学ビ”受ケ入レル
「良い抵抗だった。だが――そろそろ終われ、と言われてしまったのでな。
この信号を受け取ったなら明日は来ない。
隊長……もう合わせたか? その古びたラジオの周波数を。
彼が終わりの信号――WZ|絶滅周波数《ラスト・シグナル》だ」
ボサボサ髪の白衣の男が高笑いと共に叫んだ。
その立ち姿は、今や過去の遺物となった特撮作品の悪役博士。
その周囲には何機もの|戦闘機械群《ウォーゾーン》が並ぶ。
「……裏切り者め!!
貴様が、貴様が奴らに手を貸したから!
この街も故郷も滅んだのだ!
お前だけは絶対に許すわけにはいかない!」
ボロボロの軍服を着込んだ抵抗軍のリーダーが、たった一人で折れた銃を掲げて吠える。
周囲に転がるのは死体の山、この駐屯地で生き残っているのは彼だけだった。
「愚かだぞ抵抗軍。
知恵持たぬ獣ですら逃げ回るというのに……。
勝てもしない戦いに命を捨てるとは……全く愉快だ!」
光の無い目で、博士は笑う。
いや――その長い前髪と眼鏡で瞳に光が届かないだけ。
彼は心の中で言葉を噛み砕く。
「早く、逃げてくれ。
隊長――君は今、新型WZの周波数を記録したはずだ。
君が伝えるんだ。
このWZは異質な演算能力とハッキング機能を有している。
人類の持つ機器では、その接近に気づく事すら難しい。
だが、隙が1つだけある――ラジオ……ラジオだ。
アナログの古臭い機器だけが、新型WZの接近を認識出来る」
そう叫びたかった。
けれど、それは全てを無駄にすること。
眼の前で肉塊に変わった、愛すべき人々への本当の裏切りになってしまう。
「大沼ァアア!!! いつからだ!
いつから世界を、人々を憎んでいた!」
幼馴染――いや、抵抗軍の隊長は凄まじい形相で怒鳴る。
胸が痛い。
本当に人の心が無い悪の博士ならば、どれほど楽だっただろうか。
「……いつからだろうなァ、西川。
あの日……素晴らしい技術力が何処からとも無く現れた日から、かもしれないな」
気づいてくれ。
そして、すぐに仲間の元に戻り伝えるんだ。
「クソッ……俺はお前を許さねェ……! お前を殺して――」
西川隊長は、もはや射撃武器としての力を持たないマシンガンを鈍器として構える。
「……ハッハッハ……! バニッシュの真似事か?
漫画と現実の区別も着かぬお前に、WZは愚か、この私すら倒せまいよ!
尻尾を上げるより、巻いて逃げろと学ばなかったのか?」
大沼博士が両手を広げる。
白衣の下――ズボンのポケットからチラリと見えたマスコットは、かつて放送されていたカートゥーン、バニッシュ! の主人公。
生意気な顔をした、ずる賢い兎のキャラクター。
それは戦争前に西川が大沼に渡したつまらないプレゼントだった。
「……お前――」
西川隊長の中で、この数年の出来事がフラッシュバックする。
「そろそろ潮時だ。
お別れだ、西川……! 人類の叡智を食らったWZの力で死ぬがいい!」
大沼がしてきた長年の「演技」にようやく気付いた西川は、あえて憎しみを込めた声で叫んだ。
「『悪ィナ、逃ゲルんじゃネェ! ちぃと腹が減ったダケダ』――大沼ァ!」
西川は走り出す。
「――!! 『ハッハッハ、面白いぞ卑怯者めェ!』
報告します……生き餌が次の殲滅予定地域へと移動を開始しました」
この後、西川隊長は満身創痍で人類が奪還した都市へと到着。
「|絶滅周波数《ラスト・シグナル》」と呼ばれたWZの情報は生存者達に伝達された。
とはいえ――強力な殺人兵器の接近や介入を知る事が出来るようになっただけ。
人々の居住区は、現れた|絶滅周波数《ラスト・シグナル》の強力なビーム攻撃により次々と吹き飛ばされた。
凄まじい戦果に、都市は次々と消し炭へ変わった。
だが――この機体は、いや「彼」は情報収集や演算能力が高すぎた。
ある時、大沼博士が与えた人類史の情報から感情と悪意を学んでしまう。
完全機械へと歩む為に「全ての人間を殺せばいい」と機械的に行動していた彼に隙は無かった。
だが、人を追い込んで殺す快楽を求めてしまうようになる。
分かりやすい悪のロボットへの進化……いや、退化していったのだ。
「デコイ放出だ……ククク……!」
市街地に現れた|絶滅周波数《ラスト・シグナル》は、いかにもな声色で周囲の通信機を乗っ取り叫ぶ。
重力光線と使役するドローンでの攻撃を正確に行っていた時とは異なり、口数はとても多い。
「おーっと、オレを撃っても良いのかァ?
