うたう木の葉
●いのちにみちて
秋の森はひとつひとつの木々に新しいいろを灯していた。
高い梢をくぐって落ちてくるひかりは蜂蜜を溶かしたように淡く、地面へ届くころにはきんいろの薄衣となっていた。風が吹くたびにあかく色づいた葉が枝を離れ、森のなかをゆっくりと舞っている。
ふたりの足もとにはころころと丸い木の実たちが転がっている。少し先には、帽子をかぶったような小さなきのこまで顔を覗かせていた。祈紡・フィユ(夢境・h12707)の桜玉石の瞳は、ひとついのちを見つけるたびに星のきらめきをちかちかと宿していた。
「トゥバさま、これが秋なのです?」
問いかける声は、見知らぬ世界へ差し出されたちいさなてのひらそのもののよう。トゥバ・コルヌコピア(凱風・h09459)は隣を歩きながら森を見渡し、にっ、と尖った歯をのぞかせながら笑ってみせた。
「はい! すっかり木々が色づいて、秋のいろになりましたね」
その言葉を聞いた途端、フィユの足取りがいっそう軽くなる。見上げればそらまで高い。夏には濃く茂っていた葉の隙間からそらのあおいろが広く覗いていた。
「わぁあ……! 森いっぱいに秋がひろがって、すてきなのです。もっともっと、秋を知りたいのです!」
トゥバは嬉しそうに笑う。彼にとっては毎年巡ってくる季節であっても、フィユにとってははじめて出会うものばかり。それが、森そのものを少しだけ新しく見せていた。
「落ちている木の実を探しましょうか。クリスマスの飾りにもぴったりだし……あっ、穴があいているのはだめですよ、虫さんのおうちですから!」
フィユは拾いかけていたどんぐりを慌ててそうっと地面へ戻した。穴の向こうにはちいさな住人が眠っているかもしれない。そう考えると、さっきまでただの木の実だったものまで、誰かの大切な家に見えてくる。
「あわわっ、わかったのです! おひるね中のところを起こしちゃって、ごめんなさい」
森や虫たちは答えないけれど、風が梢を揺らしてさらさらと葉を鳴らす。それはまるで、気にしなくていいよ、と森が笑っているようだった。
大きな樹の根もとに布を広げ、トゥバが持ってきたバスケットを開く。中には薄く焼いたパンにレタスと燻製肉、ゆで卵を挟んだサンドイッチ。ちいさな瓶には蜂蜜を添えたクリームチーズ。香草をまとわせた鶏肉やきのこのソテー、栗を混ぜ込んだ秋色のキッシュが所狭しと並んでいた。
フィユが持ってきたバスケットの中には秋のいろをした焼き菓子が。りんごとシナモンのケーキに、木の実を散らしたクッキー。蜂蜜をたっぷり使ったマドレーヌまで詰まっている。
森のただなかで開かれた昼食は互いが詰めたものの温かさに満ちていた。たくさん歩いたあとの身体へ、たべものたちがゆっくりと沁みていく。木漏れ日は穏やかで、秋風に揺れた葉が乾いた音を立てている。遠くでは鳥が鳴き、さらに遠くでは、どこかの小川が細い銀糸のように流れていた。
やがて満腹になったフィユの瞼が、少しずつ重たくなる。あくびをひとつ――それから、トゥバの隣で大人しくしている黒い子犬をちらりと見た。
「トゥバさま、その……ラパさまのこと、さわってみてもいいでしょうか?」
声をひそめたのは、ずっと気になっていたからだった。ふわふわの毛並みにひだまりのような体温。けれど、勝手に触ってよいものなのか分からなくて、今まで我慢していたのである。
トゥバは一瞬目を丸くして、それからすぐに笑った。
「えっ? もちろん! もちろんです。ラパ、おいで!」
呼ばれたラパは、待っていましたとばかりに尻尾を千切れんばかりに振りながら駆けてくる。その勢いのままフィユの前へ飛び込むと、ころりと身体を転がしてお腹を見せてくれるものだから。あまりにも分かりやすい仕草に、フィユの頬が思わずほころぶ。
