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スプラッシュサマー・オブ・イツメン7!

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「とうとう来やしたよ、遊園地! ここが夢と希望と快楽と笑顔のワンダーランドにごぜえやすね!」
「はは、取材では何回か来てるかプライベートで来るのとはまた違うからな、今日は本当に楽しみだよ」
「うん、まあ……楽しみと言えば僕も、とっても楽しみではあるんだけどさ、でも」

 瞳に星を宿らせキラキラさせながら募る思いのたけを語る尾花井・統一郎と、同じく口角を緩ませ一点の曇りもない笑顔を見せるゼロ・ロストブルーに、北條・春幸はメガネのブリッジを中指でクイと押し上げながらつぶやいた。

「朝の五時から場所取りって早くないかな!?」

「「「「「「はっはっはっは」」」」」
 その場の仲間たちは一斉に笑ってごまかす。そう、今は朝の五時。場所は遊園地の正門前。当然まだ開場などしてはいないし誰も並んではいない。だが! だがそれでも抑えきれぬ情熱がある!
「どうせ楽しみ過ぎて眠れなかったし、もし寝坊したら困るからね! だったら最初から遊園地の前にいればいいんだよ!! ナイスアイディア!!」
 尻尾をバタバタとさせんばかりの勢いで気負いを込め熱弁を振るう花園・樹の言葉に、ヴェーロ・ポータルも大きく頷いた。
「左様、紳士としても楽しめる時には全力で楽しむものです。ここで自分を抑えてはかえって遊園地に対して礼を失するというもの」
「ええ、それに」
 と、屍累・廻がふわりと己の衣を改めて全員の頭上に掛け直す。それは彼のアイテム『百鬼渡り』――輪郭が曖昧になり、周囲に溶け込むことができる能力を備えるものだ。
「私のこの衣の能力で、他の一般のひとには私たちがここで屯っていることを認識できません。すなわち朝早くからこうしていても、他の人に迷惑もかからないわけです」
 もちろんこうして周囲の住民のみなさんに対する気配り配慮も万全である!
「はは、まあとにかく」
 斯波・紫遠が明るくなってきた空を見上げつつ笑う。
「天気は今日も快晴になりそうだ。これならきっと大丈夫だね――アトラクションでどんなに濡れても」

 開場までにはあと数時間。ああ、なんと――なんと短い一瞬だろうか。
 そう、気のおけない楽しい仲間たちと一緒であるのなら。

●
「うわー! すげー!」

 そして彼らは満を持して先頭を切り颯爽たる足取りで入場した! おお、その瞬間!
 周囲に流れる軽快なテンポの心浮き立つような音楽と華やかなライト、行き来する華麗なコスチュームに身を包んだ優しく朗らかな笑顔のキャストたち。そしてファンタジックでファンシーなデザインのころころした着ぐるみ……いや! 着ぐるみなどというものは存在しない、アレはまさしくこの夢の国に息づき生きているキャラクターそのものなのだから!
 その圧倒されるような異質なる存在全てこそがまさに遊園地たる別空間の絶対的な説得力! 世界そのものが来園者の認識を幸福と高揚に塗り替えてくる。その弾むような雰囲気とビビッドな色彩のマーチングに逆らわず流されていくことの、何たる陶酔すべき幸福感であることか!

