リブートされる記憶にて
足立・結斗のシャドウペルソナ——アダン・ベルゼビュートには、実は起源がある。
それは結斗の深層心理に眠る記憶であり、幼少期に抱いた憧れに由来している。
といっても、彼を魅了したのは架空の人物。
戦隊ヒーロー番組に登場する、『悪』と呼ぶに相応しいキャラクターだった。
●『覇王VS海鬼! ベルゼとの共闘!』
下卑た笑い声が快晴の空に響いていた。
鱗に覆われた身体が震え、竜の頭を揺らす。装甲を纏ったその男を前に、覆面姿の五人が身構える。
五色、それぞれのスーツを装着したヒーロー達。先頭に立つレッドが叫ぶ。
「卑怯だぞ、レヴィア! 街の人は関係ない!」
「手段など選んでいられるか! 我らを邪魔した己らを恨むんだな!」
レヴィアの背後——ダムの壁面には、巨大な筒状の塊がいくつも取り付けられていた。残り少なくなる秒数を画面に映し、警告音を発する。
「さぁ、『玉座の鍵』を渡せ! 命を散らしたくはないだろう?」
「クソッ! こいつと戦っている場合じゃないのに!」
「グハハッ! 窮屈だな、正義とやらは! 戦えぬ者のために逡巡するなど——」
「『悪』はそうでない、とでも言うつもりか?」
声が割り込んだ直後だった。
連なった塊に次々と大穴が開く。起爆装置と留め具だけが破壊され、塊は壁面を滑って河川へ落ちた。場を呑むような水音に震撼しながら、レヴィアは後ろを振り返る。
「ベルゼ! お前、どういうつもりだ!?」
右手を顔に置いて、ベルゼがレヴィアを睨む。足元には膨張した影が砲台のような形を取り、ダムへと向いていた。右手を下ろすと影は崩れ、その腕へと集まっていく。
「俺様は、俺様の信念を貫いた上で世界を手にする。レヴィア、貴様の作戦は俺様にとって許されざるものだった。故にあの装置を破壊した。それまでだ」
「なっ……お前はどちらの味方なのだ!? 邪魔立てするなら、お前も葬るまでだ!」
「俺様は、俺様の信念を貫くのみ。来るならば来い!」
影が尖り、片腕を覆って巨大な杭となる。
実体を持った杭を軽々振り、ベルゼは鋭い声を発した。
「ヒーロー達よ、共に戦うぞ!」
「……はあっ!?」
「えっ、いや、何で!?」
一斉にヒーロー達が呆気に取られる。ベルゼとは今まで何度か交戦しており、敵なのは明らかだ。疑うヒーロー達の中で、レッドははっきりと頷いた。
「あいつは信念に従って、街の人を守った。この場だけは俺達の信念と同じだ。皆、ベルゼと一緒に戦おう!」
「リーダーが言うなら仕方ねぇな!」
レッドの一声でヒーロー達が構え直す。
板挟みの状況になり、レヴィアは咆哮を上げた。
「己ら、調子に乗るなよ! 海鬼レヴィアの真骨頂、見せてくれる!」
河川を流れる水が渦となり、レヴィアを包む。
突如、巨大な竜がヒーロー達とベルゼの前に顕現する。ダムの壁と並ぶ大きさの巨竜にヒーロー達も思わず慄いたが、硬直を壊すようにベルゼが発破を掛けた。
「恐れるな! 俺様と貴様達なら此奴など敵ではない!」
「あぁ……! 行くぞ、皆!」
「応ッ!」
レヴィアの尾が全員を狙って叩きつけられる。跳躍でそれを躱すと、ヒーロー達の手許に武器が現れた。
「連撃だ! 一気にやろう!」
レッドの掛け声で全員が武器を握り締める。
ブラックの持つ弓から放たれた何本もの鎖が巨竜の尾を縛り上げた。そこをブルーが大型銃を連射し、頭に何発も銃撃を重ねる。
揺れた身体を狙い、攻撃を叩き込むのはイエローとピンク。ナックルによる乱打乱撃が炸裂したところにダブルアックスの追撃が加えられた。
「トドメだ、ベルゼ!」
「わかっている! 貴様こそ遅れを取るなよ!」
レッドとベルゼがレヴィアへと肉薄する。消耗しながらも、近づく二人を見据えてレヴィアは口を開いた。
「お前らなんぞに俺が負けるかァッ!」
発射された水流が地表を抉る。迫る激流に、レッドとベルゼは大きく腕を引いた。
最接近の瞬間、二人は跳び上がる。振り上げられた剣と杭が水流を突破して、レッドとベルゼはレヴィアの頭に辿り着く。
「俺達の信念が——」
剣と杭が竜の頭に突き立てられる。
「——敗れる事などない!」
殴り抜き、貫く。
頭から胴へと身体を突き破って着地。数秒置いて、巨竜は派手な爆発と共に消え去った。
駆け寄る仲間と視線を合わせ、レッドは勝利の喜びを噛み締める。その一方で、素っ気ない態度でベルゼはその場から立ち去ろうとしていた。