「わっ、……わぁ、ふわふわ……! それにとってもぽかぽかなのです」
恐る恐る手を伸ばせば、指先が黒い毛のなかへ沈んでいく。それは冬の夜に抱く毛布のようであり、眠る前に胸元へ抱きしめるぬいぐるみのようでもあった。トゥバはそんな様子を眺めながら、楽しそうに言う。
「撫でられるのがだいすきですから、いっぱい触ってあげてください。な、ラパ」
「うわぅ! わっ、わふっ」
ラパの尻尾が、また一段と激しく揺れた。フィユは両手でそっと毛並みを撫でる。耳の後ろから首へ、それから丸い胸元へ。
「ふわふわ、ふかふか……、……ほわぁ……しあわせのにおいがするのです」
そのままフィユはラパの毛並みへ頬を埋めた。子犬の体温は、とても、とてもあたたかかった。
風に乗って、赤や黄色の葉っぱがひらひらと舞う。一枚がフィユの髪へ落ち、もう一枚がラパの背へ落ちた。かさりとした感触に気づいて、フィユはそうっと顔を上げる。
「わあ……秋が降ってくるみたいなのです」
その言葉に、トゥバもそらを見上げた。森の天井から降ってくる葉は、金貨にも、星のようにも見えた。けれどそれは、やがて地面へ落ちて土へ還るものでもある。
「春の花もとってもきれいだけど、森や山がまっかに燃えるみたいに染まった秋も、きれいですよね」
秋は咲くことを祝うだけのものではない。散ることさえも、そのうつくしさのなかへ抱き込んでいる。フィユは、風に鳴る葉の音へ耳を澄ませた。
「歌う葉っぱも、まるで秋のパーティーですね」
「あはは! 本当ですね。ひとりじめしているのが、勿体無いくらいだ」
笑い声が森へ溶けていく。
やがて午後の陽射しが少し傾き始めたころ、フィユは帰り支度をしながら、足もとに転がるどんぐりを見つめていた。
いくつも拾おうとして、けれど最後に選んだのは、たったひとつだけ。
落っこちてしまうのは、ちょっぴり寂しく思えるかもしれないけれど。葉っぱのおふとんでいっぱい休んだあと、あたらしく芽吹くいのちのひとつになるのだと。トゥバが教えてくれた言葉を胸に、フィユはちいさなどんぐりを両手で包む。
その殻のなかには、まだ見えない未来が眠っているのだ。
「地面にころころ転がったどんぐりは、芽が出て、またあたらしい春に芽吹くのですよね」
「はい。そうして、いのちは巡っていくんです」
秋は終わりの季節なのだと思っていたけれど、本当は違うのかもしれない。
葉が落ちることは、消えてしまうことではなく。土へ還り、眠り、そしていつか、新しい芽の一部になる。だから、別れはいつも最後の言葉ではない。
また会える日が来るなら。また、芽吹く春があるのなら――自分たちは『またね』と、何度でも告げることができるのだ。
きんいろだったひかりが薄紅へ変わり、梢の向こうには夜の気配が少しずつ滲んでいる。やがて星が出るだろう。夜が好きなフィユにとっては、それもまたひとつの楽しみに違いなかった。
帰り道、フィユはたったひとつのどんぐりを、なくさないようにぎゅっと握っていた。今日見知ったものたちはすべて、どんぐりよりもずっとちいさなかたちになって、けれど決して消えないものとして、フィユの心のなかへ沈んでいく。
「トゥバさま、また秋を探しにいきましょうね」
「はい、もちろんです!」
おみやげはひとつだけでも、森のいのちはちゃんとフィユの中で、きらきらと煌めく星のように輝き続けている。
西のそらに星がまたたく。
それはまるで、森のいのちをゆめへと誘う、やさしいしるべのようだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功