「すげ、すげー!」
 思わず歓声を漏らした統一郎は、まさに子供のようにはしゃぎ、きょろきょろと周囲を見回して視線が定まらぬ。無理もない、彼にとっては初めての遊園地――恵まれたとは言えぬ少年時代を送った彼の、やり直しの青春そのものの1ページなのだ。
「テーマパークってなぁ、テレビとか雑誌でよく見てやしたが、実際に来るのは初めてでございやす! いやー、まったく違いやすねえ、この目でチョクで見ると!」
「成程“テーマパーク”というだけはある、ゲートの内外で全く違う世界が構築されている……」
 周囲をぐるりと見渡し感嘆するヴェーロに頷き、廻がごそごそと荷物をあさり始める。
「私もテーマパークは今まで来たことがないので楽しみです。仕入れてきた情報によりますと……」
 ずももも、と彼が取り出したのは分厚いガイドブック。しかも付箋だらけで暑さが倍になっているうえにページそのものが蛍光色に輝くほどアンダーライン満載のやつだ! これぞ一分の隙もないデータタイプの面目躍如だ!
「ここには高度角度速度すべて地域一番のジェットコースターがあるそうですよ。口コミによる顧客満足度や評価も非常に高く、やはりこれが一番の目的になるのではないでしょうか」
「なるほど、さすがは噂のででにーしー……!」
 樹が感心したように大きく頷いた。その情報は、彼が職場……学校で聞いていた評判と一致する。
「毎年生徒から長期休み明けに『行ってきた!』とは聞くものの、私にはそういう機会がなかったのでとても新鮮な気分だよ! これはぜひ最初に乗らないと!」
 そうだそうだ!と勢い込んだ各員だったが、その時ふとゼロが首を捻った。
「うむ……しかし、メインにいきなり飛び込んでしまうのはもったいなくないかな? 最初にインパクトの大きなアトラクションに乗ってしまうとその後が味気なく感じてしまうかもしれない」
 その言葉に、仲間たちは顔を見合わせ、眉根を寄せ始める。
「そう言われればそれも一理あるかも……じっくり一日の仕上げとして、というスケジュールもいいかもしれないなあ」
「いやしかし、後回しにしてしまうと、早く乗りたいと気がそぞろになって前のアトラクションを楽しめないのでは?」
「うん、だけど……」「けど、でもさ」
 難問! これはまさに難問である。メインのアトラクションをどの順番で乗るべきか! テーマパーク界隈においても百年不決の話題と言っても過言ではないかもしれない!

「つまりそれは、好きなおかずをいつ食べるか、って話だねえ」

 深く考え込みつつ言葉を出したのは春幸であった。そうなのだろうか、という気もするが多分そういうことなのだろう、怪異美食家として名の知られた彼が言うのだからきっと間違いはないはずだ。たぶん。
「好きなおかずを最初に食べちゃう人もいるし、一番最後まで取っておく人もいる。それぞれにメリットデメリットはある。だけど、僕は思うんだよ」
 ビシッと一本指を立て、春幸は断言した!

「美味しいものは最初から最後までずっと食べてればいいんだよ!」
「「「「「「なんて!?」」」」」
 総員の異口同音のツッコミにもたじろがず、春幸は持論を滔々と展開する。
「最初に食べるとテンション上がるだろ? 中ごろに食べると後半への盛り上がりにつながるだろ? そして最後に食べることですべてが満足と幸福で満たされるのさ!」
「いやまあうんそうだろうけども!」
「でも理論としては完璧なんだけど残念ながら食べ物は食べてしまうとなくなってしまうので実践することはできないんだ。ああ、なぜ美味しいものは食べるとなくなってしまうんだ! なんて理不尽な悲劇なんだ! こんな不条理が許されていいのだろうか! みんなもそう思うだろ!?」
 熱弁を振るう春幸を横目に、仲間たちはそっとヴェーロに労しげな視線を向けた。
「……なんていうか今ヴェ-ロさんって凄いって思いました。だって……こういう春幸さんと親友でいるんですから」
「……………」
「あっ目ぇ逸らした」

