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モノクロの慟哭

#√ウォーゾーン #ノベル #過去

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 『白鳥』。
 清純と優美の象徴の如きそんな名が、戦場に舞っては散りゆく少女たちの呼び名であった。彼女らが只の少女ならぬ|少女人形《レプリノイド》であると記せば、その身が戦場に在ることに符合も行こう。渡り鳥たる白鳥の如く、数多の戦地を渡りゆくのか、冬を越せずに氷雪よりも余程無慈悲な矢弾の雨に絶えるのか。無辜の民らの剣とも盾ともなる鉄血の少女たちは指揮官の号令一下、今日も一人でも多くの民の存命の為に戦場に躍り出る。
 他方で、彼女らを制作する科学者は何処までも苦悩して居た。製造でなく製作でなく、制作なのだ。何故に己が心血を注いだ娘の様な少女たちを、死地へ送らねばならぬのか。こんな用途になると解っていればただの兵器として作り、自我や感情を彼女らに持たせることなどしなかった。だが皮肉にも、人らしい感情があることが彼女らを優秀な兵器たらしめている。則ち、産みの親たる科学者の為、人類の為、彼らの明日の為、健気に敵へと向かって行ける。『勝って』『生きて』科学者の元へ帰る為、最善の行動を演算し実行し続ける。
「……私はもう疲れたよ」
 人類そのものがあらゆる倫理を捨てて滅亡に抗う中で、誰も一介の科学者の苦悩など最早気にも留めない。ただ一人、彼の恋人である歌姫を除いては。
「そうね。貴方はずっと頑張って来たものね。二人きりの時くらいもっと弱音を吐いたり、泣いたりしても平気よ」
「泣くなんて——」
「じゃあ、泣きたくなるような歌でも歌いましょうか?」
 その温かな人柄も、穏やかな微笑みも、歌声もまるで天使の様だと誰もが口を揃える。地獄の様な日々のただ中にありながら、彼女、『ODETTE』の存在こそが科学者にとって唯一の支えであり光であった。
 だが、戦火は天使をも殺す。地獄に天使は無用だと、人類に光など最早ないと言わんばかりに、嗚呼無情。彼女が命を落としたのは、慰問に訪れた先でのことだったと科学者は告げられた。
 命を断とうとした。だが、出来ることならば彼女と共に死にたかった。亡骸はおろか遺留品のひとつすら帰らなかった彼女を近く感じて死ぬことすらも夢のまた夢。ひとりで死ぬだけの気力も最早なく、惰性で息をするだけの日々、辿り着いたのは——嗚呼、彼女の歌声で死にたい。そんな狂った夢である。
 科学者は再び白鳥を生み出した。歌姫を模した姿形と声で——その筈なのに、彼女たちは何故か声を出せない。失敗作らが戦場へ羽搏き、消えても、科学者の胸はもう痛まない。
 或る日偶然に生まれたのは真っ黒な『黒鳥』だ。雪の如くに真白い髪の彼女と真逆の真黒い髪をしていたが、彼女と同じ金の瞳で、彼女と同じ声で歌う。やっと夢が叶う、そう信じた科学者は『黒鳥』の髪を白に染め、聴くものを死へと誘う歌をプログラムした。
 ベッドにその身を横たえて、胸の上で指を組み、愛する彼女を模した『黒鳥』に歌を乞う。愛おしい、高音の伸びに定評のある天使のソプラノ。コロラトゥーラが遠のいて、意識が闇に落ちて行く。
「これで、アナタはアタシだけのものだね」
 安らかに寝息を立てる科学者は『黒鳥』の言葉を聴かなかった。
 非業の死を遂げた筈の『ODETTE』がステージに舞い戻ったのはその後だ。
——アタシはアタシ。
——あの女だけには負けたくないの。
 かつて天使と称された歌姫の暖かな歌声は、敵愾心を剥き出しにした鬼気迫る様な魂の慟哭へと変わっていた。己には決して愛を注がない、それでも愛する科学者を今は我がものとして居ながらも、それ故に『黒鳥』は歌姫の存在を許せない。
 一度は白へと塗り替えられた黒を今また取り戻す為、再び黒へと塗り潰す。それが彼女の歌う理由。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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