、言い逃げでしかありません」
「私はあなたの全てを受け入れましょう、けれど――許されるとは、思わないでくださいね……?」
少女は返事などしない。ただ同じ日常を、また最初から繰り返すだけだ。それでも、結羽はわかった上で言っていた。
画面を閉じようとした時、腕の傷から流れた血の筋が、ふと目に入った。その一瞬赤がぎらつくように歪み、極彩色のノイズに見えた。
結羽は反射的に目を擦る。瞬きの後、そこにあるのはただの赤い血だった。
見間違いだったのか、それとも――。
🔵🔵🔵
大成功
【蛇夢】
あの吉住さん、話聞いてました?
歴代の担当が精神やられて辞めていった人間災厄が相手なのわかってます???(相変わらずビビり)
……まぁ、俺も機関の人間ではあるし、腹を括るしかないか……
吉住さん、こういう動画見るイメージ無さそうですもんね。最近はちょっとだけとか早く見れるのが流行りらしいですよ。まぁ、俺も最近の若者とは世代が微妙にズレてるから良さまでは分かりませんけど。
……何か、見られてる気がする……悪夢なんてこりごりなので、ドリームキャッチャーストラップをぎゅっと握りしめて【霊的防護】を発動させます。あと、なけなしの【精神抵抗】で頑張ります……
吉住・藤蔵【蛇夢】
つうわけで、だ。おめえさんもそろそろ現場に来てもらうことにするべよ。
なぁに、俺もついてるし大丈夫だべよ(相変わらずお気楽)
とりあえず……この動画サイトを見りゃいいんだな。俺は若え子の流行りとかはよく分かんねえな。短い動画とか、楽しいのけ? ぶいろぐってのはなんだべか。ほおん。旅行記みてえなもんか。面白そうだな。
【精神抵抗】で耐えつつ、動画を見ていくべよ。なんか、対象の作った動画、ええなあ。日常を切り取った感じが、なんかええって思えるべよ。こういうのも癒しってやつなんだろうな
警視庁本部庁舎、その隅の一室。
そこは汎神解剖機関との連携名目で貸し与えられた、来客用にしては殺風景な資料室だった。ノートパソコンやデスクライトなど、それとコーヒーカップが机の上の私物らしい私物だ。窓の外は、まだ夜が明けきっていない。時刻はとうに日付を跨いでいた。
「つうわけで、だ。おめえさんもそろそろ現場に来てもらうことにするべよ」
吉住・藤蔵(毒蛇憑き・h01256)は、白衣のポケットに手を突っ込んだまま、椅子の背もたれに寄りかかっていた。ゆるんで笑う口角と纏う空気はどこかのんびりと緩い。
「なぁに、俺もついてるし大丈夫だべよ」
「あの。……あのですね」
隣で君島・譲(悪夢憑き・h01726)は、明るいパソコン画面の前でパイプ椅子ごと縮こまっていた。緑の目が、モニターの光を反射して不安げに揺れている。
「吉住さん、星詠みの話聞いてました……? 『see_you_me.mp4』、歴代の担当が精神やられて辞めていった人間災厄が相手なんですよ、そこ本当にわかってます……?」
「にしても。|ぶいろぐ《Vlog》ってのはなんだべか。……旅行記みてえなもんか。映像で振り替えるってのはいいなぁ、鮮明な思い出ってやつだべ」
「鮮明というか目に痛いぐらいの思い出なんですけどね……聞いてない……」
君島は乾いた声で呟くと、小さく息を吐いた。
「……まぁ、俺も機関の人間ではあるし、腹を括るしかないか」
星詠みの男から共有されたフォルダには、切り抜きや拾い画像、URLの羅列が雑然と並んでいた。誰かが必死に集めた|日常《極彩色》の残骸。
「URL共有、有難い限りです。……最近はちょっとだけ見る、早く見れるのが流行りらしいですよ。なんでもタイムパフォーマンス? がどうこうって」
君島が動画サイトのURLへマウスを動かし、沈黙を避けるようにぽつぽつと話す。動画はどちらかといえば眠気を紛らわすために見るものだと思っている彼にとって、「睡眠導入ASMR」だとか「これを見て眠くなる」という感覚はいまいちピンとこない。
「……まぁ、俺も最近の若者とは世代が微妙にズレてるから、良さまでは分かりませんけど」
そんな笑いと共に、最初の一本が再生される。
女子学生の部屋、セピア色のベッドカバー。彩里ユメと名乗る少女がその日は課題を済ませながら、学祭の話なんかをとりとめもなく零している。
「なんか。対象の作った動画……ええなあ」
吉住は平然と目を細めていた。仮にも怪異の憑いた身ゆえだろうか、憑く|怪異《へび》の意思か。他なる怪異の影響は遅れて届く。
「日常を切り取った感じが、なんかええって思えるべよ。こういうのも今の子の癒しってやつなんだろうなぁ」
その呑気さに、君島は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
――大丈夫かもしれない。
そう思おうとした矢先、頭の隅で|悪夢《観客席》に立つ誰かが口を開いた気がした。いつもの予感がよぎる。
悪夢でも現実でも、嫌な予感というものは大体が外れない。こうであってほしいとも思っちゃいないのに。
次のファイルを開いたのは、なんの気なしだった。スマホを今度買い替えるつもりだと話す眠たげな声と、粗い画質の動画。映っているのは、やはり彩里ユメらしき人物だ。だが今度は部屋ではなく、暗い個展の廊下のような場所を、スマホのカメラを片手に歩いている。
『ねえ、これ見て。彼岸花の絵だって! すごくない?』
カメラが向けられた先には、壁に飾られた狂い咲きの彼岸花。その細い花弁の先端に、こちらを見据える無数の|目《●》。
『前衛的だよね~。……なんか、追ってくる気がしない?』
ユメの笑い声が響く。カメラが小刻みに揺れる。絵の中の瞳孔だけが、やけに黒々として画面いっぱいに拡大されていく。
その瞬間、君島の視界の端で、何かがこちらを見た。
――違う。|見《●》られている。
肌の裏側にべったりと、視線の感触が張りつく。陰惨な悪夢の切れ端が一気に喉元までせり上がってくる。
「……っ」
反射的に、ポケットの中のドリームキャッチャーを模したストラップを握りしめた。悪夢なんてもうこりごりだ。
なけなしの抵抗力をかき集めながら、指先はかたかたと震えだす。頭の芯だけは、辛うじて自分のものだと言い聞かせながら。でも。
「ん? どうしたべ」
吉住はあくまで呑気に、画面から目を離さず問いかけてくる。彼の視界も確かに|眼球《●》を零す彼岸花が映っているというのに、恐怖の欠片もありやしない。
「……何か、見られてる気がして」
君島の声が掠れた。画面の中では、ユメがまだ何も知らずに笑っている。絵の目だけが、いつまでもこちらを見ていた。
借り物の資料室の隅で、誰にも気づかれないまま、モニターの光がひとつ、極彩色に明滅した。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