「まあそれはともかくさ」
 と、春幸はざわつく周囲に関係なく、ふうと吐息をついて仕切り直す。
「怪異食は食べるとなくなっちゃうけどジェットコースターは乗ってもなくならない!」
「乗ったらなくなるジェットコースターがあったら怖いでございやすねえ……いい怪談にはなりそうでございやすけど」
「だから難しいこと考えず、何度でも乗ればいいのさ。最初に乗る! も一回乗る! 最後にも乗る!ってね」
 春幸の、なんか隣に行くのにわざわざ地球を逆方向に一周してきました的なすっげえ回り道をしてきた提案に、しかし仲間たちは頷いた。
「言われてみればその通りだね。面白いことは何度やってもいい! では早速行くとしようか」
 紫遠の声に、おーっ! と仲間たちは一斉に拳を天高く突き上げるのだった。
 ……一部、若干顔が引きつっている人もいるけれど。
「な、なんか……めっちゃ悲鳴聞こえやすね……」
「だからいいんじゃないか!」
「えっほんとだいじょうぶなんでごぜえやすか? ちょっとー!」
「ごーごごー!!」

●
 ガコン、と衝撃が走り、緩やかに箱車は動き出す。
「うおおおおお!!!」
 そしてそれだけで野郎どものテンションは上がる!
 さらにゆっくりゆっくりとコースターがレールを登っていき、遥か彼方の景色までがよく見通せるほどの高さになっていくにつれ……。
「うおおおおおおおおおお!!!!!!」
 もう何でそれだけでここまで爆上げしちゃってんのこの子たちって言うくらいアガっていった、次の瞬間!
 ガクンと更なる衝撃と共にコ-スターは刹那の静止を見せ――。

 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんんん!!!!!!!

 風も光も追い越して空間を斬り裂き爆裂的な超越ダッシュを開始した! 世界そのものにぶん殴られるような強烈な圧迫感が体をシートに押し付けると同時、景色が消える! 一瞬にして視界全てが後方へと消し飛んでいく!!! スピードとプレッシャーだけにあらゆる概念が上書きされ塗り潰されていくのだ!
「ひゃっはあああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
「すげええええ!!!!!!!!!!!」
「ううううおおおおおお!!」
 天にも届くばかりの歓声と地をもどよもす悲鳴とが混然一体チャンポンになって響き渡るまさにそれは絶叫マシンの名に相応しい! 
「右カーブだー!!」「うおおおおお!!!!!」
「左カーブだー!!!」「ぬおおおおおお!!!!」
「上昇!!! 下降!!!!! 大旋回!!!」「うひゃああああああ!!!!」
「ぐるっと回って720度! そして1080度ツイスター!!!!!!」「ぐわあああああああ!!!!!」
 設計者は三半規管に怨みでもあるのかと言わんばかりの超高速回転が次々に襲い掛かり、スピードと重圧の狂乱地獄が参加者の脳みそと内臓を情け容赦なくシェイクする!
 そしてとどめの――!

「すぷらーっしゅ!!!!!!」

 ざっぱぁぁぁんん!!!!
 爆裂的な波濤の中に叩き込まれて巻き上がる水柱は天にまで届かんばかりの勢いだ! 世界そのものが、爽やかでありつつも激しい大海の中に漕ぎ出したかのようにさえ感じる。
 そう、これはスプラッシュ系コースター、ラストのクライマックスに容赦なく大波をぶっかける系のアトラクション! まさに真夏にしか味わえない醍醐味だ!

●
「あっはは、思った以上に濡れたね。顔だけ台風来たみたいになってる」
 コースターを降りた紫遠たちの大きな笑い声が響き渡る。その手にはそれぞれ一葉の写真を持って。
 このアトラクションでは、スプラッシュした瞬間に写真を撮ってもらえる、というサービスがあったのだ。
「ど、どこにカメラがあったんでごぜえやす……?」
「皆、よくカメラの位置分かったね……!」
 統一郎と樹の表情は激しい水飛沫の中に魂が消し飛んだような姿。一方他のメンバーは、指ハートを作ったり、にっこりVサインを出したりと、その表情の際は明暗悲喜こもごも。だが、それこそが間違いなくかけがえのない思い出の一枚であることも確かだった。

