追想
刻は過去に、僅かに遡る。
記憶は記録。レジスタンスでのあの日を、憶えている。
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だだだだ、と走る音。数秒後に扉を開けて、声が放たれた。
「突然だが!2月っていえばバレンタイン! だろ、リディ! リオル!」
勢いよく机をばぁんと、叩き、注目を集める熱血的姿勢。
ブレイズ・ハルヴァス(|飛焔《ひえん》・h03062)は、返答を求めていた。
「うん、兄さん。2月と言えばバレンタインだね!」
ふふふ、と柔らかく微笑むリルディ・アネモシア(風に舞う花・h03069)。
「だよな!この時期はやっぱ、美味いとこのチョコを食べたい。けど俺らの活動的に、あんまり買いに行けねぇ」
流行りにはあやかりたいが立場がそれを許さない。
これは現実の壁、の話。ブレイズが引き連れきた空気が、どことなく甘い。何の匂いか、など語るに及ばない。
リオル・プラーテ(|空《うつろ》の夢・h01411)は、深く長いため息を付く。
「……だから、バレンタインは毎年どうでもいいと」
それは紛れもなく、偽っていない一言だ。しかし、レジスタンスのチームリーダーたるはブレイズはチョコレートを溶かしそうな勢いでリオルに白羽の矢を立てる。
「そこで、お前の出番ってわけだ!」
――聞き流したな。
「別に甘い物なんていらないし、周囲が浮ついた気分なのが気に入らない」
間接的に何処もかしこもその話題一色なのが気になるリオル。
「入隊当初から約数年程度で、ここの料理人を唸らせるプロ級の腕前を持つお前なら! めちゃくちゃ美味いチョコを作って……」
くれるよな!とのブレイズの期待を、リオルはツンとした態度で無言の返答。
無関心、または、少し怒ったような空気感さえ周囲に広げていく始末だ。
「ふふっ、怒らせてるよ、ブレイズ兄さん。でも、リオルの料理はとっても美味しいもん。折角のバレンタインだし、お願いしたいな?」
「まずね、今日の料理当番は僕じゃないんだけど? ブレイズ。ていうかリディまで何」
意見はちゃんと言ったし、とリオルは踵を返して二人の頼むを流す。
「あ、ちょ、作ってくれよ、なぁ!! 頼むって!」
「諦めに買いに行けばいいだろ。それで話は終わるし」
火加減調整できねぇ俺とか作れねぇし、お菓子得意なリディは手を痛めてるから無理させられねぇし……!
「折角のバレンタインだもの、記念ってことでどう?」
「だめ」
怒涛のお強請りも、最終的に最短のお断りを発してリオルは部屋を後にした。
*
勧誘ミッションを失敗したブレイズとリルディは、後ろ姿を見送った。
「うーん、リオルとバレンタインを楽しむ作戦、なかなか上手くいかないね」
「まぁ、リオルらしいんだよなぁ」
唐突な話題に、実はリルディも一枚噛んでいた。
これは綿密に練られたリオル・バレンタイン誘導作戦。
リオルを、どう頷かせるかという挑戦でもある。
ブレない所とか、流されない所とか、課題の多さはアドリブと信頼で押し込めば言いくるめて押し切るつもりだったのだが――。
ブレイズが、リルディから聞いたリオルの境遇の話も合わせれば簡単に頷かないのも理解がある。
"応じないほうが彼らしい"、と。
「兄さんや私のように、に出来損ないって言われただけじゃない。リオルは化け物だなんて言われて、閉じ込められて……チョコに籠る意味を思えば、強く関わりたくないっていうのもわかるの」
親愛、友愛、友チョコ。建前上は信頼出来る人へ贈るもの。
リオルからの信頼が全く無い、とは思わないものの――。
「任務でも時々、突っ走って単独で動くから心配なんだよなあ。もっと、俺らを信頼してくれたら……」
「……せめて、ちょっとでも一緒に楽しむことを知ってくれたらいいなって思うの」