大成功
第2章 集団戦 『覗き視る邪眼』
POW
飛び交う視線
【巨大な人型の体躯に百個の眼球】を備え、【邪な視線】を無尽蔵に放出する【百目巨人体】に変異する。[邪な視線]が命中した対象は思考操作され、10%の確率で命令に従うようになる(最大60%まで累積)。[百目巨人体]は死ぬまで解除できない。
【巨大な人型の体躯に百個の眼球】を備え、【邪な視線】を無尽蔵に放出する【百目巨人体】に変異する。[邪な視線]が命中した対象は思考操作され、10%の確率で命令に従うようになる(最大60%まで累積)。[百目巨人体]は死ぬまで解除できない。
SPD
ありふれたポルターガイスト現象
【念動力】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【イーヴィルアイ】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
【念動力】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【イーヴィルアイ】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
WIZ
心を揺さぶる
10÷レベル秒念じると好きな姿に変身でき、今より小さくなると回避・隠密・機動力、大きくなると命中・威力・驚かせ力が上昇する。ちなみに【視界内の対象と同じ姿】【視界内の対象の記憶内のAnker】【視界内の対象の記憶内の宿敵】への変身が得意。
10÷レベル秒念じると好きな姿に変身でき、今より小さくなると回避・隠密・機動力、大きくなると命中・威力・驚かせ力が上昇する。ちなみに【視界内の対象と同じ姿】【視界内の対象の記憶内のAnker】【視界内の対象の記憶内の宿敵】への変身が得意。
● ●
●
👁 👁
👁
●ミメーシス
見ている、あなたの知ってる顔で。
見 ている、あな たの知 ってる顔で。
見ている、あなたの 知って る顔で。
見 てい る、あな たの知 って る顔で。
●
ふと声を掛けてきたのは同僚だろうか。
それとも、去年ふと出歩く先で会った先輩か。親か、兄弟か、友人か、それとも。
まったく誰だったかは思い出せないのに、確かに知っている顔だった。動画を見ていた画面が、背後に立つ人影を照らしている。こちらへ小さく手を振っている。
いつ入室したのだろう? 足音はしなかったはずなのに。
👁
次瞬きをした直後に、その姿は三つの邪眼になっている。
●MSより
SPD内の状態異常【イーヴィルアイ】は行動への僅かな|躊躇《見られている》と遅延、WIZ攻撃の変身に関しましては、ご指定の方向があればプレイングにてお伝えください。
うちのスマホは動画は見られないので、動画配信と聞くと憧れてしまうのですけれど
見ている側が知らぬ間に見られる側になっているというのは、油断がならぬものですなあ
……おかみさん?
世話になっているお寺の刀自に声を掛けられた気がしましたが、彼女がこんな所に居るはずもなく
惑わされたと分かれば。この静時、負けてはおられません
精神抵抗、狂気耐性で気持ちを強く保ちます
お返しに精神攻撃、破邪、恐怖を与える
接近して邪眼を潰せないかなど、出来る限りの反撃を試みます
どちらが怖いか比べましょうや、お目目さん
それらが上手く行かなそうなら距離を取って愛染で攻撃を
攻撃の数、たくさんでしょう。これらも全部ご覧になってくださいな
寺務所の灯はいつも通り少し眩しい。夜更けだからなのもあるけれど、蛍光灯からLEDに代わってから光の質まで変わった気がするのは気のせいだろうか。売店の帳簿と在庫補充リストが机の端に積まれているその隣で、|睡眠寺《すいみんじ》・|静時《せいとく》(移動するフォークロア・h01690)はパソコンの画面へゆるりと目を通していた。
普段は寺の売店の会計を手伝ったり、お守りの在庫を数えたりする合間の誰に見咎められるでもない一息が彼女は好きだ。その橙色をした視線の先、画面の中では誰かの動画が流れている。何の変哲もない、誰かの日常の切れ端。|短尺《ショート》動画が流れていく様は、日常の継ぎ接ぎのようだと思う。
――そういえば、と静時はふと思い出す。
彼女が全国あちこちの学校を渡り歩いていた頃も、パソコン室にまつわる怪談というのは無いわけではなかった。深夜、誰もいないはずの教室で勝手に動くモニターに、学校裏サイトをモチーフにした噂の怪。ああいう類の話はパソコンを触り始めたばかりの子供らが怖がるにはちょうどいい材料だった。
「うちのスマホは動画は見られないので……動画配信と聞くと憧れてしまうのですけれど」
誰へともなく呟く。充電コードに繋がれたままのスマホは机の隅で大人しく光っている。そもそも、あれで動画を眺める、もしくは映すということ自体彼女には許されていなかった。ソーシャルゲームというものに射幸心の赴くまま課金しすぎて叱られて以来、最新機種というものを持たせてもらえなくなったのだ。それをうっかり、というには少々分が悪い。
閑話休題。
「見ている側が知らぬ間に見られる側になっているというのは、油断がならぬものですなあ」
半ば独り言、半ば画面への相槌のようなその言葉に、深い意味はなかったはずだった。
ふと、視界の端で扉が開いた気がした。
「……おかみさん?」
世話になっているお寺の刀自、あのおかみさんが、こんな夜更けにこんな所へ顔を出すはずもない。分かっているのに確かに見た顔だった。振り向いた先、寺務所の入り口に、小さく手を振るその姿がある。次に瞬きをした瞬間には、三つの視線が寸分の狂いもなく静時を捉えていた。
「なるほど。惑わされたと分かれば……この静時、負けてはおられませんな」
声には笑みが滲んでいた。恐れているのではない。かつて|恐れさせる側《フォークロア》にいた者だけが持つ、独特の余裕だった。呪い札を指先に挟み呪文を喉の奥で転がす。狂気に足を取られぬよう呪を唱え、挑発と共に破邪の気を叩きつけた。
「見られる恐怖と語られる恐怖、どちらが怖いか比べましょうや、お目目さん」
三つの眼球がわずかに震えて、静時の走り振りかぶった手刀が一番手前の眼球を捉えた。
硬く、それでいて奇妙に脆い感触が掌に返った。手応えはある。だが、|消える気配《決定打》には至らない。そして、静時はそこで妙なものを見た。斬られた眼球が痛みを堪えるようにぎゅっと細まったのだ。まるで瞼を閉じるように。
(あれま。目だけなのに、瞼があるんでしょうか?)