「馴れ合うつもりはない。次に遭う時は敵同士だ。覚悟しておくがいい」
不敵な笑みを覗かせ、ベルゼの身体は黒い炎に包まれる。その炎が消えると、ベルゼの姿も消えていた。
●『覇王の最期! ベルゼよ、また逢おう!』
それから物語は進んだ。ベルゼとの交戦と共闘も繰り返され、魔界の勢力も数を減らしていった。しかし、それこそが首領の狙いだった。
打ち倒された魔族の怨嗟をエネルギーとする、魔界側の最終兵器。発動すれば人間界は魔の力に呑まれ、人の暮らせぬ世界となる。当然、今を生きる人々も死滅する。
兵器の完成を知ったヒーロー達は、拠点へと急いでいた。
高速で走る移動車両に乗り込んだヒーロー達。素顔のまま、迫る最後の戦いへ不安を滲ませていた。
その正面、道路上に人影が舞い降りた。
急停車し、ヒーロー達も飛び出す。思いがけない人物に、目を見張った。
「ベルゼ……! 何の用だ。今はそれどころじゃ——」
「『玉座の鍵』を渡せ」
手を伸ばすベルゼに、ヒーロー達は構える。
「人間界の支配権を握る玉座……空位のまま鍵の掛かったそこに座れば、この世界を統べたも同じ。世界からの承認を得て、絶大な力を得られるそうだな」
「まさか、その力で首領を倒すつもりか?」
「そうだと言ったら?」
「そうだとしても……お前に鍵は渡せない」
「ならば、決まりだ」
ベルゼが腕を掲げる。噴き上がった黒い炎がレッドと他のヒーロー達を分断し、ベルゼと共に閉じ込めた。
「戦え。俺様と世界を賭けて」
「やるしかないのか……変身ッ!」
声を発し、レッドの身体が赤のスーツに包まれる。
剣を握ると、ベルゼが影を纏って突撃してくる。振られた杭を剣で弾き、レッドはベルゼの顔を見た。
「どうしてだ、ベルゼ! 今までみたいに一緒に戦えばいいじゃないか!」
「俺様は『悪』たる覇王。今までは俺様の信念に反する行為故に協力したが……今回は違う。此れは、俺様の信念を貫く闘争なのだ!」
杭がレッドの身体を掠める。覇王を名乗る実力者だ。真っ向勝負では到底太刀打ちできない。そう確信したレッドの姿勢が、ベルゼの攻撃で大きく崩れる。
振り上げられた杭を見据え、レッドは敗北を悟った。
その腕に、鎖が絡みつくまでは。
「俺達だって……負けられねぇんだよ!」
炎に身を焦がしながらも、スーツを纏ったヒーロー達が突っ込んできた。
固定されたベルゼの身体に雨のような銃撃、拳と斧の連撃が浴びせられる。総攻撃によってふらつき、隙が生じた。
剣を構え、レッドは走る。刃はベルゼへと向けられていた。
「すまない、ベルゼ……!」
突き立てられた剣がベルゼの肉体を貫く。
剣が引き抜かれてもなお、それでもベルゼは立っていた。立っていたが、すぐに膝をついた。
「此れでいい、此れでいい……」
「喋るなベルゼ、お前はもう——」
「俺様に情けを掛けるな……!」
か細い声のまま、ベルゼは口角を吊り上げる。
「さぁ、早く行け。俺様は……満たされて散る。兵器の蓄えなどにはならない……彼奴にとって大きな誤算だ。発動までは時間を要する……急げばまだ……間に合う、だろう……」
「ベルゼ……お前……!?」
「俺様は敗れた、此処が俺様の終着点。なればこそ……貴様達に、託すしかあるまい」
真意に気付き、ヒーロー達は変身を解いてベルゼに駆け寄る。
素顔を晒して悲痛な表情を向けるヒーロー達に、ベルゼは笑いかけた。
「酷い顔だな……何、暫しの別れだ。地獄でも何処でも、また逢える日を待つだけだ……」
頭の先から、黒い炎がベルゼに灯る。緩やかな速度で炎はベルゼの身体を焦がし、煙へと換えていく。
「嗚呼……貴様達の様な、好敵手に出会えた事。共に戦い……そして、正面からぶつかり合えた事……」
最後の言葉を放つ寸前、灯火は渦を描いた。
「——本当に、楽しかったぞ」
声と共に、炎は消える。
立ち尽くし、ヒーロー達はベルゼへの思いを巡らせていた。しばらくして真っ先に動いたのは、彼に剣を突き立てたレッドだった。
「行こう。あいつの信念は、俺達の信念でもある。絶対に守るんだ、この世界を」
他のヒーロー達も頷き、一向は敵の拠点を目指す。
共に戦った好敵手の信念を背負って。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功