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願いごとをひとつ

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「いらっしゃいませ、ご注文は?」
 甘味処『天極星』の店主は、今日も優雅な笑みを浮かべて、カウンターの向こうから客を迎える。目の前に立つ男子高校生は、少し緊張した様子でメニューを眺めていた。文字を追っているはずの目が泳ぎ、言葉を選ぶその仕草は、店主にとってはどこか見慣れたもの。急かすでもなく待っていると、彼は予想通りの注文を告げた。
「……えっと、絶対に当たるアイスって、ありますか?」
 僅かに深まる笑み、彼女はそっと視線を落とし、メモを一枚手に取った。そして顔を上げると、申し訳なさそうに首を振る。
「今は在庫がないみたいです。入荷したらご連絡しますね」
 ペンを渡し、さらりと尋ねる。
「ご連絡先をお伺いしてもよろしいですか?」
 男子高校生は一瞬戸惑った後、それを手に取る。この一連のやりとりが符牒であると、彼自身理解していたはずだ。だが、それが本当であるとは――。
 生唾を飲み込んで、彼は紙の上にそれを書き込む。連絡先、電話番号ではなく、そこに記されたのは一つの願いだった。
「――かしこまりました、また後日」
 お待ちしておりますね、と付け加えて、彼女はメモ用紙を受け取る。静かな微笑、細められた瞳、そこには薄く喜悦の色が滲んでいた。

 甘味処の裏の顔は、噂話に関する依頼を請け負う『噂屋』。符牒を通した者だけが、後日こちらにと押される。たかが噂話と侮るなかれ、この店を介して流された噂は、真実となる――これ自体も噂なのだから、性質の悪い冗談のような話だが、人に知られぬようそれに縋る者は後を絶たない。
 先日の少年が依頼した噂は、幼い頃から争い合う、ライバル関係の二人について。競い合い、高め合う、切磋琢磨する関係にあった二人だが、実力はほとんど拮抗しているにも関わらず、勝者はいつも決まっていた。
 両者ともに認め合う二人、けれど敗者であり続けるのなら、それは対等と呼べるのだろうか。
「今回だけは、どうしても勝ちたいんです」
 依頼人は、固く拳を握り締めてそう吐露した。依頼された噂は、『長年負け続けた少年が、ついに勝利を収める』という内容だ。一度で良い、完璧な勝利を収めれば、口さがない周囲の人間も自分を認めることだろう。そして何よりも、自信を以て彼に並び立つことができる。
 そんな願いを聞いた後、噂屋の店主として、リデルは書類を差し出した。
「では、契約書にサインを」
 長年のライバルに勝ち、ナンバーワンになる。決意を固めるようにその語句を睨んで、少年はペンを手に取り、自分の名前を記した。
 熱く燃える瞳に、その先の文言――『当店は、この契約が行使され、願いが叶った場合の責任を一切負わない』、という注意書きなど、全く映ることはなかった。
「これで契約は成立ね。おめでとうございます、お客様」
 楽し気にそう口にして、リデルは契約書を閉じた。

 その後、男子高校生は部活において見事ナンバーワンの座を手に入れた。噂の通り、完璧に。ライバルに逆転の目はなかった。
 それもそのはず、ライバルは、その日試合に現れなかった。居眠り運転による不幸な事故――当時のニュースを見れば、ありふれたそんな文字が並んでいることだろう。長年のライバル、幼馴染の彼が、少年と同じ土俵に上がることは、二度とない。
 試合で勝っても、いつも目の前にいたはずの「相手」がいない。彼がどれほど強くなろうと、ライバルはもう彼の前に立つことはない。
 その事実を知ったとき、彼はただ静かに立ち尽くしていた。


 点けっぱなしのテレビが、今日も世間のニュースを垂れ流す。甘味処のカウンターで、接客の合間にそれを眺めていたリデルは、そこでふと微笑んだ。
「あいつとは、ずっと戦い続けてきましたから」
 そこにはインタビューを受けている、かつての依頼人の姿があった。あの男子高校生も、今では世界に誇るトッププレイヤーだ。アナウンサーが熱く語り、彼の言葉を視聴者向けに解説する。競技を始めるきっかけとなった幼馴染、そして競技打ち込んだ学生時代を支える親友、だがライバルであった彼は、事故に巻き込まれ、選手生命を絶たれたのだと。
 悲劇的な出来事を告げた後、ニュースは続く。それでも、彼は諦めなかった。テレビに映し出されているのは、車椅子に座ったライバルの姿。
 事故の結果、健常者として競技を続けることはできなくなったが、彼は障害者スポーツの道を選んだ。『願い』の叶ったあの日から、男子高校生はナンバーワンとして戦い続け、ライバルもまた別の舞台で競技人生を諦めなかった。
「あいつが辞めない限り、俺もこの競技を続けますよ」
 別の場で行われているはずの、それぞれの記者会見で、二人は同じことを語った。
「俺達は、ライバルですから」
 かつての依頼人|達《・》の姿に、リデルが笑う。彼等は知らないだろう、あの時、二人ともこの噂屋を訪れていたことを。
 長年の敗北を覆すことを願った少年に対し、ライバルである彼は、『ずっと競い続けること』を願った。かけがえのないこの関係を、部活を卒業する日が来ても、願わくば一生続けていきたいのだと。
「これで二人とも願いは叶ったわよね?」
 二つの依頼が組み合わさり、絡み合い、導き出されたのがこの結果ということになるだろうか。数奇な運命とでも言うべきそれを眺めれば、自然と笑みも浮かぶというもの。
「ふふ、たまにはハッピーエンドもないと、顧客が離れちゃうからね」
 ニュースの主題が別のものに切り替わっていく中で、彼女は満足気に呟く。

 人の世には今日も、誰かの『願い』が溢れている。それがこの場所に届いた時、世界は少しだけその身を震わせるのだ。
 丸めた契約書をカウンターの奥に仕舞って、リデルは静かにカップの紅茶を口に運んだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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