涙腺が無いのに涙をこぼすとかもあるんだろうか。そんな様を想像すると笑ってしまう。呑気な疑問が頭を過ったが、口には出さなかった。今はそれどころではない。眼球は苦悶するように震えながらも、なお静時を見据え続けている。その姿が揺らいで、別の|誰か《何か》へ変わる前。
「あんまり効かん様子なら、仕方ありませんな」
静時は跳び退り、距離を取った。懐から取り出すのは呪い札ではなく、もっと確かな威力を持つもの。|愛染《ミニマム・ハンドガン》の起点。
「攻撃の数、たくさんでしょう。眩しいでしょうが、これらも全部ご覧になってくださいな」
指定した地点を中心に、光の網が展開する。極彩色の視線に晒され続けた寺務所の空気を切り裂くように、無数のレーザーが撃ち出された。一射、二射、数える間もなく光条が交錯し、三つの眼球へ容赦なく降り注ぐ。
眼球は瞼のように細まった瞳を、なおも閉じきることができないまま幾百の光に貫かれていく。悲鳴はない。ただ、ひび割れるような音だけが響き、やがてその輪郭が輪郭を保てなくなり、光の粒子となって崩れ落ちていった。
静寂が戻った寺務所には、静時の吐息だけが残る。
「……見てくださいと言った手前、見飽きるほど見せてしまいましたなあ」
誰へともなくそう呟いて、静時は乱れた前髪を軽く整えた。
🔵🔵🔵
大成功
吉住・藤蔵【蛇夢】
おぉ、目ん玉みてえなのが出てきたなぁ。前にもそういうのは見かけたけども、なんだか景色と一体化してるようにも見えるから、採取が難しそうだべなぁ(相変わらず呑気)
おぉ、でっけえのが出てきたなぁ。逆に言えば、的がでけえから当てやすいんだべよな。蛇神どん、頼むべよ。【蛇神顕現】で巻きついて動きを止めてくれ。【毒使い】の毒はその目で浴びたらどうなるんだろうなあ。
敵の思考操作には【精神抵抗】で対抗するだよ。万が一君島が何か操作されそうになったら【落ち着き】で対処するべ。ほれ、やべえことしそうな手は俺が掴んどくからよ。落ち着くべよ。
【蛇夢】
わぁ……本当に目玉みたいなのが出てきた……しかもいっぱい……集合体恐怖症特攻じゃないですかこんなの……
ええい、やると決めたらやりますよ、俺だって! 【メスと悪夢】での攻撃と周辺地帯の改造をします。……色々目を背けたい光景になるのには見えない振りを。俺は何も見てない。トラバサミだの目をほじくり返す器具だの見えてない……(なお顔色は……)
相手の精神操作にはなけなしの【霊的防御】と【精神抵抗】で耐えますね……吉住さんほどはないですけど何とかなれ……!
👁
資料室を出た廊下は、やけに長く感じられた。
蛍光灯が規則正しく点滅している。ただの古い配線と先送りされ続ける電球交換の所為だと分かっていても、その明滅のたびに視界が極彩色に疼く気がして君島・譲(悪夢憑き・h01726)は思わず足を止めた。ポケットの中のドリームキャッチャーを模したストラップを指先が無意識に探る。
大丈夫、まだ何も見えていない。
「おんや」
前を歩いていた吉住・藤蔵(毒蛇憑き・h01256)がふと足を止めた。のんびりと緩んだ目が、廊下の遥か先を見つめている。
「知っとるだれかかと思ったら……ありゃ、目ん玉かい」
君島も釣られて視線を|上げた《上げてしまった》。
廊下の突き当たりに立っていたのは確かに人の輪郭をしていた。けれどよく見ればその顔のあるべき場所には鼻と口は存在せず、顔面いっぱいに小さな瞳が幾つも瞬いている。
「うっっわ、ぁ……」
声にならない声が漏れた。人影の輪郭だけは知り合いの誰かに似ている気がした。似ているけれどそれが誰なのか、思い出そうとした瞬間に記憶がすり抜けていく。
「静かに立っとって、なんだか景色と一体化してるようにも見えるべなぁ。いやぁ採取が難しそうだべ」
吉住は呑気にそう零しながら、白衣の袖を軽くまくった。その恐怖の欠片も纏わない横顔に、君島は今更ながら奇妙な安堵を覚える。
「あんだけ目ん玉があると、目薬さすのも大変そうだべな」
「吉住さん、暢気すぎません……?」
そう言った矢先だった。
遠くに立つ誰かのあたまがぶるりと震え、瞳の数が瞬く間に増殖する。人影がぼろぼろと顔から眼玉を零す。ひとつが二つに、二つが四つに。廊下の壁を埋め尽くすほどの目玉が寄り集まり、やがて一つの巨大な人型へと編み上がった。その化物は廊下の天井に当たる寸前で、窮屈そうに頭を傾げる。
「おぉ、目ん玉が増えて集まっとるべ」
吉住は、むしろ興味深そうに顎を撫でている。目を逸らそうとした傍からそんな声が聞こえたものだから、想像してしまった君島は更に泣きそうになってしまう。
「んでもな、律儀に胴体だの手足だの作ってご苦労さんだぁ」
的がでけえから当てやすいんだべよな。
吉住のそんな声が落ちた直後、百目巨人体の全身から無数の視線が矢のように放たれた。
君島は反射的に身を伏せる。頬のすぐ横を生温く腐った風のようなものが掠めていく。当たれば何が起こるのか、考えるより先に本能が理解していた。
君島の声は震えていた。びっしり目玉の詰まった人型。ぶつぶつと並ぶ蓮の実のようにも見えて気味が悪い。もう|集合体恐怖症《トライポフォビア》特攻じゃないですかこんなの――呟きながらも、足は止まらない。彼の脳裏には彼岸花の絵から零れ落ちる目玉の残像がまだちらついている。
見たくない。けれど目を逸らした先にも、視線の気配だけが纏わりついてくる。
「ええい、やると決めたらやりますよ、俺だって!」
振り絞るように叫び、君島は使い慣れない刃を握り直す。狙いを定め踏み込んだ切っ先が巨躯の一部を掠めた。手応えと同時に、外れた地点の周囲がぐにゃりと歪み、拷問器具めいた影が地面から生えるように広がっていく。トラバサミに掘削具、それから――なぜかスプーンが一本。掬うのか突き立てて掘ってしまうのか。考えたくない。しばらくプリンとか食べられない気がするけれどこれ以上考えたくない。
