(株)神籬、X週目第2回の取引現場にて

弊旅団、株式会社 神籬の通常業務の様子について
現地の住人視点、もしくは三人称視点で書いていただきたいです。
弊旅団は√汎神解剖機関に登記を行っている卸売、貿易会社です
業務として、主に√EDEN および √汎神解剖機関のメーカーから保存食、水、嗜好品等を買い付け。
週に3回程度√ウォーゾーンに輸送、故障したドローンや破壊した戦闘機械のスクラップ、戦闘機械の装備等と物々交換を行っています。
1度の輸送量は約3トン。人口から言えば焼石に水ではありますが、切り詰めれば500人前後が継続して生活できる量です。
慈善事業とも道楽とも取れるこの活動を現地の人がどのように感じ、対応されているのか。
悲喜交々お書きいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
古来より、文明は河川を中心に栄えてきた。水が緑を生み、緑が麦を、作物を生む。食物があれば牧畜が可能になり、泥や石から資材を作り出し……そして人が集まる。
√ウォーゾーン。人類が敗北し大地が戦闘機械都市に改造されたこの地球に於いて、人を集めるのは肥沃な大地に限らない。
たとえばそれは、世界の重なりである。
「うへえ」
襤褸を重ね着した男は、人だかりに顔を顰めた。彼の運転する壊れかけたトラックには、近隣の戦場からかき集めたスクラップが山ほど積み込まれている。
そして男と同じ目的、同じ生業の|機械漁り《スカベンジャー》が、既に目的地に溢れているというわけだ。
人だかりの周囲には、いくつものゴミ溜め……否、個人のエリアと権利を主張する残骸の山。故障ドローンや戦闘機械群の兵器、果ては血がこびりついた個人用兵装――おそらくは戦場に斃れた学徒兵か何かから引っ剥がしたのだろう――と、枚挙に暇がない。
殆どに共通しているのは、全て使い物にならないという点だ。少しでも利用価値があるなら、他の√にくれてやる理由などない……だがごく一部、あえて状態の良いものを揃えている輩もいた。
「ヘッ、あいつは新参だな」
男は鼻で笑い、トラックを停めると荷物の積み下ろしを始める。おこぼれに預かれるはずだと信じて。
「来たぞ!」
誰かが叫んだ。思い思いに行動していた視線が、一斉に集まる……既に遺棄された地下運搬通路のゲートが、重々しい音を立てて上下に開いていく。
「すみません、今週はいつもより一日遅く――って、うわ」
暗がりの中から現れたのは、殺伐としたこの世界に似つかわしくない清潔で流行をそれなりに掴んだ服装の女性……すなわち、水垣・シズク。纏め上げた焦茶色の髪は艷やかで、衣食住に不足していないことが一目で見て取れる。人類生存圏が限られたこの√ウォーゾーンでは、明らかに異様だ。
「待ってましたよ水垣さん、もしかしたら来ないんじゃないかと!」
もっとも近くに陣取っていた痩せた初老の男性が、へつらいの笑みを浮かべて近づいた。シズクは苦笑で応じる。
「それは、申し訳ないです。こちらも色々手続きが……」
会社登記の事務作業で遅れたなどと、生死に関わる住人にあけっぴろげにするわけにもいかない。
シズクは誤魔化し代わりに周りを見渡した。
「それにしても、なんですかこの騒ぎは。まさか……」
「ええ! 噂が広まったようでしてね。少しでも取引出来ないかと」
「……やっぱりそうなりますよね」
『登記などより現地の人類と連絡を取るべきだったな』
シズクは自らにのみ聞こえる声に眉根を寄せた。
(「税務署が怖かってん、しゃあないやろ」)
右のこめかみに指を当て、一瞬考えたシズクは結論を出した。
(「往復しないといけないかも」)
『相変わらず無理難題を……』
気配が遠のく。遅れて、カーゴドローン:神輿が後ろから現れた。微かなどよめきが生まれる。
「あの、すみません。以前から取引させていただいている方を最優先させてください」
シズクは先んじて告げた。噂を聞いて集まってきたと思しき何名かの人間が、これみよがしに舌打ちし、あるいは座り込んで溜息をつく。
カーゴに積載されているのは、水、食料――特に保存食――あるいは煙草や甘味などの嗜好品。全てシズクが(株)神籬の名義で買い付けた品々だ。それはこの√の人類にとって、文字通りの生命線。なくてはならない物資である。
資材搬入路の重なりを発見した時から、シズクはこうして繰り返し食料の持込――あえて持って回った言い方をするなら『輸出』――を行ってきた。彼らが山ほど集めてきたスクラップは、物々交換の材料となる。目的は研究用の資料集めだ。
「助かるよ、本当に感謝してるんだ。ありがとねぇ」
恰幅のいい女性は、保存食入りのパウチ詰め合わせを受け取りほっと安堵に胸を撫で下ろした。シズクは彼女が子持ちであることを知っている。当然その子供は、学徒動員兵だ。もしかすると今も戦っているのかもしれない。
「なあ、今日はかなり品質のいいパーツがあるんだ。だからちょっとばかし色をつけてくれても……」
「すみません、なるべく行き渡らせたいので」
案の定、"新参"の若者は舌打ちし、最低限の物資にブツブツと文句を漏らした。それでも約3トンの輸送量を克服するのは難しい。買い付けもタダではないのだ。
「どうせ道楽でやってるくせに」
「世の中にゃ、まだこんな優しい人もいるんだなぁ」
「慈善事業だろうがなんだろうが、生き延びられてるのはあの人のおかげだ」
漏れ聞こえてくる声は是もあれば非もある。約500人――輸送物資を切り詰めに切り詰めて、ようやく継続して生活できる試算値。数字自体は善でも悪でもない。だが人の営みがあればこうした摩擦も生まれる。
「やること、まだまだ多いな」
業務日誌用のメモを取りながら、シズクは溜息混じりに漏らした。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功