√ニフタ・ノクス・ノッテ・ナハト・ナイト『六等星』
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心を持つ生命体は貴重だ。
ただ知性を持つだけでは至らぬものがある。
それは宝石のように煌めく夜の星のようであり、道標であった。
道標を頼りに闇夜に這うのは、心を狙う怪物『デザイアモンスター』。
彼らはそこかしこから現れる。
ビルとビルの隙間から。
星影の落ちる草むらから。
打ち捨てられた夢の残滓が残るゴミ箱から。
そこかしこから、少年少女たちの心を狙う『デザイアモンスター』が這い出していた。
まるでタールのような影。
不定形の体。
蠢くようにして踏み出した異形の体は対峙すれば、それだけで悍ましさを覚えさせただろう。
まるで幼い心の中にある言いようがなく、例えようのない恐れを具現化したかのような姿だった。
「逃げて!」
幼い声が響き渡る。
「わたしが惹きつけている間に!」
威勢のよい言葉だった。
己の身を案じる友人たちの声も何処か耳に遠い。
呼吸が乱れている。
心臓の音が耳に痛い。せり上がるようにして胸に恐怖が口から飛び出してしまいそうだった。
けれど、無理矢理に微笑んだ。
大丈夫だと。
これまでも大丈夫だった。知っているでしょう? と友人たちに微笑んだ。
今、自分にできることは、これだけだった。
「はやく! なぜだかわからないけれど、こいつはわたしを狙っているみたいだから!」
「ま、待っていて! きっと大人の人達を呼んでくるから! だから!」
涙目の友人たちにどこか誇らしさを感じる。
走り出した背中を見送りながら、ライラ・カメリア(白椿・h06574)は決心した。覚悟を決めた、というのが正しいだろう。
「こっちよ! ついてきなさい!」
震える膝を叱咤するように叩いて、ライラは走り出した。
「――!!!」
恐ろしい声を発して、黒いタールのような異形の怪物『デザイアモンスター』が走り出したライラの背中を追う。
影のように不定形な体は、その身を伸ばして彼女の足を掴んだ。
一瞬だった。
逃げる暇もなかった。
悲鳴が上がる。
自分の体が空中に放り投げられたのだとライラは一瞬の後に理解したが、すぐさま背中から地面に落ちて息ができなくなってしまう。
吐き出した息さえ熱い。
痛みが恐怖と共に体をがんじがらめにするようだった。
なんで?
どうして?
なぜ?
疑問の言葉に紛れて、死がライラに迫る。
胸が痛い。
直面する死のイメージに彼女は硬直した。
「ガッ、ハッ……ハァッ、はぁ……はぁ……!」
悲鳴を押し殺した。
眼の前には『デザイアモンスター』が大口を開けていた。だらりと落ちる涎のような体液。
ひた、ひた、と頬に落ちる。
食べられる。
そう思った瞬間、『デザイアモンスター』が横っ面を叩かれたように吹っ飛んだ。
何が、と思った瞬間ライラは、己の眼前に浮かぶステッキを見た。
光るステッキ。
まるで星のようであった。
浮かんでいる。
「私の名は『セスタ』。君の心の勇気に惹かれてやってきた」
その落ち着いた男性の声だった。
「『セスタ』……六等星?」
ライラの言葉に、そう名乗った星を象ったステッキは首肯するような気配を見せた。
「私自身では、あの『デザイアモンスター』を退けることはできない。名前の通り、私は六等星、夜の空に目立たぬ僅かな光しか君の瞳に落ちぬ存在だからだ」
「――!!!」
怒りを顕にするように吹き飛ばされた『デザイアモンスター』が浮かぶステッキ『セスタ』に襲いかかる。
それを『セスタ』は光の障壁で防ぎながら、ライラに語りかけた。
「あの『デザイアモンスター』は君の心に私同様に惹かれてやってきた。彼と私の違いは、君の助けになりたいか、君を喰らいたいか、だけだ。あれらは少年少女の心を食らうために現れる」
「標的は、わたしだけじゃあない、ということ?」
「そうだ。君が逃がした友人たちも標的だ。遅かれ早かれ」
「あの子たちも……! どうしたらいい? どうすればいい? どうやったら戦えるの? 助けられるの!」
ライラは恐怖を噛み殺して、言い放った。
即応であった。
「私を手に取れ。そして、叫べ。すでに、その魔法の言葉は君の心に浮かび上がっている!」
伸ばした手。
それは彼女の恐怖を払拭するには足りないものだった。
恐れを抱きながらも彼女は踏み出した。
それを人は恐怖を感じながらも衝動によって踏み出す一歩――『勇気』と呼ぶのだ。
「『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』!」
「紡ごう、君の物語を!」
瞬間、手にしたステッキから星光がほとばしった。
光がつま先に飛び、ブーツの形に変わる。ステップを踏んで生まれた星光が弾けて、さらに光のリボンを彼女の体に巻き付けていく。
細い腰にまかれたリボンは形を成して、弾け飛べば、光が波を打つ。その波がふんわりとしたスカートを形成して、さらに彼女の胸元に集約していく。
祈るように合わせた手から光がまた溢れて彼女の体中を星の光が撃てば、ピンクとライトブルーのリボンが生まれていく。
ラベンダーのフリルとリボンが彼女の髪を束ね、開かれた掌が彼女の金色の髪を優しく梳けば、頭上に落ちるのは小さな帽子。
くるりと身を翻せば、背に負うセレスティアルの純白の翼が彼女の姿を覆い隠した。
「――!!!」
再びの咆哮。
『デザイアモンスター』がついに『セスタ』の生み出していた障壁を突破してきたのだ。
だが、その一撃は彼女を包む白い翼によって阻まれた。
「――!!?」
「輝く星は六等星! けれど、その星の輝きは巨星! 一万光年の愛!」
開かれた翼が『デザイアモンスター』を吹き飛ばし、その中央にライラは魔法少女としての姿を晒した。
柔らかな光。
けれど、その胸の内に巨星の如き勇気を宿した魔法少女。
「――似合っているかしら?」
照れながらもどこか嬉しそうに微笑む彼女の手にはステッキが握りしめられていた。
「ああ、似合っているよ。けれど」
「ええ、『デザイアモンスター』を!」
倒す。
彼女は踏み出した。
恐怖を抱きながらも、踏み出した勇気の大きさは言うまでもない。だから、彼女は遠くから魔法で『デザイアモンスター』と戦うという意識がなかった。
本来ならば、魔法少女は魔法で戦う。
そのためのステッキだった。
けれど、彼女は踏み出していたのだ。
遠くから及び腰になるのではなく、前傾姿勢で駆け出していたのだ。
前に、前に、前に。
心が走り出していた。
恐怖を抱きながら、それで前に踏み出すのは、戦うことに対して意欲的だったからではない。
力があるから戦おうと思ったのではない。
誰かを守ることができる。
誰かを助けようとすることができる。
それが、彼女の心にあった勇気の源だったのだ。
「デスタラ・テルツァ! シニストラ・テルツァ!」
手にしたステッキが分かたれるようにして光に代わり、それを握りしめたライラの拳が『デザイアモンスター』を打ちのめし、吹き飛ばす。
だが、それだけでは到底打ち勝つことはできなかった。翻る影の巨体。
それを見上げ、ライラは握りしめた光が形をなしていくのを見ただろう。
三等星。
徐々に増していく光。
それは、六等星と名乗った『セスタ』から分離した二つの剣だった。
「さあ、君の心を叫べ!」
何故戦うのか。
それはもうライラの心のなかにある――。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功