えにし結び
「珍しいこともありますね。いらっしゃい」
少女が古風な店舗の扉をおそるおそる引いたとき、たまさか中にいた主は穏やかに笑った。
思わず踏み込むのに逡巡する彼女を見遣る店主の双眸は琥珀の如く煌めく。暫し顎に手を当てていた、|彼《・》とも|彼女《・・》ともつかぬ主は、少女の眸の奥を見透かすような透徹な眼差しを伏せる。
「どうやらあなたの願いを叶えてくれるものがありそうですよ」
「それは――どういう?」
「口では説明しづらいもので。どうぞ、見て回ってください」
手で示されてしまえば断るのも憚られる。扉を開いたときと同じような足取りで見渡した店内で、まず最初に目に入ったものに強烈に惹かれた。
簪である。
母の誕生日には本当に母の気に入ってくれそうなものを贈りたかった。しかし今日まで決まらずに、どの店を見て回ってもしっくり来るものが見付からなかった。そういうときに最後の足掻きとして戸を引いた店がここだったのだ。
それもこれも、きっとこの簪と、今日このときに出会うためだったのだ――強く確信する。母が髪を彩るのをありありと想像して、少女は勢いよく顔を上げた。
「これ、良いですか?」
「勿論ですよ」
店主の快諾は値段にも表れていた。見るからに高級品に見えたし、値札がないから覚悟をしたが、彼女の小遣いでも容易に手の届く価格だったのである。
丁寧なラッピングを施されたそれを手に頭を下げる。少女を見送る店主は、店舗の戸が閉まるまで笑みを崩さなかった。
「では、またご縁がありましたら」
◆
今日はこれで店じまいだ。
成程、あの簪はどうにも今日は前の方に陳列されたがっているように感じたが、自然と縁を引き寄せていたとみえる。白・琥珀(一に焦がれ一を求めず・h00174)の営む万雑貨屋は客を得る気のあるものではないが、並んでいる趣味のものと縁が結ばれた他者がたまたま琥珀のいるときに訪れたのならば、縁結びを兼ねて取引をすることに否やもない。
生まれて来る理由は様々であろうが、道具はみな人の役に立つためにある。その中で誰かを幸せに出来るのならば幸福だろう――己がそうであるように。
一人と一つの、そして贈られる|もう一人《・・・・》の幸いを祝して、幸福のロイヤルナンバーは小さく笑った。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功