陽炎市場|両手に幸
「夏も元気な若人は如何してこうも暑い外へと連れ出そうというのか……」
ミーンミーンと蝉たちが大合唱を奏でている。空を仰いだ緇・カナト(hellhound・h02325)を連れ出したのは勿論トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)だ。
時は少し遡る。
トゥルエノは風の噂で期間限定の市場の話を聞いた。曰く、√妖怪百鬼夜行のとある空き地に陽炎市場という夏の市が在るのだとか。ふうんと聞き流していた話だが、そこに美味しい食事もあるとなれば話が違う。折角だからとチラシを貰ったトゥルエノは、早速カナトに陽炎市場の話をした。
名前からして熱い日差しの真っ只中に突っ込むのかとカナトは渋い顔をしたものだが、避暑にもという文字を見つけて考えを改める。
「砂漠のオアシスみたいなノリなら行っても良いよ~……普通に外が暑いよー」
「では涼しげな所へ遊びに行こうではないか!」
そうして、今に至る。
市場の入口にはそれらしい看板はない。しかし、二人の目の前では多くの人が行き交い、賑やかな声が聞こえてくる。最奥には屏風が飾られ、眠たそうな顔の黄龍が零れそうな盃を片手に来訪者の話を聞いていた。通り過ぎていく人の手にある風鈴がちりんと鳴ると、なんだか心地よい風が吹き抜けていく気がする。
もしや、本当にオアシスのノリなのだろうか。
「普段は空き地と聞いていたが……本当に陽炎のように現れてるな!」
「これ、数日もしたら綺麗さっぱりなくなるってこと?」
「なかなか信じられない光景だな……」
早速足を踏み入れたトゥルエノは二歩ほど進んだ所で目をきらきらと輝かせて振り返った。
「主! 主!」
「はいはい今行くよー。はぁ……着いてしまったなら仕方が……」
やれやれと足を踏み入れた所で、カナトの言葉は止まる。訝し気に瞬きをして振り返り、来た道を戻り、また進んだ。
「涼しい」
「うむ、これなら主も満足だな!」
一体どんな理屈だろうか。首を傾げたカナトが視線に気付いて顔を上げる。客人の話を聞き流していた黄龍が、カナト達の方を見て眦を緩めた。直ぐに視線は逸れたが、どうにも来た人来た人似たような反応をするのを楽しんでいるようにも見える。八百万の神々というのは随分と人好きのようだ。
さてどうするかとカナトが市場を見回した時には、既にトゥルエノは食べ物屋台の方へと歩き出している。美味しそうな匂いが風に乗って流れてくるのだから集客効果も随分と高い。実際、トゥルエノの背中を眺めていたカナトのお腹の虫もぐうと唸り声をあげた。
「何食べたいの?」
「ん~……」
隣まで早足で追いついて、カナトはトゥルエノの視線の先を見る。パチリと炭火が弾け、じゅうじゅうと美味しそうな音を立てて分厚い肉が焼けていた。屋台の看板にはステーキという文字が躍っており、ホルスタインの絵からおいしいよというふきだしが出ている。なんか違う気がしたが、とりあえずスルーした。
屋台の前で唸るトゥルエノを見かけたからか、のそのそと緩やかな足取りでお爺さんが近付いてくる。
「やあ、若いの。此処は初めてかい?」
「そうだねぇ。二人とも初めて」
未だ悩むトゥルエノにほっほと笑い声をあげ、爺が説明を買って出た。どうにも玄人そうなのでお願いしてみる。
入口側に並ぶのは、贅沢に切り分けた肉と新鮮な野菜を使った山の幸が中心だ。分厚いステーキにはシンプルに岩塩をかけて食べる事も出来るが、山ワサビのおろし玉ねぎソースや夏野菜を蕩けるまで煮込んだタレなど自由に選べる。勿論、焼き加減も注文可能だ。これでドンと腹を満たしてもいいし、隣に移って手頃なものに手を出してもいい。
隣では夏野菜を中心とした料理の販売が行われていた。新鮮さが売りの夏野菜は当然生でも食べれるが、揚げびたしや炒め物も勿論ある。スパイスの良い香りは夏野菜カレーから漂っていた。こちらもシンプルに焼いて食べても旨いので、野菜の串焼きなんかも売っている。シイタケ三連荘も大人気だ。
さらに隣ではサンドイッチに香草焼き、漬物にコンソメスープとやりたい放題である。屋台で出すラインナップかと疑問に思った頃に、ちゃんと屋台で出すような炭火焼きや具だくさんの焼きそばが出てくるので、まあ屋台かと納得できた。
奥へ進むと海産物が増えてくる。お祭りらしいたこ焼きに頷いていれば、隣にたい焼きが出てくるので首を傾げる者も多い。その隣はまた魚の塩焼きが並んでいるので、まあ海産物かと誤認できた。ちなみにちゃんとあんこが入っているタイプのたい焼きなので、海の幸では全然ない。
海産物は素焼きが多く、少し焦げたくらいが美味しそうな見た目で並んでいた。よく見る串焼きを始め、ホタテのバター醤油が香ばしい匂いを振りまきながら炭火の上でぱちんと躍っている。一番人気は焼きおにぎりと魚の塩焼きセットらしく、昔懐かしの雰囲気を感じながら地酒をぐいっといくのがオススメらしい。未成年にはない楽しみだが、しゅわしゅわのラムネで代用している子供たちが楽しそうな声を上げていた。
