仕立て屋工房『laz berry』
その扉を開けると、ぴょんぴょんと跳ねてくる白と黒が見えるだろう。
ぴこぴこ揺れる色違いの兎耳を辿れば、青と紫の宝石のようなつぶらな眸が客人を映す。お揃いのエプロンとラズベリーのリボンがよく似合う愛らしい白兎と黒兎の出迎えに驚いている間に、店の奥から駆けてくる――三番目の白いうさぎ。はしゃぐように靡く白い髪、星のきらめきを閉じ込めたあおの双眸が、店先を見て花のように綻ぶ。
「いらっしゃいませ! laz berryへようこそっ!」
ここは仕立て屋工房『laz berry』――鴛海・ラズリが営む、小さなお店。
|仕立て屋《ラズリ》の一日は、いつだってうさぎが跳ねるような元気な声からはじまる。
「服のお仕立てですか? はい、喜んで! まずはお話を聞かせてくださいねっ」
人懐こく微笑んで、ラズリは使い込んだノート片手に客人の話を聞き始める。なんでもない雑談からはじまる仕立てのためのヒアリングには、いつだって惜しみなく時間をかける。店の来客は多くはない。けれどもだからこそ、ひとりひとり、ひとつひとつに時間を掛けられる。
採寸も交えながら話を聞き終わったなら、客人には一度帰ってもらう。希望があれば見ていてもらってもいいのだが、様々な作業を時間をかけて重ねていくからだ。一日で出来上がるものでもない。仕立て上がるだろう目安を多めに見積もって伝えて見送ったなら、そこからは仕立て屋店主の本領発揮である。
「フィーア、ノイン、手伝ってくれる?」
白兎と黒兎のちいさな助手たちにラズリが声をかけると、嬉しそうに張り切った声が返る。それに重ねて、
「わん!」
ふわふわまるまるとした真っ白な毛玉――ポメラニアンの白玉もぶんぶんと尻尾を振った。
「ふふ、白玉も手伝ってね」
微笑んで、ラズリは気合いを入れ直すようにエプロンを結び直す。
作業の工程は、全てラズリの頭のなかに描かれている。
ラズリは助手たち共々、工房へと向かった。客人を迎えるための表と同様、作業用の工房もこぢんまりとしている。仕立てのための材料がところ狭しと積み上がった、森のなかの秘密基地のようなあたたかみのある部屋で、六芒星のランプを灯す。
昼間は窓からも光が差すけれど、材料の日焼け防止にカーテンを引いたままにすることも多いから、日がな一日灯しておける星のランプはいつも灯している。今日はカーテンを開けておこう。
「フィーア、この材料を取ってきてくれる? ノインはこっち、白玉はいつもの……」
「わん!」
「そう、それ!」
どやっと胸を張る白玉に笑い、フィーアとノインから材料を受け取って、ラズリは作業へと没頭していく。
細かなデザインを詰めたなら、型紙を作り、布をたぐり切り出して、花の糸で縫い合わせる。全て手作業で丁寧に進めるゆえに、気づけば時間は夜まで溶け消えていたりする。
ラズリ、ラズリ、と白黒兎たちに呼ばれてはっと顔を上げると――カーテンを開けたままだった窓にはとっぷりと夜が浸っていた。
「あっ、わっ、またやっちゃった?」
やっちゃった。フィーアとノインが同じ動きで頷いて、白玉が膝でくあ、と欠伸をこぼす。ラズリは頑張り屋さんすぎるよ。困った声にはへにゃりとした笑みで眉を下げるしかない。それでもいつも、みんなラズリの気が済むまでやらせてくれるのだ。
「ごめんねみんな、今日はここまでにしよう」
ラズリは慌てて立ち上がり、エプロンをほどく。それがいつもの終わりの合図だ。
作業のメモを明日の自分に残して、星のランプをそっと消す。
――明日はきっと、一番星のような素敵な一着が完成するだろう。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功