俺は何も見てないと己に言い聞かせながら、君島は視界の隅で鉄色の一匙を追いやった。
「さてと。蛇神どん、よろしく頼むべよ」
吉住が短くそう告げると、黒々とした大蛇が滲み出るように顕現する。金色の眼が巨躯を静かに睨め付け、その一睨みだけで動きが鈍った隙に、太い胴が瞬時に絡みついた。締め上げられた巨躯が身をよじるが、逃れる術はない。
「さて、毒はその目で浴びたらどうなるんだろうなあ」
吉住が興味半分にそう呟いた直後、大蛇の顎が巨躯の中心へと深々と食い込んだ。ゼラチン質と水晶体を噛む音が響く。目薬という定義からは外れるにせよ、直に浴びれば激痛は免れない。
滲み出した毒が、瞳という瞳の際へじわりと広がっていく。
巨人は顔を覆う動作をして、視線がひとつ、またひとつと閉じていく。最後の瞳が沈黙するまで、それほど長くはかからなかった。
静寂が戻った廊下で、君島は詰めていた息をようやく吐き出す。
「……やれば、案外うまくいくもんですね」
「んだんだ、大したもんだべよ」
吉住はいつも通りの呑気さで笑う。けれど君島の耳の奥には、まだ微かに、あの視線の感触が張り付いたまま消えずにいた。
彼女は、今もどこかで鮮やかな夏の日を繰り返しているのだろうか。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
大成功
隠岐・結羽・心情
人の視線とは怖いものです
怪談の定番でもありますし、感情や意志や悪意といったものも乗りやすいのでしょう
逆に、怖いという意識が膨れた結果がこの怪異ということかもしれませんが……
ですが、敵となったからには怖いなんて言っていられません
これ以上被害が出る前に、倒してしまわないと……
・戦闘
邪眼と対峙したら即座に魔導剣と天魔刃を構えます
敵の念動力の攻撃に対して【雲散霧消】を使用
攻撃を回避すると同時に死角に飛び込み、その不快な眼を切り捨てましょう
ひとの事をじろじろ見るようなマナー違反なんて許されると思わないでください
邪な目線を向けると相応の罰が返ってくると、思い知ってくださいね?
窓の外を見た瞬間、指先がひとりでに震えた。
庭木の陰で何かが瞬きをした気がする。夜に外歩く犬猫でもない、人でもない。コンクリートとガラス窓を隔てた先では怪異の気配が滲み出て、それが此方へ、自身へ視線を向けている。
(こればかりは見間違いではなさそうですね)
|隠岐《おき》・|結羽《ゆいは》(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h04927)はピンを刺した腕の痛みを宥めて、外から注がれる視線へ意識を向ける。
リビングの方から、テレビの音と家族の気配がした。いつも通りのなんでもない夜の音。結羽はそちらへ視線をやり、けれど彼等に声はかけなかった。
そっとしておこう。何も気づかれないまま済むのなら、それでいい。
結羽は窓を開け、飛び降りる形で庭先へ降りた。夏の夜気が頬に触れた瞬間、ばちりと景色の中に三つの瞳孔が開く音がする。色のあるものに視神経を浸されるような感触とは別個の、こちらをじっと見つめてくる居心地の悪さが突き刺さる。
(……来ましたね)
怖い、という感覚を否定はしない。人の視線というのは昔からずっと苦手だった。けれど、今の自分は、あの頃とは違う。
庭木の陰に電柱の裏、窓の影。三つの気配が、ほぼ同時にはっきりとした輪郭を持った。
「……そうやって、ひとをじろじろ見るのは」
結羽は腰の得物へ手をかけながら、静かに続けた。
「マナー違反ですよ」
答えは返らない。ただこちらを見つめる三つの視線だけが強くなる。
結羽は軽い細身の剣と、形の定まらない刀身を持つもう一振りを同時に抜き放った。
最初に動いたのは庭木の陰にいた一体だった。傍らに転がっていた物干し竿が、唸りを上げて宙に浮く。槍投げか何かの勢いで飛ぶ竿の、狙いは結羽の胴。
(――今)
結羽は退がらなかった。竿の軌道を見切って体をずらす。頬をかすめる寸前に視界がふっと暗く塗り替わる感覚がして、次の瞬間には、結羽は竿を放った邪眼の真横にいた。姿を消したわけではない。認識阻害の術がはたらいて誰の目にも留まらなくなっただけだ。
二振りの刃が交差するように振るわれる。|細身の剣《魔導剣》が上から、|変幻の刃《天魔刃》が下から。ひとつの邪眼が弾けるように歪み、そのまま夜へ消えていく。
残る二体が、ほぼ同時に動いた。今度は植木鉢と自転車が浮き上がる。
結羽は視線だけでそれを捉え、大質量の自転車が飛来する瞬間に体をひねってかわす。刃が空を切る音に紛れて、腕のピン刺しの傷がわずかに疼いた。
(許されるとは、思わないでくださいね)
|あの少女《人間災厄》に告げた言葉が、今はそのまま邪眼へと向く。見るものが見返すものに裁かれる番だ。
結羽は二体目の死角に滑り込み、刃を一閃させる。続けて三体目。飛んでくる陶器を躱して返す刀をひらめかせると、その繰り返しはやがて途切れた。
最後の一体が光の粒になって消えた瞬間、あれほど肌にまとわりついていた「見られている」感覚が、すっと引いていった。
庭先は、何事もなかったように静かだった。
倒れた物干し竿と、転がった植木鉢だけが、さっきまでの攻防を物語っている。
(さて、と。戻さなくちゃ)
忘れようとする力もあって、家族には突風か何かだと思われるだろう。
リビングの窓には、まだ変わらない明かりが灯っている。飛び倒れた物を片付けると、結羽は静かに家の中へ戻っていった。
