√絶対|武装《メイクアップ》戦線『スカイラークズ』
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世界の大半は戦闘機械都市に改造されている。
生命攻撃機能を無効化した機械都市で人類は生きるしかない。
簒奪者、戦闘機群ウォーゾーンによって人類は、『生き延びているだけ』の状態にまで追い込まれている。
食料は常に不足しているし、流通だってままならない。
滅びゆく人類にとって技術の保全は急務だ。
しかし、保全すべき技術はいつだって戦いのためのものだ。
戦って勝つしか、人類に残された活路はない。
機械化された左耳からアラームが響く。
のそり、と薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)は寝室のベッドの上から身を起こす。
緩慢な動きだった。
大凡、義体化されているサイボーグには思えない動きだ。まるで生身。いや、事実生身である。
彼女の体躯において機械化されているのは左耳だけだ。
それ以外は生身である。
戦闘機械群ウォーゾーンとの総力戦を続ける√にあって、それは稀有なることであった。
「……おハロー、世界」
小さく呟く。
目をパチリ! と開けることができないのは、日々の哨戒任務だったり、レギオンを用いた探索任務だったりで昨晩まで忙しかったからだ。
けれど、忙しいからと言って朝寝坊をしていい理由はない。
亀裂走る姿見の前に立つ。
すらりと伸びた足。肌艶は遅くまでの任務による夜更かしを感じさせない。
それはきっと若さのお陰だろう。
「よっし」
クローゼットの前に立つ。今日のコーディネイトは、柔らかい色合いのアシンメトリージャケット。
ガーリー系というよりは、きれいめ。清潔感だって大切だ。
手に取ったアイテムを胸に当てて、今日の気分と合わせる。
袖を通すとパリッとした音が響いてご機嫌だ。
そして化粧鏡の前に腰を下ろす。
軽く頬を叩く。
寝る前の化粧水が効いてる。
「やっぱ√EDENのコスメやばっ。ぷるぷるじゃん!」
テンションが一発でトップギアに入る。
肌のハリがよければ、それだけメイクの乗りだって違う。
綺麗に産毛まで剃られた顔はファンデーション一つとっても、そのきめ細かい粒子を吸い付かせてくれる。
メイクを終えて、もう一つ。
そう、ヘアセットだ。
アイロンに電源を入れる。掌で温度を軽く確かめてから髪を巻き付ける。程よいカール。波立つ髪が艷やかな輝きを放っているのはトリートメントのお陰だ。
最後のスプレーでキープ。
「うん、ばっちり。やっぱまつパして大正解じゃん! ちょー盛れてるっ」
今日も可愛い。
「よーし、今日もちょーイケてるっ、私っ」
姿見の前でもう一回。
くるっと身を翻す。
揺れる髪が朝日を反射して煌めいている。やっぱり自然光は最高のデコレーションだ。
「それじゃ、ママ。いってきまーす」
今日も元気に任務である。
だが、そんなヒバリを母であるツグミが呼び止める。
「ちょっと待ったー! ヒバリ、少しじっとしてて」
「……う、うん?」
どうしたのかな、と思う。
なにか間違ったかな?
ヒバリの頭に伸びてくる手。ネイルのターコイズブルーが眩しい。
「ちょいちょいちょいってね。ほら、前髪、こっちに流しが方が可愛いっしょ? ねっ?」
ほら、と鏡の前にツグミはヒバリを押しやる。
鏡の中の二人は、こうしていると仲良い姉妹のようにも見える。
「ほんとだ、ヤバ、やっぱりママって神っ!」
「でしょでしょー?『お洒落は心の栄養』世界が大変な時だからこそ、大事にしないといけないの」
その言葉にヒバリは記憶の中にある優しさを思い出す。
ツグミの語る言葉は、父親の受け売りだしモットーだ。何もかも喪っても、生命さえ喪っても紡いでいけるものがあるのだと思えるのは、父親の存在があればこそだ。
確かに、この√では衣食住の中において隅に追いやられがちな家業は、柔らかい言い方をすれば、風当たりが逆風だ。
けれど、モットーとは即ち信念だ。
信念を持って生きている母をヒバリは尊敬しているし、そんな母が引き継いだ言葉を紡いだ父のことだって好きだ。
何度聞いたって、心の奥底から気持ちが高ぶってくるのを感じるのだ。
「うん! バチっとっ決まって最強無敵になった気がするし、頑張ろうってやる気も湧いてくるし!」
「うんうん、さすがママとパパの子! 今日もちょーイケてるヒバリで頑張っておいで――夕飯までには帰ってくるようにっ」
「りょ!」
それは保証できないけれど。
こういう時勢であっても門限に厳しいツグミなのだ。
そういうところも、なんだかかつてあった普通を思わせてくれる。
いつだってツグミは母親でお洒落の神なのだ。
「今度こそ行ってきまーす!」
ビシッと敬礼一つキメて、ヒバリは駆け出す。
その胸に母の“生きて帰ってこい”という言葉を抱いて走る。
足取りが軽い。
義体化されていない生身の体躯だって、関係ない。
「だって、私は私らしく|武装《メイク》して綺麗に可愛く生き延びるんだから――」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功