こんぺいとうがみえた。
●|休日《そんな物は無い》
働き詰めはDクラスの日常。立川・満月(彼の法・h00554)は久々に得た休暇にふうと息を吐き、テイクアウトしたコーヒーで暖を取っていた。
季節柄やや寒いが潮風が心地良い。遠くに見える水平線。平和。普段の……無茶振りどころか無茶の化身と過ごしている時と比べれば、心身共にまあ楽だ。
ただその安らぎは電話一本で破壊される。それもまた日常。
『やあやあ急ですまないね、休暇中だとは知っているが都合の良い相手が君しか居なかった!』
え??
『人間災厄「少女の偶像」が遊びたいと言っている、君のいる場所に誘導するから『遊ばれて』くれ』
待ってくださいそんな急に言われましても!
『ちなみに、知っての通り君の拒否権はない』
あっ……。
ぷつん、つーつー。慈悲なんてものDクラスにゃァない。唐突に日常へ引き戻された身にもなって――今はそんな場合では。
向かわせる? データベースへの閲覧権限は。一時的な許可。急ぎコーヒーを飲み下しながら目を通す。|安全《セーフ》。災厄とは大なり小なりのどんぐりだ。芽吹いてはならぬ種、基準にはならない。
今用意できる護身のための手段と物品。近くにホームセンターがある、あそこなら絶対に扱っている。満月は急ぎ駆け出した。
●うみといえば!
平和を感じていた波の音がもはや煩い。
あそぶとは。広義すぎる『それ』に嫌な想像力を膨らませながら、満月は砂浜へと降りる階段へと座り、金属製のバットを震える手で握っていた。ごっこ遊び程度なら良いのだがと考えを巡らすも。
「あなたが今日、あそんでくれる人?」
その気配に、気付けなかった。甘い声はやや下方から。屈むように覗く翠と目が合う。小悪魔の姿の災厄、どこにいようと不釣り合い。人間災厄「少女の偶像」、イリス・フラックス(ペルセポネのくちづけ・h01095)は話に聞くよりも幼い態度で微笑んでいた。
そいつはよく監視下から逃げ出す。いざとなれば頭を叩きツノを掴んで揺さぶれ。『母』の連絡先も教えておく。対処を説明されたところで護身用として用意できたのは「玩具」と言い訳できる程度のバットだ。
「えっと、イリスちゃん?」
「ん。あなたのお名前、知ってるわ。満月ちゃんね? 『あそんでくれる』って!」
偶像は素直だ。ゆえに警戒せよ。
「えっと、できれば遊ぶのは後にして、一緒に帰ってもらえると――」
それは『少女』だ。ゆるいオツムは時に予想を超えてくる。
「あなたは『バットで遊ぶ』のが好きなのね」
これら忠告すべてを吹っ飛ばす『|定義付け《レッテル》』にも気をつけろ。
「……え?」
あ、そうだったかも。『これ』はそういう使い方。買ってきたのは遊ぶため。
耳からするりと通り脳の襞へと染み込む定義。玩具をこんなに強く握る必要はない。
私は……バットで遊ぶのが好き……?
すきだとも!
「……あなたも、私と一緒にバットで遊ばない??」
「もちろん!」
少女はいつだって遊びが好き。「じゃあ満月ちゃんの番!」と砂浜に駆け出し、適当な所で立ち止まり声をかけてくる。
「まずバットの先を砂浜につけて」
つける。
「おでこを握ってるとこ? に当てて」
当てる。
「それで、くるくる回るの!」
少女の指がくるんとおどる。
ぐるぐるくるくる。よく分からないうちに従っている、従っ?
脳が揺れ一瞬戻る理性も体と一緒にぐるりぐるり。あれ中々合図が来ない、こういうの何周だっけ。
くるくる手拍子が聞こえるご機嫌な。めがまわる足がもつれるそれでもまわる、まわ、待ってこれ、なんかいめ?
どしゃり。
「あっ」
何だその声は。満月がバットと共に倒れたのを見て偶像は声を上げた。
ドラム式洗濯機の中で回っていた靴下の片割れ。そのような理性があれこれ思い出せと告げる。回されていた。起きあがろうとするも腹の底から湧き上がる酸味。
「うぇ」
でろりと吐き出す。耐え切れるわけはない。思考はきちんと先ほど混ぜられた。胃の内容物も相当混ぜられた。ぶちまけたのが砂浜で良かったのか悪かったのか。
「こっちに来てって合図、わすれちゃった」
背をさすってくるソレは申し訳ないというより、自分のミスを悔いるような。
「次はちゃんと、止まってって合図するわ! 『もういっかい』!」
無邪気な声よ、嫌な予感を覚えさせる前に定義付け。従う他なく満月はふらふら立ち上がる。
もう一回。回転回転ぐーるぐる。
洗濯機からゆっくり回る巨大な銅鍋へ。まわるうちに頭が熱を持つ。目の前に散る星は金平糖か?
季節外れの砂浜遊び。中々送られない合図、ようやく聞こえた声に前後左右もわからぬまま歩かされ――辿り着く前に倒れた満月を見て、偶像はきょとんと。
「……あなた、『ぐるぐるするのによわい』のね」
ああそれは『定義付け』をされる前からのこと。脳の襞も「そうです」と肯定!
三半規管がよわっちくても、いいじゃないですか?
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功