🔵🔵🔵
大成功
第3章 ボス戦 『人間災厄『see-you-me・mp4』』
POW
i_sEe_Y●U
自身の【網膜の奥】に刻まれた【※破損データ※】と融合し、【多重露光された自己映像】に変身する。レベル秒の間、自身の現在地周辺に24時間以内に存在した全対象の√能力が使用可能になる。
自身の【網膜の奥】に刻まれた【※破損データ※】と融合し、【多重露光された自己映像】に変身する。レベル秒の間、自身の現在地周辺に24時間以内に存在した全対象の√能力が使用可能になる。
SPD
sEe_Y●U_ME?mp4
【特別じゃない「私の一日」】を語ると、自身から半径レベルm内が、語りの内容を反映した【視聴者の神経を蝕むバグを撒く映像世界】に変わる。この中では自身が物語の主人公となり、攻撃は射程が届く限り全て必中となる。
【特別じゃない「私の一日」】を語ると、自身から半径レベルm内が、語りの内容を反映した【視聴者の神経を蝕むバグを撒く映像世界】に変わる。この中では自身が物語の主人公となり、攻撃は射程が届く限り全て必中となる。
WIZ
sEe_Y●U_My_dEar……
【「観るあなたを“観たい”映像」作品】を備え、【現実を極彩色に侵す映像バグ】を無尽蔵に放出する【思考反映型映像災害】に変異する。[現実を極彩色に侵す映像バグ]が命中した対象は思考操作され、10%の確率で命令に従うようになる(最大60%まで累積)。[思考反映型映像災害]は死ぬまで解除できない。
【「観るあなたを“観たい”映像」作品】を備え、【現実を極彩色に侵す映像バグ】を無尽蔵に放出する【思考反映型映像災害】に変異する。[現実を極彩色に侵す映像バグ]が命中した対象は思考操作され、10%の確率で命令に従うようになる(最大60%まで累積)。[思考反映型映像災害]は死ぬまで解除できない。
覗き視る三つの邪眼を倒した、その少し後のこと。
スマートフォンに、パソコンに、タブレットに――今この瞬間、それぞれの画面を見たはずの誰もが、視界に同じ極彩色のノイズを目にする。
|ノイズの向こう《現実》にレンダリングされていくのは、古い学生寮の一室だった。
施錠されたはずの扉。とある少女の死後もう誰も足を踏み入れていないはずの部屋から、光が漏れている。
現実の側から扉が生え、周囲がゆっくりと明滅する画素に|置き換わって《レンダリングされて》いく。
開いた先にあったのは、変わらない女子学生の部屋だった。机の上に開いたままの古いノートパソコン、その画面だけが明滅を繰り返している。
極彩色。
映像はすでに現実の側へと滲み出しているというのに、映像の中の少女はそれに気づく素振りすら見せない。天井に向かって、ただ笑っている。
『夏休み何しようかなーって、ずっと考えてて』
何十回、何百回と再生されてきたのだろう甘ったるい声。今日も彼女は、行くはずのない企画展の話を語り始める。
これは対話できる相手ではない。意志も悪意も宛先すらもなく。ただ再生され続けている壊れた記録でしかない。
そのはずだった。
砂嵐のような乱れが視界いっぱいに走り、少女の声がコマ落ちしたように断ち切られる。極彩色。
『――たいなー、って――』
短尺のループが途切れた一瞬。
画面の中の少女が、ゆっくりと寝返りを打つ。
光の無い真っ黒な目がこちらを見た| 《気がした》。
視界が極彩色に染まりきる前に。
◆MSより
当三章は「どうすればこの現象から抜け出せるか」「どうすればユメの映像へ干渉できるか」をPC側の行動として自由に考えてもらう想定です。
シナリオ側から大まかに提示できる攻略の方向性としては以下の二つがあります。複合でもOKです。
・部屋/映像そのものへの干渉
現実へ出現したユメの部屋や、そこに存在する映像の起点になりそうなものを破壊・改変する、あるいはそこから脱出するなど。
必ずしもユメ本人を直接攻撃する必要はありません。
ただし映像や部屋へ干渉する行為に対しては、カウンターとしてユメの√能力が発動し、PC側の行動を妨害してくることがあります。
・映像ユメへの干渉
映像の中で日常を繰り返しているユメそのものへ、何らかの形で干渉するもの。
たとえば映像越しに声をかける、自分自身を極彩色のノイズへ晒す、こちらを見ているユメから目を逸らさない、といった行動が考えられます。
ただしユメは通常の意味で会話や意思疎通を行っているわけではないため、PC側から働きかけたからといって、こちらの意図した通りの反応が返ってくるとは限りません。
隠岐・結羽・心情
もう、意志も目的もなく被害を振りまくだけの存在になってしまってるんですね
きっと、皆を楽しませるために撮影をしていたのでしょうに
なら、早くこの怪異から解放しましょう
死んでなおこんなことになっているなんて、可哀想ですから
・戦闘
扉の先でユメの部屋に引き込まれたらすぐに【流星雨】を発動
ユメ本人は無視して、映像の起点になりそうな物全てを壊しましょう
起点になりそうなものは、映像を流している機械、撮影機材、後は映像を取っているカメラの位置に何かがあるか、でしょうか
わからなければ部屋ごと薙ぎ払ってしまいます
ユメが守る動きを見せる物があれば、それが部屋の起点になる物のはず
防御の隙をくぐって叩き壊しましょう
視界が一度暗くなって、その直後のこと。
琥珀色の瞬きひとつの間に、|隠岐《おき》・|結羽《ゆいは》(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h04927)は古い部屋の入口に立っていた。セピア色のベッドカバーに、ペールグリーンと薄黄色の花が咲き乱れるようなカーテン、机上に開いたままになっているノートパソコン。窓の外にはもう届かない夏の気配がする。
