シナリオ欠落
酩酊、混迷、その両方を味わっているかの如くに、ひとりの女が歩んでいる。境界線を弄るように、此方と彼方の境目を辿るかのように、朦朧とした表情で進んでいる。いや、きっと女にとって、この一歩とやらは後退を切に願っての沙汰だ。されど沙汰は欠片として訪れず――たとえ、顔を出したとしても、貌を引っ張ってくれるほどの甘さを抱いていないか。ああ、随分と腹が空いているのではないか。ああ、随分と咽喉が渇いているのではないか。このまま、餌にありつけなかった場合、女はきっと棺桶の中の木乃伊よりもカラカラとなるのか。おお……容赦なく照り付ける太陽、陽光を反射するコンクリート。地獄だ。もしも、地獄に仏が存在していると謂うのなら、今すぐに、瑞々しい体液を――血液を、わけてください。つまり、女は難民なのである。それも、他√からの難民なのである。加えて――女は新参者である。覚醒したのはつい最近で、世界渡りの方法すらも、己の故郷へは二度と戻れないと、その事すらも知らないのだ。無知は罪だと罵るのならば罰として誰か真実とやらを告げてやれ。可哀想に、告げるべき口すらも発見できない。
おや……其処のお姉さん、痩せているけど、何かあったのかい？ いや、この質問の仕方は少々、違うかもしれないねぇ。改めて……いったい、何に遭ったのかな？ 迷っている仔羊に、仔羊のような吸血鬼に、より｜吸血鬼《ドラキュラ》めいた笑顔で男は微笑む。明らかに怪しいものだ。明らかに妖しいものだ。こんな場所で、偶然にも、面の良い男に声を掛けられるなんて。アンタ、アタシ以外の女にだって、そういうふうに謂うのでしょう？ 強がりだ。虚勢だ。本当であれば即座に、秒とも経たないうちに、縋りついて、その汁気とやらにありつきたい――気の強そうなお姉さんだねぇ。まあ、俺は、お姉さんが思っているよりかは、優しい人物なんだよねぇ。話を聞かせてくんない？ 話なんてするものか。自分の目玉が回転している、自分の牙が疼いている、その本能の暴走が、わかる。
お姉さん……積極的だねぇ。
どうなっても知らないよ。
世界の歪みに――ひどく、歪曲している肉厚に――牙を通した。これは……知らない。知らない、味で、のどごし。まるで、はじめて口にした人間の血液のような芳醇さ……中毒性……。こんなものを味わってしまっては頭がおかしくなる。もう、手遅れだ。｜楽園《EDEN》に追放される。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功