よいではないか、あーれー奇譚
大正文化がこすられまくっているだけである。
現代地球の日本の都市には違いないのだが、迷い込んだ者にはそうとは判らない。
√妖怪百鬼夜行の景色に、|立川・満月《たちかわみつき》(彼の法・h00554)は立ち尽くしていた。
「私はいったい……」
なんとか路地を歩みはじめたものの、奇妙建築も手伝ってどこがどうなっているのか。ただ、満月が元々いたのは、√汎神解剖機関だ。街行く人はどこか疲れて、活気がなかった。
それに比べて、繁華街の賑わいはどうだ。提灯に電球、ネオンが混在し、看板が所狭しと並んでいる。
店舗の出入りも頻繁で、満月の不安はだんだんと薄れていった。
「知りませんでした。こんなに賑やかな通りがあったのですね……あっ!」
足が軽くなった拍子に、背の高い男にぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい……」
「おう、ねーちゃん、何してくれて……こりゃ、上玉じゃねえか!」
男……だとその時は思っていたが、もしかしたら人外の存在だったかもしれない。加えて、ぶつかったことで少し目を回してしまい、前後不覚のうちにお店のひとつに連れこまれてしまった。
繁華街、というより、色町だったのである。
「お仕事の世話をされてしまいました」
遊郭の新人として、お客の相手をする運びに。
「まぁ、お金持ちの方なのでしょうか? いけない、ちゃんとお酌しなければ」
何か黒い影みたいにしか見えない客。
ラウンジひとつを借り切っているし、先輩方を何人も呼んで踊らせている。満月はと言えば、メイドの恰好をさせられて、黒くて大きな影の隣に座らされていた。
幸い、相手はたいそう機嫌がいい。
拙い手つきのお酌でも、通じているのか不明なお喋りにも、お客は満足しているようだ。
「ほらぁ、おミツちゃ~ん。もっとグッと飲んで、グゥ~ッと!」
「はい! いただきましゅ!」
勧められるまま、杯をあけてしまう。
酔いがまわってくるに従い、不思議と相手の顔が見えてきた。
「おいひぃです。ダンナさま。ダンナ……ええッ!」
驚いた拍子に、自分のメイド服へと、液体をこぼしてしまった。跳ねかえった雫が、客の服にもかかり、周囲は戦慄を覚える。
また黒い影にもどった大男は、まぁまぁと温厚な態度で従業員に合図した。
満月は気付かなかったが、このとき客の付き人もふくめて、サッとラウンジからはけていたようだ。
「おミツちゃ~ん。ほら、服がよごれちゃったよぉ。お着替えしようねぇ」
エプロンの結び目に手を伸ばされる。
「い、いえ。だいじょうびゅで、ああ、いけましぇん」
「よいではないか~」
結び目は解かれ、引っ張られた拍子に、満月の身体はくるくると回りながら、ラウンジの中央へ。
「あーれー」
和装でもないのに、エプロン、お仕着せ、パニエと、着ていたものが脱げていく。
「むふふ~ん♪」
お客がたぐりよせると、衣装が次々とその手に丸まっていって。
「あーれー」
「おミツちゃ~ん♪」
なぜか、下着まで巻き取り終わると、満月自身もお客のそばへと引き寄せられる。黒い影が唇をすぼませる。
その時の満月は、おめめぐるぐるお顔真っ青。
路地で人にぶつかった時のように、目を回しやすい体質なのだ。さらに、ひどく酔っているから。
「うぼぉあ、エレエレエレ……」
服がちょっと汚れたでは済まない粗相をしでかしたのである。
提灯の看板の下。
「オンナァ、もうこのへんをウロつくんじゃねぇ!」
「きゃん!」
遊郭から追い出され、突き飛ばされる満月。
身ぐるみ剝がされたはずだか、服も路地も元のまま。つまずいただけの街中へ、戻ってきていたのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功