遠い記憶の向こう側
赤く燃え盛る大地。
歩み寄ってくる何か。
倒れ、胸から血を吹き出す少女。
そして、血塗れた──。
「……はっ!?」
ハッと目が覚めた普川・庸は勢いよく体を起こし、自分が嫌な汗をかいている事に気付いた。
また、夢を見た。同じ夢な気がする。なのに、一つも覚えていない。荒い呼吸を整えた後、庸はベッドから降りてシャワーを浴びることに。これもまた、悪い夢を見た時のルーティンだ。
「あ、なんでシャワー浴びたかな……。これからプールだってのに……」
ともあれ、嫌な汗をかいたままなのも嫌で。
気持ちを切り替える意味でも「まぁいいか」とシャワーを浴びていた。
今日は8月31日。
何だかんだと頑張った甲斐があって、前日には夏休みの宿題を終わらせる事が出来た。最終日はフリーに遊べるようになったのもあって、学校の友人を誘いプールに行くと約束していたのだ。
「今年の夏、かなり忙しなかった気がするっすね」
それもそのはず。
庸は何も知らないまま√能力者として目覚め、気付けば白い炎の体をした少女の護霊《|白炎《はくえん》》が傍にいる。どうして覚醒したのか、欠落も、Ankerも、その全ては分からない。ただ唯一、大切な人を守るために戦うという思いは人一倍強かった。
「特に、星詠みさん達に頼まれた依頼が濃かったっすねぇ……こんなすごかったなんて思わなかったっす」
魔法少女に目覚めた者の保護。
トラブルを起こす魔法少女の説得。
多腕の聖女との花火大会。
庸が手助けしたのはどれも説得をしたり、対話したりしてみるもの。もちろん、いずれは戦わねばならない日が来る。けれど今は、能力をうまく扱えない状態で危険な任務を受けるべきでは無いと判断していたのもあり、自分の言葉が少しでも届いていたらいいなと祈るばかりだった。
「けど、これからもっと強くなるっす。上手く能力使えるようになって、この手で守りたいっすから」
──誰を?
分からない。けれど、自分の手で大切な人を守りたいからこそ、厳しい訓練だって乗り越えてみせる。噂では、命懸けの戦いもあるという。危険が伴う依頼にも、いつか挑んでいきたい。そんな思いが強かった。
だが、今はまだその時じゃない。
EDENの誰かが言っていた。「Ankerたりうる、身近な者との交流を欠かすな」と。もしかしたら、今日遊ぶ友達がAnkerかもしれないし、また別の人かもしれない。けれど、縁が繋がる人がいなければ帰る場所が無くなってしまうのが√能力者だからこそ、まずは夏休み最終日を満喫しようと心に決めて。
「……って、そろそろ時間っす!」
バタバタと準備を済ませ、庸は玄関に行こうとして──その前に和室へと顔を出す。襖を開けて視線を向けた先には、庸の姉|普川・蝶《ふかわ・ちょう》が満面の笑みを浮かべた遺影があった。
「行ってきます! 姉ちゃん!」
元気いっぱいに姉へ挨拶をしたところで、ゆらりと《|白炎《はくえん》》が姿を現す。まだ制御出来ていないのもあり、庸の意思に反して行動する事が多いのだが、今回は不思議と何かを言いたげな様子だった。
「……? わわっ! 急に出てこないでよ、白炎。家が燃えちゃうんじゃないかと心配になるんだから。燃えないけど」
思わず驚いてしまうけれど、何かを言いたげな様子から少し首を傾げる。もしかしたらと思うものが過ぎると、姉の遺影へ視線を向けながら、庸は小さく呟いた。
「……わかってるよ、白炎。俺は強くなる。俺がいたら、他のだれかを死なせるようなことにならないくらいに、強くなってみせるよ」
覚悟の言葉を聞いても、何か言いたげだった。
けれど、庸がそこに気付く事はなく、勢いよく玄関へと駆け出して出かける準備。
靴を履いて、玄関のドアに手をかけたところで軽く振り返り──。
「それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」の言葉は帰ってこないけれど。
まだまだ遊び盛りの少年は、友達と交わした約束のプールへ向かう。
──少年はまだ知らない。
己の記憶も、欠落も、運命も。
この先に、何が待ち構えているのかさえも。
少年が、これからどのように成長していくのか。
それはまた、別の話。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功