「すっかり濡れてしまったが……そういえばヴェーロさんは大丈夫なのかい? 吸血鬼って流れる水が苦手とか言うけれど」
 怪異ルポライターらしくゼロが気遣う言葉に、けれどヴェーロは微笑みつつ平然と答える。
「何、体温を上げればすぐ蒸発させられますからね、水濡れはあまり気にしませんよ。
放っておいてもこの天気ならすぐに乾くでしょうが……必要なら私の魔法で皆さんの水気も飛ばしましょうか?」
 精神を集中したヴェーロの周囲に柔らかくも暖かな熱を持った風が渦巻き、仲間たちを包み込む。強すぎもせず弱すぎもしない勢いの微調整はさすがにヴェーロの手並みであった。が、それを体感した仲間たちは顔を見合わせると、一斉に顔を突き出す。
 そして同時に――。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………!」
「……何やってるのです」
 呆れ顔のヴェーロに、彼らはドヤっとした表情で告げる。

「ワレワレ・ハ・ウチュウジン・ダ……」

「それ扇風機でやるやつでしょう……魔法の風に効果ありますか」
「ワレワレハ……」
「……おや意外にそれっぽく聞こえますね……自分の術ながら……ワレワレハ……」
 自分もやるんかい。
 とはいえ、扇風機の間で「あああああ」ってやる奴。これもまた夏ならではの他愛ない、けれど楽しいひとときである。

●
「じゃ、もう一度スプラッシュする前に別のアトラクションにもいこう! どこがいいかな?」
「あー、あっし、最近忘れられがちでございやすが、怪談話蒐集家でやすので、お化け屋敷にも行ってみてぇでございや……」
「いいですね行きましょうお化け屋敷! ぜひ行きましょう行かざるを得ません!」
 統一郎の提案を言い終わらせもせず脱兎の勢いで食いついたのは廻。
 なにしろ彼は廻と同好の士、オカルト・都市伝説・妖怪などを好んで読むのに加えて、戦闘ではパンドラの匣で怪異を喚び出すほどの得意ジャンルなのだ。その轟炎のごとく燃え上がる勢いの前には仲間たちも頷かざるを得ない!
「まあ、どこの国でもホラーは定番ですね……」
「ああ、楽しそうだな。怖がっている人がいたら……俺の服の裾か、腕をつかんでおくといい。はは、ちゃんとゴールまで連れていくよ」
 ヴェーロとゼロの言葉に、ぶんぶんと尻尾を振りたてながら樹も頷く。
「よし、ここは皆で手を繋いでいくのはどうかな! そうすれば迷子にはならないよ!そして、こんなこともあろうかと」
 じゃかじゃん! 取り出したものは、おお!まぎれもなくデカデカと『イツメン7』と印字された引率旗ではないか! 風を孕み雄々しく勇壮に翻るその旗印こそ彼らの団結と友情の証に他ならぬ! これぞ未来を担う小学生を導く樹の熱い魂が迸った教師たる面目躍如!
「昨日徹夜で作ってきたんだよ!」
 自慢げに胸を張る樹の狼耳が得意満面にふるふるとしている。……のだけれど。

「………手ぇ繋いで旗振りながらお化け屋敷を練り歩くってのは、その……若干違わない?」
「てかまあ、多分見えないですよね旗。暗いし」

「がーん!」
 何ということか、樹の夜なべして作った引率旗が無駄であったとは! 思わず膝から大地に頽れる樹を、あわてて紫遠が支える。
「落ち着いて、花園センセ! もし引率旗が見えなかったとしても……」
「しても?」
「心の中に引率旗がたなびいていればいいじゃないか!」
「心の中に!?」
「そう、皆を想うセンセらしい気配りと優しさ、そして仲間を導いてくれる頼もしさはいつだってみんなの心の中に、旗のように閃いている!」
「そ、そうだったのか!」
 そうかなあ。
「そうなんだよ!」
 アッハイ。
 まあそんな感じで顔を輝かせた樹に手を貸して立ち上がらせると、紫遠たちはお化け屋敷へとれっつごー!

