モグラは泳ぐように。
外見は15歳ほどに見えるが、その飲酒は合法だ。
青い瞳に丸みボブのオレンジ髪。身長は155cmほどでボーイッシュな格好をしている少女。
警官の職に就いているモコ・ブラウンは、公園のベンチに座って子供たちが行うメンコ勝負を眺めていた。
「かーっ、賭けてたら勝ってたモグーっ」
盛り上がる子供たちの結果に、儲けの機会を逃したと悔しがる。そんなところに、若い警官がやってきた。職質ではなく彼女の後輩だ。
「モコ先輩、ここにいたんですか!」
「んー? なんだモグ?」
律儀に制服を着ている新人に、迷惑そうな目を向ける。それに一瞬たじろいながらも後輩は用件を伝えた。
「仕事ですよ! ずっと前からあちこちで起きてた窃盗事件の犯人が分かったんです! だから今すぐ先輩と追えって部長から、」
「それ、モグじゃないといけないモグ?」
スルメをモグモグとしながら怠惰を見せる。後輩は困りながらも説得を試みた。
「犯人は√を渡って逃げてるみたいなんで、√能力者の先輩が適任って、」
「キミも√能力者だモグ。そろそろ独り立ちする時モグー」
どうしても仕事がしたくないらしい。どうにかと縋ってくる後輩を無視して、煙草を取り出す。ここから動かないぞ、と意思を示そうとしたその瞬間、
——!
「モグっ!?」
駆け寄ってきた少年が、煙草を奪い走り去った。その足は素早く、見る見るうちに離れていく。
「あああ!? モグの煙草盗られたモグっ!? 待ちやがれモグぅうううッ!」
「せ、先輩、そいつが犯人ですっ!」
なんだかんだ言って、事件解決に走る事となるモコ・ブラウンだった。
——√EDEN
窃盗犯を追いかけていたモコとその後輩は、いつの間にか√を渡っていた。
しかし標的は見失い、荒い息を整えている。
「逃げ足が速い窃盗犯だモグ……」
「いや、先輩が方向音痴なせいですよね? なんで犯人が前に見えていながら横に曲がろうとするんですか」
「たぶん近道だったモグよ」
「明らかに行き止まりでしたよねぇ!?」
後輩もそろそろ、なぜこの先輩に事件が任されたのだろうと疑問を抱き始めていた。
とはいえ、私物を盗まれてその汚職警官もやる気は出しているようだ。
「ここら辺だとは思うんですけど……」
後輩なりに犯人の痕跡を追ってここまでたどり着きはしたが、犯人の姿はない。寂れた町並みで、隠れられる場所ならどこにでもありそうだった。
とその時、モコが指を差す。
「新人、あれを見るモグ……」
「え? 見つけたんですか?」
しかしその期待はあっさりと裏切られた。
「パチンコ屋だモグ!」
モコが目を輝かせるそれは、小さな合法賭場。彼女は事件のことも一時忘れて、欲に従うまま店の中へと入って行ってしまう。
「ちょっ、仕事中ですよ!?」
そう声を上げても言う事は聞かず、仕方なく後輩も追いかけるのだった。
店内はかなり閑散としていて、遊技台は古い物ばかり。清掃すら行き届いていない。しかし電気は通ってるから営業はしているらしい。
「ここ、だいぶ、汚いですけど」
「こういうところが穴場なんだモグよ。店に金使っていないという事は、出玉がたくさん出るってことだモグっ」
そうしてモコは、直感で台に座る。パチンコのルールを分からない後輩はただ後ろで眺めていた。
「当たったモグ! 確変いけモグーっ! なんでモグーっ!?」
「やっぱりダメじゃないですか」
「ちょっとキミ打ってみるモグ、ビギナーズラック引き出すモグよっ」
「えぇ? いやでも……」
半ば無理やり後輩を席に座らせると見事に当たり、玉がジャラジャラと出てくる。その有様にモコは満足げだ。
「これで、煙草交換してくるモグっ」