結羽から見て少しばかり年上の|少女《ユメ》は、そこで天井に向かって笑っていた。撮影に使っていたのだろう、今よく知る機種よりは少し型落ちのスマートフォンを掲げ、夏休みの計画を笑顔で話す。何も知らないまま、|七月《動画》で固定された声。
「お邪魔します」
一歩足を踏み入れると、かすかに埃っぽく締め切った部屋特有の匂いがした。誰も足を踏み入れていなかった時間の長さを、肌で感じ取る。結羽は間を置かず|得物《魔導剣》を抜いて、指定した地点を中心に流星の魔力を編み上げる。
「いつかの、七月のユメさん」
小さな光の粒が驟雨のように形を持つ。|魔導剣《オルゴール》握る結羽の手のひらに、編み上げた魔力がずしりと重さを持って伝わってくる。
流星は部屋の天井から降ってくる。ノートパソコンへ、白い壁紙へ、部屋の空気そのものへ。流星が着弾して火花をあげる度、部屋の中の色が飛ぶ。壊れたテレビモニターに走る走査線のようなノイズが見えた。部屋が壊れていく、その筈の最中でユメの声は変わらない。
『夏休み何しようかなーって、ずっと考えてて』
動画で見たそれと一切同じ調子で同じ言葉が紡がれる。画素が荒くなり、色が壊れて部屋そのものが軋むようにバグを起こしているのに。彼女だけがその只中を認識していないようで、ころんと寝返りを打った。場違いなほど無邪気なその仕草に、結羽はうなじの産毛がぞわりと逆立つ心地を覚える。
(……そうでしょうね、あなたは何せ自覚が無い。死んでしまったことも、災厄性を得たことも)
けれど、着実に攻撃は届いていると判断できるだけの材料はあった。結羽は剣を下ろさないまま、視線だけをワンルームへ巡らせる。映像を流している機械、撮影機材、カメラの位置にある何か。もし彩里ユメが、人間災厄『see_you_me.mp4』が何かを守ろうとする動きがあれば、それが起点だと踏んでいた。
けれど、ユメ自身もノイズも、これまで庇うような動作なにひとつない。棚の上や配線が流星の光に包まれようとも、それに対するカウンターらしきものが出てこない。ただ。結羽が部屋の隅々を見つめていくその|視線《・・》の動き自体に合わさるように。
ノートパソコンの画面にひとつの表示が静かに灯った。その文字化けしたタイトルと三角形の再生マークを見て、結羽の指先が剣柄の上で停止する。
(なるほど、守るためのカウンターではなかった。私が見ようとした、その行為そのものへの答えなのですね)
ほんの一瞬、光を映さないまっくろな瞳が此方を見た気がする。結羽が背後にしたベッドではなく、画面の中から。視界の端で極彩色が、色そのものの意味を壊す様に滲んでいく。
「これは、ユメさんの作品ですか」
返答は期待していない。見るこちら側を見返してくるような瞳。鑑賞者を鑑賞したい作家性は、結羽にはよく分からない。彼女の作風が災厄性を得たものだろう、と思って。
結羽は目を逸らさなかった。一度逸らしてしまえば、何かに負ける気がした。
「……知らなかったは、言い逃げでしかありません」
答えは返らない。それでも構わず、静かに言葉を継ぐ。
「認めて、それで終わる話でもないのかもしれませんが――」
結羽は剣を構え直す。文字化けしていたパソコンは点灯したまま、モニターが纏う極彩色を流星の光がどうにか押し返す。
構成する画素が落ち、荒れた映像そのままの部屋ではユメの声だけが、変わらず続いていた。
『前に教授がこういう話してたの』
三つの黒い点が顔に見えるという現象は本来仕組みが分かれば「なんだそういうことか」と怖くなくなる類のもの。
今の彼女はだまし絵にしては、種明かしが足りない気がする。
🔵🔵🔵
大成功
吉住・藤蔵【蛇夢】
おん、本人のお出ましだべな。いやぁ……もしかしなくても結構やべえ状況かね、これは(首を傾げてはみる。だが相変わらず呑気だ)
そうだなあ……嬢ちゃんの映像に干渉してみるべよ。【懐かしき彼岸花】の発動だ。もうすぐ夏が終わって秋になるべ。まだまだ時期じゃねえが見頃の頃の彼岸花は綺麗だど。見せてあげようなあ。
嬢ちゃん。さっき言った通りもう夏は終わりだべよ。夏休みもおしめぇだ。こんなところに一人でいるより、お出かけからちゃんと帰った方がいいだよ。
向こうさんの思考操作には【精神抵抗】で耐えるべ。カウンターにも備えるだよ。
【蛇夢】
はい。吉住さん。もしかしなくてもまずいです。下手したらこれ、呑み込まれて帰れなくなる可能性すらありますね……ひえ……(割と悲観的に考えて)
……吉住さんが声をかけて呼びかけるのをやるなら……というかよく話しかけられるな……なら、俺は別の方法で干渉しますね。あ、思考操作に対しての【精神抵抗】は忘れずに。
【悪夢新発現】発動。同じように映像を放出する側になってあげます。まぁ、あなたのとは違って悪夢なんですけどね……思考操作をし返しておうちに帰って頂けるよう誘導しようかと。
とりあえず怖いものがあったから帰る……とかしてくれませんか?(震え声で)
長いようにも見えた庁内の廊下を通り、パソコンの開かれた部屋を横切って。
ああ資料室でもパソコンモニタでやたら不気味なものを見たなと思った直後、ふと視界の端にノイズが横切った。
次に目を開けた時、君島・譲(悪夢憑き・h01726)は部屋の入口に立っていた。
誰か別のEDENが先んじて入ったばかりだろうか。扉は開けたままになっていて、机上に開いたまま放置された古いノートパソコンの、何も映さない画面がやけに目についた。
ただの年頃の女の子の部屋だ。怪異だと分かっていても生活の匂いが色濃く残るその空間へ、踏み込むことへの躊躇いが差す。
(……いやいや、今更!)
