薄明
まったく困った。たいして思ってもいないがそう口にする。否多少は深刻。行動・活動範囲を狭められ、権能すらも制御されて生きる事になったのだから。
己にとって、人類とは護るべき存在。どの√であれ変わらない。戦が続いていようと人類の進化が止まっていようと、異種族入り乱れる世界であっても。一括りに愛すべき世界と人類。
世界を脅かすものすべてを斬り伏せる事を望む『我々』としては、人類との距離が縮まったことは喜ばしいが。
「いつまでついてくるんだオメー……」
「監視って知ってル?」
鶏の刷り込み程度の距離感ならよかった。
フェリクスにとってはいつもの巡視、だが今回はひとりではない。√を超えて新たな場所へ。知った顔に挨拶なんかしたりしつつ、背後で圧を放つこの男について訊ねられては。
「巡視についてきた監視役」
とか。
「オレが暴走しないようにしてくるヤツ」
あとは。
「恋人」
「違うカラ」
脛に蹴りを入れられた。何度も聞かれれば返答のバリエーションも失せていく。東洋風の服、紫の色彩。自分に負けず劣らず目立つ様相で目を光らせるジェイ・スオウ(半天妖・h00301)に対し、六宮・フェリクス(An die Freude・h00270)は深いため息をついた。
人間災厄「歓喜の歌」。翼と天輪を持つ大柄な『天使』。その監視役でありAnkerでもあるジェイは、いざとなれば――そう。
フェリクスが人類に対し、『愛ゆえに滅ぼす』と宣言し実行しようとした場合には、彼を殺し切らなければならない。それこそが彼の使命。
この監視対象が普段、どのような生活をしているのか。それを把握するため付いてきたはずのジェイだが……この相手。とんでもない動きをしている。
「どっかの√のこの位置って分かってりゃイイだろ」
「良くナイ。所業を見て止めるのが仕事だからナ?」
フンと鼻を鳴らして閉じた扇の先を自分の顎先に当て、当然のことを仰ってくださるジェイにフェリクスはさらにため息を。逃げようとしても必ず√能力で追いついてくるのだから巻くことも出来ない。ならばと少し道を選んで――。
「マッテ!? 明らかトンデモナイ所突っ切っていこうとしてナイ!?」
「してるしてる」
いつもの『通り道』にたまに湧く。だからこそこんな路地を通るわけだが。暗がりから湧いてくる影。どうせ一人でも相手できる低級の怪異だ、さくさくと撫で斬れる。
ジェイの存在を気にして戦う必要はあるものの、元々誰を連れていようと問題はない。制限されていようが、その程度の能力は持っている。
「ハ~……コレが「歓喜の歌」の仕事カ?」
「そゆこと」
適当に返事をして『天使』は歩く。適当に暗がりを斬り伏せながら先へと進んで、いつもの散歩道を、慣れぬ二人で辿っていく。
――現在地、√妖怪百鬼夜行。乗客の少ない列車――否、ひとりの付喪神の本体たる蒸気機関車、その客車の中で。√EDENの通常の列車と比べると窓から流れる景色が異様に早い。それに揺られてぼんやり列車旅。
「オマエは慣れてるんだろうケド。コレナニ?」
なんなら空飛んでますからね。
「何かの作品に影響受けたンだろなァ。ハイカラさんなんだよ、コッチの奴ら。な?」
聞こえているかも分からない『車掌』に声をかけ、フェリクスは先ほど街中で買い込んでいた肉まんにかじりつく。ほんのりと甘い生地と肉汁に舌鼓を打ちながら、徐々に陽が落ちていく様を窓から眺め。そして、隣に座るジェイへと肉まんを差し出した。
「口に合えばいーけど」
「……ン」
少し戸惑ってから、肉まんへと齧り付くジェイを見て、フェリクスは笑みを溢した。
さて到着、空を飛んでいようと流石に降りるのは地上の駅だ。改札を抜け外へ出て、タクシーを拾って狭い車内にぎちぎちに詰められて。
「ナァ、普段もこういう経路取ってル?」
「取ってない」
「オイ」
フェリクスの翼から羽毛をむしろうとするジェイ。彼はそれを止めもせず笑って、ぷちりと羽毛が散った。
ようやく旅の終着点か。たどり着いたのは、とあるビルの前。
「ンン? ココ……ドコ?」
「スマホ見てみ。だいたいの位置わかるから」
言われるままに画面を見れば、どうやら海沿いのようである。だがこれは√EDEN基準の座標。位置情報の正確さは微妙だ。
側に立つビルの外階段を登り、頂上へと向かう。そもそも不法侵入ではないかと思ったジェイだが、あまりに堂々としている様子に何も言えないまま、彼の背後をついて歩く。
屋上のドアを開けて、中へと入れば。
「……おー……スゴ」
明らかに景色が変わった。相当な高所。改めて出てきたドアを振り返れば、そこはどうやら、灯台の上のようで。
水平線に沈む夕日が、鮮やかなグラデーションを作っている。
こういう夕暮れが好きなんだよ。災厄が笑う。
「お前はどうだ? きれいなもんだろ」
金と紫が混ざる空の下、赤い眼が、ゆっくりと細められた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功