直視できない
災厄だから魅力的なのか、魅力的だからこそ災厄なのか。
とある人間災厄のものだと言うその肖像は僕の目を釘づけて離さなかった。絵の中から真っ直ぐにこちらを見つめてくるこの彼がサングラスをかけて居て良かった、と心底思う。白目の部分が黒い双眸に色違いの赤と金の瞳、明らかに人ならざるものの趣をしていながら、その目はあまりにも蠱惑的だったので。
不意に脳裏に浮かんだ言葉は『深淵』だ。深淵を覗くとき深淵もまた——なんて有名なあの一節、人が深淵を覗き込むのは、この眼に逢いたいからではないかと、自分でも随分と飛躍していると思うけれども、そう思う。それでこの彼の、白いおもてに浮かべた微笑みのなんて穏やかなこと。慈悲すら漂わせている様に思われるのに、その慈悲は例えばこれから屠殺する獣に向ける類のそれだ。だからこそ形ばかりは底抜けに優しくて、その実、酷薄なものに思えた。そうしてその正体を薄々予感しながらでも惹かれてしまう程度に、人間離れをした嫣然。
何処までもちぐはぐな人だと思う。左右で色の違う瞳、優しげな表情とおそらく異なっているだろう本質、鮮やかな緑の髪に交じる補色の真紅、優雅な佇まいで従える猛々しい獣。この彼をどんな言葉で形容するのが一番しっくり来るのだろうか、簡単に表させてくれる程に彼は優しくも易しくもない。相応しい言葉を考え模索する内に、もっと彼のことを知りたくなって来る。どんな声音で喋るのか、あの煙管にはどんな葉を燻らせて、どんな香を纏い、連れた獣を何と呼び、どんな歩幅で歩いて、どんな——恋かと言う程、穴の開く程に肖像を見つめた。周りの磁場が狂っているのか、画面が乱れた様なノイズが彼の姿を汚していることにどうしようもなくやきもきしてから、そんな自分に気が付いた。嗚呼、魅了されるってこんな感じなのかな。人間災厄と言うものはこうして人を狂わせるのかな?
それならそれも悪くない、だなんて思えて来てしまうのが尚一層に恐ろしい。それで——嗚呼、そうだ。この彼は、酷く癖になる不協和音の様な人だ。唐突にそんな言葉に行き当たって、僕は少しの満足を得た。深淵を覗くどころか踏み込んでしまう前に何とか回れ右をすることが出来て幸いだ。
それにしても、√能力者だと言うこの彼に僕はいつか何処かで出会うだろうか?
だとしたら、願わくは、その時もどうか彼がこの絵と同じサングラスをかけて居てくれますように。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功