何を今更ためらっているのだ。相手は人間災厄で、しかも自分たちはそれを対処に来た側なのだから。
椅子に引っ掛けられただけの服に棚の上に置かれた小物。誰かがそこで暮らしていたのだと、何気ないものの一つ一つが訴えてくる。とてもじゃないけれど死んだ少女の部屋には見えなくて、それが余計に落ち着かなかった。
「おん、本人のお出ましだべな」
同じく踏み込んだ吉住・藤蔵(毒蛇憑き・h01256)はといえば、物珍しそうに部屋を見渡していた。
こういう時もう少し警戒するものでは? 君島がそう思っている傍らで、吉住は充電コードや読みかけの本が落ちている棚なんかをのんびりと眺めている。何かが潜んでいるかもしれない場所で妙に生活感のあるものばかりを気にしているのだ。
「いやぁ……むしろ、逆にお招きいただいたってことだべか。もしかしなくても結構やべえ状況かね」
ようやく危険性に思い至ったらしい。ただその「やべえ」の一言に対して本人の顔色がまるで変わらない。
まるで突然訪ねてきた先で、相手の都合を考えず上がり込んでしまったことでも気にしているような有様。わざわざすまんなぁと眉を下げる様は、災厄に招かれた客としてはあまりにも呑気だった。
某年七月の彩里ユメは相変わらず寝転がっていた。枕カバーに広がった亜麻色の髪まで実体を持っているように見えて、実在の彼女はもうどこにも居ない。何も知らないまま笑う少女の声を暫く聴いて、吉住は目を細めた。
「夏もええけどなぁ。|現実《こっち》はな、もうすぐ夏が終わって秋になるんだべ」
都会の、今時の学生には疎い身ではあるものの。長期休みの前にあれこれと計画を立てるその楽しさには二人も覚えはある。だからこそのズレだった。
夏はもう終わる。暦の上でも現実の世界でも。夏休みを終えた学生たちは、とうに次の季節へ向かっている。なのに彼女の声だけはまだ夏の中にいる。
『夏休み、何しようかなー』
楽しそうな声が、何度目かも分からない続きを紡いでいる。
その声を聞きながら、吉住はゆっくりと目を閉じた。夏の思い出というものは、終わってから振り返るものだ。けれど彼女は繰り返される|最大三分程《ショート動画》の尺にすっぽりと収まってしまって、未だに終わらない夏を生きている。
だから、|その映像《彼女》自体に干渉を試みることにした。
「嬢ちゃん、確か別の動画じゃ彼岸花のアートを見に行っとったな」
独り言のように呟いて、懐かしむように言葉を紡ぐ。
「今もまだまだ時期には早いけんども……見頃の頃の彼岸花は綺麗だど。見せてあげようなあ」
その言葉を合図にしたように、足元から赤が滲んだ。
乾いた土の匂いが漂って、細い茎から彼岸花が咲き乱れる。彼の故郷で蛇神からの恩恵とされる花。それが部屋の畳を突き破るように赤い花弁が床に|裂《咲》いて、気が付けばその赤の群れが部屋のフローリングを覆いつくす。
ノイズが走って、ノートパソコンが異様な明滅をする。その直後。
『あっ。それ良いかも』『見に行きたいなあ』
ユメの声は返事のように聞こえた。
だが君島は違和感に気づく。文脈が微妙に噛み合っていない。まるで別の日に別の話に相槌を打った言葉が、たまたまここに紛れ込んだだけのような。
「一人でいねぇで、ちゃんと帰ったほうがええだ」
『個展、行ってみようと思ってるんだよね』
やはり噛み合っているようでなにかがズレている。会話が成立しているようでしていない気がする。つぎはぎの声が吉住の言葉の隙間を埋めるように続いていく。
(吉住さんは、気づいてないのか……気にしてないのか)
いやそもそも、よく話しかけられるな……とも思いつつ。
君島は震える指先を握り直し、覚悟を決めた。
「なら、俺は別の方法で干渉しますか……」
震え声のまま、君島は自身に巣食う悪夢の記憶へ手を伸ばす。輪郭が滲み、|黒い馬影《ナイトメア》の気配が背後に差した。自分自身もまた、映像を放つ側へと変わっていく。
「怖いものがあったから帰る……とかしてくれませんか」
声は震えたままだった。それでも、視線だけは逸らさなかった。
『うん。びっくりしたら帰るかも』
返事のように聞こえた。けれど君島には分かってしまう。
今の言葉は、今ここで生まれたものではない。
声の調子はまるで別の瞬間から切り取られてきたようだった。
『昨日ね、ほんっとにびっくりしたことがあって……』
笑い声混じりの声が何に驚いたのか、それを語る気配はない。そしてその声に呼応するように、ノートパソコンの奥で極彩色のノイズがもう一度瞬いた。
怪異が己を守るための反応ではなく、見られたことへの|反射《カウンター》。二人分の視線が重なった返答らしい。けれど各々で思考操作への対処をしてきた効果もあり、|その動画《映像災害》は不発に終わる。
『秋は』『何をしようかなって』
そして、部屋の画素がぽろぽろと崩れている。現実へのレンダリング処理は、未完成に終わろうとしている。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
大成功
睡眠寺・静時√能力でうちとユメさんが知り合った(という設定の)架空のSNSでのエピソードを語り、元からの知り合いを騙ることであちらへの干渉を試みます
