双星のメル・クリーム
●ふたりでひとつ
昼をとうに越えた街には容赦のない熱気が降り注いでいる。石畳は陽を吸ってしろく眩しく輝き、道端の噴水から跳ねる水飛沫だけが季節を忘れたように涼しげだった。通りを行き交う人々も皆どこか足早で、帽子や日傘の影へ逃げ込むようにして歩いている。
そんな暑さにも負けず、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は弾む足取りで以って石畳の上を進んでいた。澄んだ翠の瞳には、夏の日差しにも負けない好奇心がきらきらと宿っていた。
彼女のご機嫌のいちばんの理由は、隣を歩く彼女と同じ日に生まれた双子の兄、エリアス・ウィンディア(エアリィ・ウィンディアのAnkerの双子・h13046)の存在だった。妹とさかしまのいろを持つ少年はさほど表情を崩さず歩いており、背負った荷物は長期遠征から戻ってきたばかりの名残を残していて、旅の疲れもまだ完全には抜けていないようだった。
けれど、エアリィにとってはそんなことなどどうでもよかった。
久しぶりに兄が帰ってきたのだ。長いあいだ離れていたぶんだけ、話したいことは山ほどある。学校であったことやダンジョンで見つけた宝物。新しく覚えた魔法に、母に教わったこと。道端で見つけた妙な虫のことまで――それらを全部話してしまおうと思えば、一日あっても到底足りない。
けれどまずはこの暑さをどうにかしたい。エアリィは隣を歩く兄を見上げ、ねだるように小首を傾いだ。
「ね、エリアス。こんだけ暑いからアイス食べに行かない?」
エリアスは足を止めることこそしなかったものの、妹のほうへちらりと視線を向けた。妹の突拍子もないおねだりなど慣れたものだとばかり息を吐けば、すぐに目を細めて困ったように笑うその表情が、エアリィはとても好きだった。
「しかたないなぁ。行こうか」
いかにも『妹に仕方なく付き合ってやる兄』という声音。けれど、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
遠征先ではこうして気軽に妹と並んで歩くこともできなかった。朝は早く、夜は遅い。魔物の気配を警戒しながら野営をして、合間に食事を作っては父と共に次の土地へ進む。そういう日々を送っていると、何気ない会話というものが妙に遠いものになる。
だから本当は、帰ってきたその日にエアリィが誘ってくれたことが嬉しかった。
ただ、それを素直に顔へ出すのはどうにも照れくさい。エリアスはそんな気持ちを胸の奥へしまい込み、出かける準備を整えた。そんな兄の内心など知る由もなく、エアリィは嬉しそうに先を歩く。
「こっちこっち!」
弾む声に引っ張られるようにしてふたりは街の大通りを進んでいく。
目的の店は、最近この街で評判になっているアイスクリームパーラーだった。
鮮やかな色を用いた看板には氷菓を模した可愛らしい絵が描かれている。軒先には涼しげな布が張られ、風が吹くたびにひらひらと揺れていた。
「わあ、並んでる!」
「流行ってるんだね」
こうしてはいられないと列の最後尾へ並び、ふたりはしばらく待つことにした。照りつける太陽は相変わらず強かったけれど、店の軒から伸びた影がふたりの足元を覆ってくれている。ときおり吹く風には、どこかあまくてつめたい匂いが混じっていた。
やがて店の扉が開けば、つめたい空気が一斉にふたりの頬を撫でた。
「わぁ……!」
店内へ足を踏み入れたエアリィの目が大きく見開かれる。
並んでいたのは色とりどりのアイスクリームたち。白雪のようなミルク。淡いたまごいろのバニラ。濃いチョコレートに、真っ赤なストロベリー。爽やかな水色はソーダだろうか。それともミント? 果物の果肉が混じったものや、ナッツやクッキーを散りばめたものまである。まるでちいさな宝石箱のようだった。
冷気に包まれた店内は外の暑さとはまるで別世界だ。窓から差し込む陽光さえ、ここではつめたい硝子越しに見えるよう。
「いっぱいある……!」
「本当にいっぱいだね」
さすがにこれは迷ってしまいそうだと、ふたりはショーケースの前に並びんで色鮮やかなアイスクリームをひとつずつ眺めていった。
「これもおいしそう……」
「それさっきも言ってたよ」
「だっておいしそうなんだもん」
決めるまでには時間がかかるらしい。
なんともマイペースな妹の姿に、エリアスは苦笑しながらその様子を見守った。
「……決めた!」
その顔はダンジョンで珍しい宝物を見つけたときと同じくらい嬉しそうだったものだから、思わず吹き出しそうになってしまうのを堪えるのに結構な労を要してしまった。
「エアは何にするのさ?」
「あたし、ミルクとヨーグルトのダブルでっ! ねえ、エリアスは何にするの?」
エリアスはもう一度ショーケースを眺め、少しだけ考えたあと何食わぬ顔で口を開いた。
「ぼくは……うーん。……バニラとチョコ、あとストロベリーの三種類で」
「えっ!」
エアリィが目を丸くする。
