シナリオ

心は孤独な|神人《かみびと》

#√EDEN #ノベル #バレンタイン2025 #人間災厄「薄紅に輝くカマペゾヘドロン」 #不思議オネェバー店主

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル
 #バレンタイン2025
 #人間災厄「薄紅に輝くカマペゾヘドロン」
 #不思議オネェバー店主

※あなたはタグを編集できません。


 夕方近くの繁華街。大潮の月が顔を出すのはまだ何時間か先だが、勤労意欲に欠けた太陽は既に退社モードに入っている。
(日が暮れる前に会えるといいんだけど……)
 一人の少女が足早に歩いていた。年齢は十代半ばであろう。異国の血を引いているのか、少しばかりエキゾチックな目鼻立ちをしている。
(会えたとしても、これを受け取ってくれるかな? そもそも、なんて言って渡せばいいんだろう?)
 片手に下げていた小袋を持ち上げ、両手で胸に抱きしめる。力を入れすぎないように気をつけながら。壊れ物につき、取り扱い注意。
 本日はバレンタインデーだ。となれば、おとなしめの装飾が施されたその小袋の中身は決まっている。
 しかし、少女がこれから会おうとしているのは意中の相手ではない。
 いや、ある意味では『意中』なのだが……。

 昨夜、少女は奇妙な夢を見た。
 その夢に出てきたのは蛇だ。人間を頭から丸呑みにできるほどの大きさを有した蛇。
「……!?」
 鎌首をもたげた蛇に見下ろされて、少女は息を飲み、身を竦ませた。まさに蛇に睨まれた蛙。
「○○よ、恐れるでない」
 と、蛇は少女の名を口にした。
 そして、姓も口にした。
「わっちは××家を守護する|水神《すいじん》じゃ」
「……すいじん?」
「うむ。もう少し正確に言うと、本来の守護者である蛇神の|分霊《わけみたま》じゃな」
 その『本来の守護者』とやらはどこでなにをしてるの? ……と、声に出して尋ねたわけではないが、水神は少女の胸中を読み取ったのか、守護者について語ってくれた。
「蛇神はもう存在せぬ。少なくとも、かつてのような形ではな。おぬしのひいじいさんを救うために命を賭けた末、神性の大半を失うてしまったのじゃ」
「……救うため?」
 その言葉を反射的に復唱した後、少女は水神に確認した。
「なにがあったのかは知らないけど……結局、その蛇神様はひいおじいちゃんを救えなかったってことよね? だって、ひいおばあちゃんから聞いたよ。ひいおじいちゃんはずっと昔に消えちゃったって……」
「いや、ひいじいさんは確かに救われたのじゃ」
「じゃあ、なんで消えちゃったの?」
「それはわっちのせいじゃ。すまぬ……本当にすまぬ……あの頃のわっちに力があれば……あんなことには……」
 水神は少女の顔の傍まで頭を降ろした。項垂れるかのように。
「せめてもの償いに……ひいじいさんのことを教えよう。わっちはそのために来たのじゃ」
 巨体に見合わぬかぼそい声で水神は告げた。
 少女の曾祖父の居場所を。

 水神に教えられた場所に少女は到着した。
 そして――
「……!?」
 ――絶句した。
 そこは『蛇の尻尾』という袖看板のあるバーだった。独特の店構えが怪しげな空気を発しているが、少女が絶句したのはそのせいではない。店先で伸びをしている男の奇っ怪な姿に驚愕し、圧倒されたのだ。
 いや、それは『奇っ怪』で済ませられるレベルではなかった。二メートル超の身の丈はまだよしとしよう。頭部を隙間なく覆う赤い包帯も斬新なファッションと見做せなくもない。しかし、どう言い訳しようと、腕が六本もあるのは異常だ。おまけに尻尾まで生えているとあっては……。
(な、なんなの、この人!? というか、人じゃなくない!?)
 目を袖でごしごし拭うという漫画じみた動作をした後、少女は改めて男を直視した。
(……あれ? 私、幻覚でも見てた?)
 男の腕は二本だった。もちろん、尻尾も生えていない。そう、精神の安全装置が『忘れようとする力』を働かせて認知を歪ませたのだ。
「あらあら?」
 と、男が声をかけてきた。
「あなた、中学生か高校生でしょ? こんな飲み屋街をうろうろしてちゃダメよ、もぉー」
 そのオネエ口調の言葉を耳にした瞬間、少女は本能的に悟った。
 目の前にいるこの男こそ曾祖父に間違いない、と。
 同時に別のことも悟った。
 ある意味、彼はもう曾祖父ではないのだ。
 ××家の一員としての記憶は残っていないのだ。
「あの……わ、私は……」
 少女はおずおずと小袋を差し出した。
 その中に詰まっている菓子は、曾祖母のレシピを再現したもの。
「以前、あなたに助けていただいたことがあるんです」
「え?」
「これ、その時のお礼です! ありがとうございました!」
 押しつけるようにして小袋を渡す。途端に涙が溢れそうになったが、少女は必死に堪え、男に背を向けた。
 そして、その場から走り去った。

「ヘンな|娘《こ》ねえ……」
 少女の後ろ姿が見えなくなると、人間災厄のイグ・カイオス・|累《るい》・ヘレティックは小袋を開け、その中の菓子を手に取った。
 顔の包帯を緩め、隙間から口に差し込み、一囓り。
 懐かしい味がした。
 とても懐かしい味がした。
 それなのに、なにも思い出せない。
 累は囓りかけの菓子を小袋に戻し、包帯をきつく締め直した。
 |理由《わけ》も判らずに溢れてきた涙が外に漏れ出ないように。
 
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト