シナリオ

約束は、永遠を刻む日々の彼方

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――恩愛の絆、いよいよ断ち難く

『私ばかりに世話をさせた癖に、遺産も寄越さない』

――別離の情、また去り難し

『相続の話をしに来た。済んだら帰る』

――如来の恩徳を謝し奉らん

『死んで清々したね』

 |染穀《そめや》|玖一《きゅういち》は、今日も嘆息を噛み殺して恭しく黙礼に耽る。

「皆々様、合掌で御座います」


 これは僕――刻懐古が時計屋を構える事になってまだ日も浅い頃のお話。
 僕は人の生き様と云うものに興味津々で、彼らの旅情と譚詩を漁りに、下戸なりに酒場へと良く繰り出していた。
 彼と出会ったのはそんなある日。賑いの中で一人お銚子の堵列を無数に這わせながら、憂う瞳と同じ黒橡の柳を撓垂らせていた。だから僕も隣に掛けて、自分の徳利を彼の列に加えさせてやった。ややあ、これはこれは言葉敵が必要だねぇ、とね。すると彼は言った。

「人生ってもんは上手くいかねェ」
「上手く行かない時は酒友とやろう。僕の事は旧来の仲間と思って吐き出して構わないよ」
「アンタさては良い奴だな。奢る。一緒に呑もう」

 名を染穀玖一という。染物屋の息子かと問えばそうじゃ無いと笑う。しかし職場は激務で休む暇も無いと彼は言った。

「それじゃあキミの恋人は黙っては居れんのじゃないか?」
「その通り、いつも苦労を掛けていた。なモンだから、先日フられちまったよ。あいつと過ごす為にやっと都合した休日だった」

 彼が見せたのは指輪。一緒に居れはしなくても、心は寄り添おうと想いを籠めて買った贈り物。いつか恋人との時間を守る為に、今は堪えておくれとその日に伝えるつもりだったと彼は零す。

「それからが運の蹲いだ。仕事もトチって大クレーム。目眩がする」
「可哀想に、よしよし。君は真面目なんだねえ。偶にはこうして発散するが吉だよ。今日は盛大にやろうじゃないか」
「あぁやってやるとも、アンタの話も肴にな」

 そうして僕達はたっぷり盃を転ばせて、目深に恵比須の面を被り込む。酔いに任せてどんなお勤めかと聞いてはみたけれど、言いたかないと断られて知れず終いだった。
 こうして僕達は細やかな縁で結ばれていった。時折逢っては近況を聞いてあげたりと。
 ひと月程して事件が起きる。僕は狐の古妖が道行く人達を襲っている所に出会した。その中には玖一君の姿も在った。咄嗟に身体が動き、創造した時計の針で無事古妖を追い払う事に成功したけれど、僕の姿を彼に視られてしまった。

「アンタ、人じゃなかったんだな」

 付喪神である事を特別伏せて居た訳じゃなかったけど、彼に隠し事を働いた心持ちで胸がチクリと痛む。

「ああ」

 その時玖一君は、何か想いに耽る様子だった。やがて彼は頭を下げる。

「助けてくれてありがとう」

 彼が胸に仕舞いこんだ想いに、この時の僕はまだ気付く事が出来なかった。

 それから数日の後の酒場。やあやあといつもの調子で玖一君を迎えると、最初は笑って拍子木を合わせていた彼も次第に神妙な面持ちで酒を含む様になった。

「“人は二度死ぬ”って、知ってるか」

 彼は言った。突然切り出された言葉に僕は目を白黒させる。どうしたんだい?突然に、と。生きる者はいつか終わりを迎える。僕の知る限りそこに例外は無い。一度死が訪れれば時計の針は戻らない。そんな別れを、まだ懐中時計の身である時分から随分と視てきた。首を傾げる僕に、玖一君は続けた。

「人は二度死ぬんだ。一度目はその肉体が朽ちた時。そして二度目は、人々の心からも忘れ去られちまった時」
「へぇ……」

 何故そんな話を?愉しく呑もう。そんな事、到底口には出せない。厭な予感ばかり昔から良く当たる。

「大病にかかった。過労と不摂生が祟ったんだろうってお医者は言う。長くはないかもしれない。悉くツキがないよ」

 力なく笑う彼に掛ける言葉を探した。でもね、そんなものがそうそう有る筈が無い。

「アンタに俺のこと、覚えて居て貰いたいんだ。付喪神ってエラい生きるんだろ?そんなアンタに覚えて貰えりゃァ、当分アンタの中で生きていられる」

 胸裡に浮かぶどの慰めもそぐわないと思った。この青藍に咲く感情の名を僕はまだ知らない。

「約束するよ。君の事を、忘れない」

 これが精一杯の言葉。

「恩に着る。俺の仕事は納棺師って言うのさ。別れの場を嫌程見てきた。皆が綺麗に終われる訳じゃない。でも俺はアンタに出逢えた。それで十分幸せだ」

 本当は一度目の死も受け入れたくは無い。しかし運命はいつか必ず訪れる。その文字盤を返す事は誰にも出来ない。
 彼は最後の一杯を乾かして席を立つ。不治の病とはいえ、素直に負けてやる義理もないと彼はもう一度笑った。

「酒は断つ。だからもう此処へは来ない」
「そっか……それなら僕は此処で君の快復の報せを待とうかな」
「その時は今度はアンタの愚痴を聴いてやるよ」
「それは助かるなぁ」

 それが最期だった。この胸に、寂しさと君との約束だけが残る。
 僕達は、いつまでも友人だ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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