出玉を適当にひっつかんで、カウンターの方へと走るモコ。彼女はすぐに帰ってきて、嬉しそうに煙草を持ってきていた。
「新人っ、見てくれモグっ。こっちにもこの銘柄が置いてあったんだモグよっ」
「はあ……。ってもう吸ったんですか?」
「? まだ吸ってないモグよ? なんで……って開封済みじゃないかモグっ! これが中抜きモグかーっ!?」
「ちょ、ちょっと先輩っ! 騒ぎ起こさないで下さいよっ!」
怒りのあまりカウンターへと駆けていくモコ。後輩も慌ててそれについていく。
カウンターにいるのは若い店員が一人。その姿を見て後輩が目を剥いた。
「って先輩、あいつ犯人じゃないですか!?」
それはまさに、窃盗事件で追いかけていた少年だった。お互いに顔をちゃんと見ていないからモコは気付かなかったのだろう。
「ええ!? ってことはこの煙草モグのモグねっ!? はぁ、取り返せてよかったモグ。一服しようモグ……」
「いやいやっ、早く捕まえてくださいっ!?」
「むっ、そうモグっ。店の景品全部差し押さえるモグーっ!」
と、警官の怒号に少年はとっさに逃げ出すが、カウンターに囲まれて手間取りあっさりと捕まってしまった。
転倒したところをのしかかられ、その背中に尻を乗せられる。犯罪者に座るモコは煙草を吸いながら、少年の顔を覗き込んだ。
まだ若い。年齢で言えば、モコの外見とそう変わらない。それなのにパチンコ店で働いているというのも奇妙だ。
何かに勘付いた警官が、煙を吐きながら問いただす。
「なんでこんなことしたモグ?」
その問いかけに一瞬言葉を迷った少年だったが、すぐに観念したように吐いた。
「……経営、出来ないからです」
「? パチンコ屋なんて、いくらでも確率操作できるんだから儲け放題だモグ?」
「どれだけ稼いだって、オーナーに貢がないといけないので……。それに、維持するお金ももらえないから、普通に客足は途絶えてますよ」
確かに店内は汚い。ろくに掃除もしていないし遊技台も壊れたままの物がいくつもあった。確かに経営がうまくいっているようには思えない。
「それで景品も変えないから盗んでたってわけですね」
「はい……」
「けど√を渡れるんならさっさと逃げればいいのにモグ」
呆れてそういうと、少年はまた無力感を表情に浮かべて明かす。
「妹も、働かされてて……」
その事情には後輩も同情を浮かべる。√能力に目覚めた者ならいくらでも利用価値がある。殺したって死なないのだし犯罪向きだ。
少年のような境遇は、この仕事をしていれば何度も知ることだった。
しかしモコは、慰めではなく厳しい言葉を投げた。
「力があるのに何もしないのは甘えモグよ」
「で、でもっ」
「どれだけ暗闇の中にいたって、その手で掘り進めないと太陽は拝めないモグ。モグラだってそうして生きてるんだモグ。たった40センチの体でモグよ」
「……」
黙り込む少年に、モコは大きくため息をついた。
それからタバコの火を消し、少年の背から立ち上がる。そしてその足を店の外へと向けた。
「今ならモグが、手を貸してやるモグよ。オーナーとやらのところに案内するモグ」
「っ!」
「言っておくモグけど、妹は自分の手で助けるモグよ」
「は、はいっ!」
警官の歩みに、少年は涙を滲ませながらついていく。
それを慌てて追いかけた後輩は、雰囲気を壊さないようコッソリ耳打ちした。
「あの先輩、その前に本部に報告を……」
しかし汚職警官は足を止めない。
「そんなのしてたらオーナーが蓄えてるもん貰えないモグよ」
「横領ですよそれ!? ちょっと待ってくださいっ!?」
制止の声も聞かず、モコ・ブラウンは今日も走り出すのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功