白の記憶
白い天井。
白い壁。
病院の個室に置かれた白いベッドに横たわり、幼い|鳴宮《なりみや》・|響希《ひびき》はただ白を見る。
響希に巻かれている白い包帯は、全身に負った傷のためのもの。
いつ? どうしてこんなケガを?
けれど響希の記憶もまた、白一色に塗りつぶされて。
思い出そうとすると、傷よりももっと強い痛みが頭をきりきりと苛む。
だから何も考えないようにして目を閉じて。
そんなときにその声は聞こえたのだ。
「バウバウ」
犬の吠える声。けれど響希には分かった。その犬が『無事で良かった』と言っていることが。
「ぼくのこと、知ってるの?」
響希は吠え声の聞こえるほうへと身体を向けた。その動きで傷が痛んだが、それも気にならないほどの期待をこめて。
そこにいたのは澄んだ翡翠色の目をした白い犬だった。
もしかしたら記憶がよみがえるきっかけになるかもしれないと思ったが、やはり見覚えはない。
けれど響希の無事を喜んでくれているのだから、きっと自分との繋がりがあるに違いない。
「ぼく、何があったかわからないんだ。かぞくの顔も、ぼくのことも、ぜんぜん思い出せない。思い出そうとすると、すごく頭がいたいんだ」
もう最近は看護師にもこぼさなくなったそんな言葉を口にしたのは、その繋がりに縋りたくなったからなのだろう。
「ねぇ、わんこさん。ぼくやかぞくに一体何があったか知らない? もし知ってるのならおしえてよ」
何もわからないということは、よりどころがないということ。
わずかなものでもいい。自分が自分として立つために指をかける場所がほしい。
そんな響希の切なる問いに、白犬は答えてくれはしなかった。ただ、
「バウ、バウバウ(俺はわんこさんというちゃちな名前ではない)」
わんこさんという呼び方が意に染まないことを告げてくるだけだ。
それなら、
じゃあせめて。
響希は白犬へと手を差し伸べる。
「ぼくのかぞくになってよ、『シロさん』」
包帯からほんのわずか、傷を逃れた指先だけが覗いている。その響希の指先へと、『シロさん』はそっと身を摺り寄せた。
「バウ」
「……ありがとう、シロさん」
指先から伝わる温かな感触に、響希は安らいだ表情で目を閉じた――。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功