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偽誓『――もう二度と、飲まん!!』

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 辺りは、既に真赤な血の海と化していた。
 一体の巨大な怪異を前にして、周囲に生きた人間はほぼおらず。その場に取り残された小さな子供だけが、悲鳴も上げられず地面に座り込んでいる。
「ヒッ……!」
 怪異の腕が振り上げられ、降ろされる。
 息を呑む命の灯火もあと僅か。光景を見れば誰もが疑わない、と――そう思われた、瞬間。
「ハーッハッハッハ!!」
 振り下ろされた怪異の腕は、子供ではなく。刹那、間に飛び込んだひとりの青年の左腕を引き裂いた。
 それでも、響く青年の哄笑は、子供を庇い大怪我を負って尚止まることはない。
「敵にしては良い一撃である! 来い、俺様は逃げも隠れもせぬぞ!」
 高らかに響く宣告。その隙に向けられた青年の視線を受けた子供は、一瞬の羨望より慌ててこの場所を離れていった。
「さて誉めてくれよう、この真たる力の一撃から逃れられたらな!!」
 そして青年は己の怪我など意識に留める事もなく。燃え上がる深き影の炎を纏った一撃を、敵へと容赦無く叩き込んだ――。

「戻ったぞ! アダン・ベルゼビュート、勝利の凱旋であ……!」
「ギャーっ!! またか、お前ーッ!!」
 今回の功績は『勝利の凱旋として迎えられるべきである』そう思っていたアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、警視庁超常現象関連特別対策室の所属部署に到着した途端、勝利の凱旋と云うよりも、むしろ阿鼻叫喚に近い絶叫で迎えられた。
 アダンはシャドウペルソナであり痛覚が無く、同時に√能力者として恐怖心が欠落している事等の要素も絡み、一体何故騒がれているのか等は、自身では既に理解の範疇ではない。
 それが例え事件で受けた複数の怪我により、廊下をあちこち零れる血で染め上げていようとも、先の敵の攻撃で自分の腕が取れかけていようとも――だが。
 それ故に、慣れていない人間が悲鳴を上げるのは、至極当然の結果とも言えた。
 しかし、それも光景に完全に慣れてしまった|警視庁異能捜査官《カミガリ》であるアダンの先輩ともなってくれば話は別だ。
 客観視すれば、失血過多でぼろぼろなアダンを見ても、叫び声一つ上げることもない。
 むしろアダンの両肩を掴んでソファーに問答無用で座らせると、開口一番、深い深い嘆息と共に告げた。
「またやったのか、お前……仙丹飲め」
「ぐっ、此の程度ならばあの様な物を飲む必要など無いであろ……」
「――飲め。お前の『依代』の事も考えろ」
「う……」
 確かに『アダンには大した事はない』としても『主人格である存在には大問題である』可能性も否定はできない。そう思えば、と不服極まりなく血まみれでソファーに座るアダンの前に、捜査官のひとりが慌てて一つの粉末梱包袋と、冷たいアイスコーヒーを持って来た。

 置かれた粉末の袋は『仙丹』――それは、一般人には存在を認知理解されることの無い、怪異の乾燥粉末を配合した薬の通称である。
 当然、その存在は一般に流通禁止とされているが、受けた大怪我を瞬時に塞ぐその効能は√汎神解剖機関で怪異と対峙する存在には重宝される。
 だが、それは――非常に、不味い。
「うげ……」
 その不味さには、アダンも思わず若干情けない声を上げる程。
 これには緊急時の使用を考えれば、当然、改良された錠剤タイプもあるのだが、
「何故、俺様の時のみ出される物が散剤なのだと、何度言えば――!!」
「お前は、少しでも飲み易くすれば乱用する未来しか見えんからだ、この馬鹿!」
 先輩からの怒声が飛ぶ。水ではなく、せめて尋常では無い程に濃く淹れられたブラックコーヒーで出されたのが唯一の救いであるが、仙丹の不味さに比べれば気休めとして機能しているかも怪しいものだ。
 仕方なく、アダンが覚悟を決めてコーヒーで散剤を一気に喉の奥へと流し込めば、不思議な事に、全身から見る間に血に染まっていた傷という傷が消えていく。
 だがそれでも。不味いものは、不味いのだ。
「覇王である俺様を、此れ程までに苦しめるとは……ぐぇ、不味過ぎる……っ」
 痛覚の無いアダンにとって、これは依代の為でなければ断固拒否してもまだ足りない程の苦行である。
 そしてアダンの手帳にもよく『──もう二度と使うか!』という記載が残されているのだが、
「すみません、強力な怪異の出現報告が!! 住宅地で、住民の存在も確認されています!」
 もし、そのような言葉を聞いた日には。
「よし、もう良いな!? 傷も治った! 向かうぞ!!」
「おい、お前は少し休――アダーンッ!!」
 疾風の如く、即時『弱き存在を守り、強敵と戦う』事のみしか残らず目的地へと消えるアダンを止められる存在などおらず。
 そして、

「アダン……仙丹」
「…………」
 このような事象を限界まで繰り返した結果。
 地獄の如く不味い『仙丹』は、覇王にとって不本意ながらも見事『アダンの常備薬』という地位を確立してしまったのは言うまでも無い――。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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