●
「ほほう! 内部は暗いため足元を見て歩かざるを得ず視線を誘導してそこに……ふむ! 上からお化けがどーん! 心理的にもこれは驚かざるを得ないですね!」
「廻さーん」
「そして今度は上を見たタイミングで足元にミスト! 立体的な構造になっています! 実に興味深い!」
「廻君―」
「おお、いかにも怪しげな骸骨が……そちらに注意を惹いておいて横からモンスタ-が! びっくりしたタイミングでやっぱり骸骨が襲ってきますか! いやあこれは楽しい! 実に楽しいものです!」
「屍累さーん」
「はっ! あ、これは失礼を。今行きます!」

 悲鳴と絶叫渦巻くお化け屋敷で一人熱中的に研究と観察に打ち込んでいた廻は仲間たちの呼び声に慌てて我に返った。やや足が悪い彼を迎えに行く友たちを見つつ、ヴェーロはお化けよりもむしろ人々の反応の方に関心を抱いている。
「驚く人もいる中で彼のようなリアクションを取る人もいる。やはり友人の反応につい注意が向いてしまいますね、それはそれで興味深いものです」
「ああ、そうだね……っ!?」
 微かに息を飲んだように見えたのは紫遠。一体何があったというのか! もちろん紫遠が、お化け屋敷が少し……ちょっとだけ……多少……苦手とかそんなことがあるわけがない。たとえお化けは暴力で黙らせることができないからと言っても、苦手だなんてそんなまさか。
「あ、ごめん、尻尾当たっちゃった? ここ音響効果がよくできてて、つい尻尾動いちゃったよ」
 振り返って謝った樹に、紫遠は若干強張ったような表情で、いいよいいよと手を振ったのだった。全然怖くないからね! もちろんね!
「皆さん遅くなりまして」
「っ!? い、いや、大丈夫だとも」
 その瞬間追いついた廻に背中から声を掛けられ、また何となく背筋がビクンとしたような紫遠だったが、もちろん怯えたとかそういうことでは全くないので、賢明なる読者諸氏におかれてはくれぐれも誤解のないようにしていただきたい。
「あ、そこに幽霊」
「っ!!!!!!!」
 ………バレてないバレてない。大丈夫大丈夫。

●
「いやぁ楽しかったね―。そしてここでもまた結構濡れたね、あはは」
「濡れるアトラクションってこんなにたくさんあるんでございやすねぇ。夏イベント! って感じで見てるだけでも胸が踊りやす」
 タオルで顔をぬぐいながら笑う春幸と統一郎の言葉通り、お化け屋敷もミスト系の演出が結構多く、一向はさらに水も滴る状態。もっともそれはこのテーマパークにいるほとんどの人々が同じ状態であるのだから特に気にすることもないのだが。
「あ、ショップがあるね、着替え買うかい? Tシャツとかお土産なんかも売ってるようだよ」
 ゼロが見つけたお店に一同は揃って意気揚々と乗り込む。そう、テーマパークに来たらお土産! これは定番である!
「聞いたことがありますよ、三角のペナントを買うものなのでしょう?」
「いやそれは……たぶん昭和……」
 500歳を超える英国人のヴェーロのお土産知識に若干齟齬があったりもするが。
「あったあった、Tシャツ。いろんなのがあるねえ。イラストに、ロゴ付き……おや、これはなんだい……『で』の一文字だけ? こっちは『!』かい?」
 春幸が店内の一角で見つけたのは、大きく『で』の文字だけが書かれたシャツ。何のことだろう、と首を捻った春幸だが、すぐにその疑問は氷解する。同じように『に』や『し』が書かれたシャツを見つけて。
「なるほど、『ででにーしー!』の一文字ずつが筆書されたシャツということか。仲間同士で来園した人が合わせて買うんだろうね」
「面白いですね、せっかくですし、皆さんで買っていきましょう」
「じゃああっしはこれで」「俺はこれを」「私はこれにしましょう」
 仲間たちは一斉に手を伸ばして無造作にシャツを選ぶ。そこに現れた文字列は!

