潮騒と硝子花
近くの海辺でお祭りをやっているらしい。
おれはこの日があんまり好きじゃなかった。大人たちは訪れる観光客相手の商売で楽しそうにしている。でも、なんだかそれがおれには知らない観光客たちに街を取られたような気がして嫌なのだ。
観光客は良い人ばっかじゃない。迷惑をかけていく人もいることをおれは知っている。
だから、祭りはきらいだ。
おれはひとりになりたくて、穴場の浜辺にやってきた。ここは、森や岩場を抜けてようやく来られる場所だから観光客はまずこない。
いつものように波打ち際で遊ぼうって思ってたのに――知らないひとがいた。
(なんだよ、ここにも観光客か)
まるで草木みたいな緑色の髪や尻尾には、ハマナスの花が咲いている。淡い色の水着姿のお姉さんは知らないひとだ。たぶん、観光客なのだろう――おれは心の中で悪態をついた。
どうせ悪さをするんだろって、おれは警戒しながらお姉さんを見ていた。
そのひとは小鳥とリスを連れていて、動物たちとぼんやりと浅瀬を覗き込んでいた。
(なんか、すごい真剣そう……)
気付けば、おれは警戒よりも興味の方が強くなっていた。
おれは傍に寄って、背後からお姉さんの視線の先を見てみた。
「魚、見ているんだ」
「ええ」
お姉さんはいきなり現れて背後から話しかけたおれにあんまりびっくりする様子もなく、自然に応えた。
でも、視線は海の中を見たまんまだ。目の前の浅瀬には名前もよくしらない小魚が仲よさそうに泳いでいる。その様子が面白いんだろうか。
「海、入らないの? それ、水着だよね?」
「海を泳ぐのは苦手なんです」
お姉さんはやんわりと答えてから、自分の髪に咲いているハマナスの花に触れた。
最初花飾りかと思ったけれど、近くに寄ってみると本物の花のようにふわりと甘い香りがした。
不思議だなぁなんて思いながらぼんやり浅瀬を眺めていると、お姉さんの肩に乗っていたリスがとことこと降りて砂浜を走っていく。
「あっ」
お姉さんがはじめて振り返ってリスの行方を目で追った。おれもつられて振り返った。
リスは前脚で砂を掻きはじめた。すると、地中に埋まっていたものが姿を現す。
「チチッ!」
リスが得意げに小さな青い欠片を掲げた。
「あっ! 魚のガラス!」
「魚のガラス?」
おれの言葉にお姉さんが不思議そうに小首を傾げた。
「それな、濡らすとおもしろいんだ! なー、リス、そのガラスを海に濡らしてみろよ」
ちょいちょいと手招きをするとリスは不思議そうにしながらこっちにきて、おれが言ったとおりにちょこんと青い欠片を海に浸した。
すると曇っていたガラスが澄んで、現れた魚影がすーっと青い欠片の中で泳いでいった。
「わぁ……これは、ただのシーグラスではないのですね」
「ああ、この浜辺でだけこういう不思議なものが拾えるんだ。他にも虹のようなのが出たり、きらきらと星みたいに光ったりするやつもあるぜ!」
「それは見ただけで解るのですか? 私にはただのシーグラスにしか見えませんでしたが」
「大体色でなんとなくわかるな」
お姉さんに答えながら何気なく地面を見ていたら、足元に夜空みたいに深い藍色をした欠片を見つけた。
おれはそれを拾い上げると水につける。暫くすると、まるで花火があがるように欠片の中でぱっと模様が咲いた。
「不思議ですね。他にもそういったものがあるのでしょうか?」
「ああ! 貝殻とか石とか珊瑚の欠片とかたくさんあるぜ!」
「どんなものがあるのでしょう?」
「色々ある。説明できないくらいに!」
お姉さんが興味津々の様子でおれの話を聞いている。
おれはなんだか誇らしくなって答えながら――ふと、思いついた。
「そうだ! どっちがおたからたくさん拾えるか勝負しようぜ! すごそうなものをいっぱい拾ったほうが勝ちだ!」
「是非!」
お姉さんの瞳がぱっと輝いた。
意外にもすごく乗り気なお姉さんに逆に少しびっくりしてしまう。もしかしたら、このひとは宝探しとかそういったものが好きなのかもしれない。
そうして、おれ達はビーチコーミングをはじめることにした。
「あっ……この貝殻、綺麗ですね」
「その貝殻は風に当てると鈴の音がするんだ」
早速お姉さんがきれいな金色の貝殻を拾い上げた。おれが教えるとお姉さんはさっそく手を高く掲げて風に当てた。
するとしゃんっと鈴の音にも似た澄んだ音色が響く。
「本当ですね、鳴りました。構造は単純な二枚貝の貝殻のようにしか見えないのですが、どのような仕組みになっているのでしょう?」
「うーん、昔じいちゃんに聞いたような気がしたけど忘れた」
なんか、それなりにそれっぽそうな理由があったはずだけれど忘れてしまった。
肝心なときに知識が出てこないのは悔しい。
でも、そんな悔しさにも負けずに浜辺を探していると、今度は巻き貝を見つけた。
「あっ! これ」
「何か見つけたんですか? それはどんなものなんでしょう?」
「これは耳に当てると鳥の声が聞こえるんだ」
そう言いながらおれは巻き貝をお姉さんに渡す。
お姉さんは早速耳に当ててから驚いたように瞳をまるくして、それから楽しそうに笑った。
おれとお姉さんはその後もビーチコーミングを続けて、気がつけば夕方になっていた。
で、結果といえば――お姉さんの圧勝だった。仕方ないよな、だって、あっちは一人と一匹と一羽のチーム戦だったんだから、負けは負けって素直に認める方がかっこいいのだ。
「ふふ、楽しかったです。このシーグラスたちは、持ち帰っても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ。浜に流れ着いたやつは拾っていいんだ」
「では、いくつか持ち帰ってじっくり研究してみます。楽しい時間をありがとうございました」
「おれも――」
そう言いかけたおれ自身がびっくりしてしまった。
おれは去年、大切にしていた花畑を観光客に荒らされてから観光客のことが嫌いになっていたはずなのに――そう考えたとき、不思議と、お姉さんはあのひとたちとは違うんだって思えた。
だから、おれは思い切ってお姉さんを誘うことにした。
「あのさ、おれのとっておきの場所おしえてあげる。楽しかったから、そのお礼」
「いいんですか? 是非」
そうしておれはお姉さんを秘密の花畑に連れていくことにした。
滝の近くを通って丘を登る。海を一望できる丘には、夕焼け色に染まったガラスの花が海風に揺れて、ちりんっと澄んだ高い音を鳴らしていた。
「これは……初めて見る花ですが」
「ガラス花って呼んでる。じいちゃんに名前おしえてもらったけど忘れた」
「綺麗ですね」
「……うん」
おれとお姉さんは並んで話す。綺麗と言いながらもお姉さんは花に手を伸ばそうとはしない。
その様子におれはほっと息を吐いた。
「おれが一番好きな場所なんだ。去年、観光客をここに連れてきたら何本も摘まれちゃって」
「なるほど、確かにそれは秘密にしておきたくなりますね」
おれの言葉にお姉さんは頷いて、花をじっと眺める。
「それでは、この花のことをしっかり心に刻んで、お土産にしようと思います」
そうして、お姉さんはじっと花を見つめた。
ほんとうに花を大切にしてくれる人なんだなって伝わってきて、おれはこの人をここに連れてきてよかったと思った。
それから日が暮れるまで、おれたちは並んでガラス花を眺めていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功