CODE:RED

作者：つじ

　無機質な鋼鉄の街が、突如として沈黙した。
　狂ったように明滅していた警告灯が一斉に消え、戦闘機械都市の一角を照らしていた赤黒い光は消失。不滅の機械が織り成す不夜城の端、無数のレールガンが唸りを上げ、監視ユニットが『生命』を探知していたその場は、一瞬にして静寂に呑み込まれた。
『動力遮断――敵性反応確認不能。システムエラー発生』
　侵入者を追って送り込まれていた機械兵達が異常を知らせる。情報支援を行っていた周辺機器が一斉に停止したことで混乱をきたし、制御システムが非常時用のそれに切り替わるまでのラグ、その数秒が転機となった。
　闇の中に立ち止まった兵士達の間で、赤が閃く。彼等が銃火を撒き散らすよりも早く、ハチェットの刃が鋼鉄のジョイントを断ち斬り、兵士達の頭部が宙を舞う。
　かろうじて復旧した光学センサーの一つは、流れる赤い髪と、白いフリルの踊る様――人類の尖兵、メイド服の女性を捉えていた。
『ユニットα：機能停止』
　一瞬の映像を残して通信が途絶、徐々に状況を把握し始めた制御システムは、付近を巡回していた攻勢ユニットに続けて指令を飛ばした。眩い戦闘都市の一角の生じたスポット、黒い染みのようなそこに、警備兵達の灯す赤い光が集まっていく。
　人類のエージェントの破壊工作によるものだろう、動力を遮断された暗闇の中、カツンと床の鳴る音を聞いて、警備兵の一隊が発砲の準備を整える。即座に熱源をスキャンし、腕部の高出力プラズマ銃を展開、放たれた閃光はコンクリートの壁を蒸発させ、焼け焦げた瓦礫が周囲に飛び散った。
　だが、その中心にあるべき標的の姿はない。その兵士が頭上から降り来る影を捉える前に、手斧の刃が振り下ろされる。頭部ユニット損壊、光学センサー機能停止、それでもなお動きを止めないその身体にもう一振りの刃が横薙ぎに走った。動力伝達系を断ち切られ、沈黙したその兵士の元から、襲撃者はまた闇に溶けるように姿を消す。混乱をきたした兵士達が援軍を求め、そこに他の警備ユニットが殺到する。そうして敵兵の集まった頃合いに、ビルの基部に仕掛けられた爆薬が起動して、崩落した建物が全てを圧し潰していった。

　戦闘都市のビルが一つ崩壊していくのを確認し、血祭・沙汰子（夢兎眠の冥土長・h01212）は踵を返す。地下秘密部隊『夢兎眠』の部隊長に課された任務、レリギオス・オーラムの支配地域に対する破壊工作は果たされた……はずだったが。
「……！」
　迫り来る殺気を捉えて、彼女は天井を見上げる。ビル群の上から投下されたのは、先程の警備ユニットの五倍を超えるサイズの巨大ロボットだった。
『調子に乗るなよ、生肉風情が！』
　沙汰子の居る建物へと、巨人の拳が叩き込まれ、ビルの上半分を崩壊させる。続けて身体の各所に備えられた機関銃が向けられ、瓦礫の山を細切れにしていく。警備用とは規模の違う、鎮圧用の巨大兵器、それにリンクしているのであろう統率官の哄笑が響いた。
『せいぜい、逃げ回れ』
　間一髪攻撃から逃れた沙汰子の姿も、統率官は各種センサーで把握している。左腕に搭載した光学兵器を拡散型に変形、一気に薙ぎ払う構えを見せて。
　ただ、それに対する沙汰子の反応は統率官の予測の外だった。瓦礫の合間から飛び出し、跳躍した彼女は、逃げるのではなく逆に敵へと迫る。彼女の全身を軽く圧し潰せるような光学兵器に対し、向けられたのは小さな掌。
「……消えなさい」
　だが、その掌が、発射寸前だったその兵器を無理矢理に停止させた。
　｜全てを消すモノ《オールキャンセラー》、√能力を消し去る力を振るい、射撃姿勢で停止したその巨体の上を彼女は走る。
「これで、終幕と致します」
　駆けながら、空いた手に握った手斧を一振り。たかがその程度、と統率官は軽微な損傷を無視した。だがその次の瞬間には、沙汰子の手元に生じた新たな手斧が叩き込まれている。先程傷付けられた末端から、少しだけ根本に近い場所に新たな傷が生じて、食い込んだ刃が不具合を呼ぶ。その連鎖が止められないことを、前腕部を失った辺りで彼は悟った。
　指先から順番に、執拗なまでの丁寧なやり口で機能が奪い取られていく。ちっぽけな手斧に｜解体《バラ》されていくその状況に、｜警告《レッドアラート》が電脳の中に広がり続ける。それは、感情の無い彼等にとっての『恐怖』だったのかもしれない。
　光学センサーを通して、統率官が最後に見たのは、赤く輝くその瞳。絶句したままに、心臓部が機能を停止するのを味わう――。

　降り注ぐ赤い雨、巨大な機械を駆動させていたオイルが、断ち切られたパイプから噴き出して一帯を染める。10メートルを越す巨大な兵器が轟音と共に倒れ伏し、オイルの雨が止んだそこに、立っていたのは一人だけ。
　返り血に塗れたような赤い影は、瓦礫の上に言葉を落とした。

「今日の勝利を我が主に捧げます。オールハイル、ナナリン」