『で』『で』『で』『で』『ー』『ん』『!』

「ででででーん! ってどこの登場SEだよ、なんでみんな「で」を選ぶんだよ!」
「っていうかなんで「ん」が混じってるんですかね……トラップすぎる」
 ゲラゲラと笑いつつ、それでも仲間たちは選び直したりもせず「ででででーん!」のままで買いそろえる。だってその方が面白いから!

「あ、こっちには……付け耳カチューシャですね、こういうものもこんな場でしか付けられませんし、どうです?」
「いいね、こういうのはノッたもの勝ちだからな!」
 廻の提案にゼロも楽し気に頷くと商品棚に首を突っ込んだ。
「お約束のウサ耳、ネコ耳、キツネ耳……えーとこっちは……なんかこう、黒くて丸い……ネズミ耳……」
「それはなんか細かく描写しない方がいいような気もします……何となくですが……」
「……そうしようか。じゃあこれにしようかな」
「あ、何にしました?」
 興味津々で覗き込んだ廻に、ゼロはドヤッと振り返って見せる。

「ヒト耳」
「うわキモっ!? そんなのあったんです!?」

 おお、それはなんと無駄に超リアルな造形のヒト耳型カチューシャだ! まったく付ける意味がないからこそ意味がある、まさにジョークグッズ!
「こんなのここでしか買えないからね」
「まあそういう意味では唯一無二ですね……」
「皆も付けよう! ほらこっちこっち!」
 陽気に仲間たちに声を掛けるゼロに、樹は若干困り顔を浮かべて自分の頭を指す。そこには半妖である彼自身の獣耳がぴょこんと覗いていた。
「……あー、私はなんというか、この自前の耳に干渉してしまうと思うので……」
「そっか、じゃあサングラスもいいんじゃないか、この星型のとかハートのとか。弾力で挟むタイプの奴なら耳にも干渉しないし……あ、付け鼻付きのサングラスもあるな。さらに付け鼻とヒゲが付いたやつも」
「……宴会だこれ」
 でっけえカイゼルひげとでっけえ鷲鼻付きのサングラスを渡され、樹は若干ひきつった表情ながらも受け取る。これはこれで、まさしくこんなとこでしか買えないし付けられないような代物!

「ヴェーロはこれ似合うよ」
 一方春幸はヴェーロに対し、その抜群のセンスでチョイスした逸品を指し示していた。それは!
「ピンクの星触覚カチューシャですか……」
「ヴぇーろはこれにあうよ」
「……その抑揚のない棒読み口調と揺るぎのない笑顔で押し付けてくるのやめてくれないですかね春幸」
「ヴぇーろはこれにあうよ」
「……付けますよ、付けますって」
「よし写真撮ろう写真! こんな写真二度と撮れないよ!」

 かくしてヒト耳をはじめとして、てんでに付け耳カチューシャや鼻ヒゲサングラスを身に付け、「ででででーん!」と書かれた謎シャツを纏ったイケメンの7人という世にも不思議な集合写真が出来がったのだった。だがそれもよし、ここはででにーしー、まさに現実を離れさまよい込んだ込んだ異世界である。
「……これを異世界というとちゃんとした異世界に怒られそうですが」

●
 時はゆっくりと、しかし着実に進む。人々を夢の中に連れ去りながらも時計の針は静かに回り続ける。
 他の多くのアトラクションを回り、さらにスプラッシュコースターに二度、三度と乗り重ねた一行も、ふと空を見上げれば夕暮れの紅い光が空気を染めていることに気づいていた。

