シナリオ

|Tenera《テネラ》

#√ドラゴンファンタジー #ノベル

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 レースのカーテンを透いた陽射しは柔らかな輪郭にほどけ、水面のような光を木目に躍らせている。硝子越しに見える空は澄んだ水色で雲もなく、路上で気まぐれに奏でられる楽団の音色が長閑な昼下がりを彩っていた。
 √を|違《たが》えるだけで、空の色も、空気も、光の眩しさすらも見知らぬものに思えてどこか素っ気なさを感じるのは、自分が人より思い出が少ないせいだろうか。あるいはひとつ所に留まることをしない浮き草暮らしの執着の希薄がフィルターをかけてしまうのかもしれなかった。
 リネンのシーツが張られたベッドに仰向けで寝転びながら、なびくカーテンの隙間に覗ける蒼穹を茫洋として眺めていたノヴァは、ふと腹の上のぬくもりに視線を落とす。
 ぺちゃりと四肢を投げ出すようにして腹ばいに眠るのは、ふわふわの毛並みをしたこぱんだである。ぷうぷう寝息を立てる姿はぬいぐるみのようで実に愛くるしい。無防備に眠ってくれるのはノヴァに対する安心感と全幅の信頼を寄せてくれていることを如実に示しているようで、思わず眦がやわらかくなってしまう。
 ころころと眠るこぱんだの頭にそうっと手のひらを宛がうと、皮膚に触れるそれは綿毛を搔き集めた一塊といった具合で、|相棒の仔竜《ノクス》が持つ躰とは全く違った感覚を齎してふしぎな心地がした。もふもふもふ。撫でる手が止まらないノヴァを、ソファの上で毛繕いしていたノクスが胡乱気に見ていた。
 こぱんだと数日を共に過ごすようになって気が付いたことがある。
 出会ったときにすでにあったのか、あるいはノヴァの紡ぐ音色がしるべとなって現れたのか、こぱんだのお腹にはうっすらと星のような模様があって、ふわふわの頭には夏の星空をぎゅっと小さく押し固めたといったふうに小さな角が一対、ちょこんと生えていた。
 人差し指の腹で乳歯みたいな角をなぞっていると、それがくすぐったかったのかこぱんだの瞼が半分ほど持ち上がる。ねむねむとろんとした表情は幾度か瞬きを繰り返し、窓から差し込む光から逃れるようにぽふっとお腹に顔を埋めてぐりぐり。
「おや、起こしてしまったかな?」
「んきゅぅ」
 ノヴァのやさしい声に導かれるように顔を上げたこぱんだは、黄昏の滲む双眸を見つけて、くあっと欠伸。それから「おはようー」と言うかのようにつぶらな眸に輝きを宿してにっこり笑うと、ずりずり這って胸に上って来る。
 くすぐったさに思わず笑ってしまえば、こぱんだの身体が小さく弾む。それが楽しいのか「もっともっと」と両手でノヴァの胸をこしょこしょぽふぽふ催促してくるものだからたまらない。こぱんだの脇の下に手を差し込んで持ち上げると、すこし遠ざける。
「そういえば……君も、いつか大きなパンダに成長するのだろうか」
 まだぬいぐるみと大差ない小ささと軽さだが、あの大師と同じような、あるいはそれ以上に大きくなる可能性を秘めているのだとしたら――ひいてはムキムキの猛者になってしまったらどうしよう。午睡に微睡みたくなる陽射しの中で、ほわわんと想像するのはお腹に星を戴くマッスルぱんだ。ノヴァよりも背が高くて、ひょいと肩に乗せられるほどにたくましい。
 ちょっぴり複雑そうな表情を浮かべるノヴァを見下ろして、こぱんだは「きゅう?」首を傾げている。
「その時は、俺のボディーガードにでもなってもらおうかな」
「んきゅ!」
 冗談めいた笑みを浮かべてみせれば、こぱんだは抱っこされた状態で短い手足をぱたぱたさせて――おそらく戦っている――むふんと胸を仰け反らせた。
「ふふ、まかせろだって?」
「きゅーっ!」
 右手をもちもち振り回しているのは、恐らくあの日彼が教えてくれた水流星を旋回させる仕草なのだろう。くねっと腰を振ってフラフープを回すのも上手だったことを思い出し、ノヴァは密やかに笑い声を零す。
「それは頼もしい」
 ――正直、ほっとした。
 |魔教《カルト》ではあったが、こぱんだたちは純真なこころを持っていた。同じ境遇の友人たちと引き離してしまった自覚があるだけに、毎夜宿を変えるような落ち着かない旅暮らしに振り回されて小さな体に負担がかかっているのではないかと、ノヴァはずっと気掛かりだった。
 でも、ノクスを兄のように慕って仲良くしてくれるし、ノヴァにもこうして笑いかけてくれる。言葉は分からないけれど、ともに過ごす日々を元気に楽しんでくれていることはよく伝わってくるから、ノヴァはそれがうれしかった。
 案外、自分より逞しいのかもしれない。
「君の名前は、何にしようか」
 こぱんだを抱っこしたまま勢いよく起き上がって膝の上におろすとノクスが飛んできて、脚の間に二匹は身を寄せ合うようにもぞもぞおさまる。
「呼ばれていた名前……なんてのは流石になかったのかな?」
「きゅう?」
 もしあったとしても、ノヴァには言葉が判らないから聞けないのだが、どうやらこの様子ではとくに名付けはされていない様子が窺える。
「君を君たらしめる大切な名前、確りと考えてあげたいな」
 頬っぺたを両手ではさんでむにむにすると、くすぐったいのかこぱんだがきゅんきゅん笑いながら短いしっぽを振っている。それをノクスが翼でこしょこしょするから、くすぐったさから逃げるようにこぱんだはベッドの上をころころころりん転がってゆく。楽しくなったのかノクスもあとを追いかけるようにぽてぽてぴょんぴょん。
 ベッドの上でじゃれあう二匹を眺めていると、この小さきものたちが過ごす日々が、時間が、道行きがすこしでもやわらかなものであってほしいと、祈りにも似た願いが胸に宿るのを感じ始める。
「テネラ」
 ふと思いついた言葉が名として紡がれる。
 ノヴァの呼びかけのような言葉に振り返ったのはこぱんだのほうだった。
「きゅ……?」
「君の名前だよ。……どうかな?」
 ――テネラ。
 もう一度呼ぶと、こぱんだはぱぁっと表情を明るくさせてノヴァのお腹に抱き付いた。それからもふっと顔を上げて「きゅん!」気に入ったよって喜ぶみたいに元気にひと鳴き。

 テネラ。
 君のやわらかで、しなやかなこころが星の瞬きによって守られますように。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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