「みっつ!?」
「うん」
「ずるい!」
「別にずるくないよ」
「あたしよりいっぱい!」
「エアがダブルにしただけでしょ」
エリアスは涼しい顔をしている。
結局、兄のほうが妹よりちゃっかりしているらしかった。
ほどなくして、ふたりの前にアイスクリームが運ばれてくる。エアリィのカップにはまっしろなミルクとヨーグルト。エリアスのカップにはバニラに、砕いたクランチ入りのチョコレート。それから、鮮やかなストロベリー。
「いただきます!」
エアリィは待ちきれない様子でスプーンをさし入れて、ひとくち。冷たさが舌の上でほどけるのと同時、ぱっとミルクのやさしいあまさが広がって幸福を連れてくる。
「ん~~っ!」
思わず声が漏れてしまう。続けてもう片方も口に運べば、あとからヨーグルトの爽やかな酸味が追いかけてくる。暑さで熱を持っていた身体の中へ、雪解け水のような涼しさが流れ込んでいく。
「おいしい!」
「そんなに?」
「うん! すっごくおいしい!」
エリアスも自分のアイスを口に運ぶ。バニラの香りがふんわりと広がって、チョコレートを頬張ればねっとりと濃厚なあまさが舌を包む。ストロベリーと一緒に食べたなら、豊かなあまさと鮮烈な甘酸っぱさが調和していくらでも食べてしまえそうだった。
「……うん。おいしいね」
「でしょ!」
なぜだかエアリィが得意げに胸を張る。
その姿がおかしくて、ふたりは顔を見合わせて笑った。その笑顔には長い遠征を挟んだ距離など、すっかり遠いもののように感じられた。
離れていた時間を埋めるように、他愛のない話をする。
学校であった出来事。父と旅先で見つけたものや、新しい魔物の話。母の作った料理。どれもこれも話してみれば大したことではないけれど、そんな『いつも』の話ができることこそが何より幸福なことだった。
エアリィはスプーンを動かしながら兄を眺めている。長期遠征から戻ってきたエリアスは、以前よりすこしだけ日に焼けているようだった。旅の間に身についたであろうちいさな傷もある。けれど、こうしてアイスを食べている姿はいつもの兄と何も変わらない。エアリィは、それが嬉しかった。
そして、次いで視線が兄の手にしたカップへ徐々に落ちていく。
どれもおいしそうだった。自分のミルクもヨーグルトもおいしい、おいしいけれど――人のものは、どうしてあんなにおいしそうに見えるのだろう?
「……ね、そっちもおいしそうだからちょーだい?」
身を乗り出してきたエアリィに押されてエリアスの体はすこしだけ傾いた。そんな兄の姿を、少女は期待に満ちた瞳で見つめていた。その視線だけで、何を求めているのかはよく分かる。
「おねがい! あたしのもあげるからー」
「仕方ないなぁ……」
そう言って、エリアスは自分のスプーンにアイスを少し乗せて妹のほうへ差し出したなら、エアリィの顔がぱっと明るくなる。
「わーい! ありがとっ」
今度は自分のスプーンでミルクアイスをひとすくい。それを兄の口元へ近づける。
「はい!」
「じゃあ、交換ね」
「うん!」
エリアスが差し出したアイスを、エアリィは嬉しそうにぱくりと頬張った。熟れたいちごをそのまま凍らせたような甘酸っぱさがたまらない。
「ん〜〜、おいしい!」
頬を緩める妹を見て、エリアスも笑う。
そうして今度は、エアリィから差し出されたミルクアイスを口にした。
「……こっちもおいしいね」
「でしょ?」
得意満面な顔をするエアリィの姿は、まるで自分が作ったアイスであるかのような喜びようだ。エリアスはそんな妹を見て、また笑った。
ふたりの間にあるのは、ほんのすこしのアイスクリーム。
大きな冒険をして、強い魔物と戦って、遠い土地まで旅をして。そういった経験ももちろん大切だけれど、冒険の合間にこうして並んで座ってつめたい甘味を分け合って笑う時間もまた、同じくらい大切だということを知っている。
アイスクリームはすこしずつ溶けて、カップの底へとあまい雫を落としていく。
楽しい時間はいつだって溶けるアイスのようにあっという間に過ぎていく。けれど、だからこそ今この瞬間がこんなにも愛おしい。
「ねえ、エリアス」
「なに?」
「また一緒に来ようね」
エアリィは空になりかけたカップを覗き込みながら告げたなら、エリアスは柔らかく目を細めて頷いた。
「うん。また来よう」
その返事はとても自然なものだった。
遠征に出ることも、冒険に出ることもある。それぞれに進む道があり、これから先もいつも一緒にいられるとは限らない。
それでも。帰ってきたら、またこうして隣に座ればいい。
夏の陽射しの下を歩いて。つめたいアイスクリームを食べて。どちらがおいしいだとか、どっちのほうが得をしただとか、そんなくだらないことで笑えばいい。
エアリィは空になったカップを眺め、それから兄へ笑いかければエリアスも笑い返す。ふたりの笑顔は、夏の日差しよりもずっとずっと明るかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功