荒唐無稽で事実無根。しかしこれは、うちが語るなら、|本当にあったこと《フォークロア》
ユメさんのコスメ投稿にうちがDMしたのをきっかけにやり取りをするようになって、お洒落心で盛り上がって、時には夜通し通話して。うちらネットのお友達でしたよね
夏にはオフ会をしたいね、色々な展覧会を周りたいねって話しましたよね
ほら、ご覧になって、|そういう記録が、ございますでしょ《DM履歴も残っていますね》
夏休みは、8月でお終いにいたしましょ
次はほら。秋にやりたい事、探しませんか
フローリングの上には赤い花弁が一枚落ちていた。 |睡眠寺《すいみんじ》・|静時《せいとく》(移動するフォークロア・h01690)は、それをそっと指先で摘まみ上げる。
「……彼岸花って、秋のお花でしたっけねえ」
くるりと赤い花弁を光に透かす。橙の目が楽しそうに細められて、ほとんど独り言の呟きが零れた。先に干渉したEDENがきっと、夏の続きではなく秋を持ち込んだのだろう。そんなことを考えながら、静時は花弁の赤越しに部屋を眺めた。
部屋の変化は動画で見た部屋と比較しなくても、分かりやすく映る。画素が荒れたままの壁紙は色落ちは戻りきらず、机の上のノートパソコンは意味を成さない文字列を画面いっぱいに並べている。。極彩色の名残が、部屋の隅でまだ燻るように滲んでいる。けれど、それらはもはや此方へ押し寄せてくるようなものではない。
(どれもきっと、ちゃんと届いていたんでしょうな)
受取先がもうこの世に居なくても、言葉も記録も誰かへ向けたものであるなら、届くことくらいはあるものだと思う。ただ興味深そうに、静時は部屋をのんびりと見渡した。
(じゃあ――うちの得意なやつで干渉したら、どうなるんでしょうねえ)
内心に芽生えたのは好奇心のようなものだった。静時自身も、|映像の彼女《.mp4》も人間災厄として括られるもの同士。種別や媒体、在り方すらも違うけれど物語の中で生きる者同士。
ならば、物語には|物語《噂話》でひとつ。
部屋の中央、寝転がったままの|少女《ユメ》は、変わらず天井を見上げている。
『秋は』『何をしようかな』『って』
壊れたラジオのような、継ぎ接ぎのまま繰り返されるその声。それでもユメ自身は何らおかしなことだと思っていない、それ自体がズレている。
静時はベッドの傍に座り込むようにして、まるで長話をするお喋り仲間のような距離感で腰を下ろした。
「どうも。漸くリアルで会えましたねえ、ユメさん」
親し気な呼びかけに応える様子はない。分かっている。それでも構わず静時は続けた。
「うちとユメさんを繋いでくれたの、誰だったでしょうねえ。忘れちゃいましたけど――ああ、そうそう。コスメの投稿に、うちがDMしたのが最初でしたっけ」
勿論そんな出来事は無い。少なくとも知る限りでは。けれどそういう話は往々にして、いつの間にか誰かの記憶に深く紛れ込んでいるものだ。
誰かから聞いた話。|友達の友達《FOAF》のそのまた誰かから伝わってきたような、出所の定かでないものほど妙な信憑性を持つ。彼女はそれを語れば語るほど、その|噂話《フォークロア》は確かな輪郭を持っていく。
「お洒落の話で盛り上がって……夜通し通話したことも、ありましたよねえ。次の朝は寝不足になりそうでした」
「夏にはオフ会したいねって。展覧会、色々周りたいねって、そんな話もしましたっけ」
|語り《フォークロア》が進むにつれ、ノートパソコンの画面が瞬く。文字化けとノイズと極彩色のその向こうに、見覚えのないはずの履歴が映った。書き換わった|何か《DM》には何気ない言葉の群れと、二人の名前が確かに並んでいる。
極彩色は消えた訳ではない。ただ、現実そのものを侵す色から語りに添えられた挿絵のような色へと、意味合いが害意性からすり替わっていく。
『……秋、かぁ。ふふっ』
継ぎ接ぎでズレた言葉ではあるにしろ、それすらも徐々に続くように。
『一緒に行けたらいいな』『友達と』
「ええ。いつか行きましょうね」
目を細めて笑ったそれが、本当に交わした約束だったのかもフォークロアの前には曖昧だ。
出来上がった記録は、元からそこにあったものの様な顔をして古いノートパソコンの画面に収まっている。
静時はそんな画面を眺めて、満足そうに小さく息を吐いた。そして、ふと思い出したように。
「そうそう」
夏の続きを話すような、何でもない声で。
「夏休みは、8月でお終いにいたしましょ。次は、秋にやりたい事を探しませんか」
少しだけ間があって、ユメの音声に別の動画の切れ端が混ざる。
『コスメ、見に行きたいな』
その言葉に、静時がぱっと顔を明るくする。
「まあ。では、秋の新色を見に参りましょう」
『何色が』『いいと思う?』
そんな声の後に部屋全体へ大きくノイズが走って、ノートパソコンの画面にひときわ極彩色が滲んだ。
秋コスメ、何色がいいかな?
深い色が秋っぽい気がするんだ。気がするだけ、だけれど。
誰にも送られることのない入力欄に並んだ、そんな一文。存在しない筈の予定が入力されて、画面が一度だけ大きく瞬いた。
極彩色が引いていき、静かな現在の部屋が一瞬だけ映る。そしてEDEN達はそれぞれの現実へ戻っていく。
少しだけ見えた「今」は、ひどく静かだった。夏休みが終わったあとのように。
🔵🔵🔵
大成功