料理したものも勿論ある。濃いめの味付けをした煮つけは酒の肴に丁度いいし、鰹節が躍るお好み焼きは分厚く具沢山でアツアツだ。
かいつまんで屋台の紹介を終えた爺は是非来てくれとカナトとトゥルエノにチケットを差し出す。来訪者にランダムに配り歩いている割引券らしく、気のいいお爺さんはそのまま海の幸の方へと吸い込まれていった。
「すごい情報量だった」
「お陰で大体把握できたな」
ぐう。腹の虫も返事する。
「ちなみに主はどちらかと言えば、どっち派なんだろうか……?」
「オレ? ン~食べ応えありそうなのは海産物の方かな~。エビとかタコは歯ごたえあって好きだし」
「ならば、先に海の幸にしよう~」
爺が吸い込まれていった先を追いかけるように二人は出発する。通り過ぎる人々からも美味しそうな匂いがして、ついつい視線は吸い寄せられた。この屋台、吸引力がすごい。説明にあったもの以外の食べ物もあるらしく、定番のりんご飴やわたあめを手にした子供やフランクフルト片手にぶらつく二人組もそこかしこに見て取れる。
それなりに長いが流れの早い列の後ろに並び、カナトは空腹の腹を撫でた。
「ちなみに、トールは?」
「わたしか?」
「そう~」
「ん~……わたしもどちらも捨てがたいが、山の恵みの方が珍しい気もするので山派だろうかなぁ」
「じゃあ後で山の幸も食べに行くか」
「うむ!」
そうこうしているうちに順番がきて、二人はぱちりと瞬いた。
「やあ、いらっしゃい」
なんだか随分と腕がムキムキになった爺がいる。
「玄武さん、次の注文が入りました」
「はいよお」
店員の呼びかけにムキムキの爺が応える。
「げんぶさん」
「ほほほ、儂の屋台によく来たの」
快活に笑った爺はカナトから割引チケットを受け取って、次々と海の幸を用意した。オススメだというアルミホイル焼きにはたっぷりのタレと香草を詰め込んで封をする。脂の乗った白身魚が中でくつくつと熱を帯び、開くころにはほろほろ蕩ける身に大変身だ。
貝類は殻ごと炭火で炙り、殻をそのまま受け皿にして醤油を垂らす。ぱちんと弾ける香ばしさがまた食欲をそそった。タコの足を一本串刺しにしてそのまま焼いたやつもオマケに貰う。
「楽しんでなあ」
あれよあれよとオススメされる間に両手いっぱいになったカナトとトゥルエノは一旦消費タイムに移る事にした。空いている席に陣取り料理を広げると、まあまあ手狭になる。貰った割りばしを割ってアルミホイルを突けば穴からふわりと香草の良い香りが広がった。
両手を合わせていただきます。妖怪達にもこの文化はあるらしい。
「結構味濃いめかも~」
「しっかりタレがしみてて美味いなぁ」
はふはふと口から湯気を逃がして、トゥルエノはほっぺを赤くする。夏の暑い日にアツアツを食べるのもまた一興。吸盤が見えるタコ串とにらめっこして、ままよと齧りついてびろんと伸びる。コシがすごい。なんとか噛み千切るとコリコリの食感がクセになる。
カナトも解れた白身魚を箸に乗せ口に放る。鼻を抜ける良い香りが食欲を増進させ、舌の上でさらに蕩ける白身の加減が丁度良く、もう一口とつい思わせるほどだ。無意識のうちに箸を運び、気が付けば空っぽになっていた。
満足いくまで海の幸を堪能した後は、勿論山の幸だ。
「主の腹具合であれば、大体のモノは完食するだろうしな!」
「トールも割と色々味わってたように思うんだけどなぁ。まだ食べるんでしょ?」
「当然だ!」
ステーキ丸かじりも捨てがたいが、一先ずはキノコや山菜料理あたりがいいだろうか。夏野菜ゾーンへと突入した途端、ふわりと良い香りが辺りに充満して誰もが視線を向けた。カナトとトゥルエノも釣られてそちらを見る。
どうやら、丁度タケノコご飯が炊けたらしい。彩豊かな炊き込みご飯が器に盛られると、我先にとばかりに客が集まる。
「そういえば、オススメだって話聞いたかも~」
「へぇ~。トールも食べる?」
「勿論食べるぞ」
来るまでは何を食べようかなんて迷っていたのに、今ではすっかり頭の中は炊き込みご飯でいっぱいだ。艶やかなタケノコがふっくらとした米粒の間から顔を覗かせ、人参やシイタケを侍らせている。一口放れば食感の良いタケノコから味が染み出して、素朴ながらも素材ならではの味わいを広げてくれる。おかずなんてなくても十分だ。
だが、カナトの腹の虫はまだ食べれると主張する。満腹中枢さんも静かなままだ。
「主、コロッケもあるぞ」
「おいしそ~」
「隣は……鹿肉か。イノシシもあるぞ、主!」
「はいはい食べようね~」
今度は手で持てるものも多く食べ歩き。トゥルエノもシイタケ串を片手にまだまだ興味津々だ。
陽炎市場の味めぐりは終わらない。きらりと目を光らせた、虎耳が二人を狙っていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功