二人は、示し合わせたようにリオルが出た後行動を始める。
「ね、兄さん。クッキー、忘れてないよね?」
チョコでなくとも、信頼の形はコチラから渡してしまえば同じこと。
前の任務の合間に、こっそりと二人で買っておいたものの準備は万端。
「勿論!」
では、戻り次第次は――リオル・バレンタイン強襲作戦へと移ろう。
*
一方、二人のお強請りを躱しきったリオルは視線を床に落とし歩いていた。
断り続ける、というのも考えさせられるものはある。
自分に対して、認識阻害の魔術を掛けてリオルは買い物に気持ちを向ける。
――必要なのは、チョコレートと……。
おおよそ、卵と、バター。それから薄力粉と、粉糖。
アレンジに、ホイップクリーム――と、今回にふさわしい型も、と見た目の予想を立てて買い込む。バレンタインという大きなイベントが在るために、どこでもそれらは簡単に手にできた。誰も彼もが、やはり浮足立っている。
プレゼント用?なんて声を販売員にかけられたが聞こえなかったふりをした。
拠点へと舞い戻ったリオルは、計画的に作業を開始する。
お菓子の基本は、下準備と工程――。
「……はぁ、なんで僕がお菓子を作らなきゃいけないんだ」
型を準備した手でシートを配置し、薄力粉と粉糖をザルで振るいをかけたり。湯煎するチョコレートにはバターを織り交ぜて。卵を解く手で――リオルはそう呟く。
料理は無関心ではできない。本当は、理解している。
――僕は他人を信用しない。
湯煎したチョコレートに、要した全部を混ぜながら。
「ただ……」
――熱血バカのブレイズとお節介のリディだけ、喜んでくれるのは悪くない。
だから、型に積める数も最小だ。欲しがった二人が手にできれば、それでいい。
予熱したオーブンに入れて、あとは出来上がりを待つだけ。
*
リオルが、手に何かを添えて戻って来る。
「ほら。君たちにだけ、作ったから」
暖かいままの、フォンダンショコラ。
「……わぁ、とっても良い匂い! チョコレートの焼けた匂いがする」
明らかに、今作られたものである。
作った、の言葉から、紛れもなくリオルが作ってくれた、の事実だ。
「ほら、冷めないうちに食べて」
「これ、リオルが作ったの? すごく美味しい……!」
すぐに口に運んだリルディは、市販のチョコより甘く美味しいホイップ付きの品に目を丸くする。
「……!リオルお前マジで最高!!」
ブレイズが勢いよく抱きつく。感謝感激のハグをぎゅーっ!
「やめろ!抱きつくな」
すごく嫌がられたが、引き剥がすような手荒さはゼロ。
「兄さんったら、もう。ダメでしょ、リオルが嫌がってる!」
「だってさあ!……あっはは、めちゃくちゃ美味い!」
抱きつくのをやめて、自分用のフォンダンショコラを口に運び上機嫌のブレイズ。
すげえすげえ、とはしゃぐのだから、リルディが声を掛ける。
「全くもう……あ、ほら、兄さん、クッキー渡して! 忘れないうちに!」
「そうだ。これ、俺とリディから」
「「リオル、ハッピーバレンタイン!」」
キラキラ笑う笑顔と一緒に渡されたクッキーは、チョコレートの返礼。
リオルは、当然予想していなかった。
喜んでくれるだけで、十分だった。
だから、予想外を受けて、リオルから言葉となって出没したは――少しだけ。
「……、まあ、感謝はしとくよ」
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思い出の中にいつもある、架空の世界「|Elpis《エルピス》」で、確かにあった出来事だ。決して無かった話ではない。同じ時間を共有した、それだけで刻は出来事として刻まれるもの。あの日の甘さも、あの日感じた――穏やかな、気持ちも。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功