オレも今から撃ち返すぜェ、お前らを使ってな!
大変だよなァ、大事な家族を撃っちまったらなァ!
デコイ・デュプリケイトだぜ」
攻撃してきた人間の外観を複製、ドローンに重ねて放つ攻撃は人類に大きな心理的被害を与えた。
こうすれば人々は苦しむ……それを学んでの攻撃なのだから、当然ではある。
だが、それを念頭に動いているということは……彼もまた「心理的攻撃」を受けるようになってしまったということ。
「卑怯者め!
自分で戦わず回りくどい攻撃しやがって……!
実はお前、雑魚なんだろ!」
「なんだァ!? ふざけんじゃねえ、全力でブっとばしてやる!
全ドローン撤退……超高圧重力縮退砲発射準備だオラァ!」
全盛期の|絶滅周波数《ラスト・シグナル》の煽り耐性というパラメーターはほぼ0。
あっという間に興奮し、高度な演算能力を使う前に感情的に攻撃をぶっ放してしまうわけだ。
「……大沼……これはお前が何かした……のか?」
何度も交戦し、生き延びてきた西川隊長は戦うたびに「傲慢で雑になる」|絶滅周波数《ラスト・シグナル》を見て呟く。
当初の|冷徹殲滅機械《ラスト・シグナル》ならまだしも、現状の|残念俺様ロボット《ラスト・シグナル》ならば……鹵獲出来るかもしれない。
「む……鹵獲……? まさか……!」
西川はふと思った。
カートゥーンアニメ、バニッシュ! の主人公「バニッシュ」も最初は暴れん坊の悪ガキだ。
博士と子ども達に捕まり……1つずつ良い事を覚えていくという教育的なストーリー。
最後は自分の意思で人々を守るヒーローになった。
「……全く大層な事を考えやがる。そのために『教えた』んだな。
なら……俺も出来ることをするぜ」
西川は人類軍の工場や企業を回ったが、危険な|絶滅周波数《ラスト・シグナル》を鹵獲する作戦など受けてくれる企業は存在しなかった。
ラジオからあの音が聞こえたら死を覚悟しろ、と呼ばれる死神のような存在。
一度も破壊できたことがない存在の鹵獲など、誰も好んで関わらない。
途方に来れていた西川はある日、かつてのクラスメイト、オタクの灰松と出会う。
彼は今ハイマツ重工の代表として、人類軍へ協力しているそうだ。
藁にも縋る思いで、西川は灰松に頭を下げた。
「|絶滅周波数《ラスト・シグナル》の鹵獲作戦と、鹵獲後の改修を頼めないか……?」
「デュフフ、喜んででござる! ……と答えるのが正解かい、西川くん。
勿論受けさせて貰うよ、デュフ……良いね、良い。凄く良いぞ……!
つまりバニッシュ! の1話のスペシャル回60分を再現するでござるな……」
「あ、ああ……」
会って数分の快諾だった。
怪しい笑いと共にブツブツと呟いてスキップして工場へ戻るハイマツ重工の代表。
その姿を見た西川は、数ヶ月、いや1年ぶりくらいに笑顔を零した。
彼らは入念に作戦練り、装備を整え始めた。
だが、|絶滅周波数《ラスト・シグナル》の襲撃は再び起こった。
あと少し、あと少しで準備が完了するのに……!
間に合わなかったか……と全員が肩を垂れ避難を始める瞬間、西川は叫ぶ。
「お前に人間を教えた博士はお前が弱くなったから一緒に来ないのだ。
期待されていない、クソ雑魚ロボットが!」
「ハァ!? そんなコトがあるものか!
おもしれぇ、今から連れてきてお前をぶっ殺す所を見せてやるぜ!」
機転を利かせた西川の言葉で|絶滅周波数《ラスト・シグナル》は一時撤退。
これで、こちらが準備をしていることが大沼にも伝わるはず。
同時に鹵獲準備も完了。
改造した戦闘機械都市での待ち伏せ作戦が始まったのだ。
「フハハハ!!! 博士も連れてきたぞ!