「ああ、ちょうどいい時間だね。パレードが始まるようだよ」
 アプリを見ながらさりげなくつぶやいた紫遠に、仲間たちは顔を輝かせる。このテーマパークの名物のひとつ、キャラクターパレードの時間だ!
「場所はまあ、適当にこの辺でいいとして……」
 無造作に人込みをかき分け進んでいく紫遠の背中を見て、何人かの仲間は微笑を浮かべた。『適当にこの辺』どころか、このエリアは予約制。前もって準備をしておかなければ、こんないい場所は取れないのだから。
(ふふ、斯波さん、ありがとうございます)
 だがもちろん口には出さない。紫遠がたまたま偶然だというならそれでいいのだろう。紫遠の耳朶が微かに赤いのはあくまでも夕日に染まったためであって、大人げなくとても楽しみにしていた、ということがバレ気味なことに、決して照れているわけではない。……たぶん、ね。

 やがて多くのキャラクターたちが華やかなスポットに照らされ、軽快な音楽に乗っての楽しい行進が始まり、多くの観衆がどっと湧き立った。一日の締めくくりに相応しい、派手で鮮やかなパレードが軽やかな足取りで進んでいく。そのざわめき自体が人々を興奮に誘いさらに高みへと導く、無限にして夢幻の歓喜なる螺旋。
「始まったようですよ。ほう、これはかなり凝ってますね。皆が見たいとなるのも納得です」
「もうすぐ目の前に来るでございやすな、わくわくがとまらねえでございやすよ」
 目をキラキラさせた友たちにぽつりと紫遠がつぶやく。
「……あー、ちなみにここでも容赦なく水ぶっかけられるからね?」
「マジ!?」
 だがそんな直前の忠告など間に合うわけもなく――!

 すぷらーっしゅ!!!!

 パレードが通過すると同時、全員が情け容赦なく最後の大洪水のど真ん中に立ち尽くしていた。
 ずぶ濡れのびしょ濡れで互いに顔を見合わせ、しかし次の瞬間、全員が腹を抱えて笑い出す。
「あっはっは、こういうのも楽しいねえ。高校以来だよ。大学の頃は付き合ってた彼女が怪談好きでさ。遊園地よりは廃墟とか心霊スポットばっかり行ってたんだよ。それはそれで楽しかったけどねえ」
「……へ、へえ。そ、そうなんだ」
 春幸の思い出話と同時に樹がぶるぶると毛並みを震わせたのは、あくまで水しぶきを払い落とす為であって、決して彼女話にダメージを受けたわけでは……わけでは……まあ人生いろいろあるよね。

 光と音と、そして思い出と共に夢の行進は少しずつ遠くへ去っていく。
 滴り落ちる水と共に、高揚もそっと慈しむように体から落ちていって。
 気づけばすでに夜の帳は落ち、夏の一日が静かに終わりを迎えようとしている。
 だが、間違いなく彼らの中にこのかけがえのない時は刻まれ記されたのだ。
 気のおけない仲間たちと、ただただ騒いで楽しんで過ごすという、夏の日差しよりも輝く宝石のような、たった一日が。

「あ、花火が上がるみたいでごぜえやすよ」
「ほんとだ……いいねえ」
「悪くないですね」
 腹の底まで響くような音響とともに、見上げた仲間たちの頭上に夜を切り裂くような大輪の光の花が咲き、鮮やかに彼らを照らし出した。
 仲間たちの視線はもちろん咲き誇る炎の花に向かっていて、相互に絡み合うことはないけれど、それでも感じる。
 その瞬間、全員の心は確かに触れ合っていることを。

「……みんな、付き合ってくれてありがとう」

 ――そんな紫遠の小さな呟きも、花火の轟音の中でさえもしっかりと全員に届くほどに。

「こちらこそ」

 またきっといつか、こんな一日を。
 そんな祈りを込めて、光と影が移ろう中を、花火は華やかに夜に消えていった。
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