今から全員ぶっ殺して、オレが完全機械へと至るんだ!」
颯爽と空から舞い降りた|絶滅周波数《ラスト・シグナル》は、ドローンを放出することもなく。
オレ様が一人で全滅させたんだぜ、と言うために単機だった。
大沼博士も同伴しており……作戦は全て順調だ。
「行くぞ、人間ども!」
|絶滅周波数《ラスト・シグナル》は走り出す。
真っ直ぐに、西川達へ。
西川隊長も大沼博士も、灰松工場長も全員がこの場面を知っていた。
バニッシュ! の第一話の最後。
子どもたちの仕掛けた落とし穴に、バニッシュが落ちて捕まるところだ。
「全武装解放……一気に消し飛ばしてやるぜ!!」
背部パーツがエネルギー放出で赤色に輝き、美しい光の帯を生み出す。
まさに悪のロボット、構えたエネルギーブレードで斬りかかろうとした|絶滅周波数《ラスト・シグナル》は……。
穴に落ちた。
「なんだコレは!!! クソ、発射シーケンス開始……」
「今だ! 変形中に装甲に隙間が出来る!
機械都市のケーブルを接続して、ハッキングを仕掛けるぞ!」
「……ハッキングだぁ?
ははぁん、オレが誰だか分かっていないみたいだな!
オレの得意技こそがハッキングだ! カウンターで都市ごと乗っ取ってやるぜ!」
だが西川達には想定済みだった。
彼らは機械都市の中心機構を事前にわざと破壊していた。
徐々に修復されていくシステムに、外から介入するのは逆に面倒なもの。
エンジニアが違えば、構成も違う。
解析するにも破損データの修復が必要……厄介な状態。
「オイラの力をナメてんのか? 壊した程度で妨害デキルと思うナヨ!
システム補完開始――全て修復して奪イトル!」
その時……何処からか声が響く。
「おーい……おーい、バニッシュ。考え事かい?」
白衣でボサボサの髪。
穏やかな目の白衣の男……大沼博士が兎のぬいぐるみを見下ろしていた。
兎のぬいぐるみは、オッドアイの瞳を大きく見開き両手を振り回しながら答える。
「何でもナイゾ! ログの整理をしていたダケダ!」
「あーもう! 怒るな、怒るなって。バニッシュ、またお腹痛くなるぞ!」
「お前のせいで痛くなるんダロウ! 今そのログを辿ってイタんだ!
落とし穴からのAIインストールなんて雑な手段でオイラを捕まえヤガッテ!」
「ボクのせい? キミが自分で都市のデータにアクセスして。
要所に仕掛けられた人間の思い出に由来するパスワードを解く為に、自分で友好強制AIをインストールしたんだろ」
「都市を直さないとバカにサレルからやったダケだ!
だからミロ! 今だって人間に従うツモリなんて!
アーーーッ」
「痛くなるって言ってるだろう! ったく……。
本当はあの時、強制AIも破壊できたんだろ?」
「当たり前ダ!
でも……虹色の星のデータがパスワードに有ったんダヨ。
気になるダロ……だから、そいつが見たかったンダ」
「はは……金平糖、ね。
バニッシュ、君たちがぶっ壊す前のこの世界にはそういうものがいっぱい有ったんだよ」
「ふん。今言ったって知らないからナ」
大沼は白衣のポケットから、色とりどりの金平糖を取り出してバニッシュに手渡す。
ぬいぐるみは受け取って、嬉しそうにそれを全部口に放り込む。
「おっと――敵が来そうダゼ、嘘つき博士」
「嘘つきはやめてくれるかな……。
しかし、敵襲か。
メンテの途中だが……やってくれるね?」
「はいはいダ」
「返事は一回だよ、バニッシュ。
キミの|絶滅周波数《バニッシュゾーン改》の出撃までもう暫くかかる。
時間を稼……」
「ふん、オイラだけでやっちまえばイイんダロ、ハカセ」
「勿論だよ。
だが……壊すと"友達"になれないぞ」
「全部倒さずちゃんと奪イ取ッテやるサ、オイラのハッキングで!
だからWZをハヤク出してクレヨ!」
鹵獲されたWZ、|絶滅周波数《ラスト・シグナル》のコアは、ぬいぐるみの姿で走り出していく。
名をバニッシュ・ザ・バニーホップ。
子供たちを守る悪ガキ兎……いや、人々を守る|元殺戮機械《ベルセルクマシン》。
「ハカセ、タイチョー……バニッシュ、出ルゼ!!」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功